古澤巌×ベルリンフィル ヴィルトゥオーゾの日本ツアー
『ESPERANZA エスペランツァ~希望~』が今年も開催!
12/13(火)ザ・シンフォニーホール公演を前に古澤巌にインタビュー
日本が誇るバイオリニスト古澤巌と、べルリン・フィルハーモニー ヴィルトゥオーゾの日本公演『ESPERANZA エスペランツァ~希望~』が今年も開催される。卓越した演奏能力の持ち主のみに与えられる称賛=“ヴィルトゥオーゾ”。そのヴィルトゥオーゾシリーズ第3弾として今春に発売された古澤の最新アルバム『CANTATA!』は、おなじみとなりつつあるイタリアの作曲家、ロベルト・ディ・マリーノの書き下ろし曲を筆頭に、ベルリン・フィルとの共演曲やTFC55として共に活動する雅楽の東儀秀樹やアコーディオンのcobaを迎えた曲。ライブでも人気の、バイオリンやフィドルの速弾き曲としても有名な『オレンジ・ブロッサム・スペシャル』など古澤の持つ多彩なセンスを楽しむことのできる1枚になっている。このアルバムを携えた今回のツアーの初日を飾る12月13日(火)ザ・シンフォニーホールでの公演を前に、古澤巌が語ってくれた。ロックやポップス方面でも幅広く活躍する彼ならではの音楽との接し方など、興味深い話を聞くことができた。
――今年もベルリン・フィルハーモニー ヴィルトゥオーゾとの共演が楽しめます。これまでのコンサートでのお客さんの反応や手ごたえなどはいかがでしたか?
「僕が普段バンドでやっている時のコンサートとは、雰囲気も客層も全然違いますね。日本にはベルリン・フィルのファンがとても多いですし、生の美しい音を求めてこられるお客さんもとても多いです。そういう方にとってはベルリン・フィルを観にきたらたまたま僕がいたみたいな感じで、コンサートの後でサイン会や握手会をするんですが、“初めてあなたの演奏を聴きました”と言われることがとても多いんですよ」
――回数を重ねることで、古澤さんの中で何か変わってきていることなどはありますか?
「僕が思うに、これまでベルリン・フィルのメンバーや作曲家のマリーノと一緒にやってきた中で感じるのは、僕のようなどこの誰ともわからない人間と急に出会って(笑)、彼ら自身が変わってきたなということですね。日本でコンサートを一緒にやる時は、演奏するプログラムも僕が監修しているんですが、彼らのほうからもいろんなアイディアや曲を出してくれます。お客さんの声も聞きながら、“日本でやるならこういう曲がいい”とか、ある程度こちらで考えて差し上げるんですが、僕自身が彼らともまた違う別の弾き方、演奏法をしているので、作曲家はそういうものも鑑みながら曲を作るんですね。アルバム『CANTATA!』にはベルリン・フィルと一緒に演奏している曲以外の、TFC55のためにcobaさんが書いた曲や他にもいろんな曲を収録しているので、僕がそういう曲を演奏するヤツなんだということが作曲家や演奏家に伝われば、もっともっと踏み込んで、もっともっと自由な作風に変わっていく。今回マリーノさんは『CANTATA!』のために、とても美しい曲を書き下ろしてくれていて、それはまさにこれまで“こういう曲があったらいいのに”と思っていた曲です。僕ら演奏家は、弾いている時しか命はないんですが、アルバムに収めた曲は作品としてずっと残ります。ただ、今回までで3枚のアルバムを一緒に作ってきて、プロジェクトとしては3部作のような形で一旦終了になるのでぜひ今回のコンサートはみなさんに観て頂きたいですね」
――これまでも、日本で一緒にやられてきたコンサートはすべて古澤さんがプロデュースされていたんですか?
