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「僕は音楽は本当に目に見えない魔法だと思ってるんです」
『I wanna be 戸渡陽太』リリースツアーがいよいよ開幕!
挫折が生んだ音楽が導いた再生のストーリーを語る
戸渡陽太インタビュー&動画コメント

 神様はなぜ、時に全てを諦めたくなるような挫折という名の絶望を人に与えるのだろう。音楽はなぜ、時に誰にも分かってもらえなかった気持ちを言い当てすくい上げるような希望をくれるのだろう。そんな人生のシーソーゲームに翻弄されながら生まれた、まばゆい輝きを放つメジャーデビューアルバム『I wanna be 戸渡陽太』を聴いていると、この男は来るべくしてここに来たとすら思えてくる。深沼元昭、mabanua、高桑圭(Curly Giraffe)、阿部芙蓉美、茂木欣一(東京スカパラダイスオーケストラ)、白根賢一(GREAT3) 、渡辺シュンスケ(Schroeder-Headz)といった錚々たる面々が、戸渡陽太という非凡なシンガーソングライターの才能と情熱のもとに集結した同作に伴うリリースツアーが、11月2日(水)大阪LIVE HOUSE Pangeaよりいよいよ開幕する。まっとうな人生をコースアウトした男が、己の音楽で這い上がってきた道筋と、絶景へのスタートラインをここに記すインタビュー。挫折を知っている人間の音楽は、こんなにも儚く、強く、そして美しい。



1人で完結するために作ったものを、人と共有するようになる
それはやっぱり音楽の力だなって
 
 
――まずは、ブログにも“ココで頑張る事が出来るか出来ないかで今後の人生が決まるんだろうな”とありましたが、今年が自分の人生の分岐点となる自覚というか、それぐらいの強い気持ちを背負ってメジャーデビューしたと。
 
「はい。いつも頑張らなきゃいけないとは思うんですけど、これだけ“今頑張らないと”と思うようなタイミングって、人生にそんなにない気がして。なので今は何にも目くれず、いろんなものを吸収したいし、いろんなものを発していきたい。そういう欲がすごくありますね。高校生ぐらいの頃に聴いていたスガシカオさんとご一緒したりして、何だか不思議だなぁと思ったりもする。でも、それは=今度は僕が伝える側に立つということだから、その責任を常々感じるようになりましたね。でも、何だかすごく楽しいですし、水が合ってる気もしてる。どういう結果になるかは分からないですけど、それさえも全部背負う覚悟というか」
 
――今日に至る音楽との接点を振り返っておきたいんですけど、そもそもサガン鳥栖のユースに入るぐらいサッカーに精を出していた中で、何がきっかけで音楽に?
 
「振り返れば、親が歌謡曲を結構好きだったりしたのもあってか、森田童子さんとかがすごく好きだったりもして。でも、初めてお小遣いで買ったのは『だんご3兄弟』(’99)のあの縦長の8cmシングル(笑)。ただ、そこから全く関係のないサッカーを始めて、中学からだんだん学校がおもしろくなくなっていくんですけど、そういうときに流行りの音楽を聴いてる時間が唯一楽しかったし、自由になれた気がした。HYさんとかコブクロさんとか、BUMP OF CHICKENさんとか…そういう音楽を聴いてましたね。中学のときはまだサッカーがありましたけど、高校に入って如実にそういうところが出て」
 
――もう本当に荒れ果てたというか、マンガみたいにヤンキーがいるところだったと(笑)。そもそもサッカーは何でやってたんですか?
 
「小学校のときに友達が結構やってたしおもしろそうだな、みたいなところから。でも、中学校でサガン鳥栖のユースに入って、上には上がいる現実を知るわけですよ。でも、それを認めたくないから頑張って練習してたんですけど、スポーツ推薦で高校に入ったら入ったで、やっぱりもう部活の上下関係の理不尽さが」
 
――“戸渡パン買って来い”とかいうレベルじゃないってこと?(笑)
 
