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Riddim Saunter解散後、ひとりのシンガーソングライターへ…
3/22(金)梅田Shangri-Laのワンマンを目前に控えた
Keishi Tanakaが1stソロアルバム『Fill』について語った!

惜しまれながら2011年に解散したRiddim Saunterのフロントマン、Keishi Tanakaこと田中啓史が1stソロアルバム『Fill』を2013年1月にリリース。現在、全国ツアーの真っ最中だ。スカやパンクを根っこに持ちながら文句なしに体を揺さぶる音楽を鳴らし続けていたRiddim Saunterなき後、1人のシンガーソングライターとして足を踏み出した彼から届いた新しい音楽は、とても温かく聴き手を包み込むものだった。アルバムにはFRONTIER BACKYARDの福田“TDC”忠章(ds)やYOUR SONG IS GOODの吉澤成友(G)、元Riddim Saunterの盟友、佐藤寛(G)らファミリーとも言える面々が参加。心地よい疾走感が耳を貫くロックテイストやソウル、ジャズ、レゲエといった様々な装いに包まれた曲を堪能した後に残るのは、たとえばエルトン・ジョンの『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』やビリー・ジョエルの『ピアノマン』を聴いた時のような感触。懐かしい風景に触れた時にこみ上げる切なさや誰かにやさしくしたくなるような温かさともいえるだろうか。そういった感触とともに、まるで北欧の雑貨や家具のようにずっと前からそこにあったように聴き手のいる場所に、あたりまえのようにKeishiの歌声はなじんでいる。テーブルをはさんで座るKeishiはスマートで華奢に見える瞬間もあるけれど、CDジャケットで遠くを見つめ物思いにふける後ろ姿はとても大きく、語られる言葉のひとつひとつはとても頼もしく情熱にあふれていた。

――バンドが解散した時に、これから先はソロでやって行こうと決めていたんですか?

「そうですね。自分から新たにバンドを組むって考えはまったくなくて……。たまたま“弾き語りをやらないか?”みたいな感じでライブに誘ってもらってたんで、それは全部やって行こうと。曲はソロの新しい曲をやりたかったんでまず6曲作って、それとともにカバーもやりながらライブをやっていった感じです」

――弾き語りやソロライブはRiddim Saunterの頃からやっていたんですか?

「バンドを終わりにするちょっと前ぐらいからですかね。2010年に「カジヒデキとリディムサウンター」という名で『TEENS FILM』というアルバム作って、そのツアーでギターを弾いて、あとはTHE DEKITSというバンドを別にやり始めてそこでアコギを弾く機会はあったんですけど、それまでRiddimの時はもっと違う事がやりたかったからギターを持つことはなかったし、“ギターを弾きながら歌う”ということに興味がなかったんですね。それがある時DEKITSのメンバーでもあるCOMEBACK MY DAUGHTERSの高本(和英)さんが一人で弾き語りをしているのを観て、これはひとつの表現として(自分が)できないのはなんか違うなと思ったんですね。一度自分もやってみてから、合うか合わないか決めようと思って、それからやり始めました」

――弾き語りのスタイルが自分に合っていたんですね。

「そうですね。バンドの時は数えるほどしか弾き語りライブもやってなかったんですけど、それを知ってくれた人が解散と同時に誘ってくれて。それまでは「Keishi Tanaka(Riddim Saunter)」でやってたのが、名前の後ろにカッコがついていない最初のソロライブをやったのが2011年12月2日の札幌で。僕、北海道出身なんでそれがうれしくって、そこからまた始まった感じが自分の中ではあるんですね」

――今回のアルバムを聴いていたら、ちょっと前まで弾き語りに興味がなかったなんて信じられないぐらいです。ほとんどどれもバンドの音ですが、ギターと歌だけで聴いてみたい曲ばかりです。

「そうですね。歌と曲とメロディーの距離感みたいなものも含めて、弾き語りから入ったから作れたアルバムではありますね。それに、1人でライブをやることも多いので、1人で出来ない曲は極力なくていいのかなとは思っていて」

