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「人生観が変わるぐらいの2時間にしたい」
クラシックの緊張感とジャズの躍動感を行き来するネオ・クラシックで
世界を魅了するピアニストが、豊中市立文化芸術センターに初登場!
朝比奈隆子インタビュー

 クラシックをベースにジャズやラテンのリズムを取り入れた独自のスタイルで国際的に活躍するピアニスト&作曲家、朝比奈隆子が、10月20日(土)豊中市立文化芸術センターに登場する。’06年のアメリカデビュー以来、日本とニューヨークを拠点に活動し、スタインウェイホールやカーネギーホールといった音楽の殿堂から老舗のジャズクラブまで、様々な場所で鳴り響いてきた彼女の音楽は、確かな演奏力に基づいたクラシックのダイナミズムと、ジャズやラテンの持つスリルと熱量が共存。そんなオリジナル曲に加え、ラテン、ジャズのスタンダードやクラシックを、偉大なる音楽家への愛とリスペクトを持ってアレンジした、その名も“ネオ・クラシック”で世界を魅了し続けている。昨年は、日本においても名門フェスティバルホールで観衆を大いに沸かせた彼女が、ジャンルも国境もピアノと共に越えてきた型にハマらない音楽人生と、音楽家としての探求心と使命感を語ったインタビュー。「ピアノを通して世界は、人生はどういうものなのかを見てみたい」と微笑んだ彼女に、その音楽の輝きの理由を見た。

 
 
私としてはそんなに変わったことをしているつもりはないのですけど(笑)
 
 
――かれこれ10年以上ニューヨークと大阪を往復してきて、自分の中でスイッチが切り替わったり、感覚的に何か違ったりするものですか?
 
「ニューヨークは、初めて訪れたときから“第二の故郷”みたいな感覚がありました。クラシックひと筋だった頃、ヨーロッパには勉強しに行ったりしていましたが、今、一緒に演奏しているバンドのメンバーがニューヨーク出身で、“クラシック以外のスタイルに挑戦するなら一度行ってみた方がいいよ”と言われて。いざ行ってみたら不思議に馴染んで(笑)。そこから自然と何度も行くことになりました。オリジナル曲を作るのはニューヨークが多いですね」
 
――音楽に呼ばれているのか、土地に呼ばれているのか。
 
「そういう感覚って本当にありますね。パリも大好きな街で、訪れて演奏したいですが、住みたいとは思わない。でも、ニューヨークは最初から暮らしたいと思いました」
 
――何かフィットするフィーリングがあったんですね。どっぷりクラシック畑にいた朝比奈さんが、そもそもオリジナル曲を書き始めたきっかけは何だったんですか?
 
「クラシック音楽の多くは100年前には完成していた作品です。そして世界には優れた演奏家が過去にも今もたくさんいる。“今、ここで、私が演奏する意味があるのかな?”、と考えてしまって (笑)。ポップスやロックだったら、クラシックから見るとかなり単純な曲であっても、その人の作品になりますよね。私がそれを強く感じたのが、ジョン・レノンの『イマジン』('71)でした。あんなにシンプルな曲でも世界中の人が知っていて…オリジナルってすごいなと感じたんです。だから、私も何か自分の作品を作りたいと思って、クラシックのコンサートにピアノソロでオリジナルを1曲だけ演奏したら、お客さまの反応がとてもよくて。私も自分の曲だからリラックスして弾けて楽しかった。そこからオリジナル曲を作り始めたんです。そうなったらピアノだけなく他の楽器があった方が面白いかなと思ってベースとドラムを入れて」
 
――なるほど。オリジナル曲を作りたい、その表現の幅を広げるものとしてリズム隊が欲しい、みたいな。
 
「“ピアノで表現できない音って何だろう?”と考えて、ベースとドラムの音があったら、もっとピアノは自由になれるし、トリオっていい形だなと思いました。そしてコンサートではオリジナル曲ばかりではなく、私たちのスタイルに合いそうなジャズやラテンの曲をメンバーに教えてもらいながらレパートリーに加えました」
 
――メンバーとの出会いが、自分の新しい音楽の扉を開いてくれたという。
 
「日本人はジャンル分けにこだわりがちですが、今のメンバーは、“ジャズだから”、“クラシックだから”という考えがありません。何でも遠慮なく聞いて、お互いにいろいろと言い合ったりできる心地よい関係が築けています」
 
――クラシックから見ても、ジャズから見ても、ある種のまっとうなルートとは異なる道筋で今にたどり着いたと。
 
「ちょっと違った道筋でここまで来ているのは自分でも感じるし、メンバーにも“今までにやったことがない音楽だ”と言われます。私としてはそんなに変わったことをしているつもりはないのですけど(笑)」
 
――ちなみに、オリジナル曲はどうやって生まれるんですか?
 
