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「主人公を男性にしたことで自身の告白と受け取られない安心感
仮面をかぶった方が大胆になれる感覚で――」
『永い言い訳』西川美和監督インタビュー

疎遠だった長男の久々の帰還が、嘘にまみれた家族の実態をシニカルに炙り出す『蛇イチゴ』(2003)で鮮烈デビュー以降、ある女性の不審な死をめぐり、兄弟の愛憎がスリリングに交錯する『ゆれる』(2006)、誰からも慕われていた医師の謎の失踪が、愛や信頼の本質にも鋭くメスを入れる『ディア・ドクター』(2009)など、一筋縄ではいかない人間の心の奥底をえぐる作品で、高い評価を獲得してきた西川美和監督。次回作が常に待ち望まれる気鋭が、4年ぶりに発表した『永い言い訳』(10月14日より、TOHOシネマズ梅田、京都シネマほかにて公開)は、2015年に自ら執筆し、直木賞候補にもなった同名小説の映画化である。突然の事故で妻を亡くすも、涙すら出てこない小説家と、同じ事故に巻き込まれた妻の親友の遺族とのふれ合いを通し、ままならない人生と格闘するひとたちの希望の兆しを、きめ細やかに映し出す。映画作家としての新たな境地を予感させる、珠玉の一本に込めた想いを伺った。

自分の職業に対するコンプレックスや
引け目のようなものが
主人公に投影されている――


――今回の主人公の、お茶の間でも人気の作家・津村啓こと衣笠幸夫(きぬがささちお)は、西川監督に最も近いキャラクターとのことですが、彼の人生には、元広島東洋カープの名選手と同じ響きの本名である事実が、呪いのように付きまとっています。ご自身も、ひととして、映画監督として、何かを背負われているように感じることはありますか?

幸夫にとっての名前のように分かりやすいものではないですが、生まれもった性分のようなものに、どこか引け目もありますし、仕事に対しても同様ですね。好きでやらせてもらっているけれど、特に、ああいう大きな災害などが起きてしまうと、「こんなにも大変なことが起きているのに、私は人間の諍いのような話ばかり書いていて、一体誰のためになるの?」と、自分を責めた時期もあり、そういった心境が、今回の作品を撮るきっかけになった部分もあります。究極のところ、ひとや世界を豊かにする要素の一端を担えているかという自問自答は、永久に続いていくので、そういう意味でも、自分の職業に対するコンプレックスや引け目のようなものは、今回の主人公に、随分投影されている気がします。

 

――そんなご自分の分身のような役を、正に一世一代のハマリ役のごとく、本木雅弘さんが全身全霊で快演されていますが、オファーされた経緯は?

若い頃からずっと拝見していて、二枚目だけれど、コミカルなお芝居がハマる方だと思っていて。いつか、二枚目が主人公の活劇のようなものを自分も書ければ、本木さんにと思っていたのですが、近年の出演作の傾向を見ていると、一分(いちぶ)の隙もないような方なのかもという印象もあり、実際のパーソナリティーを計りかねていて。ただ、一緒にご飯を食べる機会があった是枝(裕和)監督から、「今回の君が書いた幸夫の役は、本木さんにそっくりだよ。非常に繊細で、面倒くさい自意識の塊のようなところもあるけれど、どこか憎めず、それでいて、すごく面白い人だから」と伺って驚いたのですが、ご自身に近いのであれば、それはものすごく良いことだと思い、お願いしました。

 

――幸夫は、自意識過剰ゆえに、他者やカメラの前、ひとりでいる時など、場面に応じて実に様々な表情を見せますが、ややもすると、本木さんご自身の自我まで露になってしまいそうですし、微妙な匙加減のようなものを、現場で話し合われたりしましたか?

むしろ、本木さんが繕うのではなく、元々もっておられる本木さんらしさがそのまま出れば、一番良いと思っていました。そうすれば、幸夫のもっている嫌な部分――私自身は、あまりそうは思っていなくて、彼のネガティブな面は、“ひとらしさ”だと思っているので――そこを演じて頂けると思いましたし、同時に、愛されるキャラクターにもなるのではないかと。いかに、今までに培ってこられた技術などで、本木さんをやり過ごさせないかということに、最も気を配っていたと思います。
 

――前作の『夢売るふたり』(2012)は、女性が主人公でしたが、今回のように男性の主人公の場合の方が、監督の対象への斬り込み方が、より容赦がないという印象を受けるのですが……。

同性が主人公だと、手綱がゆるむ部分は確かにあって、それは、俳優のせいでは決してないのですが、やっぱり、女性が痛い目に遭うと、作品としては悲壮感が漂いやすくなってきます。メッタメタに痛めつけつつも、お客さんがどこかで笑えてしまう、そういった女性を面白く撮る技術は、とてつもないものだと私は思っていて。そういう見せ方や描き方にまだ策を掴めていないこともあって、男性に代わりを担ってもらう方が、性別が一枚ひっくり返っている分、自身の告白と受け取られない安心感とともに、仮面をかぶった方が大胆になれる感覚で、主人公をギュウッと追いつめられるところはあると思います。