「そうですね。僕も日本のクラシック音楽業界に長年携わってきましたし、子供のころから今までの、時代で言えば昭和から平成の音楽マーケットの歴史も見ながら育ってきているので。僕らが子供の頃は、プロの演奏家になる方法がわからなくて、来年も三大バイオリニストコンサートで葉加瀬(太郎)君と高嶋ちさ子さんと一緒にやりますけど、もともとは葉加瀬君が18歳の時に彼に出会って、一緒にバンドを組んだのが、僕のここに至るまでの演奏家人生の始まりだったんですね。バンドを始めて2~3年経った頃に葉加瀬さんがKRYZLER&KONPANYで活動することになって別々になりましたが、ここまで待ってようやくまた一緒にできるようになったという感じで」
――そうだったんですね。
「当時、僕と葉加瀬さんでわけもわからず誰にも教えてもらわないまま、道なき道を進んできて。僕たちはただずっと、自分のやりたいことをどうしたらやれるかを探していただけなんですけど、そうしている間に世の中が変わり、機材やコンピューターの進化もあって周囲の状況はがらりと変わりましたね。僕みたいにクラシック以外の曲を弾く演奏家は昔もいましたが、今ほど盛んじゃなかったんですよね。ただ、昭和の時代にはたくさんの新しい音楽を生まれていったので、そういったものを体感しながら育つことができたし、今は今でこれだけいろんな音楽が世の中にあふれていて、自分のやりたいことを選べる時代でもある。豊かになったなぁと思います。そういう中でベルリン・フィルとのコンサートは、クラシック的な技術も含め、ロックやポップス、ダンスなどこれまで僕自身がいろんなジャンルの音楽に携わってくる中で受けた影響が良い形で表れているなと思いますね。TFC55で一緒にやっている東儀(秀樹)君の雅楽の音楽も影響もとても大きかったです。雅楽は世界で一番古い音楽で、ケルトの音楽も彼らの音楽も近いものがある。そういった歴史のあるものに接することによって、いろんな音楽の基本がわかってくるんですね。ポップスの経験を通して、基本的なことがいかに大事なのかを思い知ったというか。僕の場合は最初からクラシックの難しい世界に入っていたので、余計にそう感じるのかもしれません」
――ロックやポップス界隈での経験がそうやって活かされるんですね。
「南米の複雑なリズムとかも、研究するとキリがないんですよ。僕もクラシックではラテンを弾く必要はなかったんですが、ポップスの側に来るとラテンを弾かなきゃならない時もあって(笑)。それでクラシックでラテン的な曲がないかと探してみるとサン=サーンスの作品があったりして。そういえばある時、ラテンの作品を弾いた時に外国の先生に“リズムが違う”と言われたことがあったんですね。でも、僕は譜面もちゃんと読めるしその通りに弾いていたから、先生が何を言っているのか全然わからなくて。先生がお手本に弾いてくれるのを聴いても、自分とほとんど違わない。何がどう違うのかわからないんだけど、先生は“リズムが違う”というような言い方をしていて、それがずっと自分の中で引っかかっていたんですね。その後、ポップスの方面でラテンを弾くことになった時に、“リズムがわからないなら踊りを習ってこい”と言われて」
――踊り、ですか。
「そう。それで近所のスポーツクラブでラテンのダンス教室があるのを思い出して。先生はドミニカのとても有名な男性の先生なんだけど、来ている生徒はご婦人ばかりなんですよ。……その中に入っていく僕の勇気って、ちょっとすごくないですか?(笑)」
――(笑)すごいと思います。
「僕はみんなの一番後ろでやってたんですが、音楽に合わせて先生が一拍目に足を踏み出すのを見ていて“えっ”と思ったんですね。それはなぜかというと、僕が思ってるタイミングよりももっと全然遅くて、“え、そこが一拍目なの?”っていう。でもビートの波に乗るとか乗らないというのは、そういうことなんですよ。コンマ何秒ぐらいの誤差で、音楽のビートの場所が見える人と見えない人がいて、それまでの僕には見えなかった。譜面上では合っていても、そういうことがズレていたら“違う”といわれちゃう。グルーブってそういうことなんですよね。クラシックのビートもそういうことができたら本当に鬼に金棒だと思いますし、僕自身もビートの波に乗れるようになりたいと思って4~5年前にサーフィンを始めたんです」
――本当にそういう理由で始められたんですか?
「そうですよ。サーフィンの波に乗って初めて、音の波に乗れる(笑)。でもまだ4~5年なので何もわかっていなくて、波にもまれるばかりで。でも、さっき話したことは本当に基本なことだからどんな音楽にも有効だし、ビートを打てるか打てないか、感じられるか否かですべての音楽の取り方が変わってくるんですよね。その後の演奏においては、あの時、勇気を振り絞ってラテンのダンス教室に入っただけの成果はあると思います(笑)」
――そういうことを会得されている古澤さんの演奏が聴けるのは、貴重な機会ですね。
「そんなことはないんですけど、僕は僕しかやらないことをやって弾いているので、他の人とは実は違う弾き方をしているんですね。最初にも言いましたけど葉加瀬君に出会った時に“この人と一緒にバンドをやるんだ”ってところから始まっていて、僕もそれまでバンドなんてやったことなかったし、葉加瀬君はクラシックがやりたくてバンドなんてやりたいと思ってなかったのを無理やり引きずり込んで(笑)。僕も、子供の頃はおぼろげに志していただけで明確なビジョンはなかったけど、もともとはずっと今自分がやっていることをしたいと思っていたんだろうなぁって。ただ、クラシックを学ぶ機会があったのと、それはバイオリンを熟知する、極めるには最高のフィールドだった。バイオリンを使いこなせなかったら何もできないし、いろんなことをやろうと思っても体が動かなかったら弾けませんから。一方ではラテン、一方ではベルリン・フィルとの共演のようにセンスが問われる場面でも、これまで自分が学んだことが全部活かされていることを考えると、最終的には全部本当に一緒のものなんだなと思います。自分の中に垣根がなければ、すべてにおいて垣根はないと。ただ、そこまでいかずに中途半端では垣根は取れないかなとも思います。“これは苦手だから”と思っていると、そこには行けないんですよね」
――12月13日(火)のシンフォニーホールでのコンサートで初めて古澤さんとベルリン・フィルの演奏に触れる読者もいるかと思います。最後に何かメッセージをお願いします。
「CDで聴ける音はマイクを通している音で、マイクを通さない生の音というのはコンサート会場に来ないと絶対に聴けないんですね。それに触れること自体も貴重な体験ですし、まるでテーマパークを回るように美しい曲、楽しい曲、いろいろな曲と戯れながら、その生の音に触れて体感してほしい。特に僕たちの場合は、普通のクラシックとはまったく違うアプローチでお客様に料理を召し上がっていただくというスタイルなので、それを楽しみに来ていただけたらと思います。お待ちしています」
(2016年11月30日更新)
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