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「音・色・動きを付けることで、
 辛い想いのもう一歩先の出口まで描きたい」
映画『聲の形』監督・山田尚子インタビュー

退屈することが何よりも嫌いな石田将也は、聴覚障害を持つ西宮硝子が転校してきたことをきっかけに、退屈から解放された日々を送り始める。ところがある出来事から、今度は将也が周囲から独立してしまう。そしてやがて高校生になった彼らは、再会を果たし、自分たちの過去や大人になった友人たちと対峙しながら成長してゆく…。原作は「週刊少年マガジン」に連載され、「このマンガがすごい!」や「マンガ大賞」などでも高い評価を受けた大今良時の『聲の形』。その作品性からも賛否両論を巻き起こした同作を、『映画 けいおん!』や『たまこラブストーリー』を手がけた京都アニメーションの山田尚子監督によって映画化。話題作を映画化するということ、悩みながらも前に進もうとする登場人物たち、山田監督がすくい上げて伝えようとする映画『聲の形』について話を訊いた。

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――初めて原作に触れた時に頭に浮かんだのは、どういったことだったんでしょうか。

監督のお話をいただく前に実は映画化するっていう話は聞いていて、そこで原作を読んでしまうととにかく監督をやりたくなってしまうから、読むのは我慢していました。一見、「聴覚障害の女の子をいじめる男の子の話」という結構センセーショナルな取り上げられ方をする作品ですが、いざ読んでみると、ただただ人と人とが繋がりたいだけの、ただただ人と人が心をやりとりしたいという物語で、本当に真心と愛のある作品だと思いました。これを映画化させてもらえるのは、心を丹念に織っていけるというか、人の心を描いていける素敵な機会だと。とにかく愛の深い作品だなと思ったのが第一印象です。

 

――そんなセンセーショナルな原作なだけに、ネットなどでは賛否両論が巻き起こる注目度の高さですが、それに対してはどう思ってましたか?

今回『聲の形』っていう原作の持つパワーが強いばかりに、そういういろんな意見があるだろうと思いました。でも原作の大今先生と直接お会いして、先生から生の言葉をいただくことができましたので、自分が信じた『聲の形』から受け取った感動やパワーを素直に出したいと思いました。

 

――原作の大今さんからの言葉で強烈に覚えていることはありますか?

「これは石田将也の物語です」っていう言葉と、「西宮硝子は天使ではない」のふたつですね。これはすごく作品性によく出てると思うんですけど、先生は口に出される言葉だけが答えじゃないというか…たくさんの想いがあって、その中から一生懸命言葉を選んでらっしゃるので、言葉としてだけ受け取るのもやめようと思っていました。先生が持っている心の中にある想いをなんとか抽出していきたいと。なんかビンゴの紙がばーっと回っている、あの中から大切な想いを受けとるみたいな感じでした。だから具体的な言葉を聞きながらも、そこに付随する他の空気感も読み取るようなイメージでしたね。

 

――原作者の想いを読み取った上で、主役の二人に命を吹き込む作業にあたって大切にしたことはありましたか?

大今先生の言葉からあくまでも将也が軸の物語だと理解したので、とにかく将也をちゃんと描くことが目標でした。原作を読んだ時、彼は結構好き嫌いがあるキャラクターかなと思ったんです。彼を見ることで自分の嫌なところを見せられている気になる人がいるかもしれないし、客観的に見て彼を許せないかもしれない。原作は毎週しっかり前後も含めて説明されているけど、映画は2時間しかなくて勝手に時間が流れていってしまうので、見ている人が将也を最初に「苦手」と思ってしまわないようにちゃんと将也の根っこの部分をしっかり読み解いて、優しかったり素直だったりする部分をきっちり描いていこうと。将也を描けるような気がしてからは、硝子はその対になる存在…光と影、太陽と月のように描いていけたらと思いました。どっちも強い意思のある子で、そんなふたりの想いが絡まり合って共鳴していくようなイメージですね。

 

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――作品中で光が差し込む電車の車内や、川沿いで揺れる桜、鯉が泳ぐ池など自然のシーンが印象的でした。それらの自然のものに作品の中で担わせたかったことはなんだったのでしょうか。

この子たちは明日を生きるのも辛そうなくらいすごく悩んでいますよね。でも一歩引いて見た時に、その子たちがいる世界ごとはそんなに絶望感がある訳じゃない。ちゃんと生命は宿っていてお花は咲くし、水も湧くし。彼らがいる世界全てが悩んでいたら嫌だというか、彼らがパッと見上げた空は絶対に綺麗であって欲しいと思ったんです。水だったり空気だったり生命だったり根源的なものは、前向きな感情を持って描きたかったので「ちゃんと綺麗なものとして描こう」と思っていました。あと、見ている方的にも居心地の良い映画でありたいという思いがありました。