「それが一番かわいいレベルというか、いきなり電話がかかってきて、“ハムカツ”ってだけ言われて自腹で買って持って行くとか(笑)。結構そういうことが続いてたんで、1年生としてやるべき仕事を全部やってから辞めたんですけど。同級生で最終的にキャプテンまで務めた子が今はカメラマンとして頑張ってて、最近呑みに言って当時のそういう話を久々に聞いて。“俺、本当に早く辞めてよかった~”と思った(笑)。で、サッカー部を辞めて、学校にも行かずにCD屋さんの試聴機にかじりついて、高校2~3年生ぐらいのときにはギターを買って、そこから曲を作って…音楽をやってるときが友達と遊ぶより楽しかった時期ですね」
 
――でも、サッカーという1つ目の夢がダメになったわけじゃないですか。それに関する絶望よりも、そこから抜け出せた喜びの方がデカかった?
 
「いや、サッカー部を辞めた当時は絶望も大きかったですね。本当に“夢破れる”じゃないですけど、だから学校生活も尚更つまんなくなって。でも、サボってても心のどこかで“何やってんだろうなぁ”みたいな自分がいて、自分の不甲斐なさもそうだし、いろんな角度にモヤモヤしたものがあって…そういったことを唯一忘れられるのが、曲を作ったり歌ったり聴いたりしてるときだった。何か、本当に不思議です。結果的に1人なったから始めた音楽なのに、気が付けば周りに人が増えたり、1人で完結するために作ったものを、人と共有するようになる。それはやっぱり音楽の力だなって思うし」
 
 
ずっと歌い続けられる曲しか作りたくない
 
 
――そうやって最初に作った曲は完成まで1ヵ月ぐらいかかったと。音楽を聴くだけでは満たされなかったんやね。
 
「カラオケで歌うのも好きだったんですけど、やっぱり表現したかったというか。最初に曲を作った感覚が今でもつきまとっていて、あの達成感がいまだに忘れられないですね。これが一番最初に個人で作った曲で、もちろんコードとかはそれからいろいろ変えてるんですけど、鳴らしていいですか?」
 
♪音楽を流す
 
「そこから、“あ、dimコードっていうのがあるんだ。じゃあ使ってみよう”みたいに、だんだんラーメン屋がスープを足していくわけじゃないですけど(笑)、そうやってこの曲は作っていきましたね」
 
――サッカーもダメ、学校もおもしろくない、でも、えも言われぬ感情が動く瞬間が曲を作ったときにはあったんやね。やっぱり“自分が作った曲を歌う”ということに。
 
「意地を感じてるんだろうなって。曲を書く上でのコンセプトは変わってないと思うんですよ。この数ヵ月後に作った『ハローグッバイ』は今でもずっと歌ってるぐらいなんで。ずっと歌い続けられる曲しか作りたくない。言い返せば、それって自分が死んでも誰かが歌い継いでいく曲だと思うんですけど、何か最初から明確にそういう気持ちが」
 
――でも、今の話はタイトルの『I wanna be 戸渡陽太』に近い感覚というか。自分でありながら1つの憧れの対象であるような理想と、リンクするものがありますね。
 
「そうですね。理想の自分への、幸せへの、憧れが強かったんじゃないかとも思うし、『I wanna be 戸渡陽太』にも最終的には光を目指してる曲が多いんで。ただ、さらに進んでいくと、世間が思う幸せと俺が感じる幸せは違うんだ、みたいなことに気付くんですけど(笑)」
 
――“もう俺は世間が思う、まっとうな人生じゃないんだ”っていう、ドロップアウトした感覚。就職活動に失敗したことにより夢が本格化するヤツとかもよくいるけど(笑)、レールに乗りたいわけじゃないんだけど、いざ乗れないと言われたときの喪失感みたいなものは大きいよね。
 



「それを一種の強さにして、夢に向かう人もいるじゃないですか。でも、そっちの方が絶対に美しい景色を観てる人が多いと思ってるんです。それが『Beautiful Day』(M-1)なんですけど、“ひしゃげた脚で踊るバレリーナ”っていう歌詞は、僕もそうですけどドロップアウトした人間のことを歌っていて。アンテナ張れば世の中に美しいものはたくさん散りばめられているし、それを美しいと言うのが恥ずかしいのか、夢を追うのが恥ずかしいのか、そういうことを言えない文化になってきてるなぁと。僕はそういう美しい瞬間をずっと追い求めていたいし、そういう人間でありたい。迷っている人に、“いや、夢を追っていいんだよ”って、そういう気にさせる音楽だったら、作った甲斐がすごくあると思うんですよね」
 
