「友達同士のゲーム見たって面白くはないでしょう?
試合する時はライバル。僕らはそんな試合を見たいんだ」
藤岡幸夫『大坂秋の陣』と関西フィルハーモニー管弦楽団を語る
藤岡幸夫-音楽監督オーギュスタン・デュメイ、桂冠名誉指揮者飯守泰次郎と並び、首席指揮者として関西フィルハーモニー管弦楽団の一角を担う指揮者である。というよりもむしろ、15年にわたり関西フィルを牽引する存在と言うほうがふさわしいのかも知れない。豪快さと叙情性、深い情熱を感じさせる演奏そのままに、この人の言葉には、ひたむきさとある種の人懐っこさが感じられる。とりわけ、シベリウスやヴォーン・ウィリアムズ、そしてエルガーなど、愛情を注ぐ北欧やイギリスの作曲家を語る時、その口調は俄然、熱を帯びる。インタビューの内容は自然に、こうした作曲家の作品、そして関西フィルそのものへと向かった。実は『大坂秋の陣』『春の陣』について、もう少し尋ねたいことはあったのだが、マエストロの脳裏には、すでにそれより先の風景が描かれているようだった。
■本当に、関西フィルは僕の中心ですよ。
――2000年に正指揮者に就任されて以来。ですから、関西フィルとは15年になりますね。
「うん、15年。それももう半分過ぎた」
――この15年、藤岡さんにとって関西フィルというのはどういうオーケストラでしたか。
「ここにすべて賭けて来ましたからね。その前に僕はイギリスに15年住んだんです。関西フィルを始めて日本に帰って来ちゃったんだけど、その時感じたことは、日本というのは何でもかんでも東京集中なんだなということだった。ヨーロッパから見ていて、それを変えたいなという気持ちがあってね。東京以外の街のオーケストラと仕事をしたいとずっと思っていた時に、関西フィルと出会ったんですよ。正指揮者になってくれって言われて引き受けた時には、こんなに入れ込んでやるとは自分でも思わなかったんだけど」
「関西フィルとのほんとの出会いというのは、シベリウスの交響曲第1番、これをやった時です。シベリウスの1番って僕は日本のオケも、海外のいろいろなオケともやっているんだけど、当時、僕的には関西フィルが一番良かったのね。ああ、これならこのオーケストラにすべて賭けようって思ったんですよ。2001年のことだったと思う。その時クラリネットにベルリン・フィルのカール・ライスターが来ててね、オーケストラがすごくいい演奏だったの。それでこれなら、と思ったんだ。自分の中ではこれは天命だなって思ってね。すべて賭けてみようって」
「僕が関西フィルをメインに一生懸命やりたいって言った時には、当時ロンドンにいた僕のマネージメントは反対しました。なんでおまえ日本でそんなローカル・オケ一生懸命やるんだ、みたいなこと言われて。でもそういう反対を押し切って自分の生活のすべての中心をそこに持ってったんですよ。15年経って、今ようやくいろんなことが見えて来たところだね。いろんなステップ、次のステップ、次のステップってオーケストラと一緒に積み上げながら。だから何だろう、本当に中心ですよ。僕の」
――私は関西フィルを集中して聴き始めたのはこの4年くらいなんですが、関西フィル自体が少し変わった個性のオケだと思っていたんです。通常であればプログラムの中心にドイツ、オーストリアのものがあるところ、時々イギリス仕込みの藤岡さんの音楽がかなり前面に出ることがあって、それが関西フィルの独特なカラーを決定しているのかななどと考えたこともあったんです。
「そこは役割分担があって(笑)。関西フィルの強みはなんと言ってもオーギュスタン・デュメイ、飯守泰次郎、藤岡幸夫の三頭体制でやってるっていうところなんだけど、この3人のカラーが、またそれぞれ全く違うっていう点がセールスポイントなんです。僕は本当はブルックナーを一番やりたいんだけど、ドイツ物は飯守先生にお願いしていて、飯守先生はきっちりとドイツ物の本道、王道を行ってるわけですよ。その一方、デュメイはデュメイで古典、モーツァルト、ベートーヴェン、それからフランスものっていうカラーをはっきり打ち出して、全然違った音をオケから引き出しているわけですね」
「僕の担当というのは、はじめはロシアの作品が多かったんです。もともとはロシア物やシベリウスが多かったのを今、イギリス物にシフトしているところ。以前からヴォーン・ウィリアムズとかをやりたかったからね。それからあと邦人作品の新作があります。定期演奏会だけで見ると分かりにくいと思うんだけど、僕は年間45回くらいやってるわけですよ。そうすると当然ドイツ物もいっぱいやってるわけ。だから、定期以外のところでは、ベートーヴェンのシンフォニーもブラームスのシンフォニーも僕が担当してるんです。ある意味ではかなり広いレパートリーを担当してると思いますよ」
――では今、藤岡さんがご自身で一番興味を持っている音楽というのは何なんですか?
