「何者にもなれなかった人の努力を肯定してあげたい」
念願のボクシング映画『BLUE/ブルー』を実現させた
吉田恵輔監督インタビュー
『犬猿』や『ヒメアノ~ル』などで知られる吉田恵輔がメガホンを取った、オリジナル脚本によるボクシング映画『BLUE/ブルー』が、4月9日(金)より、梅田ブルク7ほか全国にて公開される。ボクジングにひたむきに努力と情熱を注ぐも負け続けているボクサー、瓜田を中心に、将来有望な日本チャンピオンにも手が届きそうなボクサー小川や、“ボクシングやっている風”を目指していると豪語する新人ボクサー楢崎など、様々な人物の織りなすドラマを静かな情熱とともに映し出す。約2年もの身体作りと役作りに挑んだ松山ケンイチが主人公・瓜田を熱演するほか、木村文乃が瓜田の初恋の人であり、東出演じる小川の婚約者の千佳に扮し、東出昌大が小川を、柄本時生が楢崎を演じている。そんな本作の公開を前に、中学生時代にボクシングを始め、ボクシング歴30年となる吉田恵輔監督が作品について語った。(※吉田恵輔の「吉」は「つちよし」が正式表記)
――監督は、ボクシング歴30年とのことですが、ボクシング映画を撮りたいという構想はずっと持っていたんでしょうか?
「脚本を書いている人間としては、どうしても自分の実体験がベースになってくるんです。自分の恋愛経験よりもボクシング経験というか、ボクシングをやっている時間の方が絶対に長いので(笑)。ボクシングは僕の生活の一部なんです。だから、いつかボクシング映画を撮りたいとは思っていました。ただ、ボクシング映画って、なかなか成立しづらいんです。デビュー当時から色んなところで言っていたんですが、誰も手を挙げてくれなくて。そのまま10年以上経って、ようやく興味を持ってくださるプロデューサーの方が現れたんです。会う人全員に言い続けてきて、やっと反応してくれる方に出会えて、企画が進んでいきました」
――松山ケンイチさん演じる瓜田にはモデルになった方がいらっしゃるとお聞きしました。その方をメインにして脚本を書こうと思ったのはどうしてなのでしょうか?
「その人以外にもたくさんモデルがいて、瓜田以外のキャラクターも今まで会った人の集合体になっているんですが、瓜田のモデルになった人は、僕の心に残ったというか、彼がいなくなった後、僕の感情にすごく響いた人だったんです。その人は、昼に行けばトレーナーをやっていて、夜に行けば練習していて、ずっとジムにいたので、ジムに居て当たり前だったんです。そんな、居て当たり前だった人がいなくなってしまって、ずっと負け続けているところしか見てなかったから、練習している姿を思い出すと胸がキュンとなるみたいな感情になって、そうなると急に会いたくなるもんですよね、人って(笑)」
――そのモデルになった方とは今も連絡がとれないんでしょうか?
「その人がいなくなったのが13年ぐらい前なんですが、実はクランクインの2週間前に連絡が取れたんです、たまたま。今回の映画に協力していただいたボクシングの関係者の方に、モデルの方の話をしたら、知り合いだったんです。そして、クランクインの2週間前にその人が飲みに行ったら、隣の席でそのモデルになった人が飲んでいたらしいんです、たまたま。そこから電話がかかってきて、「実は、●●さんをモデルにした映画を作っているんです」って言ったら、驚いていました。お酒を飲んでいる時に、あなたの映画を撮っているって言われたらびっくりしますよね(笑)。その人に観てもらえたら嬉しいですが、弱いと言い過ぎているので、傷つくかもしれないです(笑)」
――松山さんが演じた瓜田は、飄々としている中にも静かな情熱を燃やしているキャラクターでした。そんな瓜田役を松山さんにオファーした理由を教えてください。
「瓜田は、今おっしゃったような、飄々としたキャラクターを目指していました。いつもニコニコしていて、どこか優しいような。そういうキャラクターを探していた中で、松山さんをイメージすると、去り際の背中の美しさとか、何かを背負っている男の儚げな感じも出ると思いましたし、男から見てどこか色気を感じるんですよね、松山さんは。そういう雰囲気が良いと思ったのと、静かなお芝居がものすごく合う方だと思ってオファーしたので、運動神経に関してはよくわかっていなかったんです(笑)」
――松山さんは、身体作りと役作りに約2年かけられたそうですね。
「松山さんとは、実は彼がボクシングの練習を始めて1年ぐらいの時に初めて顔を合わせたんです。本当はすぐに撮り始めたかったんですが、色々と時間がかかってしまって、だらだらと延びていった結果、2年間の練習期間が設けられたんです。2年間準備しないと撮らないとか、そんなつもりではなくて、製作が思うように進まなくなり、結果松山さんが2年間準備することができたってことです。1年ぐらい経ってようやく動き出すことができたので、どうせなら、練習しているところを見学してから話をしたんですが、その時はボクシングの話しかしなかったですね。腰が回ってないとか手の位置がどうとか、ボクシング技術のことだけを話していました。役柄については、(松山演じる)瓜田にはモデルがいることや、台本を書くまでの僕のストーリーを話したぐらいですした」
――こういう静かな情熱を燃やすようや役を演じる松山さんを待っていたし、観たかったと思いました。
「そうですね。こういう静かで受け身な役が似合いますよね。松山さんが、東出さんのやったようなゴリゴリしたタイプの役をやるのは、ちょっと無理がありますもんね(笑)。だから、ちょうどいいバランスの配役になったと思っています」
――以前、インタビューさせていただいた時に、監督は「ヒロインにだけはこだわる」とおっしゃっていましたが、今回も監督のこだわりで木村さんを起用されたのでしょうか?