――去年、ソロ活動の第1弾として本+CDという形態のソングブック集『夜の終わり』をリリースされました。最初にCDじゃなく本を出すという発想も面白いですね。

「『夜の終わり』を僕は“0枚目”って呼んでるんですけど、最初、ソロで何をやろうかなって考えた時に、僕は歌詞を書くのが好きなので、それをきっかけに活動を始めたかったのと、今回の『Fill』というアルバムがその時に同時に自分の頭の中にあって、1年後ぐらいにバンドアレンジでフルアルバムを作ろうと思ってたんですね。そこに向かうための作品が『夜の終わり』で、6曲入りCDと、僕の詩と、笹原清明さんというカメラマンが撮った写真で出来てるんです。音に関しては全部自分でやっています。というのも、1回全部自分でやるということをやってからじゃないと、納得して人に(演奏を)頼めないなと思いこんでしまって(笑)。自分で一度全部やってみて、今度アルバムを作る時にはいろんな人に頼んでみようと」

――実際に『夜の終わり』を作ってみて、“これはいける!”って感じでした?

「というか、自分の力量を確認する作業というよりは、精神的なものが大きかったですね。ソロになって、ボーカルとしてソロアルバムを作るのに、いきなり演奏を全部他人に任せるっていうのがちょっと……自分の中で何か納得しないというか。『夜の終わり』では叩けないドラムを叩いてみたり、鍵盤を弾いてみたりしてるんですけど、それがあったから今回のフルアルバムに進むことができたんだと思いますね」

――さっき、「歌詞をきっかけに」と言われましたが、歌いたいことがあったということでしょうか?

「もともと歌詞を書くのが好きで、15年ぐらい書いてますけど、バンドでは英語詞で歌ってたんですね。英語詞で歌ってた理由は、ライブでみんなを踊らせたかったんです。そうなると日本語詞だと邪魔になるかなと思っていて、ライブ中は詞を気にしないで楽しんでもらって、家に帰ってから歌詞カードを見て日本語詞も読んでほしいっていうスタンスだったんですけど、歌詞の内容で昂揚して体が勝手に動くこともありますよね? 今はそっちをやりたいんですね。そのためには日本語はストレートに伝わるし、今は日本語で歌うことに興味がありますね」

――さかのぼるとKeishiさん自身が、10代の頃から英語詞の曲をよく聴いていたんでしょうか?

「そうですね。高校生の時に『AIR JAM』があった世代なので、英語で歌ってるバンドが単純にカッコいいなと思ってた時期があったし、それが自然な年代でした。自分の青春がそこにあったんで。だから自分も英語で歌うのは自然だったし、今日本語で歌うのも、自分の中ではすごく自然なことととらえていて。アルバムには英語詞の曲もありますけど、日本語詞でも英語詞でも聴く人の内側から感情を揺さぶるような音楽をやれたらなぁと思ってますね」

――では歌詞に関しても聞きたいんですが、アルバム全体を通して素敵な歌詞が本当に多いんですね。『New Song / はじまりのうた』(M-6)は、歌詞の最後にあとがきのように“2011年12月 故郷の北海道にて”とありますね。

「はい。それがさっき言ってた「Keishi Tanaka」という名で最初にやったライブの日のことを歌ってますね。その時はまだこの曲はできていなかったんですが、自分の中で一歩始まった時のこととか、それが北海道だったこととか、いろいろ思ったことがあって。そういうふうに、現実と直結してる詞を書くことってあんまりしてこなかったんですけど、これは素直に書けましたね」

――“始まりの季節に 悪魔が笑う声 確かに聞こえてた”とありますが、Keishiさん自身がソロを始めるにあたって悪魔の笑い声が聞こえた?

「自分のこともそうなんですけど、新しいことを始める時にちょっと邪魔をする声というか、“辞めたほうがいいよ”とか親身になって言ってくれてるようで、実は親身になってるのかな?と思う人って結構いるなぁっていうのは思っていて。それを“ふざけんなよ”と思うこともないんです。気にせずに、自分は自分の好きなことをやればいいんじゃないか。それを伝えたかったんですね。否定する人もいれば背中を押してくれる声もありますしね」

――悪魔の笑い声には揺るがない、と。

「そうですね。僕のソロに関しては、そこで揺らいじゃうようだったら始めてないというか。でも生きていると揺らいじゃうこともあるじゃないですか? 今回は僕は揺らいでないけど、揺らぎそうになることももちろんあるし、聴いてくれる人がそういう時にこの曲を思い出してくれたらいいなと(照笑)」

――アルバムが始まって英語詞の曲が心地よく続く中で、6曲目のこの曲でいきなり日本語詞になるという曲順もいいですね。

「そうですね。曲順とか曲間も結構、考えて決めてますね」

――曲間も?