 
見えない力をダイレクトに感じる音楽
 
 
――ただ、戸渡くんの音楽はすごく雑食でレンジが広いというか。それこそワールドミュージックも好きだったりする嗜好が、他のシンガーソングライターとの明確なサウンドの違いにも出てる気がしますね。
 
「最初は試聴機がきっかけで、そこからもう手当たり次第でしたね。アイリス・ケネディっていうアイリッシュの女性シンガーがワールドミュージックに触れたきっかけで、“こんなに綺麗な音楽をやれる人がいるんだ”って、ずっと心に残ってて。YouTubeもそのときに台頭し始めてたんで、だからもうルーツを探るというより、いろんなところを掘りまくる蟻の巣みたいな(笑)。あとは、福岡の『LOUNGE SOUNDS』っていう強烈なイベントのBGMですごくいい曲がかかってて、“これ誰ですか?”って聞いたら、スラップ・ハッピーの『カサブランカ・ムーン』(‘74)だったり。さらにデカい出会いは、やっぱりヌスラット・ファテ・アリ・ハーンで、YouTubeの関連動画か何かで知ったと思うんですけど、中でも『Yeh Jo Halka Halka Saroor Hai』っていう曲が好きで。あの音楽を聴くと、他のどの音楽も華奢に聴こえるぐらいすごいんです。それは何でかと考えたんですけど、洋楽も邦楽も、っていうかどこの国も、普通はいろんなアーティストに影響を受けて、それを自分なりにアウトプットするのが主流じゃないですか。ただ、ワールドミュージックには歴史があって、純潔というか血が濃いんですよね。その歴史の背景を勝手に感じたんです(笑)。日本で言うと雅楽とか…『越天楽(えてんらく)』とかすごいですよ(笑)」
 
――言ったら戸渡くんは、その純潔の音楽を取り入れて、ハイブリッドな新しいシンガーソングライターの音楽になってる感じがしますね。
 
「ジャンルが違ってもそういう音楽はいろんなことを飛び越えると思ってて、何だか分からないけど泣いてしまうのは、まさしくそういうことだと思う。僕のアイドルと言っても過言ではないジェフ・バックリィとか、カート・コバーン(ニルヴァーナ)にもそういう要素はあると思うし、エイミー・ワインハウスとか、日本で言うと尾崎豊さんもそうかもしれない。言葉で説明できないものをちゃんと持っている音楽。それこそレーベルの先輩で言うと、茂木(欣一)(ds)さんのバンドのフィッシュマンズとかもそうだと思います。何て言うんだろうな…見えない力をダイレクトに感じる音楽かな」
 
――それこそ『Sydney』(M-2)では茂木さんドラムを叩いてくれてますが、ドラムを聴いただけで泣けてくるという経験は、まさにそういうことでもあるもんね。
 



「僕もそれをずっと考えてたんですよ。かつてフィッシュマンズを担当されていた方と福岡で出会っていていろんな話を聞く機会もあったんで、そういうことも思い出しながら“何であのとき泣いたんだろうな?”って考えたら、多分、茂木さんは佐藤(伸治)(vo&g)さんの背中を見てきたんですよ。言葉に寄り添うドラム、ボーカルの気持ちを汲み取るドラム。それができる人だから、泣いたんだと思いますね」
 
――この曲は戸渡くんのポップセンスというか、これから戦っていくべき武器を備えてる曲だと思うけど、何回も何回も書き直して、録り直したと。
 
「でも、このアルバムの制作は、楽しい嬉しい半分、辛い切ない半分だと思っていて、それも全部が糧になるというか。(この曲のワード・プロデュースを担当した)いしわたり(淳治)さんは膝を付き合わせてずっと向き合ってくれたんですけど、詞に対してもすごく愛情がある人で、1つ指摘されたのは“言葉を扱う職業に就きたいんだったら、自分の生活も見直した方がいい”って。確かにそうだなと思ったし、あのとき言われたことがすごくいい経験になってて。テクニカル的なこともタメにはなったんですけど、やっぱりそういった精神的要素はすごく勉強になりましたね。深沼(元昭)さんともここ2作を経て距離感が密接になったと思うし」
 
