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「不器用で光の当たらない存在の彼女に自分の手で光を当てたい」
熊切和嘉監督と菊地凛子が20年ぶりに再タッグを組んだ
映画『658km、陽子の旅』熊切和嘉監督インタビュー

TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM2019の脚本部門で審査員特別賞に輝いた、室井孝介のオリジナル脚本を原案にした、熊切和嘉監督によるロードムービー『658km、陽子の旅』が、シネ・リーブル梅田ほか全国にて上映中。父の訃報を受け、実家の青森まで戻る道中で従兄弟家族に置いてきぼりにされ、ヒッチハイクをして故郷へと向かう主人公・陽子の姿を描く。

熊切和嘉監督とは『空の穴』以来、20年ぶりのタッグとなった菊地凛子が邦画単独初主演を務め、竹原ピストル、黒沢あすか、見上愛、浜野謙太らが共演し、オダギリジョーが幻の陽子の父を演じている。先日開催された、第25回上海国際映画祭で最優秀作品賞、最優秀女優賞、最優秀脚本賞の三冠に輝いた。そんな本作の公開を前に、熊切和嘉監督が作品について語った。

──本作の監督を務めることになった経緯を教えていただけますでしょうか。

制作プロダクションであるオフィス・シロウズさんの、『アンテナ』などで何本もお世話になっている松田広子プロデューサーからのお話でした。松田さんから「熊切さんが好きそうなヒロイン像の映画ですが興味ありますか?」と脚本を渡されたんです。脚本を読んでみると、元々ロードムービーをやりたかったことと、非常に不器用で光の当たらない存在の彼女に、自分の手で光を当てたい、応援する気持ちで撮れるんじゃないかと思って、「やりたいです」とお返事しました。

──陽子役を菊地凛子さんに、というのはその時点で考えていらっしゃったのでしょうか。

松田さんには話していませんでしたが、なんとなく僕の中では40代のヒロインなら菊池さんにお願いできるかな? というのはぼんやりと思っていました。

──それは『空の穴』で組んだ菊地凛子さんともう1度やりたいという思いが、監督の中にあったからでしょうか。

ありましたね。菊池さんが『空の穴』の後、『バベル』で世界的な俳優になって、すごく嬉しかったんですが、どこかで僕は、菊地凛子の日本での代表作を撮れなかったことがすごく悔しかったんです。いつかそれが撮れたらと思いながらも、セレブになってたら嫌だなと思って(笑)。今回も低予算の映画ですから、陽子役のイメージはありましたが、実際にオファーをして「こんな低予算だったらできない」って断られたらショックじゃないですか(笑)。だから、なかなか言い出せなかったんです。

──そうだったんですね(笑)。

あるタイミングで松田プロデューサーに「菊池さんどうでしょうか?」と言ってみたら、松田さんも同じように思っていたようで「聞くだけ聞いてみる」と言って探ってくれました。

──菊池さんはそんな懸念などなかったかのように、企画書にある監督の名前を見て出演を快諾してくださったそうですね。

そうみたいですね。

──菊池さんにとってもきっと『空の穴』は特別な作品だったんですね。

そう言ってくれてるみたいですね。嬉しいです。

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──20年ぶりに菊池さんと、監督と俳優として対峙してどのように感じられましたか。

初日は僕も緊張していて、菊池さんも緊張していたらしいんですが、驚くぐらい馬が合ったんです。演出に対して応えてくれる芝居をしてくれて、すごくしっくりきましたし、ついこの前まで一緒に映画を撮っていたような感覚になりました。陽子像のイメージにもすごく合っていましたし、やっぱり菊池さんの芝居は圧倒的でした。

──特に、始まって5分ぐらいの陽子の生活を映すシーンは、トイレットペーパーを部屋の中で使っていたり、冷凍のイカ墨パスタをコンビニでもらった割り箸で食べるくだりでは、こんなに雄弁に人物像を表すことができるのかと驚きました。そういう陽子像を描くアイデアはどこから生まれたのでしょうか?