「『Musician in New York』(‘09)という曲はタイトル通りニューヨークの音楽家の姿から着想を得ました。ニューヨークには、ストリートで演奏する人からカーネギーホールで演奏する人まで、本当にいろんなミュージシャンがひしめいています。それぞれにニューヨークで戦っている自負があって、競争も激しいから大変なんですけれど、そんな苦しい状況すらも楽しんでいます。みんなが何とか成功しようと頑張っているニューヨークという街にはエネルギーが溢れていると感じて、それを曲にしました。嬉しいことに、アメリカのソングライティングコンテストでファイナルをいただきました(※1)。また、パリにいるとき、フランス人は自分たちの国の言葉をすごく大事にして、それを楽しみながら話しているのが美しいと思ったのと、学生の頃からボードレールというフランスの19世紀の詩人が好きだったので、その詩のイメージを曲にしたいと思って『Parfum Exotique』(‘10)という曲を書きました。これもまた、ソングコンテストでファイナルをいただいて(※2)。“ボードレールの詩の雰囲気をよく表している”と評価されたのは、本当に嬉しかったですね」
 
※1…第11回(2009年度)『Song of the year』Instrumental/jazz/world部門、
第12回(2010年度)『Great American Song Contest』Instrumental部門
※2…第12回(2010年度)『Great American Song Contest』Pop/Adult Contemporary部門
 
 
現代まで残ってきた曲はそれぞれが宝石のようで
普遍的で、そこには大きなエネルギーがある
 
 
――朝比奈さんの音楽を形容する際に、“ネオ・クラシック”という言葉が使われますが、“偉大なる作曲家たちが今を生きていたらどう表現するだろう?”という視野のもと、アレンジをするときに心がけていることは?
 
「ショパンと同じ時代を生きていた作曲家はほかにもたくさんいたのに、彼らの存在も曲も忘れられています。だからこそ、現代まで残ってきた曲はそれぞれが宝石のようで、普遍的で、そこには大きなエネルギーがある。でも、スピード感で言うと、やはり今の時代には合わないものもあるんですよね。ピアノ曲には1曲が30分を超えるものも多いのですが、30分ピアノだけを聴かされたら…。ピアニストの私でも演奏しながら飽きることが…(笑)」
 
――アハハ!(笑) そうなんですね。
 
「自分が飽きていたら当然お客さまは飽きるでしょう。自分が楽しければ、それはきっとお客さまにも伝わると思います。今回、演奏させていただく豊中市立文化芸術センターはとてもスタイリッシュで綺麗なホールですが、そういう場所に音楽を聴きに来るときって、その人の一番気持ちのいいときだと思うんです。病気で病院に行くときの顔と、コンサートを観に行くときの顔や気持ちは、全く違いますよね? ホールは、皆さんの一番いい時間が集まった、とても素敵な場所です。私はお客さまを喜ばせたいし、お客さまも楽しみたいと思って来られています。そこで私はクラシック音楽の良さを、クラシックが好きな人だけでなくみんなに伝えたいから、ちょっと退屈な部分は省かせてもらって(笑)。“クラシックは難しくて長い”と思う人はやはり多いですからね」
 
――先入観もありますからね。
 
「でも、クラシックの音楽家は、下手なアレンジを嫌うのです。私もそれは同じで、作曲家が伝えたいところまで崩したらダメだと思うんですよね。クラシックのメロディのオイシイところだけをジャズ風にしても、作曲家が伝えたかったことが抜け落ちてしまったら、原曲を知っている人は、当然、原曲のほうがいいと感じるでしょう。私はクラシックを長くやってきましたから、この辺までは変えても大丈夫だろう、怒られないだろうという境界線ギリギリで挑戦できる (笑)」
 
――肌で分かると(笑)。
 
「いくら有名でも崩してはいけない曲は絶対にやりません。逆に、ショパンの曲にはとてもアヴァンギャルドな作品があって、彼はきっと、現代のジャズのようなことがしたかったのでは?と感じることがあります。だからこれをもっと現代風にアレンジしてみようとか、選んでやっていますね」
 
――作曲家に対してリスペクトと理解があるから、そのスピリットをちゃんと残せる。朝比奈さんの音楽は本当にボーダレスというか。
 
「そうです。だからジャンルを聞かれると困るんです(笑)。どう説明していいか自分でも分からないので」
 
 
来てくださる人に感動をきちんと渡すということ
自分が常に新しい冒険をしていくこと、その2つが軸
 
 
――朝比奈さんが音楽人生でモットーというか、軸にしている考え方はありますか?
 