――あと、Curly Giraffeの高桑圭さんプロデュースの『さよならサッドネス』(M-7)が個人的にはお気に入りだと。
 
「僕の隠れリード曲です(笑)。圭さんは話してて背景が見えてくるというか、音楽に対して見えない何かを放てる、音を匂いで敏感に感じる人なんだろうなって。深沼さん、白根賢一(GREAT3)さん、圭さんの御三方とワンマンライブをしたときなんかは、もう全部が楽しくて。何より休憩中の会話もおもしろいんで(笑)。特に『Nobody Cares』(M-4)は、その日のベストパフォーマンスだったんじゃないかな。歌ってるときは僕が引っ張るんですけど、歌のないところは圭さんが引っ張る。そういうふうに役割が交代する感じも、おもしろいなぁと」
 
 
メジャーデビューして、僕の求めていた愛は
自分とか人を許すことだったのかなって、この曲で気付けた
 
 
――そもそも、このメジャー1stアルバムを作る際に何となくビジョンはあったんですか?
 
「まずは、やっぱり挨拶代わりだと思うんで、自信を持ってお届けできる戸渡陽太の今現在の集大成。プラス“これからどうなっていくんだろう?”っていう次につながるワクワク感。そういった火種の要素がある曲たちを集めましたね。だからジャンル的にもポップスもあるし、ネオアコっぽい曲もあるし、カントリーっぽいものもあれば、ちょっとゴスペル調のものあったり。僕は音楽的な幅は広い方だと思うし、多作な方だと思うんで」
 
――そんな中、『すべては風の中に』(M-10)は完成まで5年かかったということですが、ある出来事によってようやく言葉が見つかったと。その出来事って?
 



「ある出来事は…載せられない(笑)」
 
――アハハハハ!(笑)
 
「まぁそれがきっかけではあったんですけど(笑)、後からこの曲のよさって、1曲をいろんな角度から見られることだと思ったんですよ。『イントゥ・ザ・ワイルド』(‘07)っていう映画があるんですけど、両親を憎んでいた主人公は家を出て、いろんな人との交流があって最後にアラスカにたどり着く。自給自足のために銃で鹿を殺すんですけど、純粋な彼は何て無駄な殺傷をしたんだって悔いたり…。彼は頭もよかったし、自分のことを過信してたんですけど、食べられると思った草に毒があって、体が麻痺して動けなくなって。廃バスで寝泊まりしてた彼が餓死する寸前に、“幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合ったときだ”と書き記して…。人は全てを許したときに、やっと人を愛することができると、彼は死ぬ直前に知ったんですよ。彼が死ぬ間際に気付いたように、メジャーデビューして、僕の求めていた愛は、自分とか人を許すことだったのかなって、この曲で気付けた。本当に後付けなんですけどね」
 
 
歌って不思議だなって思います
 
 
――ちなみに戸渡くんはピアノも弾けるのよね?
 
「ショパンが好きで、最初はずっと譜面とにらめっこして、独学で『ノクターン』を弾いてて。今ではショパンは全部弾けるようになったんですよ。まだ拙いんですけど」
 
――失恋をきっかけにピアノを始めてみたということやけど(笑)、そう考えたら全部音楽になるね。
 
「はい(笑)。サッカーをやってたからかなと思うんですけど、できないことを結構繰り返すんで、その反復精神が活きてるのかなぁと。あとは根底に、“全部注ぎ込む!”みたいなパンク・スピリットがあるんじゃないかと。できてくると嬉しくなっちゃって」
 
――そうか! その達成感ね。曲を初めて書いたときもそうやったし、スポーツって割と明確なそれがあるから通じるものがあるのかもしれない。あと、雑食の音楽を貫き通すような、ナチュラルディストーションのかかったこのハスキーボイスは、人とは違うなと思った?
 
「最初はすごくコンプレックスで、中学校のときとかも“ハスキーだね”って言われることがとにかくイヤだったんですよ。音楽が好きで曲を作って、録ったときに聴き直して、“俺、こんな声してるんだ”って…。でも、だんだん“いい声だよね”って言われることが多くなっていくうちに、“そう?”って(笑)。単純なヤツだなぁと自分でも思うんですけど、人から好きと言われるようになって、好きになってきたかな」
 
――曲を作りたいというところから始まった音楽人生やけど、歌うことはどう?
 
