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“僕とピアノだけ”
純度100%のピアノソロ・コンサートを5年ぶりに開催!
加古隆インタビュー

オーケストラとの共演やカルテットでの活動、さらに映像音楽制作など幅広く活躍するピアニスト・加古隆が、久々のピアノソロ・コンサートを間もなく開催する。そして今年は奇しくも彼がフランスの街・カーンで劇的な初ピアノソロ・コンサートを行ってから40年という節目だ。そこで今回、当時のことやライフワークであるピアノソロにかける思いなどをたっぷり語ってもらった。

――今年は初めてのピアノソロ・コンサートから40年ということですが、当時はどんな時期だったんでしょうか? 
 
「パリ国立高等音楽院を卒業し、TOK(トーク)というフリージャズのピアノトリオで活動していましたね」
 
――作曲の勉強のためにパリに渡られたと思うのですが、フランスでジャズを始めることになったのはなぜですか?
 
「僕は高校の時にジャズと出会って、そして大学は東京藝術大学の作曲科に行ったんです。1、2年の頃はジャズピアニストになりたいと思ってジャズをやっていたんですけど、大学の途中からは作曲が素晴らしいと思って作曲家になろうと…。でも両方やっていてはだめだとジャズを諦めたんです。それから何年か経って、パリの音楽院でオリヴィエ・メシアンのクラスで現代音楽の作曲を学びました。その時に分析のクラスっていうのがあってフランス人の友人と出会うんですが、彼がジョン・コルトレーンのファンだったんですね。長らくジャズから離れていたので聴いていなかったんですけど、僕ももともとコルトレーンが好きで…。それで、彼の所に遊びに行ってコルトレーンを聴かせてもらったら、とても懐かしかったし、その頃にはパリの空気に慣れて気持ちももうちょっと自由になっていたのかな。作曲とジャズの両方やってもいいだろうっていうことを考え始めていたので、急転直下で(ジャズを)やるようになったんです。それからデビューするまでは、あっと言う間。数か月のうちにデビューしましたね。いろんな偶然が重なって自分でも弾くと思っていなかったバンドに誘われて、そうしてやったコンサートがすごく評判になって、2回目のコンサートのライブがレコードになっちゃったくらいですから。それでそこからジャズをパリで熱心にやることになったんです」
 
――その当時、ジャズはヨーロッパで流行っていたんですか?
 
「ジャズはもともとアメリカで生まれたものだけど、僕らがやっていたフリージャズっていうのはもう少し前衛的なもので…。それに関して言うと、ヨーロッパの方が盛んだったんですね。だからアメリカのフリージャズミュージシャンの多くはヨーロッパで演奏活動してました。TOKも、隆のT、オリバーのO、ケントのKのメンバーの名前の頭文字で、オリバーとケントはアメリカ人。だから“巴里のアメリカ人”(有名なミュージカル映画のタイトル)です(笑)」
 
――そんな活動があって、初めてのピアノソロ・コンサートにつながると…。そのコンサートは1979年冬にフランス・カーンで開催された音楽祭に、ピンチヒッターとして出演したものですね。
 
「あるプロデューサーから連絡があって“大雪でロンドンからピアニストが来られないから、予定が空いていたらやってみないか?”って。でもそれは僕としては経験のないピアノソロのコンサートだったんです」
 
――それまでソロでやろうと考えたことはあったんですか?
 
「一人でやろうなんて思ったこともなかった。最初からバンドでやっていて、それが楽しくてね」
 
――ではその時、ソロ・コンサートのオファーに躊躇したのでは?
 
「とても躊躇しました。やったことがないし、そんなことできるのかな?って。でもまだ若かったし、失うものもないわけだし、やってしまえ!って(笑)。でも、引き受けたら今すぐ家を出ないと!っていう…。カーンが遠くて特急列車で3時間ぐらいかかる場所だったんです」
 
――行きの電車は落ち着かないですね(笑)。
 
「とにかく考える時間もなかったから、列車に飛び乗ってその中で何ができるかを一生懸命考えていたら、あっと言う間に着きましたね。で、何を考えていたのかっていうと、今までグループでやっていた曲のなかで、何がソロで弾けるかな?とか、こういう風にやればできるかな?とかを考えて、それで着いたらもう真っ暗になっていて…。真冬の2月の寒い日で、ロンドンからの飛行機が飛ばなかったくらいの大雪。で、ホームへ降りたら“KAKO”って看板を持った人がいてね。誰も知らないですから……会場がどこなのかも知らないんですもん(笑)」
 
――練習もリハ-サルもなしだったんですね。
 
「あれほどワッ!とやるのは初めてでしたね」
 
――肝心の会場のお客さんの反応はどんな感じでしたか?
 
