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「過剰で疾走感のある映画にしたいと思った」
空前の大ヒットを記録している映画『君の名は。』
新海誠監督インタビュー

『秒速5センチメートル』(07年)、『言の葉の庭』(13年)などの作品で知られ、アニメ新世代の旗手とも目されている新海誠監督。彼の新作『君の名は。』が現在大ヒット公開中だ。精緻な風景描写のなかに時間やすれ違いをテーマにした物語を美しく紡いでいく新海作品の特徴はそのままに、今回は夢のなかで〝入れ替わる〟少年と少女の恋と奇跡が描かれる。お話をうかがった新海監督は、とても丁寧に受け答えをしてくれる人だった。

まだ出会っていない少女と少年をどう描くか…

 

――今回の物語の発端である、見知らぬ高校生の男女が夢の中で入れ替わるというのは、どこから発想されたのでしょうか?

プレス資料には、小野小町の和歌「…夢と知りせば覚めざらましを」(夢と知っていたなら目覚めなかったものを)を、きっかけに構想していったとなっていますが、実はその前に源流があるんです。前作『言の葉の庭』(13年)のあと通信教育のZ会のCMで『クロスロード』というタイトルの2分間のアニメ―ションを製作しました。そこで初めて一緒に仕事をしたのが、今回の『君の名は。』でもキャラクターデザインをお願いした田中将賀さんで、この仕事に手応えがあったんです。それは田中さんのキャラクターもあったのですが、モチーフが離島に住んでいる少女と東京に住んでいる少年で、二人はまだ出会ってはいないけれど〝受験〟という同じ方向を向いている。すると、このあと二人はひょっとしたら出会うかもしれない…っていう内容で、この物語をもっと広げていける可能性を感じたんです。では、まだ出会ってはいない少女と少年をどう描くか、と考えていくうちにいくつかヒントが見つかっていったのです。

 

 

――その一つが小町の和歌だったのですね。

そうです。好きな人と夢で逢っていて、それを夢だとわかっていたら起きなかったのにという気持ちはわかると思ったんです。目覚めてさびしいという思いは誰にも身に覚えがあるはずだし。そのあたりを足掛かりにして、さらには出会うだけじゃなくて夢の中で入れ替わることにしたら映画の物語として成り立つかなあという風に考えていって、あとは物語の要素として「組紐」であったり、「千年に一度の彗星」などを配置していった感じです。

 

――『クロスロード』では離島の少女と東京の少年の話だったのが、『君の名は。』では、離島ではなく自然豊かな山間に住んでいる少女と東京の少年の話になっています。

この変更には僕自身の上京経験が関わっていると思います。僕自身が田舎育ちで、田舎の美しさだとか同時に在る閉塞感とかをすごく感じながら育って、東京に行きたいという思いが強くありました。いまはもう20年以上東京に住んで、すでに東京が故郷だという気持ちもあるし、でも、もちろん育った町も故郷だし、この二つの故郷を美しく描けないかなという気持ちでした。

 

――主人公の少女・三葉(みつは)が感じていた閉塞感と東京への憧れに監督ご自身のかつての思いが反映されていたわけですね。そういう思いのほかに、ご自身のことが重ねられている部分ってありますか?

三葉の父親は町長選挙に立候補していますが、僕の父も町議会議員でしたし、三葉の幼なじみの勅使河原は建設会社の社長の息子という設定ですが、これも実はそうなんです。うちの父親が建設会社をやっていて。

 

――そうでしたか。ちょっと突っ込んだことをうかがいますが、劇中で三葉は父親の立候補を嫌がっていますが、監督はどうでしたか?

それは嫌でしたよー(笑)。友達にからかわれるんですよ、選挙ポスターとか。恥ずかしかったですね。ただ、今回の物語において父親の存在というのは意外に大きいんです。ストーリーに関することなので詳しくは言えませんが、事件が起こった時、三葉は父親の力を借りなければいけないんです。いくらアニメーションでも、社会を動かすときに高校生だけではどうしてもできないことはありますから。

 

男女の入れ替わりがテーマではない
入れ替わりをジェンダーを描く装置にはしないと決めた

 

――監督の作品はそのあたりリアルな考え方をされてますよね。高校生やもう少し幼い少年少女の冒険を描いたアニメ作品では、大人の手をかりず子供たちだけで頑張るというものも多いですが。

僕は作品で大きな嘘はつきます。例えば今回の作品で言えば〝入れ替わり〟だとか〝千年に一度の彗星〟とかですね。でも、それ以外の部分はある程度現実と地続きにしておかないと、観てくれた人に、この物語は自分たちの社会の出来事なんだとか、ひょっとしたら自分自身の物語かもしれないというふうに感じてもらえないと思うんです。それでは映画は成り立たないのじゃないでしょうか。

 

