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「現代を生きる女性にとって問題は山積みなんです。
そういう印象をどこかで持ってもらいたかった」
青山真治監督が『共喰い』以来、7年ぶりに手がけた長編映画
『空に住む』青山真治監督インタビュー

『EUREKA〈ユリイカ〉』や『サッド ヴァケイション』などで世界的な評価も高い青山真治監督が2013年の『共喰い』以来、7年ぶりに手がけた長編映画『空に住む』が、10月23日(金)より、大阪ステーションシティシネマほか全国で公開される。EXILEや三代目 J SOUL BROTHERSらの曲を手掛ける作詞家でもある小竹正人の同名小説を基に、両親の急死に直面し、大きな喪失感を抱える女性・直実が、高層タワーマンションの高層階に、長年の相棒、黒猫のハルと住むことになり、さまざまな葛藤を経て新たな人生を模索していく姿が描かれている。多部未華子が、小さな出版社で働く編集者で、大きな喪失感を抱えながら、日本を代表するスター俳優・時戸森則と出会い、彼との関係に溺れていく直実を演じ、岩田剛典が直実を振り回す時戸に扮し、岸井ゆきのが不倫を隠して結婚・出産を決意する直実の後輩・愛子を演じ、大森南朋、永瀬正敏ら多彩なキャストも脇を固めている。そんな本作の公開を前に、青山真治監督が作品について語った。

――まず、原作を読んだ時の印象についてお聞かせください。
 
この映画の企画が持ち込まれた時に原作は読みました。それにプラスして、皆さんの考えをまとめたような第1稿的なシナリオがあったので、両方を読み返しながら、自分なりのつかみどころを探していきました。前作の『共喰い』が昭和の終わりを描いていたので、次は現在は描きたいと思っていたこともあって、現代を描こうとすると、こういう原作が一番フィットするんじゃないかと思ったんです。まずは、現代に舞い戻ってくることができたという印象からスタートしました。原作に本当の意味でタッチできたと思ったのは、原作者の小竹さんとお話しさせてもらった時でした。僕も猫を飼っていて、何度もお別れをしていたので、原作にある猫との別れには心が動くところがあったんですが、小竹さんと会って話した時に、この物語の一番の核は、この小説を書いた理由そのものである猫の死なんだと、その悲しさを書いた小説なんだとお聞きして、それはめちゃくちゃ正直で正しいと思ったんです。それをメインにして全て撮りましょうという話ができたことはよかったですね。ものすごく原始的な話だけど、本当に正直なところにタッチできたので、それが僕にとって、この原作とのコラボレーションの一番いい部分でした。原作になければ、僕は猫との別れの描写をやっていなかったと思います。いつかは映画でやってみたいとは思っていましたが、自分から進んではできないですよね。原作にあったからできたことだと思います。
 
――原作から脚本化するにあたっては、どのように進められたのでしょうか?
 
原作の陰鬱さをあのまま映像化することは、老婆心ながら大丈夫なのかという懸念もありました。その一方で、このままでもいいかとも思いましたし、ああでもないこうでもないとプロデューサー陣と最善の策は何なのか模索しつつも、僕が意見として、多部さん演じる直実という女性の主人公がふわふわしているのは構わないんだけれど、仕事を持っていた方がいいということを出したのをきっかけに、出版社で働く編集者という設定になり、さらにロケハンの結果、高層マンションに住む女性が仕事に通う出版社が田舎の平屋の古民家になんとなく決まって行きました。
 
――映画とは異なり、原作の直実は仕事をしていないことで、さらに追い詰められているように感じました。監督もそのように感じられたのでしょうか?
 
現代を舞台に描こうとすると、さすがに何もしてないのはまずいから仕事はしていることにしようという親心みたいなものです(笑)。追いつめるつもりはありませんでしたが、必ずしも仕事を与えればいいというものでもないので、そこに躊躇はありました。ただ、住んでいる高層マンションに対して、仕事場が古民家というのは画面としてバランスがいいなと思ったんです。そこからトントン拍子に進んでいきました。
 
――本作は、完成までに今までで一番時間がかかったとお聞きしました。その理由は何だったんでしょうか?
 
のんびりしていたのかもしれないですが(笑)、役者さんのスケジュールもそう簡単にフィックスできるような方々でもないので、空くのを待って撮影期間まで時間があったので、その間に細かく内容を詰めていくことができました。それこそ、秋に撮影するはずだったのが春になりますぐらいの飛び方だったので。
 
――それは、多部さんと岩田さんのコラボレーションが重要だったということでしょうか?
 
