ホーム > インタビュー&レポート > 10年目を迎える金聖響とザ・シンフォニーホールのシリーズ公演。 ベートーヴェン、ブラームス、ワーグナー、 そしてマーラーの響きを聴く「聖響 / 神々の音楽」
2003年より毎年、指揮者、金聖響を迎えてのシリーズ公演を行ってきたザ・シンフォニーホール。10年目を迎える今年は4月7日より、金聖響と関西フィルハーモニー管弦楽団による演奏会「聖響 / 神々の音楽」を全3回に渡って開催する。
「聖響 / 新世紀浪漫派」と題された第1回から、昨年の「聖響×OEK ザ・ロマンティック!」まで、テーマ性に富んだ内容で金聖響の音楽を届けてくれたこのシリーズだが、今年3回にわたって取り上げるのは、ベートーヴェン、ブラームス、ワーグナー、そしてマーラー。まさに19世紀から20世紀初頭の音楽史に聳える巨人たちである。
すでにベートーヴェン、ブラームスの交響曲については全曲録音を果たしている金聖響。しかし後期ロマン派までを俯瞰するかのような今回のプログラムは彼にとっても挑戦であるという。公演に先立って行われた記者会見で金聖響に話を聞いた。
■ベートーヴェンを出発点に後期ロマン派までを展望するようなプログラムですね。
金聖響:ベートーヴェンとブラームスについては、これまでも取り上げる機会は比較的多くあったのですが、やはりワーグナー、マーラーというのは本当に難しい。実はプログラムもずいぶん練り直しました。最初、この話がスタートした時には、僕はマーラーは「9番」(※注①)を希望したんです。
もし最後が「9番」なら、まったく違ったプログラムになっていたでしょうね。でも検討を重ねるうちに「5番」で行こう、と決まった。そのとたんに全体の起承転結が見えました。マーラーの5番はベートーヴェンの「運命」が強く意識された作品ですから。そのベートーヴェンを初演と同じ6番「田園」と5番「運命」の順番で第1回に演奏して、第2回に歴史上はずせないブラームスの第1番―これはもう、産みの苦しみの中から生まれてきたような曲です―と、同じベートーヴェンから始まりながら、水と油のようなワーグナーをかけ合わせる。そして最後に19世紀のヨーロッパに圧倒的な影響を与えたワーグナーと、その中にあってベートーヴェン以来の交響曲を新しい次元に発展させていったマーラーを置いてみる、といった流れになりましたね。
■そのような流れの中でワーグナー、マーラーを演奏する、ということは、金聖響さんにとってもやはりチャレンジングな試みなのでしょうか。
金聖響:挑戦のしがいがある、というのは僕にとってワーグナー、マーラーというのは、ベートーヴェンやブラームスほど身近な存在ではないからなんです。ただ、マーラーについて言えば、出会った時期、入り込んだ時期が良かったのかなと思います。ものすごく個人的なことを言うと、ワーグナーの方が遠いですね。ワーグナーは今回のプログラムは全部振ったことがあるんですが、少し距離があります。…ですので、やっぱりチャレンジのしがいがありますね。演るたびに初めての発見がある、ということですから。
このプログラムを関西フィルさんと演奏するのは初めてです。だからお互い新曲。僕のワーグナーを、飯守先生(※注②)の演奏と比較されるとちょっと困るんですが(笑)。でも、今100メートルを10秒台で走れって言われても無理でしょ。今の自分にしか出せないものを出していこうと。僕自身がそれを一番楽しみにしています。
■ありがとうございます。では、マーラーについてはいかがでしょう?
金聖響:作曲技法的なことをいうと5番は、交響曲で最終楽章にロンド形式を持ってきた初めての曲です。ただ、そういったことと音楽の持つ物語をどう伝えてゆくか、ということはまた別であって(笑)。詳しくは本を読んでいただければお分かりいただけると思うんですが(※注③)。
マーラーの5番というのは、世界的に見ても演奏回数の多い作品です。それは第4楽章に有名なアダージェットがあるからなんですが、これはマーラーが奥さんのアルマに捧げたもの、と言われています。このあたり、もう、19世紀末ですから、ベートーヴェンの頃とは全然違っていて、マーラーは個人主義、というか個人表現を優先させています。未完といわれる10番に至っては楽譜に奥さんの名前書いてますからね。「君のために生き、君のために死ぬ」っていうのを第4楽章の終わりに。アルマ・マーラーというのは非常に魅力的で、また奔放な女性でしたから。マーラーの5番以降の作風は、彼女無しにはなかった、というのが僕の考えです。もう相当に振り回されてますよ…。えーと、なので5番の話に戻しますと(笑)、苦悩があって、最後に勝利があるという、ベートーヴェン的構成ではあるのですが、その山と谷は技術的にも体力的にも、すごく厳しいものがある、と。そういう意味では、僕、3楽章の位置づけが正直いまだに分からないです。1楽章、2楽章と来て、4、5でええんとちゃうかな、と思うことがある。振りながらいつも葛藤してますよね。あのホルンはどこで吹かせるべきなんやろか、オケの中か、前なんか、とかね。ここを4月まで考えて、答えをお聴かせできればいいな、と思ってるんですけど(笑)。
会見の終わりに金聖響は、「演奏が終わって、僕が指揮棒を下ろすまでのあの瞬間、あの素晴らしい時間を大阪のお客様にも、ぜひ僕と一緒に、ゆっくりと楽しんでほしい」と語った。大阪弁を交えた闊達な語り口のなかに、マエストロらしい深い思索の跡のうかがえる会見だった。
なお、今回のシリーズは2012年度に開館30周年を迎えるザ・シンフォニーホールの記念公演の一環でもある。6月2日の「神々の音楽」第2回ではワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より“第1幕への前奏曲”が演奏されるが、今から30年前、1982年10月14日に、ザ・シンフォニーホールの杮落とし公演の1曲目に、朝比奈隆と大阪フィルハーモニー交響楽団によって演奏されたのが、この曲である。(2012年1月11日の会見の内容を再構成しました。)
注①:「交響曲第9番」。マーラーが生前に完成させた最後の交響曲。
作曲者自身の死を見据えたかのような、彼岸的な美しさに満ちた作品。
注②:飯守泰次郎。関西フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者を経て、現在桂冠名誉指揮者。
日本におけるワーグナー演奏の第一人者。
注③:金聖響にはこれまで3冊の著書がある。
「ベートーヴェンの交響曲」「ロマン派の交響曲」
「マーラーの交響曲」(いずれも玉木正之と共著。講談社現代新書)
(2012年2月27日更新)
■第1回 「ベートーヴェン」
4月7日(土)14:00
ザ・シンフォニーホール
発売中 Pコード 152-528
A席-5000円 B席-4000円 C席-(売切)
【プログラム】
ベートーヴェン:
交響曲 第6番「田園」ヘ長調
ベートーヴェン:
交響曲 第5番「運命」ハ短調
■第2回 「 ワーグナー&ブラームス」
6月2日(土)14:00
ザ・シンフォニーホール
チケット発売中 Pコード 152-529
A席-5000円 B席-4000円 C席-(売切)
【プログラム】
ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より”第1幕への前奏曲”
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より”前奏曲””愛の死”
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲
ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調
■第3回「 ワーグナー&マーラー」
7月14日(土)14:00
ザ・シンフォニーホール
チケット発売中 Pコード 152-530
A席-5000円 B席-4000円 C席-(売切)
【プログラム】
ワーグナー:楽劇「パルジファル」より”第1幕への前奏曲”
マーラー:交響曲 第5番 嬰ハ短調
全3公演とも問い合わせは