「毎回みんなの心にいつまでも残るような音楽を目指してる」
クールなビートと平熱のグルーヴ渦巻くベンジーの最新モード
ニューアルバム『Nancy』ツアー真っ只中に捧ぐ
浅井健一撮り下ろしインタビュー&動画コメント
CDショップの店頭で、迷わず手に取りたくなるイカしたジャケットに包まれた、浅井健一のニューアルバム『Nancy』。東京スカパラダイスオーケストラの茂木欣一(ds)や加藤隆志(g)、HEATWAVEの渡辺圭一(b)を従えたバンドで、前作『PIL』(’13)を携えたツアーを行っている最中から、すでに今作の制作は始まっていたという。爆発的にタイトでキレのあるグルーヴで、フロアに狂騒の渦を巻き起こしていたそのツアーの最中に、浅井健一の中に新たに芽吹いていたのは、今作に溢れる静謐な音のアンサンブル。アルバムの冒頭を飾る『Sky Diving Baby』は、渇いたギターの生々しい音色と、潤みのある浅井のボーカルが交錯する様がとてもクール。必要な音だけが鳴っているシンプルな8ビートのロックンロール『Stinger』といい、鋭利な言葉や容赦なく深部をえぐってくるギターは変わらずとも、曲の佇まいや作品全体のトーンは静かで落ち着きがあり、ゆったりと大きなものに包まれているような安堵感を覚える。話をしているとき、浅井健一はよく笑う。ゲラゲラと声を上げたりはしないけれど、笑うたびに目じりに刻まれるしわが何とも優しい。そのさり気ないけれど確かにそこにある優しさみたいなものが、音にも感じられる。気が遠くなるほど暴れたい衝動は、秋のツアーまでひとまず残しておくとして、今はこのアルバムに渦巻く平熱のグルーヴを味わい、楽しみ尽くしたい。
誰でもそうだと思うけど、不安はいつも少しある
――リリースの翌日の7月10日に赤坂BLITZ にて行われた一夜限りのライブ『Sky Diving Night』では、『Nancy』の楽曲と共にBLANKEY JET CITYやSHERBETS、PONTIACSの楽曲も披露されていました。浅井さんの音楽人生を一望するようなセットリストでしたが、選曲は浅井さん自身が?
「あれはいいライブだったよ。達成感があったなぁ。曲はバイオリンの岡村(美央)さんがブレーンになって、いろいろ意見を出してくれたね。みんな真剣にやってくれるんだけど、岡村さんは特に選曲に関してすっごく考えてくれて。もう10年ぐらいの付き合いになるのかなぁ」
――浅井さんの音楽キャリアも、もう長いですね。
「長いねぇ…デビューしたのが’91年だから、今年で23年かぁ。音楽を始めた頃から数えると25年以上にはなるね」
――これまでもいろんな作品がありましたが、『Nancy』は今までの作品とはまた違った良さがありました。
「何が違っとった?って、俺がインタビューしてどうするの?って話だね(笑)」
――(笑)。よく、音楽を聴くことやライブに行くことを“非日常的”と表現することがありますが、『Nancy』は日常を生きている自分の生活にしっくりとなじむ音楽でした。その中で時折鋭く響いたり、これまで当たり前だと思っていたことに、ふと“何故だろう?”と思う瞬間をくれたり。アルバムを作る上で“こういう作品にしよう”というアイディアはあったんですか?
「ない。ないんだけど、毎回すごくカッコいい、みんなの心にいつまでも残るような音楽を、アルバムを目指してる。それだけだね。たまにはメジャーなコードでめちゃめちゃ明るいアルバムでも作ろうかなって思うんだけど、なかなかそうはならないんだよね。まずメロディと曲が先に出来る。それにちゃんと鳴るべき歌詞を作る。それが大変なんだわ」
――これまでに膨大な数の曲を書いてきて、“もう言葉が出て来ないんじゃないか?”と思ったりはしませんか?
