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「日本映画って実は活動弁士から始まっているんだということを、
この映画で伝えられればいいなと思いました」
映画『カツベン!』周防正行監督インタビュー

『Shall we ダンス?』の周防正行監督が、映画がモノクロ&サイレントだった時代に名調子を聞かせて映画を彩った“活動弁士”を題材に描いた映画『カツベン!』が、梅田ブルク7ほか全国で公開中だ。『愛がなんだ』など、出演作の公開が相次ぐ成田凌が初主演を務め、約100年前の日本を舞台に、活動弁士に憧れる青年の映画への情熱や恋騒動を描く。黒島結菜、永瀬正敏、高良健吾ら周防組初参加の役者陣と、周防組常連の竹中直人、渡辺えり、徳井優、田口浩正らの掛け合いが物語をさらに盛り上げている。そんな本作の公開を前に、周防正行監督が作品について語った。

――主演の成田さんを選んだ決め手は何だったんでしょうか?
 
うまく説明できないんですが、タイプなんですよね。誰にでも、好きなタイプっているじゃないですか、そういう僕の好みが決め手になりました。もちろん、その役に合うと思ってキャスティングするんですけど、今回の成田さんもそうですが、最終的には彼だったら好きになれそうだなと思ったからです。
 
――今回も、監督の予想は当たりましたか?
 
当たりましたね。だから、ラッキーなんですよ。確信なんてないですよ。ちょっと会っただけでわかるわけないじゃないですか(笑)。
 
――本作にも、周防組常連の竹中直人さんや渡辺えりさん、田口浩正さんや徳井優さんが出演されています。
 
僕の現場では、竹中さんとえりさんの存在が、空気を柔らかくしてくれるんですよね。みんなが自由にお芝居をできるムードを作ってくれるんです。彼らの事は分かっているので、例えばシナリオを書いている時や読んでいる時に、彼らの顔が登場人物として浮かんでくるんです。特に自分で本を書いている時は、勝手に彼らの顔が浮かんできて演じ始めるんです。それは彼らを知っているからそうなるので、最後まで顔が思い浮かばない役はオーディションで選びます。例えば、『Shall we ダンス?』の時は、主人公のサラリーマンとヒロインであるダンスの先生の顔は全く思い浮かばないままにシナリオを書いていたんです。でも、竹中さんとえりさんは顔が浮かんでいるんです。徳井さんとか田口くんも、みんな顔が浮かんでいるんです。だけど、主人公のふたりは最後までぽっかりと空いていて、誰なの? と思いながら書いていました。だから、脚本が書きあがってから探しました。
 
――周防監督は、今までも社交ダンスやお寺の修行僧など、ユニークな題材を選んでらっしゃいますが、今回も活動弁士というあまりスポットが当たってこなかった題材です。どういう視点で映画の題材を選んでらっしゃるんでしょうか?
 
たぶん、お客さんが僕の映画を観て感じることを、例えば驚きや喜びや怒りを僕は現実の世界で発見して感じているんです。その僕の驚きや喜びや怒りを伝えるために、僕の最初の驚きを、皆さんと共有したくて映画を作っているんです。同じ現実を見ていても、僕は気づいて驚いたけど、みんなはまだ気づいていないことがあるんです。だから僕がなんで気づいて驚いたのかを、掘り下げていくために取材をして、その過程で驚きや喜びや怒りの秘密が少しずつわかってくると、物語が自然とできていく。それを映画にして皆さんに観てもらっているんです。僕が社交ダンスを見て「うわっ、面白い!」と思って感じたことが、『Shall we ダンス?』を観た観客の「うわっ、面白い!」になればいいなと思って作っています。『カツベン!』は、監督補佐に入ってくれている片島さんのシナリオが始まりでした。5、6年前に片島さんから「読んでもらえませんか」と言われて、シナリオを読んで、僕は活動弁士のことを勘違いしていたなと思ったんです。僕は無声映画をたくさん観てきたんですが、あえてサイレントのままで観ていたんです。活動弁士もいなければ、生演奏もない状態で。サイレント映画なんだから、サイレントで見るのが正しい見方だと信じてずっと観てきたんですが、このシナリオを読んで、当たり前のことに気づいたんです。世界中でサイレント映画をサイレントのまま観ていた観客っていないんだと。欧米でも生演奏の音楽がついていたんだから、サイレントじゃないんです。日本ではそこになおかつ、活動弁士による語りが入っていたんです。日本映画に限って言えば、監督は音楽と活動弁士の語りが入って上映されることを知っていて撮っているんです。サイレントのままで上映されると思って撮っていないんです。そこが僕にとってはすごく重要で、だったら、今までの僕の見方は邪道もいいところだったんですよね。だから、僕自身も活動弁士のことをもっとよく知りたいと思ったし、活動弁士はものすごく大きな影響を、日本の映画監督たちに与えたんじゃないかと思ったんです。たとえば、日本の監督たちは映画が音を持つ前に、監督達は台詞を活動弁士による肉声で聞いていたんです。演じている役者の声ではないけれど、字幕だけの台詞だけではなく活動弁士による肉声で。日本映画って実はここから始まっているんだということを、この映画で伝えられればいいなと思いました。
 
