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音楽が語る言葉が映像と一つになって大きな力に!
ピアニスト・加古隆インタビュー

2016年、2017年と東京で開催され好評を博した『NHKスペシャル 映像の世紀コンサート』が9月17日(月・祝)、ついに大阪に初上陸! このコンサートはタイトルにもあるとおり、NHKの人気番組「映像の世紀」と「新・映像の世紀」の映像とともに、同番組の音楽を担当したピアニスト・加古隆氏と、オーケストラの演奏を同時に楽しめるスタイルで、映像と音楽の融合を堪能できるというもの。そこで、大きな感動が渦巻く同コンサートについて、キーパーソンである加古氏にインタビュー! 核となるテーマ曲「パリは燃えているか」のことから今回の聴きどころ見どころまで、たっぷりと話を聞いた。

――間もなく開催される『NHKスペシャル 映像の世紀コンサート』は、加古さんが音楽を手掛けた、NHKスペシャル「映像の世紀」シリーズの映像と音楽をコンサートとして体感できる内容。まずこのようなコンサートになったいきさつから教えてください。
 
「まず映像は1995年から1996年にかけて放送された番組が元になります。これは放送当時、映像がこの世に生まれてから100年を迎え、世界中に残されている映像を集めてこの100年を振り返えろうということだったんですね。そしてそのために音楽を……テーマ曲の『パリは燃えているか』以外にも、たくさんの曲を僕が作曲して放送されました。当初はこの番組が何度も放送されるとは思っていなかったんですが、実際には大反響を呼んで、NHK始まって以来の再放送の回数の記録を作ったそうなんです。それほど何度も放送されました。ということは、それだけたくさんの方がこの番組を見てくださったということです。そういうことが連なり20年後の2015年、番組放送20周年を記念し、新しい映像も加えて作り直して『新・映像の世紀』という番組ができました。そこでこの新番組のために、新しい曲を何曲も作り、さらにテーマ曲には再び『パリは燃えているか』が流れました。そういう土台があって、今度はコンサートとしてできないか?というところから『NHKスペシャル 映像の世紀コンサート』になったわけです」
 
――なるほど。それでコンサートは番組の音楽と映像を融合する構成になったんですね。
 
「ただ通常(番組などの放送)は映像があって、それに音楽をつけて、それを見て終わりますよね。ところが今回はコンサートという形。なので、まず音楽を先に全部きちんとまとめてしまおう!ということです。それはどういうことかと言うと、まず番組が映像で集めた100年間の世界の歴史を、このコンサートでは7つのパートに分けました。そのパートは各時代の大きなできごとが取り上げてあります。第一次世界大戦や広島、ヒトラーや冷戦時代、さらにアポロ宇宙船の月面着陸や、最新ではシリアの悲惨な映像やテロ事件も全部含め、歴史の流れで組み立て、その歴史のキーワードに沿って僕が今までに書いた曲を、もう一度ちゃんと音楽作品として聴いていただけるように仕上げ直しました。だから、音楽を先行で作り直し、そしてその音楽を今度はNHKの方にお渡しして、それに合わせてもう一度映像を再編集してあるんです。つまりコンサートのために、音楽をまとめ、それに対して映像を再編集するという過程を踏んでいるので、映像と音楽の密着度がものすごく高いんです。映像主体でもないし音楽主体でもない。両方が主役の形で楽しめます」
 
――楽曲は「映像の世紀」と「新・映像の世紀」の、新旧2つの番組から楽しめるんですか?
 
「どちらも含んでいます。しかも放送の時はすべてを大オーケストラで演奏しているわけではないので、そういう曲はこのコンサートのために大オーケストラ用にアレンジし直しています。だから、そういう面でもコンサートを楽しんでいただけますね。もちろんスクリーンもテレビとは違い、映画と同じ大きなスクリーンです。大スクリーンで大オーケストラを楽しめるということです」

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――楽曲の再アレンジはかなり大変だったのでは?
 
「そのとおり(笑)。例えば『パリは燃えているか』でもオーケストラとカルテットのバージョンでは、長さもワンコーラス分違うんですよ。だから、今回はオーケストラに一番ふさわしいアレンジというのも核になりましたね。そして『パリは燃えているか』については、いろいろなバージョンで何度か出てくるように構成にしてあるので、さまざまなシーンで聴こえてきます。ピアノのソロで聴こえてくる時もあれば、大オーケストラで聴こえてくる時もあります」
 
――その『パリは燃えているか』ですが、制作時の20年前と今では、曲から感じるものに違いはありますか?
 
