佐渡芸術監督プロデュースオペラ2014『コジ・ファン・トゥッテ』
佐渡裕がその魅力を語りつくした記者会見より。
「このオペラだけが持つ、特別な魅力を届けたい」
関西の夏を彩る兵庫県立芸術センターの佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ。その今年の演目『コジ・ファン・トゥッテ~女はみんなこうしたもの~』のチケットが発売となった。
この作品は『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』に続いて、W.A.モーツァルト/ロレンツォ・ダ・ポンテの黄金コンビが1790年に発表した、オペラ・ブッファの傑作。佐渡裕プロデュースオペラとしては2007年の『魔笛』以来、2作目のモーツァルト作品となる。
公演に先立って行われた記者会見には、芸術監督・指揮の佐渡裕、ヒロイン、フィオルディリージ役の小川里美、そしてメトロポリタン歌劇場首席演出家であり、本公演の演出を担当するデヴィッド・ニースが出席。まずは佐渡裕の言葉から、今回の見どころを探ってみたい。さて『コジ・ファン・トゥッテ~女はみんなこうしたもの』この意味深なタイトルが示すものとは?!(写真上、左より小川里美、佐渡裕、デヴィッド・ニース)
兵庫県立芸術文化センターは2015年に開館から10年を迎えます。この10年の間に私自身のオペラに対する取り組みとして、やっておきたいことがいくつかありました。モーツァルトの作品の中からは、『魔笛』か『コジ・ファン・トゥッテ』、先のことを言ってしまうようですが、『フィガロの結婚』、『ドン・ジョヴァンニ』。この4つの作品のうち2作品は10年以内に行ないたいと思っていたわけです。まず『魔笛』を2007年に上演いたしまして、改めてこの作品の魅力や可能性に驚かされました。そして次の作品として、今回この『コジ・ファン・トゥッテ』を選ぶことになりました。すべての作品にそれぞれの魅力がありますが、僕自身がもっとも好きなモーツァルトの作品がこの『コジ・ファン・トゥッテ』であります。
■「魔笛」(2007年上演 撮影:飯島隆)
『コジ・ファン・トゥッテ』、女はみんなこうしたものという意味ですね。そして恋人たちの学校という副題があります。若い4人がいて、男性たちが女性とはこういうものだという思い込みから、恋の実験を始めて何かを学んでいく、ということになるわけですが、このドラマの中に誠実さや不誠実さといったようなものが常に入り乱れるわけです。そこには必ず対立するものが登場してきます。例えば自尊心であったり、嫉妬心であったり。誇りであったり、それを打ち砕くなにかであったり。そうしたものが常に複雑に置かれていてすごく面白い物語になっています。
ヒロインのフィオルディリージは、絶対に婚約者への愛を貫くと言っていながらも、妹ドラベッラとふたりのデュエットの中で、ある種の妄想の世界に入ってゆく。そしてもしもそんなこと…他の男性に口説かれる…が起こったら、自分はどうなるんだろうと歌う。絶対に揺るがないものがあるにしても、その中で何かに対する欲求であるとか欲望であるとか、彼女の中にすらそういうものが現れてくる。その辺のことが本当にうまく書けている。まあベートーヴェンなら絶対にこんな題材でオペラは書かないでしょうけれども。でもこの世の中に何の役にも立たない話かも知れませんが、他愛もない話のように見えてこれは実は非常に奥の深い話でもある(笑)。
それを圧倒的な力で聴かせるのがモーツァルトの音楽です。まるで恋の魔法というのでしょうか、それを実現するのが音楽の力だと思います。第1幕、婚約者たちが初めて戦争に行くというので、女性たちは彼らを送り出します。アルフォンゾとフィオルディリージとドラベッラが三重唱で見送るんですが、まあその音楽は本当に美しい。この瞬間に舞台はモーツァルトの手によって…どこかに恋のキューピッドがいるのかどうか、この先どうなっていくのかよくわからないままに…ここではお客様も、演じている歌手の人たちも、それから演奏しているわれわれまでもが、ある種の魔法にかかってしまう。そうした音楽の持っている力がすごくあり、そしてドラマの面白さがある、そういう作品です。
このモーツァルトの音楽を語る時に、ある種のスピード感について触れないわけにはいきません。すごくいきいきとした、ものすごく生命力のある、動きのある音楽。それともうひとつの面である美しさ。しかもその美しさというのは喜びだけではなくて、明るくきれいな音楽が鳴りながらも、その裏側に悲しさ、痛みを感じさせる美しさなんですね。『コジ・ファン・トゥッテ』では第1幕は非常にスピード感に溢れた音楽ですね。さきに申しました三重唱もそうですし、グリエルモとフェルナンドの二重唱などは非常の男気に溢れた魅力があります。スピード感に溢れたモーツァルトです。しかし第2幕にいきますと、もはや夢か現実かわからない、はかなさなのか悲しみなのか、しかし欲望がそこにある。男のほうが女性を落とそうという欲望もあるし、女性のほうもそれに揺れ動く…限りなく人間くさくありながら、それが音楽によって非常に高い極みまでつれていかれる。これがモーツァルトの素晴らしさであり、この作品の魅力だと思います。
この作品自体がすごく本質的なところに、奇抜な展開であったり、非常に優れた心理描写であったりと、特別なものを持っております。ですからあまり解釈を先行させるのではなく、今回はそうした原作の持つ、世界観を出していきたい、というのがわれわれの希望であります。このあたりはこれから優れた演出家であるデヴィッド・ニースさんと話し合いながら、稽古に入っていけるのを非常に楽しみにしております。
昨年、『セビリャの理髪師』では、私たちは日本語のオペラを持って兵庫県を回りました。今年は再び『トスカ』以来の原語上演で、ダブルキャストとなります。インターナショナルキャストともう一方はアジア・キャスト。このアジア・キャストのヒロインとして小川里美さんを紹介できることも、われわれの大きな喜びであります。
例年の夏の賑わいを心からうれしく思っています。今まで9作を見てくださった兵庫のお客さまにも、これから新しく来ていただけるお客さまにも、今までの『カルメン』にも『トスカ』にも『メリー・ウィドウ』にもなかった、この『コジ・ファン・トゥッテ』だけが持つ特別なオペラの世界をお届けしたいと思っています。(取材・構成 逢坂聖也/ぴあ)
(2014年2月20日更新)
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