――映写技師のテクニックや活動弁士の話術など、日本の映画史に残るものにスポットライトを当ててくださって、本当に嬉しく思いました。
 
まさに、そのことを僕は皆さんに覚えておいてほしくて、この映画を作ったんです。この映画に出てくるエピソードには元ネタがあります。例えば、昔の映写技師さんは、忙しい時には足でフィルムを回しながら弁当を食べていたなどという逸話があるんです。ほんとに? と思いながら、そう言うならやってみようと思って、やったんです。映写技師の役を演じてくれた成河さんは、すごくいい役者で、身体能力も高いし、実は演劇の世界ではすごく有名で、歌もめちゃくちゃ上手いんです。つかこうへいさんの直接の教えを受けた最後のお弟子さんなんですが、草刈とミュージカルで共演していたので、彼のことをよく知っていたんです。すごく良い芝居をするし、役に取り組む姿勢も素晴らしく、研究熱心でもあります。だから、この役の顔は最初から成河さんでした。すごく声量もあって滑舌もよく、リズム感も素晴らしいので、活弁をやってもめちゃくちゃ上手いと思います。今回は映写技師の役で、彼の特技のひとつを封印してしまいましたが(笑)。
 
――今回は、劇中に登場する無声映画も全て新しく撮影されています。
 
僕は昭和31年生まれだから、大正時代のことは分からないですよね(笑)。なんとなく懐かしさみたいなものは感じますが、大正時代の実感はないです。文献や残された映像から想像するしかないんですよね。だからどんなに一生懸命作ったとしても、僕のファンタジーの大正時代にしかならないんです。だとすると、そこに本物の大正時代に撮られた映画を入れていいのか、そこだけが僕の作った大正時代よりももっと昔の懐かしいものになってしまうんじゃないかと思ったんです。だいたい、今残っている映像は、ただ単に傷がついた古び方ではなくて、100年以上の時間が経った古び方なんです。それをデジタルリマスターで綺麗にしても違和感が生まれることになるので、だったらこの映画は僕の大正時代なんだから、僕の作り上げる大正時代の映画にしたほうがいいと思ったんです。だから、全部新しく撮影することにしたんです。大正時代に作られて今も現存しているものは、同じようなアングル、カット割り、同じような衣装、同じようなメイクをして、同じようなセットを作って、撮りました。『ノートルダムのせむし男』や『椿姫』はオリジナルがあるので、観比べていただけると、どれぐらい似させようとして頑張ったかわかってもらえると思います。『国定忠治』や『金色夜叉』 、『不如帰(ほととぎす)』は35mmのモノクロフィルムで撮っています。後でCGを使う必要がなかったので、フィルムで撮らせてもらいました。一方で、特に『十誡』などは後処理がいるので、デジタルで撮るしかなかったんです。
 
――引き出しを押し合うシーンや、最後の追いかけあいのシーンにも無声映画の頃のユーモアを感じました。
 
最初にシナリオを読んだ時に、活弁を見直すことはもちろん面白いなと思ったんですが、その活動弁士の物語を、まるで活動写真のように撮りたいということが伝わってくる脚本だったんです。“活動写真のように”というのは、どういうことかというと、それが“アクションとユーモア”なんです。活動写真というのは、おそらくモーションピクチャーの直訳でしょう。動く写真なんですよ。ということは動くものを撮るのが映画の基本なんです。映画を初めて観た人は、写真が動いていることに驚いたんです。リュミエール兄弟が撮ったものなんて、列車が駅に到着したり、工場から人が出てきたりする、日常の風景ですよね。別に映画で見なくても見に行けば見られるんです。それをスクリーンの上に、モノクロで再現されたことが驚きだったんです。最初の頃の映画人はみんな、日常で動いているものを探して撮っていたんです。でも、そんなものにはすぐ飽きますよね。次に映画人が考えたのが、普段みんなが見られない動きを映画で見せることだったんです。チャップリンがあんな格好をして、あんな歩き方をしていたのはそういう理由だったんじゃないかと思いました。あんな人いないじゃないですか。あの歩き方、動きが面白いからこそ映画館に人が来るんです。キートンだって、ああいうアクションは日常では見られないじゃないですか。活動写真の魅力は動き、アクションにあるんです。今言った、チャップリンもキートンもそうですけど、それプラスユーモアですよね。ここに活動写真の魅力があるんだと思ったので、この映画もそういうテイストを大事にしようと思いました。活動弁士についての物語だけれども、活動弁士をお勉強のように掘り下げるんじゃなくて、活動弁士を描く世界そのものが、活動弁士が活躍した時代の映画である活動写真の魅力にあふれているものにする。それが、この映画の一番の狙いでした。
 