――新海作品の特徴の一つに、風景とか背景の実に細かく、リアルで美しい描写があります。いまのお話をうかがっていると、この背景の描写も現実との接地点としての役割を果たしていることがわかります。

そう言ってもらえるとうれしいです。ただ、今回の映画に関して言うと、風景を美しく描くのには、物語上の大きな理由もあるんです。それは三葉と、入れ替わる少年・瀧(たき)は入れ替わったとき、自分の姿は鏡を見ないと見えなくて、普段はずっと周囲の風景や家族、友人たちなどおたがいの環境を見ているわけです。するとそれが魅力的でないと、会ってもいない二人が惹かれあうということにならないと思うのです。瀧の目で初めて東京を見た三葉は素敵な街だなと思い、三葉の目で三葉の住む自然豊かな町を見た瀧はいいところだなと思う。たがいの友人たちと交流し、こういう人間と友達である瀧は、三葉はどんな人間なんだろうと興味をもつわけです。だから、その環境を美しく描くというのは絶対に必要なことだったのです。

 

――なるほど。これまでも入れ替わりを描いた作品はありますが、観直したり、参考にされたりしたものはありますか? またその上で、入れ替わりを描くのに、これは注意しようと思われたことはありましたか?

大林宣彦監督の『転校生』は、昭和版(1982年)と平成版(07年)があり(平成版の題名は『転校生―さよならあなた―』)両方観ましたし、高橋留美子さんの漫画『らんま1/2』などいくつか読み直したものもありました。それで考えたことの一つは、入れ替わりそのものをテーマにすると、最終目的は元に戻ることになるということです。でも『君の名は。』は、別に入れ替わりがテーマではないので、元に戻ることをゴールにするのはやめました。もう一つは性差、ジェンダーです。昭和版の『転校生』では、中学生の男女が入れ替わって、少年が女っぽくなり、少女が男っぽくなることで周囲と軋轢を生む様子が描かれていますが、ジェンダーの捉え方は時代によって変化していて、いまでは男っぽい女の子はかっこいいし、女っぽい男の子もそんなにおかしくない。だから、いま入れ替わりでジェンダーを描くことにはさほど意味がないと思ったんです。それで入れ替わりを、ジェンダーを描く装置にはしないと決めました。

 

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――主人公二人の声を演じた神木隆之介さんと上白石萌音さんはどうでした?

お二人に演じてもらえたことはただただラッキーでした。神木君はこれまでもジブリの作品や細田守監督の『サマーウォーズ』(09年)などにも出演されているのですが、やっぱりキャリアと共にお芝居もますます磨かれていってる気がしました。今回の瀧の役柄は、高校生の男の子役に加えて、入れ替わった、可愛らしい女の子の役もしなくてはいけないわけで、これはそういう芝居のできる神木君じゃなきゃだめ、という必然性がありました。また、万一、映画を観ているお客さんが、この声は誰かと俳優さんの顔を思い浮かべたとしても、神木君なら問題ないですしね(笑)。

 

――上白石さんはオーディションで選ばれたのですね?

そうです。彼女の演技力は抜群ですよね。『舞妓はレディ』(14年)のときに周防正行監督がベタ褒めだったというのは聞いていましたが、年長者が否応なく好きになってしまう魅力を持っています。さらに神木君もそうなんだけど、瀧や三葉がいま楽しいんだろうな、悲しいんだろうなっていう気持ちをちゃんと乗せることのできる特別な声をしているのです。俳優さんは本来、全身でお芝居をするので声にそれだけの情報量が乗らない人も多いですし、声優さんは声の演技に特化しすぎていて情報が過剰になることもあるのですが、二人は俳優と声優のいいところをこれ以上ない良いバランスで持っていると思います。

 

このタイミングでしか成立しない
素敵な化学反応

 

――瀧と三葉を始め、今回のキャラクターデザインは、最初のお話にあったように『クロスロード』で組まれた、またアニメファンには長井龍雪監督の『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(11年)、『心が叫びたがってるんだ。』(15年)などの仕事で知られる田中将賀さんです。改めて、組まれた理由を教えてください。

『クロスロード』でご一緒したからというのがまずあるのですが、もっと単純に言うと僕の好きな画を書く人なんです。アニメーションの画って時代ごとのモードがあるのですが、田中さんの画はいまの最先端のものだと思います。それでいて僕たちがやっている緻密な空間にもマッチする。立体感として破綻していないんですね。顔はマンガの顔ですごく可愛いのに、全身像はちゃんと立体構造になっているんです。しかも今回、作画監督をジブリ出身の安藤雅司さんにお願いしたことで、エッジの立ったいまのアニメの画である田中さんの画が、その魅力のコアは失われずに少し和らぐんです。それは素敵な化学反応でしたね。

 