「はい。特に曲間は重要だと思っていて。1つだけ言うと、CDの再生ボタンを押すと、最初2秒の間が空いてるんですね。ピッてボタンを押してすぐ曲が始まるんじゃなく、曲を聴く態勢になってもらうための2秒。その辺は伝わらないこだわりなのかもしれないけど(笑)」

――そういえば家で聴いていて、窓際にCDプレイヤーを置いてるんですけど、本体の再生ボタンを押してちょうど座る場所に戻ったら1曲目が始まって、そのタイミングはちょっと嬉しかったです(笑)。今回、CDとともにアナログ盤も発売されましたがそこにもこだわりがありそうですね。

「そうですね。音のこともあるけど、アナログ盤には表と裏があって、CDとは違ってわざわざ盤に針を落として聴くわけですよね。そういう針を置く作業もいいなと思っていて。アナログのA面に7曲目まで入っていて、B面は『I’ve Never Seen / 僕は知らない』(M-8)で始まるんですけど、この曲は僕の中で“始まり”っていうイメージの曲なんですね。ただ前作にもアコースティックバージョンで入っているのでCDの1、2曲目にはしたくなくて、アナログ盤をひっくり返して針を置いた時に始まる曲にしたいなと思ってそれで8曲目になりました。そうやって曲順も考えましたね」

――Keishiさん自身、レコードを聴いて育ちましたか?

「僕の場合は18歳ぐらいからですね。高校の時にボブ・マーリィの『LIVE!』(’75)を聴いて、レゲエを聴き始めて、その延長でターンテーブルにも興味を持って。最初に聴いたのはボブ・マーリィの『LIVE!』(’75)ですね。もともとスカが好きだったこともあって、レゲエもさかのぼっていくとスカに行きあたるんですね。今もレコードで買うものとCDで買うものは自分の中で分けていて、60、70~80年代のものを買う時はレコードで買いたいなと思うし、今出ている新譜はCDで買う。レコードで生産されてた時代のものってレコードで聴くように音ができていると思うし、今の音楽はたぶんCDで聴くようにミックスされてるからCDで聴きたいんですね」

――ジャズっぽい曲もありますが、ジャズもレコードで聴いてましたか?

「いや、そんなに。『New Song / はじまりのうた』(M-6)はジャズっぽいアレンジですけど、僕がやりたいのはいわゆるそのものズバリのジャズではないと思ってるんですね。この曲では実際に柳隼一さんっていうジャズピアニストの方に弾いてもらってるんですけど、最初にイメージを伝えた時に“このメロディー、弾きにくいな!(笑) 何か違和感あるよ”みたいな感じだったのを無理やり弾いてもらってて。でもそういうちょっと変なジャズがやりたかったというか、いわゆるジャズのルールを知らないことを武器にしてる感じもあって。僕はジャズをやろうとしてるけど、本物のジャズ畑の人からするとそれは本筋とはちょっと違ってて、結果“今までになかった! この感じ”というものができあがる。それこそがまさに僕がやりたかったことで、決してまっとうなジャズをやりたかったわけではないんですね」

――なるほど。

「今回アルバムを作るにあたって、キャロル・キングとかジェームス・テイラーとか70年代のシンガーソングライターのアルバムを引っ張り出してもう1回聴いてたんですが、今の感覚で聴いてももちろんいい曲ばかりだし、そういう曲もやりたいんですけど、最終的にこのアルバムで作りたいものは、僕がアコギを弾いてやさしく歌うっていうだけのものではないというのは早い段階から分かっていたんですね。ソロだからってアコースティック一辺倒になることもなく、バンドアレンジでストリングスも入れたい、とかやりたいことをやりつつ、自分の中の“田中啓史とは?”というものを出したほうがいいなとは思っていました。昔にさかのぼりすぎず“今”の感じで。70年代ではなく現代の人間なんで(笑)」