このふたりがいいねと言うコンビネーションを探した結果、あのふたりに決まったのですが、おふたりのスケジュールを合わせるには、織姫と彦星ぐらいのタイミングになったということです(笑)。
 
――岸井ゆきのさん演じる愛子は、担当作家と不倫関係にありながら、妊娠し、婚約者とは結婚しようとするという直実の後輩で、原作には登場しないキャラクターです。しかし、映画には必要不可欠な存在でした。
 
こういう言い方は語弊があるかもしれませんが、直実がコンビを組むと言うか、話し相手になる人間がどうしても必要でした。岩田さん演じる時戸という男と接している時の直実は、彼女にとっての外面みたいな感じですよね。一方、愛子と一緒にいる時は内向きの部分を見せるかもしれない。しかし実は、これも内向きではなく、別の方向の外面なのかもしれない。そういう部分を形成する後輩という存在は、直実のために必要だと思って作っていきました。
 
――本作には、愛子の出産や直実の義理の叔母である明日子の妊活など、女性ならではの悩みを感じさせる描写も多い作品でした。監督は、現代を生きる女性の生きづらさについてどのように感じてらっしゃるのでしょうか?
 
あれもある、これもあると数え上げたらきりがないぐらい、やることがいっぱいあった感じです。特にカタログ化したわけではないんですが、気がついたらこういう感じになっていたというぐらい現代を生きる女性にとって問題は山積みなんだと思います。そういう印象をどこかで持ってもらいたかったという意図はありました。「#Me Too」のことなんかも入れたかったんですが、それだとストーリーがガラッと変わってしまうので、それはやめて、前向きに生きられるだけの要素を綴るようにしました。本当は「#Me Too」も踏まえた上で前向きにならなきゃいけないんですけどね。そこまで描けたら描きたかったんですが、今回は引っ込めました。
 
――本作を観て、監督が2011年に発表された『東京公園』との類似性を感じました。『東京公園』にもこれからの生き方について悩む女性が多く登場しています。
 
延長線上という表現が正しいのかどうか分かりませんが、近しいことをやったつもりではいます。『東京公園』とこの作品の間に『共喰い』という作品が入っていて、あれは全然違う方向の作品になっているんですが、また戻したというよりは、『東京公園』の後に宿題的に残っていたことのプラスアルファみたいな部分は、この映画に入れているつもりです。
 
――やはり、『東京公園』から繋がっていたんですね。
 
僕の作品ということで話をさせてもらうと、実は『東京公園』の前の『サッド ヴァケイション』の時に既に、女性たちの生き方ということに関しての萌芽はあったんです。
 
――確かに、『サッド ヴァケイション』の最後の方で、石田えり扮する主人公の母・間宮千代子が「男は勝手にやったらいいのよ」という台詞を口にしていました。そして、浅野忠信演じる主人公の恋人・椎名冴子(板谷由夏)は妊娠していました。
 
そうなんです。『サッド ヴァケイション』も実は、この映画と繋がっているところがあるんです。具体的に繋がってきたのはあの頃からですね。ある時期から男を描くのがバカバカしくなってきたんです。男なんかおもろないわと、つまらなくなってしまって(笑)。女の人たちの社会の方が絶対に面白いとどこかで思い始めたんです。それが『サッド ヴァケイション』の頃でした。
 
――岩田さん演じる時戸のキャラクターも、原作とはだいぶ異なっています。
 
なんとかしてみました(笑)。作品の性質として、あんまり酷い人間にしてしまうと、こういう言い方をすると誤解を生むかもしれませんが、漫画チックになりかねないんですよね。そこを狙ってないのであれば、エグくしない方がいいんじゃないか、もうちょっと違った肉付けの仕方があると思ったんです。
 
――その時戸を演じた岩田さんですが、ワイングラスを8の字に回しながら「メビウスの輪」と言うような、ものすごくカッコつけたシーンでも、嫌味にならずに“さま”になっていたのに驚きました。時戸は岩田さんでなければ成立しないキャラクターだったと思います。
 
僕も、さすがに嫌味になるか、笑ってしまうシーンになるかどちらかだと思っていたんですが、どちらにもならなかったようですね。“さま”になっているかどうかは別にして。岩田さんのキャスティングを誉めてもらえるのは嬉しいですし、救われます。そういえば、直実役の多部未華子さんが、岩田さんとの共演初日に、時戸のことを「この人、絶対変」と言い出したんです。多部さんが楽屋までスタッフに言いに来て、実は面白がっているなこの人、とこちらも笑ったのを覚えています。
 
――先日行われた東京での完成披露イベントで、多部さんをはじめ、皆さんが「キャラクターをつかむのが難しかった」とおっしゃっていたのが印象的でした。
 
屁理屈を言えば、誰しもが自分のことを100%わかって生きているわけではないという言い方もできるんですが、誰しもが書かれたシナリオ通りに生きているわけでもなければ、逆に、そういう風な生き方をすることも有り得ると思うんです。今、こんなこと言っちゃったけど、これって全然本心じゃないんだけど、ということもあるじゃないですか。書いているうちに、そういうところのある脚本になってしまったんです。今回は特に、時間があったので(笑)。
 
――普段は、脚本に時間をかけることは難しいのでしょうか?
 
