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日本オペラの傑作『夕鶴』に歌姫が挑む!
佐藤しのぶクリスマス・コンサート「The Gift! Vol.13」

 日本を代表するソプラノ、佐藤しのぶ。彼女が手がけるクリスマス・コンサート「The Gift! Vol.13」が12月15日(土)、サンケイホールブリーゼで開催される。今年6月、現地ブルガリアで絶賛を博したソフィア国立歌劇場との『トスカ』。海外公演の合間を縫って、日本国内19ヵ所を回ったコンサート。そして、11月には、来日するソフィア国立歌劇場の東京公演でも『トスカ』を演じるなど、常に第一線に立ち続ける歌姫が、自らのライフワークと語るこのコンサートで今年は團伊玖磨のオペラ『夕鶴』を歌う。佐藤にとって初めての挑戦であるという。来阪した佐藤に作品への想いを訊いた。

■去年の『フィガロの結婚』から今年の『夕鶴』。振り幅の大きさに少し驚いています。この作品を選んだ理由など、お話しいただけますか?

佐藤:クリスマス・コンサートのテーマは“男女の愛”なんです。そういってしまうとオペラのテーマというのはすべて“男女の愛”なんですけれど、今年は初めて与ひょうとつう、というふたりを主人公にした、日本のオペラを歌います。この『夕鶴』という作品は、よく「鶴の恩返し」という民話を題材にした、といわれるのですが必ずしもそうではないんですね。團伊玖磨先生がこのオペラの中で何を描きたかったかっていうと、非常に純粋無垢な愛情というものと、社会の大きな力…例えばお金であるとか、権力であるとかそういうもの…の存在なんです。純粋であったものが社会の大きな力に巻き込まれてしまって、そしてその純粋さを失ってしまう。その悲しみ、その悲劇なんです。

■とても現代的なテーマを持ったオペラなんですね。

佐藤: 昨年3/11以降、そして今年は、私たちみんなが、これまで生きてきた自分の人生というものを改めて振り返って考え直した、そんな1年だったのではないかと思うのです。生きていく上で、本当に必要なものは、何なのだろうって、いろんな方が自分に問いかけたと思うんです。『夕鶴』の主人公の与ひょうはお金は素晴らしいぞって言われても、お金を何に使おうとか、大きな家に住みたいとか、考えるような人ではないんです。なのにお金がいい、お金がいいって惚ど、とか運ず、に言われて変わっていってしまう。お金があったらつうも喜ぶんだぞって。ああ、つうも喜ぶんだ。さあつう、布を織れ。お前も一緒に都へ行くぞ。お前も空から見たんだろって。与ひょうもつうもお金なんか必要ないんです。今のままで充分幸せなの。ところが何か分からないものにどんどんどんどん巻き込まれていって、最終的に一番大事なものを失ってしまう…。だからこの『夕鶴』」という作品は、今の社会に向かって本当の人間の幸せとは何なのか、と訴えている、普遍の力を持ったオペラなんです。『夕鶴』は日本のオペラの代表的な作品で、世界でも800回以上、上演された作品でもあります。このオペラに初めて挑戦しようと思っています。

■『素戔嗚 』(スサノオ)や『建・TAKERU』 』」」」」」」(タケル)など、これまで多くの團作品にも出演されて来て、初めての挑戦というのがむしろ意外な気がします。

佐藤: 今まで部分部分は少しずつ練習していました。そして團先生はご存命の頃からもう私に歌え、と会うたびにおっしゃっていたんですが、私が断り続けていたんです。というのは、この作品は伊藤京子先生や中沢桂先生やもう私の先輩方がもう完全な形で演じていて、素晴らしい舞台があったんです。名演があったわけです。で、歳が若い私にはそれを超えるだけの自信がまったく無かったんですね。それでとにかく逃げていたんですけど、團先生がお亡くなりになって、そして團先生の歌曲を改めて伊藤京子先生のところで勉強させていただき、そしてあの3/11の震災があり、私はいろいろな方から、團先生があなたの『夕鶴』を観たいとおっしゃっていたことを絶対に叶えないではいけない、と強く言われ、そして決心したんです。本当に…いつもおっしゃっていましたから。「なぜ『夕鶴』を歌わない」って。

■キャリアを積まれて、ようやく演じる自信を見出したということでしょうか。

佐藤: 自信ということではありません。自信では無いんですよ。しかし先生のあの言葉に報いたいと思います。それと今、日本はこういう時代なので、物が豊かになったけれども失った何か…私たちは見えるものに支配されて生きているけれど、本当は目に見えないものに大きく大きく励まされ、支えられているんだっていうこと。この作品を通して先生がおっしゃりたかったであろうそのことを、ぜひ、伝えたいと思ったのです。今、たいへんな時代ですけど、團先生が描いた本当の日本の心のようなもの…謙虚であったり、小さなものを大切にしたり本当に労わり合って生きてゆくっていう人間性をもう一度このオペラを通して伝えたいなって、そんな思いに駆られて今年はこの『夕鶴』に決めました。

■『フィガロの結婚』では、思い切り笑わせていただきました。今年は涙が必要(?)ですね。

佐藤: はい。第1部では(笑)。でも第2部の方では、素敵なクリスマスソングをメドレーで歌おうと思っています。みなさんがよくご存知のクリスマスソングを。だから、悲しいばかりではなくていろいろな想いを感じていただいて、暖かい気持ちで家路につけるような、そんなクリスマス・コンサートにしたいですね。 

取材・文:逢坂聖也




(2012年12月 3日更新)


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■Column

團伊玖磨(だん・いくま)

(1924- 2001)作曲家。東京生まれ。東京音楽学校(現在の東京芸術大学)作曲科出身。1947年に作曲した歌曲「花の街」がラジオ放送を通じてヒットし、作曲家としての地歩を固める。以後、交響曲、管弦楽、吹奏楽、オペラ、歌曲、映画音楽、童謡など、多くの分野で、日本を代表する作曲家としての足跡を残している。代表作は交響曲 第1番『イ調』、交響曲 第6番『HIROSIHMA』、吹奏楽『祝典行進曲』『オリンピック序曲』、オペラ『夕鶴』『ひかりごけ』『素戔嗚』、『建・TAKERU』、童謡『ぞうさん』『やぎさんゆうびん』ほか多数。『パイプのけむり』に始まる多くの随筆により、エッセイストとしても活躍した。

『夕鶴』

1952年に発表された團伊玖磨のオペラ。木下順二の同名戯曲を原作・テキストとする。日本全国に伝わる「鶴の恩返し」に材を採りながら、内容は民話を大きく換骨奪胎しており、純粋な愛情が肥大する人間の欲望によって引き裂かれてゆく、哀切な物語へと高められている。日本のオペラとしてはもっとも上演回数の多い作品であり、伊藤京子や中沢桂ら、多くのソプラノがヒロイン“つう”を演じている。

佐藤しのぶクリスマス・コンサート       「The Gift! Vol.13」

■佐藤しのぶ(ソプラノ)


■倉石真(テノール)     ■森島英子(ピアノ)

●12月15日(土)16:00
サンケイホールブリーゼ

チケット発売中 Pコード 171-762
S席-8000円 A席-6000円 

【出演】
佐藤しのぶ(ソプラノ)
倉石真(テノール)
森島英子(ピアノ)

【プログラム】
オペラ『夕鶴』より
きよしこの夜
アヴェ・マリア 他

【問い合わせ】
ブリーゼチケットセンター■06-6341-8888