「変わらないですね。100回演奏しようと500回演奏しようと、演奏する時はいつも初めて弾いているような新鮮な感じなんですよ。例え話をすると、植物は春になると新芽が出てくるでしょ? その若い緑の葉っぱをそばで見てごらんなさい。ものすごくかわいいし、赤ちゃんみたい。みずみずしくて、命の輝きというか……それに毎年感動する。音楽もこれと同じですね。そしてそういう風に(聴く人にも)伝わるはずです。ま、そうじゃなきゃ音楽はつまらないよね(笑)。一回やったら終わりで、後はただ落ちていくというのではね……。そうじゃないものを僕はやりたいな」
 
――ちなみに『パリは燃えているか』は、どんなインスピレーションから生まれたんでしょう? 番組の映像を見て作られたんですか?? それとも番組の内容を話として聞いて作られたんですか??
 
「結論から言うと両方ですね。とっかかりはお話を聞いて、自分なりにこういう感じの曲を……って考えてみたんです。その“感じ”というのは、今回のコンサートのテーマでもあるんですけど“人間の罪、そして勇気。”というもの。人間には悪い面と良い面がありますよね。20世紀は戦争の連続なんですよ。もうこんなことは2度とやるまいってなっても、また何年かしてやってる。場所を変えて別の所でやってるわけ。みんなが口をそろえて“愚かだ。繰り返してはいけない”って言うのに繰り返す。それで人間の愚かさというものが、一つの柱になる。で、一方、20世紀を全体として見ると文化や文明がある。それらが具体化された街・パリはやっぱり美しいわけですよ。それもまた全部人間が作っている。そのすばらしさ。そんな人間の愚かさとすばらしさの両面を感じてもらえるような、そして100年の歴史……大河ドラマを見ているような気分になれる曲というのが、僕のテーマだったんです。そうやって書いたメロディですが、これでいいはずだと思っていたのに寂しい雰囲気でしか聴こえなかった。1年間続くダイナミックな番組のテーマとしては合わないなって思っていたところに、映像が送られてきたんです。それはオープニングの90秒のCG。20数年前のことですから当時CGは斬新で、20世紀のいろんな映像がパッチワークされて、次々に文字が流れ、すばらしいテンポで移り変わっていく。それを見たら、この曲はもっとテンポよく、堂々と弾けばいいんだと思って……。それでできたのが今のテーマです」
 
――そんな経緯があったんですね。実は取材にあたり「映像の世紀」を拝見したのですが、目を背けたくなる映像が多くて……。でも、テーマ曲が流れることで、うまくクールダウンできるというか、自分で考える時間が持てた気がしました。それは、今話された人間の2つの側面が曲にあったからなのかもしれませんね。
 
「音楽って不思議なもので、言葉で表せるような、あるいは言葉を超えたようなメッセージを込めることができる。しかも言語に関係なく、誰でも同じようにわかるっていう側面がある。ただその代わり具体的に“これは〇〇の〇〇です”っていう風に決め付けるのにはあまり適してない。よりイメージ……感覚的なものだから。そしてこのコンサートでは言葉がなくて、テレビのように“この時に〇〇が〇〇をして……”って、しゃべって説明をしない。だから僕は、コンサートをする前はとても不安だったの。お客さんはわかるのかな? 退屈するんじゃないかな??って。演奏も映像を立てるために、薄暗い所だし、映像も有名な人が出てきたらわかるとは思うけど、あとは……(一般の人なので)ね。でもこれ(言葉による説明)がなかったからこそ、成功したんだと思う。音楽が語る言葉。これがものすごく強い力。そしてそれは映像とリンクしてさらに感じることができるんですよ。一人ひとりが自分の考え、あるいは記憶を通して自分で感じられる。だからこのコンサートは、いわゆる音楽会やコンサートの持つ力を十分に使いつつ、なおかつ作りものではない実際にあった歴史の本物の映像の強さでさらに固められる。しかもそれがすごい迫力なんです」

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――音楽と映像の相乗効果ですね。少し話が脱線しますが、海外の主に欧米のドキュメンタリー番組やドラマを見ていると、それらの音楽は日本のそれに比べてあっさりしていて少ない気がします。なので、音楽と映像から同時に何かを強く感じるのは日本人特有なのかな?と……。数々の映画や番組の音楽を手掛けられてきた加古さんはどのように感じていますか?
 
