インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 吉永小百合が初めての医師役に挑み、 松坂桃李、広瀬すず、西田敏行ら豪華キャストが競演した 映画『いのちの停車場』成島出監督インタビュー

吉永小百合が初めての医師役に挑み、
松坂桃李、広瀬すず、西田敏行ら豪華キャストが競演した
映画『いのちの停車場』成島出監督インタビュー

終末期医療に携わる現役医師・南杏子による同名小説を基に映画化したヒューマンドラマ『いのちの停車場』が、5月21日(金)より、公開される。救命救急センターで働いていた医師の白石咲和子が、実家のある金沢で在宅医として再出発する姿と、彼女の働くまほろば診療所の人々や彼女の受け持つ患者ら、彼女を取り巻く人々の人間模様を丁寧に描き、“命”について考えさせる作品だ。主演の吉永小百合をはじめ、松坂桃李、広瀬すず、西田敏行ら豪華キャストが集結している。そんな本作の公開を前に、『ふしぎな岬の物語』や『八日目の蝉』などを手がけた成島出が作品について語った。

――まず、どのように本作の企画がスタートしたのか教えていただけますでしょうか。
 
実は、企画がスタートしたのは結構前で、2010年に公開された『孤高のメス』という作品を吉永さんが観て、すごく気に入ってくださって、ぜひ映画でご一緒しましょうという話になったんです。僕にとっても吉永さんと映画でご一緒するのは念願だったので、話が進んでいきました。その際に吉永さんから「医師の役をやったことがない」とお聞きしまして、吉永さんは絶対に医師の役が似合うと思ったんです。それから原作を探したんですが、これというものが見つからず、ようやく10年越しで『いのちの停車場』の原作に出会うことができて、企画が進んでいきました。
 
――本作の原作に出会った時は、“まさにこれだ!”というような手応えがあったのでしょうか?
 
南杏子先生の「サイレント・ブレス」という作品をすごく気に入っていましたし、医師でもある方が書いてらっしゃるので、すごく力がありますし、なによりリアリズムを感じるんですよね。嘘がないと言うか。そこが映画にも直結するんじゃないかと思いました。また、『ふしぎな岬の物語』の撮影の時に吉永さんを見ていて、これだけ天下の大女優と言われている吉永さんがまだ満足せずに成長しようとしていることに僕はすごく驚きましたし、だから吉永小百合をずっと維持することができているんだと感じたんです。今回、この映画の原作に出会って、吉永さんにぴったりだと思ったのは、この映画の主人公も普通だったら引退すると思うんですが、そうではなくて、彼女も成長しようとしているんですよね。東京の救命救急医から金沢での在宅医という未知の世界に飛び込んで、成長しようとしているんです。その姿が吉永さんにぴったりだと思ったんです。そういう役をやってもらいたいと思っていましたし、まさに吉永さんそのものだなと思いました。初めて患者さんの家を訪れた際に戸惑いながらキョロキョロしているところと、最後在宅医として一流になっていく表情の変化やプロセスは吉永さんならではだなと思いました。医療的なことも、外科的なメスの使い方などの技術から在宅医としての振る舞いまで、そこまでしなくても大丈夫ですよ、吉永さんと思わず言ってしまいたくなりました(笑)。
 
――吉永さん演じる咲和子の父を演じた田中泯さんと吉永さんの芝居には驚かされました。後で知ったのですが、おふたりは同い年だったんですね。
 
おふたりは誕生日が3日違いの同級生なんです。泯さんはダンサーなので、演技ではなくて存在でアプローチする方なんです。だから、達郎という父親として映画の中に存在していたんだと思います。泯さんは普段は野良仕事をしているから、余分な肉なんて全くないんです。それでも「5kg痩せる」って言うから、僕は「死んじゃうからやめて」って言ったんです。20代だったらまだしも、75歳のおじさんがそんなことしたら命に関わるからって言ったんですが、聞いてくれなくて、どこに肉があるの? と思うんですが、実際に絞って5kg痩せてきたんです。だから、泯さんがカメラの前に存在するだけで迫力がありますし、リアルでした。お芝居じゃないんです。そんな泯さんに吉永さんも影響を受けて、そこに入っていったんだと思います。だから、西田さんと吉永さんの芝居とはまた違う独特のものになったと思うので、観た方にその空気を感じてもらえれば嬉しいです。
 
――監督自身も、田中さんと吉永さんのシーンには何か感じるものがありましたか?
 