 

――幸夫を結果的に追いつめてしまう妻の夏子役で、出演時間はわずかながら、深津絵里さんが強い印象を残しています。芽の出ない時代を、美容師の妻に支えられてきた過去でさえ、幸夫のねじれたプライドを傷つけ、結婚20年の間に、深い溝ができてしまう。そんな現在の夫婦関係が、夏子が幸夫の髪を切る、冒頭の緊張感みなぎるシークエンスにも、端的に表現されていますね。

深津さんには、美容師用のハサミで練習して頂いて、実際に髪を切ってもらっています。普通のハサミとは取り扱いが全然違うので、練習の時には手こずられているようにも見えたのですが、決められた準備期間内で、ご自分の中で極限まで役を理解し、やらなければならない技術も、完璧に身につけていらっしゃいました。

 

――会話は交わすけれど、直接目も合わさず、ハサミを握る妻に対し、夫はまな板の鯉に過ぎない。そんな図式で鏡に映る2ショットが、無性に切なかったです。

私が意図した以上に、深津さんは、“かなわなさ”というようなものを表現して下さった気がします。その“かなわなさ”が、幸夫を息苦しくしていった部分もあるのでしょうし、他人同士が一緒に生きていくというのは、本当に難しいですよね。お互いに傷つけ合おうと思って一緒になったはずではないのに、少しずつ色々なものが食い違ってしまう悲しさが、あのシーンには出ていると思います。

 

――「後片付けは、お願いね」と、幸夫を後々まで苦しめることになる言葉を最後に、旅に出た夏子は、道中でバス事故に遭い、亡くなってしまう。その後も、成仏できない亡霊のように、遺影として幸夫を見守る夏子の表情にも、複雑な趣が感じられますね。

たくさん撮ったカットの中から、選ばせて頂いたものです。脚本には、「まっすぐ鏡を見据えた夏子のまなざしが、美しすぎる遺影」と書いていたと思うのですが、そういった1,2行で監督が何を狙っているのか、それに対する想像力や読み込み方のようなものが、深津さんは素晴らしくて。そういった方なので、オファーしてからお受け頂くまでに、随分時間がかかりました。なぜこの役が自分でなければいけないのかとか、多くの時間で不在であるにも関わらず、物語の中心軸にいなければならない重たさや難しさというものも、よく考えられた上での決断だったと思います。ある種の完璧主義者であり、中途半端なことをやるのが一番嫌な方だと思うのですが、一旦OKを出したら、後はもう、ほとんど質問もなく、どこからでも撮って下さいという態度で臨まれていましたから、旦那さまに比べて、本当に文句のつけようのない方でした(笑)。

 

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――片や、夏子の親友で、同じ事故で命を落とす大宮ゆき役の堀内敬子さんは、台詞らしい台詞もない中、夫・陽一がいつまでも消せずにいる留守電のメッセージの声だけで、良き妻であり、幼い兄妹のお母さんでもある人間味溢れるキャラクターを、見事に演じられています。

堀内さんも、とても素晴らしく、不思議な方で。我々と一緒にいた機会は少ないのですが、生前の家族写真の撮影などで、ちょくちょく現場にいらっしゃると、短い間なのに、子どもたちのことが本当に愛おしい様子で感情移入されるから、彼らもなついていましたね。優しさや親しみやすさ、愛らしさみたいなものを、まき散らしていくので、陽一役の(竹原)ピストルさんも、しょっちゅう「ゆきに逢いたい!」と言っていましたから(笑)。

 

――事故を機に、幸夫と多くの時間をともに過ごし、彼を大きく変化させることになる大宮家の兄妹を演じられた二人の、子役然とはしていないナチュラルさにも目を奪われました。子どもを演出されるのは、ご苦労が絶えなかったのでは?

私が子どもに慣れておらず、どういう風に演出すればいいかというフォーマットも自分の中にはないので、現場は本当に大変でした。ただ、いわゆる演技の巧い子役に来てもらわなかったのは、巧く演じて欲しいわけではなく、子どものもつ子どもらしさを、どれだけありのままに切り取れるかが、課題としてありましたので、お芝居経験のほとんどない子を選びました。

 

――妹役の彼女は、先日最終回を迎えた朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」でも、おしゃまなお嬢ちゃん役で、大器ぶりを発揮されていましたね。

あっという間に、NHK女優になってしまっていて(笑)。灯(あかり)を演じてくれた(白鳥)玉季ちゃんは、本当にあのまんまの子で、天衣無縫すぎて撮影にならないので、私も初めて現場で「まっすぐ立って!!」と大きな声を出したくらいでして(笑)。でも、スタッフもやっぱり独身が多いですから、みんなで天を仰ぎながら、ああでもない、こうでもないと手探りで方法を編み出し、そういった子どものままならなさも含めて、何とかやっていくこと自体が、子どもと生きていくということに、ひょっとして近いのかもと思いましたし。彼らがいることで、要領を得た大人だけで整然と進んでいく現場にはない、苦しみも喜びもあるので、そういう経験ができたのは、とても良かったと思います。