「例えば、海外で働こうと思ったら英語が堪能でなきゃダメだし、日本人が現地の社会に入るのはいろいろ難しい。けれど、音楽はどこにでも行けるんです。ニューヨークには驚くほどハイソサイエティなパーティーがあったり、自分は貴族だと思っているようなリッチな人もいますけど(笑)、どんな場所に行っても私はピアニストとして物怖じすることなく演奏できるし、演奏に対してリスペクトもしてもらえる。何も遠慮する必要がないんです。ピアノを通して世界は、人生はどういうものなのかを見てみたいので、私にとって音楽は“冒険”みたいな感じですね」
 
――音楽で世界を旅する朝比奈さんならではですね。
 
「あとは、コンサートに来てくださるお客さまに本当に喜んでいただきたい。コンサートの2時間と生活の中で普通に過ぎる2時間は全く違いますよね? お客さまはわざわざ時間を作ってお金を出して来てくださるわけだから、音楽はもちろん全てに満足いただけるコンサートにしなければいけないと思っています。お客さまの期待を裏切りたくない。“まぁ楽しかったなぁ”くらいなら、家で音楽を聴いても、YouTubeを見てもいいわけです。ホールに足を運んでその空気に触れたことで人生観が変わるぐらいの2時間にしたいのです。ですから、“エネルギーをもらった”、“私も頑張ろうと思った”という感想をいただくと、とても嬉しく感じます。私は自分の仕事を果たせているなと思えるから。来てくださる人にそれだけの感動をきちんと渡すということ、自分が常に新しい冒険をしていくこと、その2つが軸という感じですね」
 
――そう考えたら、他でもないピアノという楽器に出会ったのも何だか運命的に感じます。
 
「確かにそう思います。最初は、“ピアノは競争が激しいから、あまり人がやらない楽器にした方がよかったかな”とか(笑)、“歌だったら2年くらいでそこそこできるんじゃないか”とか(笑)、いろいろ考えていたんです。ピアノはとにかく年数がかかるし、やっている人も多いし、ピアニストを仕事にできるなんて万に一つもないと思っていました。今は難しいからこそ面白いし、表現の幅が広いピアノだからこそできる音楽があると感じています。音楽は、技術だけじゃなくて、“これが天職”という自覚がないと続かないという気がします。演奏したい人はたくさんいるのに、クラシックの場合は特に、ほとんどの人が教える立場になっていきます。私もいろいろと迷いました。演奏家という仕事は自分に向いているのか、もっと楽な方法があったんじゃないかと思ったこともありましたが (笑)、いろいろな縁に助けられて、“これが私の天職かな”と少しずつ思えてきました」
 
 
それぞれの楽しみ方ができる2時間に
 
 
――去年はフェスティバルホールでの公演もあれば、小さなジャズクラブでも演奏したりと会場の振り幅も広いですが、その楽しみ方とか面白さはやっぱり違います?
 
「私は大きなホールがとても好きです。人のエネルギーを強く感じることができるので。例えば、ピアニッシモのとても弱い音を1000人が集中して聴くって異様な空間ですよね?(笑) 演奏者も集中してその音を出しています。みんなが聴き逃してしまう音ではダメで、弱いのにみんなが聴きたいと思って耳を立てるような音。この空気感は、ホールコンサートならではだと思います」
 
――1000人いたら1000人の視線というか、情念みたいなものを感じる。
 
「それがクラシックのよさで、他のジャンルにはなかなかないものではないでしょうか。ピアニッシモの音は一番後ろの席にも聴こえる音でなくてはいけない。クラシックの奏者はそういう音を出すために訓練を重ねているわけです。クラシックのそういうところが私の音楽には絶対に必要ですし、それができるのが大きなホールの面白さですね。小さいジャズクラブはお客さまもピアノを弾く手が見えますし、自分のリビングルームで聴いているような迫力があると言われるので、それも面白い。小さな空間だとトークも本当に親密に話すことができますね」
 
――この秋の『Neo Classic in Toyonaka』に向けては何かありますか?
 
「今回は、“ネオ・クラシック”と“ニューヨーク”という、2つのテーマでやろうと思っています。今、ニューヨークにいるベーシストに来てもらって、ドラマーもニューヨーク出身で、本場のニューヨークの空気を感じてもらえると思います。もちろん、クラシックを現代風にアレンジした曲も楽しんでいただきます」
 
―これまでのお話を聞いていると、初見の方も存分に楽しめそうですね。
 
「そうですね。コンサートを観に行ったことがない方も、新しい体験をしたと喜んでくださることが多いです。クラシックやジャズが好きな方はが“アレンジが面白いな”と思ってくださったら嬉しいですし、全く知らない方が“何だか分からないけどカッコいい”、“とにかくリズムが楽しい”と感じてくださったらそれも嬉しい。それぞれの楽しみ方ができる2時間にしますので、安心していらしてください!」
 
 
Text by 奥“ボウイ”昌史
Photo by 奥田晃介(松鹿舎 -SHOROKUSHA-)



(2018年9月14日更新)


Check

Release

“ネオ・クラシック”の旨味も凄みも
味わえるDVD付のフルアルバム!