「今回は男の話なので、ヒロインのイメージがあんまりなかったんですが、その中に唯一ボクシングを理解していない人間を置きたいと思ったんです。東出さんがすごく背が高いので、160cm以上の女性がいいなと思って、だったら個人的に好きで会いたい人を呼ぼうと思って木村さんを呼びました(笑)。僕が一度木村さんと仕事したかっただけです(笑)」
――開始1時間ぐらいのところで、オープニングの試合シーンに戻る演出によって、観始めた直後とは3人の姿が全く違って見えるように感じました。
「僕は、瓜田のモデルになった人が入場する後ろ姿をずっと見ていたんです。その時は「頑張れ」としか思ってなかったんですが、彼が辞めた後にこの映画の物語を考えていると、彼がリングに上がる姿が全く違うように感じたんです。ただの後ろ姿と、(辞めたことを)知った上での後ろ姿は違って見えると思ったので、そういう作りにしました」
――今まで観たボクシング映画のどれとも違って、淡々として見えるけれど、すごくかっこいい画がすごく多く、敢えて派手なシーンを排除されたように感じました。
「僕は、後楽園ホールにもボクシングを観に行きますし、テレビでもよくボクシングを観ているんですが、テレビで見ているぐらい近い距離でも、「あれ? 今倒れたのって何が当たったの?」って分からないことがあるじゃないですか。リプレイ映像を見て初めて、左フックが当たったのかとわかったりするのが実際のボクシングなんです。だから、お客さんが「今、何で倒れたの?」と思うぐらいが僕の中でのリアルなんです。今から倒すパンチを繰り出すぞ、というような感じはちょっと違うと思っていました。でも、『ロッキー』みたいな、ボクシングじゃなくて喧嘩じゃんというようなド派手なアクションも、ボクシングをやっている人間からしても観ていて楽しいんです。ただ、観ている時には良くても、自分が撮る時には違和感があったので、なるべく地味でもいいからリアルにやりたいと思いました」
――東出さんが演じた小川にパンチドランカーのような症状が出る描写は、観ていて本当に怖くなりました。あの描写も監督の実体験に基づいているのでしょうか?
「僕は30年ボクシングをやっていますが、チャンピオンクラスの人は、話して笑いを取れるレベルじゃないぐらいドランカーの症状が出ている人もいますね。現役というよりは、年を取った後に症状が出てくる方が多いみたいです。若い時に無茶をした方だと、痴呆症みたいな感じに近い症状の方が多いですね。あるジムでは、会長が僕のことを覚えられないので、3年間毎日自己紹介していました。「おまえ、どこかでやっていたのか?」という問いに毎日応えるんです。3年間毎日なので、一番早く終わるパターンの回答を身につけました(笑)」
――そのぐらい、たくさんパンチドランカーの方がいるからこそ、東出さんの役に反映されたのでしょうか?
「ボクシングはかっこいいだけのスポーツじゃないんですよね。リスクもありますし、劇中の練習生が怪我をしたのも実話です。開頭手術をしなければいけないほどの事故も実際ありますし、死亡事故も起きているスポーツなんです。リングに上がるのってかっこいいだけじゃなくて、リスクと隣り合わせだし、犠牲にしているものがあることを描かないと、ボクシングをやっている身からすると、かっこいいというだけではちょっとという思いはあったので、ボクシングの光と影は描かないといけないと思っていました。東出さんに演じてもらった小川も、怒りっぽい役でしたが、実際にパンチドランカーの方は性格が怒りっぽくなるらしいです。短気になって、人の話を聞けなくなって頑固になるみたいで。だから身内が心配して「ボクシングやめたほうがいいんじゃない」と言っても怒って聞いてくれなくなるらしいです。だからどんどん悪化してしまうんですよね」
――そういうボクシングの華々しいだけではない裏側をきちんと盛り込もうと思ったということでしょうか?