――シンプルで飽きがこなくて、でも揺さぶるものがある、あの時代の音楽の持つ色あせない感じがこの作品にも受け継がれているようにも感じます。

「あぁ。名盤といわれるものにはそういうものが絶対あると思うし、ずっと長く聴けるアルバムを作りたかったっていうのはテーマにありましたね」

――でもそれって、同じ音を持ってくればよいわけではないでしょうし、作り手の中身の部分が作用しているのかなと思います。

「うん。そういう作品を聴いてて思ったのは、どれも日常で聴く音楽というか、場所を選ばないでどこでも聴けてすんなり入ってくる音楽ばかりだなと思って。そういう音楽がずっと聴けるものなのかなと思ったんで、今回のアルバムに関しても場所を限定したくなかったんですね。どんなシチュエーションでも聴ける。年をとったら聴けないようなものは、若者の音楽って限定されちゃうし、それも素晴らしいけど、今回は限定せずにやりたかったんですね」

――ただ、実際にそれを作り上げるのは容易な作業ではないですよね。

「そうですね。ずっとバンドでやってた人間だったので、アレンジまで全部を自分で完結させるのはなかなかの作業でしたけど、演奏を頼んだメンバーに恵まれているってことと、最初の作品ってことでモチベーションもあったので、楽しくやれましたけどね。ただ、不安になることもあって、“これがいいな”と思ってすすめるけど、次の日起きた時には“そうでもないな”と思ったり。それを繰り返すと何が良いのか分からなくなってくるので、最初にいいと思ったものをやろうっていう自分の中のルールを決めたら結構いろいろすんなりいって。たとえばさっきの『New Song』だったら、この曲はジャズの曲でここで三拍子になる、とか最初の段階で決めてたことしかやってないんですね」

――いわゆる初期衝動みたいなものにも似ていますか?

「そうですね、今回は完全にソロの初期衝動ですね。それがあったからできたアルバムですね」

――今の話を聞いていて、『Like Her / 彼女のように』(M-4)の中の“何かを始めるその時から 僕らは表現者になる 特別なことではない 言葉もなんだって構わない”とあるのを思い出しました。この曲は英語詞ですが、強い意志を感じる詞ですね。

「日本語と英語で何曲か作っていたんですけど、『Like Her』はなんとなく英語で歌いたいかったし、“言葉もなんだって構わない”という歌詞はそういうところに直結するんです。なんだって表現は自由じゃないですか?そういうことを込めたかったんですね」

――自分が音楽を表現するのも、特別なことではない?

「そうですね。僕は音楽ですけど、聴いてくれてる人もいろんな表現をしてると思うんです。“私は何も表現なんかしていない”と思ってる人もいるかもしれませんが、それはきっと間違いで、実際は日々生活をしているというだけで少なからず表現していることはあるはずなんです。それを自分でわかっておくと、その点でネガティブになる必要はないんじゃないかなと思うんですね。特別な人だけが表現者であるとは思っていないので」

――さっき、“ソロ=自分がアコギを弾いてやさしく歌うだけじゃない”と言われましたが、この曲やさっきの『New Song』も、心地よい中にもソロとしての明確な自分の意思が言葉で刻まれているように感じます。

「そうですね。たまにバンド時代の歌詞を読み返すとおもしろかったりして、歌詞を書くことって誰でもやってみたらいいんじゃないかなと思うんですよ!(笑) 詞を書くことって恥ずかしい気もするけど、結構今の自分を知る手段になるなと思っていて。ブログでも書いたことあるんですけど、ブログは世間に発表するものだから書きにくいこともあると思うけど、ちゃんとした詞じゃなくても手帳に書く日記みたいなものでいいと思うんですよね。僕も“最近どういうこと考えてたっけなぁ”みたいに思って書き始めて後で見てみると、“あ、こんなこと思ってたんだ”っていう発見が結構あるんですよ。なので自分という人間を知るためにも詞を書くことはみんなに結構おススメです(笑)」

――いきなり歌詞の形で書くんですか? それとも日記みたいな文章から詞にしていきますか?