あのシーンは現場で作っていきました。イカ墨パスタは、タイアップが取れそうな商品の中から一番面白いことになりそうだと思って選びました。トイレットペーパーを使っていたり、コンビニのお箸を使っているのは、僕ら大阪芸大出身の監督はああいう貧乏学生みたいな描写は得意なんです。日常だったので(笑)。

──改めて観返しましたが、置き去りにされるところなど、『空の穴』と本作には似通っているところが多いですよね。

僕も不思議なんです。僕は結構忘れてしまってたんですが、菊池さんと「こんなの前に撮ったよね?」と言いながら、撮っていくうちに思い出していきました。置き去りにされるところもそうですが、夜のPAで自動販売機の小銭を探すシーンも、菊池さんが現場で「前もこういうのやったよね?」と言ったので、現場で膨らませてやってみたんです。ふたりで遊び心を入れながら撮っていきました。

──結構忘れてしまっているものなんですね。

記憶に残ってなかったわけではなかったんですが、細部までは覚えてなかったですね。言われてみれば同じようなシーンを撮っていたので、好みは同じなんだな、と(笑)。僕はあまり自分の作品を観返さないんです。恥ずかしくなるので、観てられない(笑)。切りたくなってしまって。だから観返してなかったんですが、同じようなテイストが好きなんだな、と思いました。

──2019年に公開された中島貞夫監督作の『多十郎殉愛記』で、熊切監督は監督補佐についていらっしゃいました。以前、高良健吾さんに取材した時に高良さんが「熊切監督は絶対時代劇を撮りたいはず」とおっしゃっていたので、熊切監督の時代劇を楽しみにしていたんですが...。

時代劇はやりたいんですが...、なかなか実現しないですね。

──ハードルが高いのでしょうか?

僕の撮りたい時代劇のハードルが高いんだと思います。コメディ寄りの分かりやすい作品なら企画が通ると思うんですが、僕はもっとヒリヒリした、『竜馬暗殺』みたいなのがやりたいので。

──熊切監督の時代劇も楽しみですが、中島監督も『多十郎殉愛記』の後、まだ作品を拝見できるんじゃないかと思っていました。熊切監督にとっては恩師でもあり、近しい存在だったのではないでしょうか。

『多十郎殉愛記』の試写があった後に、中島先生と喫煙所で話をしていた時に「新しいのを思いついたから、今度家に寄ってくれ」とおっしゃって。その頃、僕は立命館大学の仕事をやっていて、京都に行く機会が多かったので、京都に行ったら寄ろうと思っていたんですが、その後、コロナが流行って、先生もご高齢なので伺えなくて。コロナも落ち着いたので、そろそろ伺おうかと思っていたら亡くなられたので、新しいアイデアを聞けず仕舞いだったのが悔やまれますね。

──そうだったんですね。陽子の幻の父親役としてオダギリジョーさんが出てらっしゃいます。監督とオダギリさんは何度もご一緒されていると思っていましたが、今回が初めてだったと知って驚きました。

僕も何回も一緒にやっているような気がしてました(笑)。初めてなので不思議なんですが、すごく合う気がしていました。

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──無言なのに、あれだけの存在感を示すことができる俳優さんは、オダギリさんしかいないと思いますし、菊池さんとの相性も素晴らしかったです。オダギリさんのキャスティングはどのように思いつかれたのでしょうか。

オダギリくんは本当に素晴らしかったです。幻の父親を出すことは妻のアイデアだったと思いますが、オダギリくんはなぜか最初からイメージがあったんです。菊池さんの父親なので美しい方にやってほしいという思いはありましたが、オダギリさんののらりくらりした感じが、ふらっと現れて聞こえてるのか聞こえてないのかわからないけど、煙草吸いながらへらへらしている幻の父親のイメージと重なったんだと思います。それで、低予算なんですが、聞くだけ聞いてみましょうか、と(笑)。今回は大体そんな感じです(笑)。

──低予算とは思えないほど、錚々たる方々が出演されています(笑)。

みんな最初はこんな映画になるとは想像してなかったと思います。聞くだけ聞いたらみんなOKしてくれたので。やっぱり、菊池さんが主演というのは大きかったと思います。これはいい映画になりそうだという雰囲気があったんだと思います。

──室井さんの脚本を読んだ時に一番惹かれたのはどういう部分だったのでしょうか。

陽子が心情を吐露する場面で、たまたま車に乗せてくれた関係のない人に自分のことを話しますよね。そこにすごくグッときました。

──車の中で心情を吐露するのがいいですよね。本作はロードムービーなので、少しずつ主人公が変化していく様を描写していますが、今回は順番通りに撮ることができたのでしょうか。