「僕も実際にやったことのない仕事のことを脚本で書くこともありましたが、ボクシング映画って、ボクシングをやったことのない人が脚本を書いていることも多いと思うんです。今回は、ボクシング業界の実情を知っている僕が書いていて、経験をたくさん積んでいるので、本当はボクシングジムの経営が立ち行かなくなっている話などももっと入れたかったんです。今は、ボクシングとボクササイズを合体しないと経営が成り立たないんです。僕がボクシングを始めた当初はそういうことはなかったんですが、20年前ぐらいからはそれが当たり前になっていますね。ボクシングジム自体が増えているので、中学校の時は電車で30分ぐらいかけて通っていたのに、今は最寄り駅にジムが2個もありますから」
――東出さんや柄本さんら役者さんたちにはどのような演出をされたのでしょうか。
「基本的にあんまり話してないですね、今回は。ボクシングの話しかしてないんですよ、役者さんと。役柄はもう任せたという感じで、殺陣だけちゃんとやってもらえたらと思っていました (笑)。監督と俳優というよりは、ボクシングジムの先輩と後輩みたいな関係性で撮影していました(笑)。だからお芝居のシーンの撮影の日は、練習の休みの日という感覚でした。東出さんも柄本さんも上手い方なので、信頼できる人に任せました。今までも、基本的に役者さんとはあんまり話さないんです。僕が脚本も書いているから、監督と脚本をやっている僕が何かを言ってしまうと完全にそれが、正解になってしまうので、役柄の解釈を役者さんに委ねたいんです。そうしないと僕の想像を超えないじゃないですか。なるべくスタッフにもあんまり言いたくないですね。僕がこれでと言ってしまうと絶対にそれが用意されてしまうので、それはあんまり面白くないんですよね」
――瓜田らが所属するボクシングジムでトレーニングをしている方たちも、役者さんとは思えないほど様になっていました。
「トレーナー役の方は、3ヶ月ぐらい僕のジムでずっと練習していました。役者さんだから、ミットも持ったことがないので、ミットの練習を3ヶ月ぐらいみっちりやっていました。ボクサー役の方も3ヶ月ぐらい彼の家の近くのジムに通ってもらって、撮影が近づいてきたら僕のジムに練習に来させて、ずっと練習していました。まるで部活をやっているみたいな感じでした。撮影が秋だったので、準備期間が真夏だったんですが、僕のジムにはクーラーがないのでみんな脱水症状になりかけながら練習していました」
――撮影は、コロナの影響を受けなかったんでしょうか?
「2019年に撮影したので、誰もコロナというものを知らない状況で撮影できたので、エキストラも気にせずに撮影できてよかったです。今だと後楽園ホールを貸してもらうのも難しいと思いますし、ましてやエキストラをマスクなしでたくさん集めて大声を出すことなんてまず出来ませんし。本当は去年の夏ぐらいに公開したかったんですが、色々ずれ込んだりして今年になっちゃったんです。まるで去年撮ったかのような映画なんですが(笑)」
――本作は、三者三様にボクシングに取り憑かれた男たちの生き様を映していますが、今も彼らの人生が続いているような感覚になる終わり方でした。
「瓜田のモデルになった、いなくなってしまった人への僕からのラブレターみたいな気持ちで作ったので、その思いと、現在がそうであってほしいなという気持ちで、あの終わり方になりました。その人はもうボクシングを辞めていますが、今でもボクシングのことを好きでいてほしいなという気持ちもあるし、とにかく、肯定してあげたいなと思ったんです。何者にもなれなかったその人の努力を。僕はそういう思いでいましたが、松山さんは会った日からそれがプレッシャーになっていました(笑)」
――昨年はどのように過ごされていたんですか?
「ずっと脚本を書いていました。『BLUE/ブルー』から3本連続でオリジナル作品なので、ストックが切れてしまって。ここ最近は原作ものをほとんど受けなくなって、自分がやりたいと思って、自分から動くものしかやらないようになりました。それがだいぶ浸透してきたのか、僕のところに原作を持ち込んでくるプロデューサーがいなくなりました(笑)。「何かありますか?」としか言われなくなりました」
――『ヒメアノ~ル』以降、ダークな作品が続いていますが、今後はどのような作品が待っているんでしょうか?
「次の『空白』が一番きついです。今までと違って、笑いが一切ないです。最後は、胸にグッとくると思いますが、見ている最中は今までで一番重いです。今回の『BLUE/ブルー』は、あんまり悪意が入っていないので、その反動が大きく返ってきていますね(笑)」
――さらにその反動でハートフルな作品に戻ることはないんでしょうか?
「この前、『空白』の後に、もう1本撮ったんです。『空白』の反動で死ぬほどバカな映画になっています(笑)。『空白』で、「吉田さん巨匠っぽいな」というところにいくつもりなんです。そのすぐ後に、バカな映画で帰ってきます(笑)。やっぱりバカだったって戻ってくるように計画しています(笑)」
取材・文/華崎陽子
(2021年4月 6日更新)
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