「毎回少しは心配だよ。誰でもそうだと思うけど、不安はいつも少しある。今のところは何とか出来てるけどね」
スゴいなと思うものは、そんな簡単には出来ないんだよね
――今回のCDは、紙ジャケットで見開きになっていて、曲名によってロゴが違っていたりもして、アナログ盤のようですごくカッコいいですね。CDの盤面のデザインにもビンテージ感があって、浅井さんのこだわりを感じます。
「トラディショナルな感じだよね。1950~60年代のアメリカのブルーノート(※ジャズの名門レーベル)とかのアナログ盤のデザインってすごくカッコいいし、よく考えられていて。その当時の車のラインとか家具もそうだけど、ああいうのっていつまで経っても古びないよね。最近のくまモンとかふなっしーみたいなのとは、全然デザインの質が違うんだけどさ(笑)」
――(笑)。『紙飛行機』(M-4)のMVに使用されているイラストは、浅井さんが描かれたものですよね。
「そうだよ。50~60年代の絵画とかデザインにバリバリ影響受けとるよ」
――アンディ・ウォーホルなどのポップアートも好きですか?
「全然。ウォーホルはあんまり好きじゃないんだわ。20歳ぐらいのときかな? その頃仲良くしとった先輩に、ルー・リードとかあの時代のニューヨークのカッコよさとかビート・ジェネレーションを教わって、“そんなカッコいい人がいたんだ”と思った。でも、ウォーホルの作品を見てもピンとこなくて、それよりもアメリカのワーナーとかMGM(どちらも映画、テレビ番組の制作会社)の『トムとジェリー』とか『ドルーピー』、『ルーニー・テューンズ』とかのアニメって、色使いとか完成度とかポピュラリティとか、本当にスゴいと思う。ディズニーもそうだね。生半可なことじゃあんな絵は描けないからね。スゴいなと思うものは、そんな簡単には出来ないんだよね。天才には出来るんだろうけど」
――『トムとジェリー』も今見ても古さを感じませんし、50~60年代のジャケットもカッコいいものが多いですね。
「やっぱり本物なんだろうね。だから自分の音楽もそういうものでありたいし、2~3年したらみんなから完全に忘れ去られるような音楽はイヤだよね」
声って不思議だよね。生まれ持ったものだし
喋る言葉はその人の心が選んでるわけだから
――浅井さんの歌声には“哀しみ”を感じるんですが、その歌声が聴いた瞬間に見事に刺さるんですね。SHERBETSの『SIBERIA』(’99)もAJICOによる『ペピン』(’01)もいまだに刺さったまま抜けない。それに、哀しみがあることで嬉しいことや楽しいことがより強く感じられます。
「声って不思議だよね。生まれ持ったものだし、喋る言葉はその人の心が選んでるわけだから。人間っていうのも不思議なわけじゃん? 今、当たり前のようにここにこうしているけどさ、死んだらどこに行くかもみんな分かってない。でもその中で、必死こいて生きてくしかないよね。俺は音楽を運良く25年ぐらい続けられてるって話だよね」
――“不思議”っていう言葉は『紙飛行機』の詞にも出てきますね。
「不思議だよ。『僕は何だろう』(M-8)も不思議なことについて歌ってるんだけど、7月に東京でやったライブの『僕は何だろう』は良かったよ。レコーディングのときよりも、“イケたな”って手応えがあったわ」
音楽に対しては、真面目っていうか一生懸命だね
――今回、ご自分でプロトゥールスを使って作られた曲があるそうですが。
「『Sky Diving Baby』(M-1)と『Parmesan Cheese』(M-3)と『君をさがす』(M-9)。他の曲とはちょっと肌触りが違うでしょう? プロトゥールスは『Sphinx Rose』(’09)の頃から使い始めたんだけど、その頃はまだ深沼(元昭 from PLAGUES/GHEEE/他)くんがいないと出来ないこともあったんだけど、自分でも部屋で1人でダビング出来るようにして。家で出来るのはいいよね。アイディアが湧いたらすぐに作れるし、何回もチャレンジ出来るし」
――ちなみに深沼さんとの最初の出会いは?