「シベリウス、ヴォーン・ウィリアムズ、ブルックナー。このあたりを一番やりたい。シベリウスとヴォーン・ウィリアムズは、もうやらせてもらってますよ。エルガーもやろうと思ってるんだけどね」
――そこはやはり、現在の関西フィルならではのカラーように思えるんですよ。今、定期でヴォーン・ウィリアムズが聴けるオケ、というのも多くはないでしょう。
「日本ではそんなにはないよね。僕はこれから毎年のようにヴォーン・ウィリアムズを取り上げるつもりでいるんだけど、ヴォーン・ウィリアムズを真剣にやる指揮者っていうのも、また珍しいと思うんだ」
――そうですね。指揮者を見てもイギリスの音楽を中心に取り上げている人というのは、尾高忠明さんくらいしか思い浮かばないですが。
「尾高先生のイギリス音楽は素晴らしいけど、ヴォーン・ウィリアムズはあまりお振りにならないんですよ。シベリウスは本当にお手の物でいらっしゃる。…シベリウスって、しょっちゅうイギリスに来てたでしょう。僕はマンチェスターに住んでいたんだけど、あそこには、BBCフィルハーモニック、マンチェスター室内管弦楽団、ハレ管弦楽団っていう3つのオケがあってね。僕はそれぞれと演奏していたから、ハレ管の団員とかからシベリウスのいろんな話を聞くことができるんですよ。それは僕の強みだと思う」
「僕が初めてハレの定期デビューする時にはシベリウスの1番選んで、みんなに何考えてるんだって言われたんだけど、ハレでシベリウス振るなんてのはイギリス人指揮者でも絶対に避けるんだって。ものすごい伝統持ってるからね。伝統とプライド。そんなの知らないから、いきなり定期で4日間連続でシベリウス1番選んで、まわりはもう度肝抜かれちゃった。ただ逆にそれがすごく良かったんですよ。若くてジャパニーズだからって言うんで、オーケストラが教えてやろうって気になったんだね。みんながすごく教えてくれた」
――でも、ことシベリウスということになると藤岡さんはすでに、渡邊暁雄先生から直に学ばれていたんでしょう。
「もちろん、それはありますよ。だけどやっぱり僕自身は、暁雄先生の弟子時代は、多分、シベリウスの良さは分かってなかったと思う。暁雄先生からはいろんなことを教わったし、暁雄先生からスコアをプレゼントされたけれども、その時は、僕は若過ぎて分かってなかった。やはり、シベリウスっていうのは、イギリスで最初に認められた作曲家ですから、イギリスに住んでイギリス人に教わったっていうことが僕には大きいですよ」
■バロックを大きな編成でやってもいいんじゃないか。
――これは日本の音楽ファンとしての私の想像なんですが、マンチェスターというロンドンとは少し、距離のある土地柄に触れていたことが、藤岡さんに東京以外のオケを選ばせたってことはないですか?