「いやいや、何にも覚えてません(笑)。もう自分のことで頭がいっぱい。当時はステージ上でいっさい口をききませんでしたから、始めたら終わるまでとにかく弾いているっていう……」
 
――覚えてないんですね(笑)。
 
「でも覚えていることもありますね。その日は3人のピアニストが出演したんですが、僕がカーンについた時には既にコンサートが始まっていたから、そのまますぐに本番へ。そしたら最初に出番が終わったピアニストが僕の演奏を聴いていて……フランス人の年配の方でしたね。それで、終わってバーで飲んでいたらその方に“あなたはきっと有名になる”って言われました。そのことは覚えてる。だから(演奏も観客の反応も)そう悪くはなかったんだと思います(笑)。自分でもどうしようもなかったって記憶はないけど、とにかくすごく特別な空間に自分がいたっていうことは覚えていますね。それと、ジャズとかそういうの(ジャンル)を取っ払って、自分が持っている音楽のすべてをそこで出したっていうのも覚えてます」
 
――ちなみに、その“予言”をしたフランス人ピアニストはどなただったんですか?
 
「覚えてないですね。その会場のホールの名前も憶えてないし(笑)。カーンという街で、雪が降ってて、ステージの上にピアノが一台しかなくて……っていうのだけ」
 
――そんな体験から40年を経て、今年ソロ・コンサートが開催されます。今回は当時弾いたジャズも?
 
「いえ、その当時の音楽と今の僕の音楽があまりにも違うから…。今、僕のことをジャズピアニストと言う人は誰もいないし、僕自身もそう思ってないです。今は即興演奏もほとんど取り込まない……ほんの一瞬はやったりしますけど。今のメインは全部(即興ではなく自身が)書いた曲です。『パリは燃えているか』にしても『黄昏のワルツ』にしても今回すべての曲は書いていますね。(40年前と)つながるものは一人だけでピアノしかないっていう点だけ。40年の間にものすごく変わりました」
 
――では今回は現在の加古さんのコンサートですね。
 
「実は今年、ピアノソロをやるっていうのを自分ではだいぶ前から考えていたんです。それは、ある時期からピアノソロが活動の中心に変わって、その時からピアノソロが僕のライフワークだと決めたから。だから一生やらなきゃだめなんです。ライフワークだから。でも最近はオーケストラとの演奏やカルテットのコンサートがあったので、そちらに席を譲っているうちに何年も経っちゃったんですよ。それで今年はソロをやろうと。ソロは最期まで向かい合っていたいと思っているんです。で、チラシか何か作るからタイトルも考えなきゃなって時に偶然、発見したんですよ。ひょっとして40周年じゃない?って…。なので、40周年の記念でもないんです(笑)」
 
――そうだったんですね(笑)。そして、ピアノソロが加古さんの原点だということですか。
 
「原点ですね。そう思ってる。40年前もそうだったように(ピアノソロは)自分の持ってるものを全部出さなきゃいけない。そうすると、僕はジャズだけを聴いて育ってきた人間じゃないんですよ。小学校2年でベートーベンに出会って、そこからはクラシック少年だったわけで、ショパンとかクラシックをずっと弾いてきたわけですよ。そして中学の頃には現代音楽と出会ってすごく好きになって作曲家の道を選ぶんですが、高校生時代にはジャズに触れて。でもそれらに共通して言えるのは“若い時”ですね。当時本当に夢中になったそれぞれの時期があって、そういう音楽を全部吐き出さないと(ピアノソロは)できない。それをやることで初めて僕の音楽をしっかり感じられて、僕の今の音楽につながっている。音楽を続けられたのもピアノソロがあったから。だから僕の原点であり、ライフワーク。だからそれをあまりにサボってはいけないと…(笑)。でも、よくよく調べたら(ピアノソロコンサートは)5年ぶりなんです。自分では3年ぶりくらいだと思ってたのに(笑)」
 
――自分の音楽を表現しやすいのがピアノソロという感じですか?
 
「一番僕自身の素で出ちゃう。もうそれしかないんだから。カルテットをやれば全編僕の曲をやっても、そこにバイオリンもチェロもビオラもいるわけで、彼らの音楽が出てくる。いくら僕が作曲した曲でも演奏者によって音が変わるし、音楽の世界が変わってくる。でも、ピアノソロでもピアニストとピアノだけかと思ったら、実はそんなことはないんです。普通のクラシックのコンサートだったらそこに例えばベートーベンがいるんですよ。ショパンがいるんですよ。そっちの方が存在として大きいんですよ。その演奏家の音楽を楽しむというよりもベートーベンの音楽を楽しんでいる。やっぱり作曲家っていうのは大きい存在。だけど、僕のピアノソロは僕とピアノしかいない。これほどはっきりしていることはなくて、純粋に僕の音楽を響かせることができる。あとそれは、ピアノという楽器だからできるっていう面もありますね。コントラバス一人でコンサートやろうと思ったら大変なことですよ。ピアノってそういうキャパシティを持っている楽器。いろいろな曲を表現できる。ピアノにはそういう広さがあるから一人でも成立する世界であって、しかも僕がたどってきた音楽の道がそこに生きているわけですよ。一番純粋な加古隆ですね。ほかの何ものにも代えがたい世界があるんです」
 