 

――兄の真平くんは、中学受験を控えているのに、トラック運転手で不在がちな父親に代わり、まだまだ甘えたい盛りの妹のために母親業もこなし、人知れぬ悩みを抱え込んでしまいます。

お兄ちゃんの方は、彼なりの葛藤や喜怒哀楽を表現しなくてはならず、しかも、子役としてのトレーニングを積んでいない(藤田)健心くんにとって、バス停をひとつ乗り過ごしてしまい、泣くようなことではないのに、自ずと涙が出ちゃうというお芝居は、本当に難しかったと思います。不意に泣くという、大人でも難しいお芝居を、演技経験のない子に演じさせるというのは、こちらも「台本に書いてあったでしょ?やってよ!」という突き放した態度ではどうにもならないので、どうやって気持ちを作っていけばいいのか、一緒に考えましたし。大人の俳優と一緒に仕事をするというのは、普段どれだけ楽をさせてもらっているのかを、改めて実感しました(笑)。

 

――約1年をかけて、移りゆく四季を背景に、人物たちの心の動きを丹念に捉える撮影手法が、子どもたちにとっても、良い効果をもたらしたのでしょうね。

子どもというのは、こちらが思っている以上に、「できない。やりたくない」ではなく、大人に認めてもらいたいし、そんなに簡単に、自分で匙を投げたりしないんです。非常につらそうにしているから、「もうやりたくない?つらくなっちゃった?」と尋ねても、「いや、やる」と。そんな彼らの気持ちを汲み、辛抱強く待っていると、必ず応えてくれて。春はあんなにおぼつかなかったのに、夏には自分たちで色々なことを考え、冬には私の説明がなくてもできるようになっていたり。そういう成長に立ち会えたことも、逆に勉強をさせてもらったなあと思います。

 

完璧ではないけれど、生きていく――

――エンディングに流れる、ヘンデル作曲の『調子の良い鍛冶屋』のピアノ演奏が、どこか危なっかしいけれど、幸夫や大宮家の前途にエールを送りたくなる気持ちと重なって、ついつい聴き入ってしまいますね。

オーディションで、実際に音を聴いて選んだ中一の女の子に、半年間練習してもらったのですが、同じ子の練習前のファーストテイクを、オープニングでも使っています。プロが下手に弾いても、子どものようには弾けないですし、大人が下手に弾くのと、下手な大人が弾くのと、弾ける子どもが初めて楽譜を見て弾くのとでは、素直さ、要領の得なさが違うんですよね。楽曲そのものも素晴らしいですが、半年間も練習したけれど、やっぱりプロとは違う、成長過程にある子どもだけがもつ、何となく応援したくなるひたむきさみたいなものが、音色にも出ていて。何回か弾いた中から、失敗していないテイクだけを貼り合わせることもできましたが、ミスタッチも含めて、この映画だと思っているので、「完璧ではないけれど、生きていく」というところも残したいなと思い、このようなテイクを採用しました。

 

――これまでに西川監督の作品を拝見していて、心の中を何度も血だらけにされてきた身としましては(笑)、温かな余韻に浸りつつ、とても嬉しい驚きを味わいました。

自分自身でも、初めて幸福感のある肌ざわりの映画を作れたなあと思っています。根っこにあるのは、これまでの作品以上にリアリティのあるつらい話ですし、あんなヴィヴィッドな事故で伴侶を亡くす経験ではなくても、誰にでも起こり得ることですから。ただ、そんな逃れられない困難と立ち向かっていく話であるがゆえに、お客さんに観て頂くためには、多少の楽しさや幸福感のようなものに支えられないと、それこそ観ていられなくなってしまう。そう思っていましたので、ちゃんと向き合ったことのない子どもたちとの現場づくりに不安もありましたが、思っていた以上に、彼らのありのままの存在感が、つらいはずの物語を、宝石を散りばめたようにキラキラと輝かせてくれました。思わず目を細めて観てしまうような作品に仕上がったのは、彼らのお陰だと思っていますし、すべてのキャストが、役どころそのもののような人柄で現場に入ってくれたことに、感謝しています。

 

 

取材・文/服部香穂里




(2016年10月13日更新)


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Movie Data

© 2016 「永い言い訳」製作委員会

『永い言い訳』

▼10月14日(金)より、TOHOシネマズ梅田ほかにて公開

出演:本木雅弘
   竹原ピストル
   藤田健心 白鳥玉季 堀内敬子
   池松壮亮 黒木華 山田真歩
   深津絵里
原作・脚本・監督:西川美和

【公式サイト】
http://nagai-iiwake.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/168434/


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