僕も言葉では上手く言えませんが、グッとくるものがありました。それは吉永さんと泯さんの掛け算によって生まれたものであって、僕の演出ではないと思います(笑)。
 
――その田中さんのキャスティングはどのように決まったのでしょうか?
 
吉永さんも岡田裕介プロデューサー、冨永プロデューサーも僕も全員一致でした。僕は泯さんと昔からの知り合いで、山梨ではご近所さんでもあるので、僕が泯さんに電話したんです。「吉永さんのお父さんをやってほしい」と言ったら、「え~!? 信じられない、僕で大丈夫かな?」と驚いていました(笑)。
 
――特に、後ろの炎が煌々と燃え上がるストーブと重なるように、強く自分の命の終わり方を主張する田中さんの姿は、炎にも負けない熱量を感じました。そのシーンでも感じましたが、本作は、全体的に温かみのある色味が使われているように感じました。
 
吉永さんと初めてこの映画の話をした時に、暗い映画にはしたくないという考えが一致したんです。死にまつわるテーマを扱う作品なので、陰々滅々とした映画にはしたくなかったですし、出来れば明るい映画にしたいという吉永さんの思いもあって、僕もその考えに同感でした。それは、ただ笑いを入れるのではなくて、人間が生きていく時に発する、生命力の天然の明るさみたいなものを表現できれば、温かみのある映画になるんじゃないかと思いましたし、そういう映画にしたいと思いました。そこには(松坂)桃李くんと(広瀬)すずちゃんの存在がすごく大きくて、あのふたりがこの映画の太陽だと僕は言い続けていたんですが、映画全体を太陽のように照らしてくれました。この映画の吉永さんと西田さんは、太陽に照らされる月なんです。吉永さん、西田さんと桃李くん、すずちゃんの4人の四重奏=カルテットがすごく大事だったんです。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが桃李くんとすずちゃんで、今回の吉永さんはヴィオラで、西田さんはチェロなんです。その4人のハーモニーはずっと意識していました。
 
――本作の舞台になった金沢の水辺の美しさがとても印象的でした。
 
この映画では、四季をきちんと描きたいと思っていました。金沢は京都と同じで、昔はあの河原は斬首刑が行われていた場所なので、血の匂いがするんです。泯さん演じる達郎と吉永さん扮する咲和子が、父と娘で食事をするシーンでも、後ろの川で布を洗っているんです。あれは、今はもうしていないのですが、元々はあのように加賀友禅を洗っていたんです。賽の河原みたいな、怖いんだけど美しいというような、古い街にはそういうところがあるんです。咲和子の住む家に上がっていく階段も、よく武士の幽霊が出るそうです。だからこそ、そこに咲く桜がものすごく美しかったりするんですが、古い街の美しさというのは、ただ単純に綺麗なだけではなくて、たくさんの血が流れた怖さや歴史も含めて美しいんですよね。ただ、最後のシーンに出てくる白山には、そんな血は流れていないんです。それは、川はどちらかと言うと、人間が住んでいる世界で、殺し合いをして愛し合って人間の生活の営みがある世界で、雪山のように人間がなかなか行けないような場所は、人間ではない神々の世界をイメージしたんです。白鳥というのは死んだ命が戻ってくる象徴です。ラストシーンは、神がかった世界に半歩でも一歩でも踏み込めないかと思いもあって、宗教画みたいなものにしたかったんです。斬首刑が行われる一方で恋が芽生えたりもする、色んなことのあった河原から、雪山の白山へ渡る鳥というのは、ひとつの映画のテーマになってくれるといいなと思いました。
 
――本作は、昨年の緊急事態宣言が終わった後に撮影されたとお聞きしましたが、全体を通してすごく俳優さんたちの熱量を感じました。コロナで様々なことに制限がかかる中、改めて映画を撮ることについて監督はどのように考えてらっしゃいましたか?
 