「最近観た欧米の映画では始めから終わりまでずっと音楽が鳴ってるものもありましたよ。延々鳴ってるの。これ(音楽を)書いた人大変じゃないかなってくらい(笑)。だからよくはわからないんだけど、テレビのドキュメンタリーとかだと短時間で処理されることが多いので、そういう風なことを僕も感じたことはありますね。でもあれじゃないかな……音楽に託すということは、言葉にできないから、音楽に託すということ。でも、欧米では全部を言葉で説明しないといけないと思われているかもしれない。僕ね、この『映像の世紀』がすばらしいなと思ったのは、当時を生きていた人の話……あの時はこうだったんですよというのがないところなんですよ。例えば当時の兵士がお母さんに当てた手紙を読むとか、そういうのはシーンに合わせてナレーションや声優が入るんだけども、当事者が説明するっていうのはまったくない。それはNHKが(その手法を)取らなかったからなんです。でもこれが大成功の秘訣。番組がおもしろくなった理由だと思っているんです。実は番組の映像はNHKとBBC(イギリス)とABC(アメリカ)の3社が合同で集めていて、同じ素材を使って各社が番組を自由に作っているんです。で、ABCも僕に音楽の依頼をしてくれたんで、ニューヨークでABCのディレクターと会って……。その時、はっきり言っていたんですよね。“NHKの番組は説明がない。今、生きている人がいるのにその人たちからの説明がない。でもドキュメンタリーはそれが大事だ。当事者の言葉が大事だ”って……。だからそういう作り方をしていたんですよね。で、僕もABCの番組を見たんですけど、それは“いわゆる”ドキュメンタリーで、言葉を大事に……言葉というか説明を大事にしていた。でも、それを情緒的にしたのが日本の『映像の世紀』。“情緒的に”っていうのは、やはり日本人的な切り口だったと思いますね。だからやっぱり、僕はこれ(『映像の世紀』)が好きですね。全部を全部説明してっていうのはね……」
 
――音楽が言葉の説明を超えるところですね。
 
「だからぜひコンサートに来てください。実際に一回見たら、それこそ言葉では言い表せない大きな感動があると思いますよ」
 
――まさに。なんだか言葉で取材しているのが矛盾している気がしてきました(笑)。
 
「言葉にするのは難しいね(笑)」
 
――言葉だけに頼り切るのではなく、ほかとのバランスも大事なんでしょうね。
 
「そういうことだね。そういう意味で言うとね、このコンサートのまたすてきなところは、映像が流れて音楽が始まったら、ひと言もないんですが、7つに分かれたパートの間に、次のパートを案内するような山根さん(山根基世・元NHKアナウンサー)のナレーションがあるんです。その時は山根さん(がステージに)一人だけ、ポンッて(スポットライトを浴びて)立って、次の世界はどう変わっていったとかいうことを、とても詞的に話してくれるんです。その言葉が素直にグッとくるんですよ。そしてその後、今度は言葉なしで映像と音楽がドンッとくる。それがちゃんといきてくる。このバランスがいい。そこがピカイチですね」
 
――ストーリーテラー的な存在もあるんですね。ちなみにこのコンサートは東京で2回行われていますが、その時の観客の反応はいかがでしたか?
 
「10年以上、いや20年近くいつも僕のコンサートに来てくれるファンの人がいて、コンサートが終わった後に会うことがあるんですが、今まで涙を見せたことのないその人が、ぐしょぐしょになっていたね。これはちょっと驚いた」
 
――何かおっしゃっていましたか?
 
「いや、もう、感動して声にならないの。僕のコンサートを初めて聴いてそうなったっていうのなら“そうか”とも思えるんですけどね。何回も聴いていて、毎回よかったとか、いろいろ感想を言ってくれている人でも、これ(『映像の世紀』)はね、やっぱり感動の大きさが音楽だけではないから……。実際にあった歴史、音楽、映像、いろんなことをうまく一つにして作られているからこそ、“あ、こういう風(大きな感動)になるんだ!”って思いましたね。やはり、そういう大きな力を持っているコンサートなんですよ。本当に、ぜひ、実際に見て感じてみてください」
 
text by 服田昌子



(2018年9月10日更新)


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Profile

かこたかし…東京藝術大学・大学院作曲研究室修了後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院に進み、ヨーロッパの現代音楽界を牽引した作曲家の一人であるオリヴィエ・メシアンに師事。現代音楽の勉学途上だった1973年、パリでフリージャズ・ピアニストとしてデビューするというユニークな経歴を持つ。1976年に最高位の成績で同音楽院を卒業すると、帰国後はオーケストラやさまざまな分野の作品、さらに映画音楽やドキュメント映像の作曲も数多く手がけ、パウル・クレーの絵の印象から作曲したピアノ組曲「クレー」や、NHKスペシャル「映像の世紀」「新・映像の世紀」のテーマ曲「パリは燃えているか」などの代表曲を制作。また、ピアニストとしては音色の美しさから“ピアノの詩人”と評されている。


『NHKスペシャル
映像の世紀コンサート』

チケット発売中 Pコード:124-171
▼9月17日(月・祝) 15:00
フェスティバルホール
S席-7800円 A席-6800円 B席-5800円
BOX席-9800円
[指揮]岩村力 [独奏・独唱]加古隆(p)
[演奏]大阪フィルハーモニー交響楽団
※[ナレーション]山根基世
※未就学児童は入場不可。使用する映像の中には遺体が映っているものがありますが、歴史の実態を記録した映像のためそのまま使用致します。あらかじめご了承ください。
[問]キョードーインフォメーション
■0570-200-888

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