――なるほど。今度も素敵なコンサートになりそうですね。ぜひ普段ピアノのコンサートに行かない方にも見ていただきたいので、見どころ聴きどころを教えてください。きっと“昔、ピアノを習っていたけど…”という方も多いと思います。
 
「少なくとも僕のコンサートに来てくれれば、ピアノってこんなきれいな音が出るんだ!っていうことを証明してみせます。それ一つで心が震える音を出すんですよ、ピアノは。そしてもう一つ。今、少しお話しましたが、一人だけでも十分に楽しめるっていうそういう機能をピアノは持っているんですね。伴奏がないと楽しめないっていうのがないわけですよ。例えばバイオリンだったらソロでも楽しいでしょうけど、やっぱりピアノの伴奏がついてくれたらなって思ってしまうケースが多いと思うんです。でもピアノはね一台で完結できる。その分、指を動かさないとダメで弾きこなすまでの努力の時間はいるかもしれませんが、その分一人で楽しめるっていうところがありますからね。そう思ったら、また(ピアノを)やったら絶対楽しいですよ。これでまたピアノちょっと弾いてみようかなって思うきっかけになれば、それはうれしいですね」
 
――ぜひ、いろいろな方に来て楽しんでほしいですね。
 
「それはもう。楽しめるような演奏をしないと僕が悪いと思ってます。だって来てくれるっていうことは、音楽が好きだから来てくれるわけですよ。音楽を楽しみたいと思って来てくれている人たちに2時間付き合ってもらって、何も心が震えなかったらそりゃやってる人が悪い(笑)。もちろん人には好き嫌いがあるからすべてが趣味に合うかは…というのもあるけど、でもそうは言っても僕は音楽に対して幅広く向かっているつもりなので、やっぱりどこか心に響いてくれることがあると思いますね」
 
――さて最後に、「ぴあ」のアプリの話を。4月19日(金)から、ぴあアプリで加古さんの連載「作曲家として、そしてピアニストとして」が配信スタートします。
 
「僕の音楽人生の1から…というか0から今までのことをまんべんなく話しています。あれほど長時間に渡ってインタビューをやったことはないってくらい(笑)。終日しましたね。さっき話したジャズを始めたきっかけも、もっと前の音楽に出会った時のことも、なぜピアノを始めて、なぜ今のような音楽になっていったのかも読めます。もちろん雪の日の初めてのソロ・コンサートのことも…。ほかに小学生の頃の写真などもあっておもしろいですよ。ぜひ読んでみてください」

text by 服田昌子



(2019年4月18日更新)


Check

Profile

東京藝術大学・大学院作曲研究室修了後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院に進み、ヨーロッパの現代音楽界を牽引した作曲家の一人であるオリヴィエ・メシアンに師事。現代音楽の勉学途上だった1973年、パリでフリージャズ・ピアニストとしてデビューするというユニークな経歴を持つ。1976年に最高位の成績で同音楽院を卒業すると、帰国後はオーケストラをはじめとするさまざまな分野の作品、さらに映画音楽やドキュメント映像の作曲も数多く手がけ、パウル・クレーの絵の印象から作曲したピアノ組曲「クレー」や、NHKスペシャル「映像の世紀」「新・映像の世紀」のテーマ曲「パリは燃えているか」などの代表曲を制作。また、ピアニストとしては音色の美しさから“ピアノの詩人”と評されている。

加古隆 オフィシャルサイト
https://takashikako.com/


Live

『加古隆 ソロ・コンサート2019
 ~ピアノと私~』

【愛知公演】
チケット発売中 Pコード:139-557
▼5月6日(月・休) 14:00
名古屋市芸術創造センター
全席指定-6500円
※未就学児童は入場不可。
[問]中京テレビ事業■052-588-4477

【東京公演】
チケット発売中 Pコード:138-540
▼5月11日(土) 14:00
サントリーホール 大ホール
全席指定-6500円
※未就学児童は入場不可。
[問]キョードー東京■0570-550-799

【群馬公演】
チケット発売中 Pコード:138-321
▼5月12日(日) 15:00
高崎市文化会館
全席指定-6500円
※未就学児童は入場不可。
[問]MASエンターテイメント■03-5746-9900

【北海道公演】
チケット発売中 Pコード:139-095
▼6月8日(土) 13:30
札幌コンサートホールKitara 小ホール
全席指定-6500円
[曲]加古隆(パリは燃えているか)/他
※未就学児童は入場不可。
[問]オフィス・ワン■011-612-8696

Pick Up!!

【大阪公演】

チケット発売中 Pコード:138-566
▼6月22日(土) 14:00
いずみホール
指定-6500円
※未就学児童は入場不可。
[問]キョードーインフォメーション■0570-200-888

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