「今は、歌詞として書くことが多いですね。昔はもうちょっと文章っぽく書いて、それを英語にして、日本語訳用に言葉を整える作業をしてたこともありましたけど、今は同時進行でやりたくて。曲のメロディーが固まりきる直前ぐらいに詞も書き始めて、メロディーにあわせて変動できるようにするというか。日本語のスペースとか改行が僕の中ですごく重要で、スペースの位置でニュアンスも変わっちゃうし、歌詞として読みにくかったり伝えにくい文章になるものは全部直しますね」

――今までいろんな方に話を聞いてきましたけど、こんなに歌詞のことを楽しく話される方は初めてかもしれません(笑)。“歌詞を書く作業が1番大変!”というミュージシャンの方も多いですよね。

「なるほど。僕はそう思ったことはないですね」

――生まれながらの詩人ですかね(笑)。

「いやいやいや。英語詞は日本語よりも楽なんですよね。日本語の制約がないから。僕も確かに日本語詞のほうがちょっと難しいんですけど、これから日本語で何十曲も書いていったら、“苦痛です”とか言ってるかもしれない(笑)」

――『Hello / あなたにハロー』(M-5)のイントロで聴こえるのは子供たちの声ですか?

「はい。この曲は子供の声が欲しくて」

――他にも『Wonderful Seasons / 素敵な季節たち』(M-2)の“長靴の子供達”や『The Unknown Island / 知らない島』(M-7)の“跳ねる子供達”など、“子供”や“少年”、“少女”というワードがあちらこちらに登場しますね。

「多いかもしれないですね。昔から子供はヒントになる存在というか、子供ってただ走ってるだけでそんなに面白いか?っていうぐらい好奇心の塊ですよね。昨日も幼稚園で撮影をしてきて、“歌のお兄さん”みたいなことをしてきたんですけど(笑)、最初に30分ぐらい子供たちと一緒に遊んで“遊んでくれたお礼に1曲プレゼントするね”って『Hello』を歌ったんです。そこで英語の歌を歌うのかいって感じですけど(笑)、子供ってダメなものはリアルにダメという表現をするじゃないですか? でも今って英語を習ってる子供も多いから“ハローってわかる?”とか言いながら。そんなふうに知らない歌を一緒に歌うなんて大人にはできないし、子供の無垢な感じがいいなっていうのはずっと思ってますね」

――いい話ですね(笑)。そして『End Of Night / 夜の終わり』(M-11)はとても優しい曲で、聴くたびにじっくりと自分の中に沁み込んでくるようです。“蒼い時間”という言葉が詞にありますが、朝になる前の暗い夜の間に起こった出来事が思い出されたり、歌詞に呼ばれるようにいろんな風景、情景がよみがえってきます。

「夜はいろいろ考える時間帯ではありますね。歌詞もそうですけど、朝方とか、夜の終わりの時間帯にいろいろ思うことも多くて、それって後ろ向きなことじゃなくて次のことを考えていると前のことに気づく瞬間もあって、それこそ子供の時の記憶みたいなものから思いつくこともあるし、自分の過去にヒントをもらってるんですよね。そういうのが大きいなと思うんです」

――“決まって浮かぶ古い風景”というのは、自分が過去に出会った風景ですか?

「そうですね。僕の決まって浮かぶ風景っていうのは僕のものであって共有はできないけど、聴く人みんなそれぞれにあると思うんです。そういうのって何かの文字で思い出すとかより、夜の終わりの夜遊びした時の記憶や、色とか匂いとかでフッと思い出すことが多いなと思っていて。どれも今の自分を形成してるものだし、過去と今と未来をちゃんと思っていきたいんですよね」

――朝になるといろんなことが始まってしまうから、暗い夜にいつまでもうずくまっていたい時もあって、この曲は“それもいいんじゃない?”と言ってくれているようにも感じます。かと思えば『Swim / 君の中を泳ぐ』(M-14)に“始まりを告げる夜”という一節があって、“夜=何かが始まる時間”に思えてハッとしたり。

「この曲は子守歌みたいな歌を作ろうと思って、そのまま眠っていけるような曲で他の曲とは違ってローファイな音で作りたかったんですね。YOUR SONG IS GOOD、THE DEKITSのヨシザワ“モーリス”マサトモさんのギターと一発録りなんですけど、息遣いみたいなものがいちばん伝わる録り方ではありますよね」