「最初はね、深沼くんがエンジニアをやっとったLAZYgunsBRISKYってバンドのプロデュースを俺がやることになって。それが出会いかな? 深沼くんはすごく頭のいい人でね。音楽理論をちゃんと分かってるから、一緒にやってると“そうだったのか!”ってことがたくさんあって。それとやっぱ人間的に好きかな。話が面白いし、深沼だけあって、深いんだわ。…って面白い?(笑)」
――アハハハハ!(笑) 浅井さんも深沼さんも、一見コワそうですが(笑)真面目な方という印象です。
「音楽に対しては、真面目っていうか一生懸命だね。今回一緒にやった林(幸治from TRICERATOPS)くんも真面目だね。彼は無口だけど、気は合うね」
――『桜』(M-7)の“叶うわけ ないなんて 思ってるだろう”のフレーズを聴いていたときにふと、『紙飛行機』の“またあの地獄のような戦争が 始まるんでしょうか”の詞が蘇ってきて。戦争のない平和な世界が叶わないなんて思いたくないなって、自分の中でこの2曲がリンクしたんですね。
「戦争なんて絶対ダメでしょう。世界中のどの国も戦争なんてせずに仲良くなればいいともちろん思うけど、現状そうはなっていないし、複雑な背景があるからね」
――そんな風に思う毎日の生活に響いたり、フッと考えるきっかけをくれるアルバムだなぁと思います。
「そうだね。同じように日々を生きてる人間が作った曲だから、リンクするのかもね。音楽を作るのは自分にとって特別なことでもあるし、当たり前になってるところもあるけど、まだ“作りたい”と思ってやってるね」
音楽家にとってはライブと音楽を作ることが全てなんだよ
――音楽以外で20年以上続いていることって他にありますか?
「酒を飲むことかな(笑)。最近ちょっと減ったけどね」
――(笑)。絵を描くこともそうですね。
「絵も描いとるし、Tシャツのデザインも考えとるし…そう考えると忙しいね。でも、そうこうしてる内にまた作曲活動が始まるしね。音楽家にとってはライブと音楽を作ることが全てなんだよね。だからそれを一生懸命やることが一番。作品もライブも毎回考えてることは同じだな。“スゴいものを作ろう”ってこと」
――そのモチベーションになっていることはありますか?
「作品を出して、それをさっきみたいに“スゴくよかった”って言われること。ライブもそう。それでまたやる気になる。みんなそうじゃないかな。歌詞を書くのも大変だし、二日酔いで最悪なときもたまにあるけど(笑)、作っとるときはその曲が完成することだけを目指して“よし、今日これを絶対に作り上げよう”って挑む。真正面から立ち向かうってことだよね。よく“歌詞を書くときに何かコツはあるんですか?”とか聞かれるけど、そんなもんないんだよね。あるとしたら“よし作ろう!”っていう気持ちだけ。スゴいものを作ろうって挑む。立ち向かうだけだよ。それでも出来んときはあるけど、出来るまでそれを繰り返すしかないよね」
――それを超えて出来上がったときは…。
「“やったぁ!”だよね(笑)。何事もそれの繰り返し。アルバムの最後の曲、いいでしょう?」
――『ハラピニオ』(M-11)は楽しいですね。今日ここへ来る電車の中でも聴いていたんですが、ギターの音が晴れ晴れとした青空のようで、すごく気持ちいいです。この曲でアルバムが終わることにとても幸せを感じました。
「いいでしょう? 電車の中とか、歩きながら音楽聴くのっていいね。世界が変わるもんね」
――10月9日(木)なんばHatchで行われる『Splash Nancy ACOUSTIC & ELECTRIC NIGHT』の公演は、全席指定のイス席になるんですね。
「東名阪の会場はそうだね。アコースティックとエレクトリックとどっちもあって。座って聴いてもらうのはどんな感じになるだろうね? 冒険でもあるし、前半はじっくり聴いてもらって、後半は爆発するからね。『Nancy』聴いて、友達誘って、たくさんの人に来て欲しいね。待ってるよ」
Text by 梶原有紀子
Photo by 渡邉一生(SLOT PHOTOGRAPHIC)
(2014年10月 7日更新)
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