 

――確かに教室や、彼らの自宅だけのシーンで構成されていたらものすごく閉塞感を感じたでしょうね。

この子たちだけの社会だけではないことを今は気付けてなくても、いつか気づくことがあるといいなと。喜ばしいことがまわりにたくさんあるということに気付けていないことが罪なのでは? と思ったりするんです。だから彼らを無償の愛をもってして支える舞台であって欲しかったのかな。今の若い子たちも同じで、SNSとかもうひとつの世界で生きていて、そこは得体の知れないもうひとつの世界って感じで、本当のお花の匂いや転んだ時のアスファルトの匂いとか痛さを知らないかもしれない。そういうことをちゃんと描きたいと思いました。

 

――劇中ではストーリーと登場人物たちに寄り添っていくようなイメージの音楽が印象的でしたが、逆に劇中で採用されていたThe WhoのMy Generationが映画の終わりまで異質感を放っていたように思いました。

きっかけは、音響監督から「ひとつの映画としてみんなの心に残るエバーグリーンな曲が使えるといいよね」ってお話をいただいて、んーーーエバーグリーンかぁ、と。人の心に根ざすような音楽ってなんだろうなと考えていた時に、岐阜の養老天命反転地に行ったんです。そこで将也のことをひたすら考えていた時に、突然The WhoのMy Generationが頭の中でかかってきて、すごい若い時の…底抜けに退屈だけどすごい万能感があって、小学校時代の将也とすごく重なって同化した瞬間があったんです。

 

――それこそパンク精神ですよね。

なんかね、仲間がいて底抜けに走っていける感じとかどこか弱さがある感じとか、とてもぴったりくるなと思って恐る恐る曲の提案をしてみました。プロデューサーの方々がおろろ…という顔をされたのが印象的でした。海外の、とても有名な楽曲でしたので、許可してもらえるのだろうかと…。見ている人が、いい意味で将也たちとシンクロしていただけるとよいなと思ったんです。将也を「こいつおもしろいな」と思ってもらえたらいいなというか。たくさんのセリフで将也を説明するよりは、The Whoのこの曲がかかったほうが将也を表現できた。一方で、音楽の牛尾(憲輔)さんは、将也の感じている空気に最後まで寄り添い続けてくださったんです。劇中では一見して音楽がなっていないぐらいの印象かもしれなけど、寄り添い続けて最終的には50曲ぐらいの音楽が流れています。劇伴とSEとで内にこもっていた将也がもう一度外に向かって生まれ直すイメージで作っていきました。体の中の音だったり、体感することができる音…鼓動だったり血流だったりっていうそういう人の中に根ざした、硝子も受け取ることができるであろう音から紐解いていただきました。ピアノを解体して、ピアノの中で鳴っている音を録っていただいたり、体の中に入ったイメージで映画を通して包まれているようなところを目指しました。

 

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――最後にお聞きします。この作品を映画化したことの意味とは?

答えは…わかんないな…。でも想いとしては、生きていくことに寄り添える映画でありたかったんです。映画化することで音がついたり、色や動きがついたり、時間が存在することで、より見ている人たちの体験に寄り添うことができるのかなと思います。人の生理や感情に寄り添って、誰しもが抱えているたくさんの思いのもう一歩その先の出口まで描けていればな、と。そういうことに挑戦することができたのかなと思っています。

 




(2016年10月 4日更新)


Check

Movie Data

©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

映画『聲の形』

▼大阪ステーションシティシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹ほか全国にて大ヒット上映中

【公式サイト】
http://koenokatachi-movie.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/169699/


Profile

山田尚子

やまだ・なおこ⚫京都府生まれ。2004年京都アニメーション入社。2009年、テレビアニメーション『けいおん!』の監督に抜擢される。この作品で数々の賞を受賞したほか、社会現象を巻き起こす大ヒットを収める。後の2011年、その大ヒットシリーズを映画化した『映画 けいおん!』でも監督を務め、第35日本アカデミー賞優秀作品賞を受賞。その他オリジナル監督作に『たまこまーけっと』、その続編となる長編映画『たまこラブストーリー』など、人物の心の動きをすくい取る丁寧な描写に定評がある、アニメーション監督。