――心地よさの中にも、何かが始まりそうなおごそかな夜の息吹きも感じられて、もう一回最初からアルバムを聴こうかなという気分になったり(笑)。

「うれしいですね(笑)。詞と情景と曲っていう3つのテーマは常に自分の中にあって、情景が浮かぶ音楽がやりたかったんですよね。前作を作った時もそうで、そのテーマを形にするために『夜の終わり』をソングブックという形で出したんですね。歌の中にある体温というか温度、色、匂いが伝わるといいなと思って、それが伝わった上でその人にはどういう景色が見えてるのか? それを本当は限定したくなくて今まで表現することはなかったんですけど、『夜の終わり』の時に1つの例として笹原さんの写真と組み合わせてみた。僕の歌を通して “笹原さんにはこういう情景が見えてるんだ”っていう写真が並んだのを見た時にすごく楽しくて。今回、この『Fill』ってアルバムを買ってくれた人全員にその人だけの景色や情景があったらそれは素晴らしいことだし、それが自分のやりたいことかな、とも思いますね」

――CDのジャケットもすごく素敵ですよね。

「前に“ジャケットの人は誰ですか?”って聞かれたことがあるんですけど(苦笑)、僕ってわかります?」

――わかりますよ! でも実物のKeishiさんよりも背中が大きく見えました。

「そうですか。30歳の背中をしてますかね?(笑) 今回、アルバムを作るにあたってジャケットに自分が出たかったっていうのはあったんですよ。それと、窓を使ったジャケットにしたかったんです。キャロル・キングの『つづれおり』(’70)とかエリック・カズの『イフ・ユアー・ロンリー』(’72)もそうですけど、70年代あたりのシンガーソングライターのアルバムって本人がジャケットに登場しているものが多くて、しかも窓を使ったジャケットに名盤が多いなと思っていて。いわゆる“窓ジャケ”です(笑)。このアルバムも“あの窓ジャケのヤツ”って言われたかったんですよ(笑)」

――Riddim Saunterのライブを観た時の印象はいまだに自分の中にあって、フロアでは誰ひとりじっとしている人はいないぐらいみんなが汗を飛び散らせて踊っていて、会場中にすごいエネルギーが充満していました。今、KeishiさんのMVやYouTubeなどで弾き語りライブの映像を見た時に、もうバンド時代は遠く懐かしく感じるような、現在のスタイルと歌、そしてこのジャケットの姿を見た時にすべてがすとんと納得できたような気がします。

「そうですね。ジャケットも含め、曲と詞と、写真も含めて全部の統一感は出てるんじゃないでしょうか。その全部で“田中啓史とは?”みたいな表現ができたアルバムになったかなと思いますね。バンドを辞めた時に、“こいつは次にどんなことをやるんだろう?”って思った人もいるだろうし、『夜の終わり』から知ってくれた人はバンド時代を知らないだろうし、どっちに対しても僕はやりたいんです。今までのことを背負うとかいうよりも、自分はありのままで。ナシにする部分はないですね」

――アルバムジャケットで、窓の外を眺めるこの背中にはいろんなものが沁み込んでいるんですね(笑)。

「猫背なんで、ちょっと姿勢が悪いんですけどね(苦笑)」

――タイトルの『Fill』は“満ちる”という意味があるんでしたっけ?

「そうですね。“満たす”とか“高揚する”とか。タイトルは最後につけるんですけど、今回は、“人を満たす”というよりは自分を満たす、“Fill me”のほうなんです。最初に自分がどういうアルバムを作りたいと考えてたかなと思った時に、自分を満たすものを作りたかったんですね。それが出来たという意味も込めて」

――そうだったんですね。

「はい。でもそれはアルバムが出る前の話で、作品が世に出たらまた次に向かうので、それで100%満たされるってことはほぼないんですけどね。100%になったら次の作品ができなくなっちゃうので。そういう意味では今はもう“Fill”じゃないんですけど、アルバムを作ってる時と、1月23日の発売日を迎えるまでの自分の気持ちですね。“これでスタートするんだ”っていう意志はありました。そういう意味で付けたタイトルです」

――現在、アルバムを携えたツアー中ですが、いかがですか?