――そう、ジブリで『もののけ姫』(1997年)、『千と千尋の神隠し』(01年)、フリーになって『思い出のマーニー』(14年)を手掛けた安藤雅司さんの作画監督に田中将賀さんのキャラクターデザインって、アニメファンにとってはある意味、奇跡のコラボレートです。

このタイミングでしか成立しないことだったと思います。安藤さんは大ベテランなのにすごく勉強熱心な方で、今回は田中さんの画柄に興味を持って参加してくださったんです。自分とは違うスタイリッシュな田中さんのいまの画を自分が描くことで、なにか得られるものがあるかもしれないとおっしゃって。実際、田中さんの画を安藤さんが描かれたことによって、田中さんの画にポピュラリティが加わったような気がします。

 

――今回、安藤さんの仕事に向かう姿勢に感銘を受けられたそうですね。

圧巻でした。朝、出勤してくるとまず最初にお茶を淹れたりパソコンチェックしたり一息おいてから始めるのが普通だと思いますが、安藤さんはやって来てすぐに描き始める、そして終電まで描き続けるんです。ほとんど席も立たず外食も一切せずに、持ってきたおにぎりを食べて机の前から離れない。また、あれだけ絵の巧い人なのに、安藤さんが帰られたあとはゴミ箱が下書きの紙でいっぱいなんです。一本の線を描くのにほんとうに命がけなんだなと思いました。

 

RADWIMPSの曲を聞いてコンテを変えたことも

 

――やはりすごいですね。あと伺わなくていけないのは、音楽を人気バンドの「RADWIMPS」が担当していることです。これは監督が希望されたのですね。

そうです。大ファンだから、というのもあるのですが、これまでの日本のアニメに多かった情緒的な音楽ではない、なにか新しいものを創りたいという気持ちもあって、「RADWIMPS」にお願いしました。ロックバンドってある種、聴く世代を限定してしまうかもと思いつつ、でも彼らの音楽は若い人を駆り立てるような力強さや疾走感にあふれているので、その力を借りて過剰で疾走感のある映画にしたいと思ったんです。大人から観ると、やり過ぎだよとか、音楽が多過ぎないかと言われるものを目指しました。

 

――「RADWIMPS」も制作に加わっている感じなんですね。

一年半、一緒に併走して映画を創りあげた感覚です。ビデオコンテを作っているときに彼らの音楽が上がってきて、その曲を聞いてコンテを変えたこともありましたし。例えば瀧と三葉がそれぞれ自分の手や顔に文字を書いて相手に伝えようとするシーンがあるんですが、あそこはシナリオではスマートフォンでのやりとりだけだったんです。でも、主題曲にもなった『前前前世』を聴いていたら、手や顔に書かないと気持ちが収まらなくなって(笑)。僕も音楽の過剰さに影響されちゃったわけです。

 

――最後に新海アニメファンがずっと気にしていることをうかがいます。監督はどうして、〝時間〟や〝記憶〟、あるいは〝若い男女の心の擦れ違い〟を描き続けられるのでしょうか?

「好きだから」としか言えないですね。好きな人のことを何故好きかと尋ねられたとき、いろいろ言うけど、実は言えば言うほど本質から離れた答えになってしまう感じですかね。やはり答えは「好きだから」ですね。

 

 

取材・文/春岡勇二




(2016年9月 1日更新)


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Movie Data

©2016「君の名は。」製作委員会

『君の名は。』

▼TOHOシネマズ梅田ほかにて大ヒット上映中

声の出演:神木隆之介
     上白石萌音
     成田凌
     悠木碧
     島﨑信長
     石川界人
     谷花音
     長澤まさみ
     市原悦子

監督・脚本:新海誠 
作画監督:安藤雅司
キャラクターデザイン:田中将賀
音楽:RADWIMPS

【公式サイト】
http://www.kiminona.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/169395/


Profile

新海誠

しんかい・まこと●1973年生まれ、長野県出身。2002年、個人で制作した短編作品「ほしのこえ」でデビュー。同作品は、新世紀東京国際アニメフェア21「公募部門優秀賞」をはじめ多数の賞を受賞。2004年公開の初の長編映画『雲のむこう、約束の場所』では、その年の名だたる大作をおさえ、第59回毎日映画コンクール「アニメーション映画賞」を受賞。2007年公開の『秒速5センチメートル』で、アジアパシフィック映画祭「最優秀アニメ賞」、イタリアのフューチャーフィルム映画祭で「ランチア・プラチナグランプリ」を受賞。2011年に全国公開された『星を追う子ども』では、これまでとは違う新たな作品世界を展開、第八回中国国際動漫節「金猴賞」優秀賞受賞。2012年、内閣官房国家戦略室より「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」として感謝状を受賞。2013年に公開された『言の葉の庭』では、自身最大のヒットを記録。ドイツのシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭にて長編アニメーション部門のグランプリを受賞した。同年、信毎選賞受賞。次世代の監督として、国内外で高い評価と支持を受けている。