――自転車での追いかけっこのシーンは、今の時代に逆行したかのようなスローペースならではの面白さがありました。
 
それは意識していました。世界一スピード感のない追いかけっこを撮ろうと。例えば、自転車のペダルがひとつないとか、自転車で追いかけているんだけど、その自転車にリアカーがついていて、しかも人が乗っているからなかなか追いつけないとか、それぞれにハンディキャップを負わせて、最もスピード感のない追いかけっこを作り上げました。自転車を捨てて走れよって思いますよね。でも降りない。それも活動写真的だと思ったんです。そんなこと普通ないだろうと思うことが、活動写真では起こるんですよね。箪笥のシーンは最初から脚本にあったんですが、片島さんによれば、田舎のおじいちゃんの家にあった箪笥だそうです。僕も脚本を読んだ時にこれは絶対面白いから撮ろうと思ったんだけど、美術監督だけが「そんな箪笥ないでしょ」と乗り気じゃなかった。だけど、無理矢理作ってもらいました。あのシーンこそが、活動写真時代のアクションと笑いの象徴だと思っていましたから。そして、「こういう映画なんだよ」ということを観客に伝えるエピソードでもあります。
 
――オープニングのフィルムの回る音はすごく懐かしい気持ちになりましたし、タイムスリップしたような感覚になりました。
 
編集の時のアイデアです。サイレント映画と言っても、今の人は、それすらイメージできないんじゃないかと思ったんです。昔は、こんな風にフィルムの回る音がして、映画が始まって、でも映画自体には音がなかったんだというのを、ちょっとでもいいから体験してもらって映画に入ろうと思ったんです。知っている人にとっては懐かしいけど、知らない人からしたら、何これ? ですよね。フィルム自体を知らない人はどういう風に感じたのか、聞いてみたいですね。
 
 
取材・文/華崎陽子



(2019年12月24日更新)


Check

Movie Data

(C)2019 「カツベン!」製作委員会

『カツベン!』

▼12月13日(金)より、梅田ブルク7ほか全国にて公開
出演:成田凌、黒島結菜、
永瀬正敏、高良健吾、音尾琢真、
徳井優、田口浩正、正名僕蔵、成河、森田甘路、酒井美紀
シャーロット・ケイト・フォックス、上白石萌音、城田優、草刈民代
山本耕史、池松壮亮、竹中直人、渡辺えり
井上真央、小日向文世、竹野内豊
監督:周防正行
エンディング曲:奥田民生「カツベン節」

【公式サイト】
https://www.katsuben.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/175302/


Profile

周防正行

すお・まさゆき●1956年、東京都生まれ。1989年、修行僧の青春を独特のユーモアで鮮やかに描き出した本木雅弘主演『ファンシイダンス』で一般映画監督デビューし、注目を集める。再び本木雅弘と組んだ1992年の『シコふんじゃった。』では学生相撲の世界を描き、第16回日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、数々の映画賞を受賞。1993年、映画製作プロダクション、アルタミラピクチャーズの設立に参加。1996年の『Shall we ダンス?』では、第20回日本アカデミー賞13部門独占受賞。同作は全世界で公開され、2005年にはハリウッドでリメイク版も製作された。2007年の『それでもボクはやってない』では、刑事裁判の内実を描いてセンセーションを巻き起こし、キネマ旬報日本映画ベストワンなど各映画賞を総なめに。2011年には巨匠ローラン・プティのバレエ作品を映画化した『ダンシング・チャップリン』を発表。その後も、2012年には『終の信託』で、終末医療という題材に挑み、毎日映画コンクール日本映画大賞など映画賞を多数受賞。2014年の『舞妓はレディ』では、京都の花街を色鮮やかに描き出した。2016年に、紫綬褒章を受章。