「最近はすごく好きですね。特にライブがおもしろいと思えるようになった。それまでは…個人的なこともすごく重なってたので、結構苦しいことが多かったんですよ。でも、さっき話していた目に見えないものは、ライブにも出ちゃうんで。どっちかって言うと、ステージに上がって自分と自分が戦って、それを観てもらうだけというか。でも、チームの人にも本当に根気強く付き合ってもらって、豪華なミュージシャンと一緒に作業していく中で、だんだん自分が外に開いていったというか。自分が今住んでいるところは、表向きには“酒が好き過ぎるので、呑み過ぎないように酒場も何もないところを敢えて選んだ”とか言ってたんですけど、本当はミュージシャンと関わらないためだったんです。でも、最近はミュージシャンだけじゃなくて、いろんな人とお酒を呑んだり会話をしたりご飯を食べたりしたいと思うようになってきて、この前もスタイリストさんと一緒に服を買いに行ったり(笑)。そういった感じは多分作品にも出てると思うし、ライブにも出ると思うんですよ」
 
――ある意味、いしわたりさんが言葉について言ったことと同じで、生き様がそこに出る。
 
「そうなんですよ。やっぱり伝わってる日のライブと、伝わってない日のライブは、歌ってて分かりますもん。でもね、今は伝わってない日ですら、悔しいけど楽しいと思える。何かこう…歌って不思議だなって思います。例えば、演奏がバッチリ決まってても、しっくりこない伝わり方をしてたり、逆にしっくりこないのをそのまんまライブで出したら、すごく伝わったり。今は学んでることが多いですね」
 
 
誰かの拠り所になれる音楽って、やっぱりいいと思うんですよ
 
 
――ツアーもいよいよ始まりますが、大阪は初日のPangeaで。かつて『MINAMI WHEEL』でも出た場所ですね。
 
「Pangeaはとても素敵なライブハウスだなと思っていて。ライブハウスって不思議な力が宿ってる場所だと思うんですけど、やっぱり生き生きしてるライブハウスはワクワクするし、Pangeaはそういうところを大切にしてるハコなんだろうなって感じるので、そこでやれるのは光栄だなと思ってます」
 
――最後に、戸渡くんにとって音楽とはと聞かれたら、今なら何て答える?
 
「僕は音楽は本当に目に見えない魔法だと思ってるんです。観てる人に時を忘れさせるぐらい圧倒的な音楽を届けたいし、そういう作品を残したい。精神的な面で言えば、誰かの拠り所になれる音楽って、やっぱりいいと思うんですよ。僕自身がそうだったし。ありがちですけどね、こんな話は」
 
――でも、音楽に本当に救われたことがある人は、みんなずっとそう言い続けてる。
 
「僕もそういう人が好きなんですよね。茂木さんとかと話してて楽しいのは、多分茂木さんがそうなんですよ。今って何でも“綺麗事じゃんそれ”みたいに言う風潮があるけど、いつから綺麗事がいけない時代になったんだろう? まだ綺麗事をバンバン言えるタマではないけど(笑)、ちゃんと誰かの拠り所になれる音楽を目指したいと思ってます!」
 
 
Text by 奥“ボウイ”昌史
 




(2016年11月 1日更新)


Check

Movie Comment

新譜にPangea、裏なんばにかすうどん
戸渡陽太からの動画コメント!(笑)

Release

様々な音楽を束ねる強烈な歌声と意思
才気溢れるメジャーデビューアルバム

Album
『I wanna be 戸渡陽太』
発売中 3024円
JUSTA RECORD
CTCR-14910

<収録曲>
01. Beautiful Day
02. Sydney
03. SOS
04. Nobody Cares
05. ギシンアンキ
06. Nora
07. さよならサッドネス
08. 青い人達
09. 木と森
10. すべては風の中に
11. 世界は時々美しい
12. グッデイ