「いや、そういうことではないですよ。だって東京か、それ以外かという前に、ヨーロッパのオケを振るという選択もあったわけだから」
――でも、日本では関西フィルを選んだ?
「うん、さっき話したような出会いがあったからね。ただ、それまで僕は日本フィルの指揮者をやっていたんだけど、東京という街に対しては、はっきり言ってあんまり魅力を感じなかった」
――それはなぜでしょう?
「つまり東京で、一生懸命やる人はいるわけ。僕が一生懸命やらなくても。コンサートの数も十分あるし、僕が裾野を広げるとか何とか言って一生懸命やる必要は全く無いんです。東京の街っていうのは、ある意味、僕を必要としていないっていうか、そういう街なんですよ、東京って。少し飽きっぽいところもあるし、それはもう、すごい数のコンサートがあるし。ところがそれに比べて当時の関西っていうのは、まだまだ裾野を広げられる可能性があると思ったんですね。文化度は高いし、ホールなんかはザ・シンフォニーホールとかいずみホールとか素晴らしいホールがいっぱいあるわけです」
「僕が関西フィルに来た時、関西には朝比奈隆先生が、まだご存命だったけれど、オーケストラと一緒に泥を被りながら、裾野を広げたりっていうことを考えている指揮者というのは、朝比奈先生のほかには、あんまりいなかったと思う。大植英次さんや佐渡裕さんの影響というのはとても大きいと思うけど、関西にどんと腰を落ち着けて、ここを本拠地としてやっていくということは、僕がやっていこうと思ったんだ。そしてそれからのことを言うと、関西では僕が一番続いているわけだからね。やっぱりあの時シベリウスの1番をやったっていうのは、僕にとってはきっと天命だったんですよ」
――関西フィルとのこれからですが、イギリスの音楽をこれから体系的に紹介していく試みのようなものをやる予定はないんですか。
「僕が本当に共感し得るイギリスの音楽を紹介することはどんどんやっていきます。けどね、体系的にっていうのは・・・そういう枠には、はめたくないな」
――藤岡さんが共感し得るイギリスの音楽というのは?
「やっぱりエルガー以降だろうね、イギリスの音楽で僕が紹介したいって思うのはそのあたりだね。あとは遡るけど、ヘンデル。イギリス人にとってヘンデルはやっぱりイギリス人なんですよ。ドイツ人じゃなくてね。ハンデルって彼らは呼ぶんだ。今年僕は『メサイア』全曲をやるんだけど(2014年12月7日 愛知県芸術劇場 名古屋フィル)、僕はヘンデルは大きな編成でもやりたいし、最近はヘンデルに対してはすごく興味がある。『合奏協奏曲』とかそういうのを大きな編成でやってみたいと思う」
「最近、バロックっていうとバロックの(演奏家の)人たちに任せちゃってるようなところがあるでしょう。だから逆に今、僕らがバロックを大きい編成でやってもいいんじゃないかな、っていうのは考えてる。そうするとヘンデルなんだよね。そういうことは考えてます。ただ、体系的にとかって始めたらマニアは喜ぶかも知れないけど、一般的には受けないと思うんだよ。僕はやっぱり、より多くの人に楽しんでもらいたいと思うから、それをやってる時間があるなら、今だったらエルガーとかヴォーン・ウィリアムス、それからウォルトン、ホルストなんか…あの時代の音楽をやりたい。ヴォーン・ウィリアムスには隠れたいい作品がいっぱいあるんだよ。合唱作品や美しい作品が。だからそういう優れた作曲家の知られてない作品を紹介していくっていう方を、僕はむしろやって行きたいと思ってるんです」
■僕と関西フィルで、大きなことをやろうと思ってます。
――ありがとうございます。では、『大坂秋の陣』についてです。飯森範親さんにお話を伺った時に「これタイトルも僕が考えたんだよ」っておっしゃってたんですけど、タイトルを初めて聞いたときには感想はいかがでしたか?