大きな感情の流れとしては順撮りができたんですが、実は前半の車内のシーンはスタジオで撮っているんです。

──そうなんですね。全然気づきませんでした。全く違和感もなかったです。

LEDパネルを使ったスタジオで、下手にやると違和感が出てくるんですが、撮影部や照明部がめちゃくちゃ頑張って研究してくれて。絶対合成っぽくならないようにリアルに作ってくれたので、僕もびっくりしました。僕も全く違和感がなかったです。

──昔は合成したシーンに違和感がありましたよね。

竹原(ピストル)くんのハミングする横顔からパンしていって、陽子が咳き込んだ後にオダギリくんが出てくるところのショットなんかは、実際に車が走っていたら絶対にできないので。あれはスタジオだからできたんです。ひとり語りのシーンは撮影期間の後半で撮りたかったので、実際に走らせて撮っています。

──東京から青森に向かう道中で福島を通りますが、海のシーンなど、本作にとっても重要なシーンがいくつかあったと思います。

元々の室井さんの脚本にはなかったんです。でも、現代でこの本を映画化するにあたって、避けて通れないというか。福島は必ず通過しますから。陽子の目を通して今の日本を映すべきだと思ったので、陽子が海で決壊してそこから再生に向かっていく場所として相馬の海が相応しいんじゃないかと思いました。迷いは多少ありましたが、いれない方が違和感があると思いました。それは、避けてしまったことになるので。

──本作のシーンは日本ではない風景のように見えました。本作のテーマも日本だけでなく世界的にも言えることだと思います。先日、上海映画祭で作品賞などを受賞されましたが、監督は本作のテーマについてどのように考えていらっしゃったのでしょうか。

言ってみれば、陽子は性別を超えて自分でもあり得たかもしれない人生だと思うんです。僕も地方から出てきて、父親は映画をやることに反対していました。尚且つ、僕の姉のことを思うと僕よりもさらに大変だった気がするんです。撮る時に世界を意識していたわけではありませんが、そういう実感が伴った作品でした。中国でどういった反応があるか想像はつきませんでしたが、中国も地方出身者が多いそうなので、伝わった実感があって、実は普遍的なテーマだったんだとその時に感じました。

──本作を観て、『空の穴』はもちろん、雪のシーンは『海炭市叙景』を、ロードムービーとしては『私の男』を思い出しました。監督にとっての集大成とも言える作品になったのではないでしょうか。

今年の2月に『#マンホール』が公開されましたが、実は撮ったのはこっちが先でした。この作品の前はコロナもあって、3、4年映画を撮れなかったんです。この映画も動き出そうとした時にコロナがひどくなって、1年延びていますし、映画を撮るのが久しぶりだったこともあって、すごく清らかな気持ちで撮れた気がします。そんなに時間はありませんでしたが、考え抜いた的確なショットで、このショットだけは撮ろうと気合を入れて、厳選しながら思いを込めて撮ることができました。

取材・文/華崎陽子




(2023年7月31日更新)


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Movie Data



(C) 2023「658km、陽子の旅」製作委員会

『658km、陽子の旅』

▼シネ・リーブル梅田ほか全国にて上映中
出演:菊地凛子 / 竹原ピストル 黒沢あすか 見上愛 浜野謙太 / 仁村紗和 篠原篤 吉澤健 風吹ジュン / オダギリジョー
監督:熊切和嘉
原案&共同脚本:室井孝介
共同脚本:浪子想
音楽:ジム・オルーク

【公式サイト】
https://culture-pub.jp/yokotabi.movie/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/267202/index.html


Profile

熊切和嘉

くまきり・かずよし●1974年生まれ。北海道帯広市出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。卒業制作作品『鬼畜大宴会』が、第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞。同作はベルリン国際映画祭招待作品に選出され、タオルミナ国際映画祭でグランプリを受賞。2001年、『空の穴』で劇場映画デビュー。代表作に『アンテナ』(03)、『青春☆金属バット』(06)、『ノン子36歳(家事手伝い)』(08)、『海炭市叙景』(10)、『夏の終り』(13)、『私の男』(14)がある。2023年2月に『#マンホール』が公開され、同作は第73回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門に正式招待された。