Profile

とわたり・ようた…’92年2月1日生まれ、福岡県出身。高校に入り、曲を作り歌うことに興味を持ち、ギターを弾き始める。ギターを弾き始めてすぐにオリジナル曲を作り、地元福岡のライブハウスのステージに立つようになる。その後、『閃光ライオット』をはじめとする各種オーディションを受け、全国各地のライブハウスでの経験も積みながら、徐々にその演奏スタイルとパフォーマンスを身につけ、注目を集める。’13年、『MINAMI WHEEL』に初出演。’14年、ロッキング・オン主催のコンテスト『RO69JACK』にて入賞。同年11月には初の全国流通盤となるEP『プリズムの起点』を発売。地元FM福岡『Hyper Night Program GOW!!』のマンスリーレギュラー出演を始める。’15年、iTunes『NEW ARTIST スポットライト』に選出。3月にデジタルシングル『世界は時々美しい』、6月には2nd EP『孤独な原色たち』を発売。全国各地の大型フェスやライブサーキットへも出演を果たす。10月からは、名だたるミュージシャンとの一対一の“勝負”をコンセプトにした自主企画『戸渡陽太10番勝負』を開催。そして、’16年6月15日、1stフルアルバム『I wanna be 戸渡陽太』にてメジャーデビュー。枠に収まらない感性の放出で歌を紡ぎ出し、唯一無二な声を武器に独自の世界へと引き込むシンガーソングライター。

戸渡陽太 オフィシャルサイト
http://www.towatariyota.com/


Live

リリースツアーがいよいよ開幕!
初日はお気に入りの大阪Pangeaで

 
『I wanna be 戸渡陽太 Tour 2016』

Pick Up!!

【大阪公演】

チケット発売中 Pコード305-918
▼11月2日(水)19:00
LIVE HOUSE Pangea
オールスタンディング3000円
キョードーインフォメーション■0570(200)888
※未就学児童は入場不可。

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チケット情報はこちら


【愛知公演】
チケット発売中 Pコード303-713
▼11月3日(木・祝)18:00
ell.SIZE
オールスタンディング3000円
サンデーフォークプロモーション■052(320)9100
※未就学児童は入場不可。

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【福岡公演】
チケット発売中 Pコード303-210
▼11月5日(土)18:00
The Voodoo Lounge
オールスタンディング3000円
BEA■092(712)4221
※未就学児入場不可。

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【東京公演】
チケット発売中 Pコード303-921
▼11月19日(土)18:00
TSUTAYA O-nest
オールスタンディング3000円
ホットスタッフ・プロモーション■03(5720)9999
※未就学児童は入場不可。

チケットの
チケット情報はこちら

 

Comment!!

ぴあ関西版WEB音楽担当
奥“ボウイ”昌史からのオススメ!

「ドロップアウトした感覚って、当たり前だけど本人にしか絶対に分からないし、逆に言うと、世間の目、周りの環境、社会の仕組みで、圧倒的に分からされるんです。僕もとある段階で絵に描いたような人生からはコースアウトしてしまった戸渡派の人間なんで、気持ちはよく分かったなぁ…。今はもうどっちでもいいですけど、あの喪失感はホンマすごい。でもね、こと音楽に関して言うと、いや表現する人って、絶対に喪失感を知ってる人の方が強い。幸福な人の表現に心は動かされないって言うと、暴論かもですが。今回は、自称シンガーソングライター担の自分としては、ずっと名前を聞いていた彼に遂に会って、いろいろと話し込んだインタビューでしたが、『Beautiful Day』の鍵を握る知り合いの画家の厨二エピソード、『Sydney』のタイトルがなぜ『Sydney』なのか、作るのに5年かかった『すべては風の中に』が、完成に向かうきっかけとなった“ある出来事”が何なのか。全部聞いたけど全部載せらへんやつやったわ(笑)。でもそれって、腹割って話してくれたと思うと何か嬉しいけど。様々なジャンルをむさぼったハイブリッドな音楽を貫き通すザラついた歌声は、一発であなたの脳裏に残るはず。いかにも九州出身な野武士感も好みな、新たなシンガーソングライターの登場を心から祝福したいと思います。とは言え、この間ちょっと呑む機会があったけど、まだまだあいつが分からない。皆さんと一緒にこれから知っていこうと思います(笑)」