「いいんじゃない、って思いましたよ。はじめは僕らふたりで、平日の昼間の定期みたいなものを交替でやろうか、なんて言ってたんだけど、そしたら事務局同士が仲いいもんでその方向で話し始めたんだよね。で、決めましたって言われた時にはモーツァルトとチャイコフスキーまで決められていて。それならこれは戦いでやりましょうよってノリチカが言って『秋の陣』がまず決まった、ということなんですよ(笑)」
――記者会見ではノリチカと絶交覚悟で、ともおっしゃってましたけれど。
「ライバルですから、そういう部分はないと面白くないでしょう。それは、もちろんありますよ」
――そうですね。でも私にはあえて戦いのイメージを盛り上げることでセンチュリーと関西フィルだけじゃなく、大阪の楽団全部が活性化すればいい、というような考えが面白く感じられました。大阪に4つの楽団があることをマイナスに捉えた意見もあったりしたでしょう。
「ありました。統合なんて話が出て来た時には、悲しくなったよ。だけど、4楽団が減ることの方がマイナスなんですよ。ホールや施設が稼動しなくなる。関西フィルは年間だいたい120公演やってるわけです。1楽団最低としたって100公演で、4楽団で400公演、クラシックの演奏会はそれだけの数あるんです。それを1楽団にしたら100公演、まあ150公演としても、ホールが稼動しなくなるんですよ、なぜ、そこを考えないんだ、と。だからね、オーケストラ4つが活性化することが一番いいし、関西の人口2000万っていうことを考えたら、もっと増えても大丈夫なくらいですよ」
「ただね、今回みたいに、同じ作曲家を取り上げて勝負できるっていうのは、僕とノリチカならでは、かも知れませんよ。こと『大坂秋の陣』という企画に関して言うなら、それは僕とノリチカの関係があるからできることでね。こういう真っ向勝負はちょっと他の楽団にはできない部分かも知れない。つまり、とても大切なことは、僕らはただの仲良しこよしじゃいけないっていうことですよ。われわれオーケストラも全体で盛り上がらないといけないけれど、仲良しこよしじゃあ絶対ダメ」
――さっきの「絶交覚悟」という言葉がなかば冗談でもなくなるわけですね。
「みんなが、そのつもりでやらないと、いいものはできないと思う。例えばプロ野球の選手でもサッカーの選手でも、普段は、お互いに仲のいい選手同士だったりするんです。チームの仲間だったりもする。でも彼らはライバルなんだよ。友達同士のゲーム見たって見てる方は面白くないでしょ。試合する時はライバル。僕らはそんな試合を見たいわけだ。だから僕らもやっぱり、やる時はやりますよ」
――『大坂秋の陣』と『春の陣』は、関西のクラシック界にかなりの刺激になったんじゃないかなと思うんですよ。ただ藤岡さんも飯森さんも、まだまだこれだけの企画では終わらないでしょう?
「当たり前だよ。こんなのは2回だけ。僕に言わせればこんなことしなきゃ話題にならないってことの方が悲しいんですよ。だけど、今回はみんながすごく応援してくれてるし、オケも頑張ってるし、僕も、しっかりと頑張らせてもらおうと思ってます。2回できっちりと結果を出して、前へ進まないと」
――ではその先のことで、今、考えていることなどは?
「もちろんありますよ。まだちょっと言えないけど」
――まだ、ちょっと言えない?
「うん。でも裾野を広げるためにはまだ、いろいろとやらないと。だけど秋以降に、僕と関西フィルで、ちょっと大きなことをやろうと考えています、くらいのことは書いてもらってもいいかな(笑)」
(聞き手・文 逢坂聖也/ぴあ)
(2014年8月13日更新)
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