今回は贅沢に時間をかけられたと言った方がいいと思います。普段はあまりそういう時間を持てることはないんですが、珍しく今回はありました。ちなみに、『東京公園』の時も贅沢に時間があったんです。どちらの作品も大作ではないんですが、なんとなく時間がありましたね。
 
――多部さんが完成披露イベントの際に、監督とは撮影中もほとんどコミュニケーションをとっていなかったとおっしゃっていましやが、多部さんにはどのように演出されていたのでしょうか。
 
多部さんのなさるお芝居を見ていれば、そういうつもりでいるんだということは分かるので、「じゃあ、それでいきましょう」と言うのか、それは違うと思えばもう1回やってもらって、そうすれば違うアプローチが出てくるので、「それがいいです」と伝えるかというような形で意志は伝えていました。違うということはほぼ言わずに、違うなと思った時は「もう1回」という伝え方をしていました。
 
――お芝居を通して会話しているみたいですね。
 
カッコよく言うとそうなりますね(笑)。
 
――本を作るために、直実が時戸にインタビューをするシーンに出てくる「人間関係は死ぬまで続いていく」という台詞も強烈なインパクトがありました。
 
あの台詞は勝負でした。皆さんがどういう受け取り方をされるのだろう、どう思われるんだろうと思いながら台詞を書いていました。時戸が2回言うんですよ、あの台詞を。こういうことを言うと皆どう思うんだろうという疑問と、時戸がこういうことを言ってみる人だとしたら、どういう風に人は見るんだろうという、ふたつの興味からこの台詞を書きました。
 
――同じシーンにある「相手に気づかれないように気を使っている」という言葉は特に印象に残っています。
 
あれは、“忖度”って書かなかっただけなんです(笑)。あのシーンの時戸が、果たして本心を喋っているのかどうかというのも怪しいところなんです。直実も時戸もお互いに挑発しながら喋っているので、何が真実で、本音なのかは分からないようにしながら、ある時はさらけ出しながら喋っている感じが出ているといいなと思っています。
 
――人間は皆、そういう風に生きているんじゃないかということでしょうか?
 
それを言ってしまうと身も蓋もないんですが(笑)、目指したところはそこだったと思います。
 
 
取材・文/華崎陽子



(2020年10月20日更新)


Check

Movie Data




(C) 2020 HIGH BROW CINEMA

『空に住む』

▼10月23日(金)より、大阪ステーションシティシネマほか全国にて公開
出演:多部未華子、岸井ゆきの、美村里江
岩田剛典、鶴見辰吾、岩下尚史
高橋洋、大森南朋、永瀬正敏
柄本明
主題歌:三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE「空に住む ~Living in your sky~」
監督・脚本:青山真治

【公式サイト】
https://soranisumu.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
https://cinema.pia.co.jp/title/185555/


Profile

青山真治

あおやま・しんじ●1964年、福岡県北九州市生まれ。1996年、地元・福岡県の門司を舞台にした『Helpless』で長編映画デビュー。自ら脚本・音楽も手がけた本作は低予算ながら、その乾いた人間関係や暴力描写などが高く評価され、トロント、ウィーン、トリノなど数多くの国際映画祭に出品される。その後、2000年に『EUREKA ユリイカ』で、第53回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に招待され、国際批評家連盟賞とエキュメニック賞をW受賞するという快挙を成し遂げる。更にベルギー王立フィルムアーカイブより「ルイス・ブニュエル黄金時代賞」を獲得し、名実ともに世界にその名を知られるようになる。2005年には、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』でカンヌ国際映画祭“ある視点”部門へ、翌2006年の『こおろぎ』、そして2007年の『サッド ヴァケイション』(07)では2年連続でヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に招待されるなど、日本が誇る世界的評価の高い映画監督である。また自らの監督作品等で脚本を手がける一方、2001年に初めて手がけた自作のノベライズ小説『EUREKA』で第14回三島由紀夫賞を受賞するなど小説家としても活動。2005年には『ホテル・クロニクルズ』で第27回野間文芸新人賞候補にノミネートされた。2011年の『東京公園』では、小路幸也の原作を柔らかであたたかな視線で映像化し、新境地をみせている。この作品で、第64回ロカルノ国際映画祭にて、金豹賞(グランプリ)審査員特別賞を受賞。また、同年、舞台初演出となる作品「グレンギャリー・グレン・ロス」(出演:石丸幹二、坂東三津五郎 他)が、銀河劇場を皮切りに公演となった。その後も、数々の舞台演出に挑戦している。2013年には『共喰い』で、第66回ロカルノ国際映画祭にて、ボッカリーノ賞最優秀監督賞を受賞、第68回毎日映画コンクールで脚本賞と撮影賞も受賞。2015年には、WOWOW連続ドラマ「贖罪の奏鳴曲」にて、久しぶりの連続ドラマに挑戦し、好評を得る。2018年に大学の教職を辞し、再び映画業界に。最新作は、2020年3月に放送されたNHKBSプレミアムドラマ「金魚姫」。