撮影は昨年の9月、10月でした。現実問題として、俳優さんはノーマスクで演技をしなくてはいけないので、誰かがコロナにかかっていれば濃厚接触者になってしまうんですよね。だからもちろん、ものすごく気をつけた上で撮影していました。今までだったら、僕は入念にテストを繰り返していたんです。俳優さんには大きくふたつのタイプがあって、トップスピードで入ってくる人とスロースターターでゆっくり上がっていく人がいるんです。テストを何回かやっていくうちに、ちょうどいいところで折り合って、そこで本番に入るんです。お互いに7合目から8合目ぐらいで。ただ今回はコロナがあったので、一発狙いで回していく感じでした。何よりも吉永さんがテストから完璧なんです。台詞も完璧に入っていて、役も全部できていて、僕が修正するところなんてほとんどないぐらい完璧なんです。皆それを見ているから、スロースターターものんびりしてられないんです。一気にトップに持っていかないと、吉永さんに失礼になってしまうので、全員で一発OKを目指すぐらいのテンションだったと思います。それが唯一コロナで良かったことですね。
 
――それは、吉永さんが座長だったことが大きな影響を与えているということでしょうか?
 
もちろんそうです。吉永さんが完璧に準備して、自ら率先して引っ張っていくので、セリフが入っていなかったり、トチったりするなんて許されないわけですよ。吉永さんがプレッシャーを与えているわけでは決してないですが、それはいい緊迫感になったと思いますし、座長として皆をリードしてくださったと思います。コロナ禍での撮影でしたが、吉永さんが座長で本当に良かったと思って撮っていました。吉永さんは長回しをやっても、一文字一句間違わないですからね。今回は、主役はあくまでも吉永さんですが、今までのように前に出るのではなく、周りの人と寄り添いながらハーモニーを奏でていく主人公の1年半を描こうと思ったんです。それには、桃李くんやすずちゃん、西田さんの支えが必要でした。忙しい方ばかりなんですが、たまたまタイミングが合って出ていただけることになって、いろいろなことが綱渡りのような状態でしたが、なんとか撮りきることができて良かったです。
 
 
取材・文/華崎陽子



(2021年5月17日更新)


Check

Movie Data


(C) 2021「いのちの停車場」製作委員会

『いのちの停車場』

▼5月21日(金)より、公開
※一部地域を除く(上映の状況は公式HPをご確認下さい)
出演:吉永小百合
松坂桃李、広瀬すず
南野陽子、柳葉敏郎、小池栄子、伊勢谷友介、みなみらんぼう、泉谷しげる
石田ゆり子、田中泯、西田敏行
監督:成島出

【公式サイト】
https://teisha-ba.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
https://cinema.pia.co.jp/title/185087/


Profile

成島出

なるしま・いずる●1961年、山梨県生まれ。1994年に『大阪極道戦争 しのいだれ』で脚本家デビューし、その後、2003年『油断大敵』で監督デビュー。藤本賞新人賞やヨコハマ映画祭新人監督賞を受賞。以降、2005年に『フライ,ダディ,フライ』、2010年に『孤高のメス』など数々の話題作を手がけ、2012年には『八日目の蟬』が第35回日本アカデミー賞で最優秀作品賞、最優秀監督賞など10部門を受賞する快挙を成し遂げた。2015年には吉永小百合主演作『ふしぎな岬の物語』の監督を務め、第38回モントリオール世界映画祭の審査員特別賞グランプリとエキュメニカル審査員賞を受賞。2020年には『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』が公開された。