Album
『Neo Classic』
発売中 3000円
OCTET RECORDS
YZOC-10036

<収録曲>
01. Opus 44
(Chopin Polonaise Opus 44)
02. St Thomas a La Hanon
(S.Rollins)
03. Parfum Exotique
04. Scherzo
(Chopin scherzo No1 Opus 20)
05. Largo
(Bach Largo BWV1056)
06. De Profundis Clamavi
07. Summertime
(G.Gershwin)
08. Opus 17
(Chopin Mazurka Opus17-4)
09. Musician in New York
10. L'Eternite
11. Haru No Umi
~dedicated to my mother
(Michio Miyagi)

<DVD収録内容>
01. Behind the Scenes:
02. Studio Session

Profile

あさひな・たかこ…クラシックをベースにした独自のスタイルで国際的に活躍するピアニスト&作曲家。日本演奏連盟オーディションに合格し、ソロリサイタルや大阪フィルハーモニーをはじめとするオーケストラとの共演を経て、ドラム(パーカッション)、ベースとピアノのバンドを結成。オリジナル曲に加えて、ラテン、ジャズのスタンダードやクラシックを自らアレンジした曲を演奏している。音楽の特徴は、クラシックの緊張感とエキサイティングな新しいリズム。ジャズやラテンのリズムを借りていても、根源にはクラシックの緻密さと高い技術があって既存のジャンルに収まらないため、自分たちの目指す音楽を“ネオ・クラシック”と名付けている。日本とアメリカ(ニューヨーク)の2ヵ所を拠点に活動し、日本滞在中に定期的に行うライブ(大阪・東京)は、熱烈なファンを中心に毎回ソールドアウトになる人気を誇る。ニューヨークでは多様な聴衆を前に、様々なミュージシャンと共演することで、ファン層を広げると同時に音楽をさらに進化させている。

朝比奈隆子 オフィシャルサイト
https://www.takakopiano.info/

Live

fromニューヨークなメンバーと
鬼気迫るプレイで魅せる特別な1日に!

 
【大阪公演】
『Neo Classic in Toyonaka』
チケット発売中 Pコード116-148
▼10月20日(土)16:00
豊中市立文化芸術センター 大ホール
S席5000円 A席4000円 B席3000円
[出演]朝比奈隆子(p)/
ロバート・E・ダニエルズ(b)/
マーク・トゥリアン(wb)/
ラリー・ランサム(ds)/オル・トグン(perc)

【プログラム】
・ピアソラ:リベルタンゴ
・ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」より
・ヴィヴァルディ:『四季』より「冬」
 第1楽章より
・モーツァルト:トルコ行進曲
・「聖者の行進」の主題による14の変奏曲
・ガーシュイン:歌劇『ポーギーとベス』
 より“サマータイム”
・セントトーマス~ハノン風~

豊中市立文化芸術センターチケットオフィス■06(6864)5000
※未就学児童は入場不可。

チケット情報はこちら

 

Comment!!

ライター奥“ボウイ”昌史さんの
オススメコメントはコチラ!

「普段よく取材する邦楽のロックバンドやシンガーソングライターと違って、クラシックやジャズのアーティストを取材する=世界で活躍されている人ばかりで。しかも、朝比奈さんが語っているように元々ある曲=クラシックやスダンダードナンバーを演奏するので、その技術やセンスの差が白日の下に晒される。だからこそ、取材で会う人会う人が何かしらの天才で。そして、皆さんに共通しているのが、そういうふうに世界で活躍している人ほど、キャリアを重ねてもどこか天真爛漫というか、ピュアさを湛えた独特の雰囲気を持っているんですよね。今回が初取材となった朝比奈さんもそうで、とってもチャーミングな人だったなぁ。でも、見るところは見ているというか、見られている(笑)。それに応えられた原稿になっていたらいいのですが。インタビュー中に話してくれただんだん天職になっていく感覚は、どんな仕事をしている人にも勇気を与えてくれる気がしました。僕がそう思ったように、きっと朝比奈さんの音楽にも、人にも、皆さんを魅了するものがあるはず。豊中市立文化芸術センターという素晴らしいホールで、そんな彼女のすごさをぜひ体験してほしいですね」