「去年は弾き語りを中心にやっていたから、バンドセットでライブをやるのがすごく新鮮で。これまで10年ぐらいバンドをやってた自分が“バンドが新鮮”っていうことがまず今までにない感覚なんですけど(笑)」

――確かにそうですね (笑)。

「新鮮だから楽しめてる部分もあるし、モチベーションもあるし。やっぱりバンドって、ライブにおけるパワーとか曲作りとかが、ソロよりも強いんですよね。バンドの持つ力って、ソロでは出せない部分があって。でも逆にソロだからできること、ソロでしかできないことも絶対にあって、今、このツアーで僕がやりたいのはソロのバンドセットなんですね」

――ソロだけど、ライブはバンド形態ということでしょうか?

「言葉ではうまく言い表せないんですけど(苦笑)、バンドセットでライブをやってるけど、Keishi Tanakaはバンドじゃなくてソロ。Keishi Tanakaが楽しめるのはソロのバンドセットかなと思うんですね。他にもドラムと二人セットでライブをやる時もあるし、ひとりの弾き語りの時もある。バンドセットのツアーをやり始めたら、また最近弾き語りをやりたいモードになってきていて。“どんだけ天の邪鬼なんだ!?”って感じですけど(笑)、弾き語りばかりやってるとバンドセットでのライブがやりたくなるし、その辺のバランスなんですよね。両方やりたいんですよ。今後もそれをうまくやっていけたらいいなと思いますね」

――その時々によって弾き語りスタイルでライブをやる時もあれば、バンド形態でも楽しめると。

「そうですね。ステージには最低、僕は必ずいます(笑)。自分ひとりで出て行って歌って、それで満足させられないんだったらソロでやっている意味がないですし、バンドセットだけがいいといわれるんだったらバンドを組んだほうがいいと思う。そう言いきれるぐらいソロとバンドは別物ですし、これからもその感覚やソロということの意味を持ち続けたいと思います」

――また、バンドをやろうって気持ちは全然ないですか?

「ないですね。このアルバムを作って、ソロとしてライブをしているので、そっち(=バンド)のモードにはならないですね」

――わかりました。3月22日(金)のワンマンでこのアルバムの曲が聴けるのを楽しみにしています!

「是非! 僕も楽しみです!(笑)」


Text by 梶原有紀子




(2013年3月15日更新)


Check

Release

Album
『Fill』
発売中 
CD:2835円 LP:3000円
Niw! Records

<収録曲>
01. Today’s Another Day / また別の日
02. Wonderful Seasons / 素敵な季節たち
03. After Rain / 今は雨の音を聞く
04. Like Her / 彼女のように
05. Hello / あなたにハロー
06. New Song / はじまりのうた
07. The Unknown Island / 知らない島
08. I’ve Never Seen / 僕は知らない
09. The Day You Do Nothing / 休日
10. Stars And Lies / 君は星と嘘を並べていた
11. End Of Night / 夜の終わり
12. Innocent Sound And Silhouette / 無垢な響きとシルエット
13. Let Me Know / 君の言葉
14. Swim / 君の中を泳ぐ

Profile

ケイシ・タナカ…Riddim Saunterのボーカルとして、国内外のイベントに出演。’11年までに3枚のアルバムと、アコースティックアルバム、リミックスアルバムなどをリリースし、’11年9月、中野サンプラザのライブを最後に、Riddim Saunterを解散。その後、Keishi Tanaka名義での活動をスタートする。また、同年に結成されたTHE DEKITSのメンバーとしても活動中。

Keishi Tanaka オフィシャルサイト
http://keishitanaka.com/


Live

【岩手公演】
チケット発売中 Pコード188-830
▼3月19日(火) 19:00
club change
オールスタンディング-3300円
[ゲスト]プラズマン
ノースロードミュージック仙台■022-256-1000

【宮城公演】
チケット発売中 Pコード188-833
▼3月20日(水・祝) 18:00
仙台MACANA
オールスタンディング-3300円
[ゲスト]Slow Peak Life
ノースロードミュージック仙台■022-256-1000

Pick Up!!

【大阪公演】
チケット発売中 Pコード189-242
▼3月22日(金) 19:00
Shangri-La
オールスタンディング-3300円
GREENS■06-6882-1224

【愛知公演】
チケット発売中 Pコード188-920
▼3月23日(土) 18:30
TOKUZO
3300円
ジェイルハウス■052-936-6041

【東京公演】
チケット発売中 Pコード188-789
▼3月24日(日) 18:00
Shibuya WWW
全立見-3300円
※3歳以上はチケット必要。
VINTAGE ROCK■03-3770-6900

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