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「チャーミングだけど危なっかしい。
 そんなスターは西島秀俊かハリソン・フォードぐらい」
『クリーピー 偽りの隣人』黒沢清監督インタビュー

第15回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した前川裕の原作小説を、『CURE』や『岸辺の旅』など国内外で高い評価を誇る黒沢清監督が映画化した『クリーピー 偽りの隣人』が、6月18日(土)より大阪ステーションシティシネマほかにて公開される。主人公の夫婦が、引っ越した先で出会った“怪しい隣人”への疑念と不安感から底の見えない暗闇へと引きずり込まれていく様が、黒沢監督ならではの恐ろしさを伴って描かれている。黒沢監督とは4度目のタッグとなる西島秀俊が主人公である元刑事の犯罪心理学者・高倉を、どこか不気味さを感じさせる高倉の“怪しい隣人”西野を香川照之が、“怪しい隣人”西野に翻弄される高倉の妻・康子を竹内結子が演じている。原作のどこか不気味さを感じながらも、先が知りたくなる面白さはそのままに、原作小説を大胆に脚色し、映画ならではのオリジナルな展開で娯楽作として描き切った本作の公開にあたり、黒沢清監督が来阪した。

――キャラクターも含めて、原作の展開までも大胆に脚色されています。

原作はとても面白い小説なのですが、2時間の映画にするため色々と試行錯誤する中で、まず、最もシンプルなテーマ“隣が怪しい”をメインにしようと思いました。それに加えて、主人公が引っ越した場所が住宅地の一番端で、言ってみれば都市と郊外の境目に、何やら邪悪なもの、異物がひっそりと生息しているという設定が原作の中でも一番面白く感じたので、住宅地の外れにある家とお隣との関係を中心にドラマが展開していくようにしぼって脚色しました。また、原作者の前川さんがとても映画好きな方で、こちらが恐る恐るこのような脚色の方向を提示しても、理解してくださったことが大きいです。キャラクターは、物語を新たに組み直すと自然に変わって、無理矢理変えようという意図があったわけではないんですが、僕好みになっていったんでしょうね(笑)。

 

――本作のテーマである“隣が怪しい”は、近所付き合いが希薄になった現代では、誰の身に降りかかってもおかしくないことかもしれないですね。

都会だと特に、ご近所の方と顔を合わせれば挨拶は交わすでしょうが、でもそれ以上その方のことを知っている人は少ないと思うんです。僕自身、マンションに住んでいますが、変な時間に帰ってきたりしますし、隣の人には相当怪しいと思われているはずです(笑)。近所付き合いって、お互いの存在を知ってはいるけど深くは知らない、けどそれで十分。大多数の人はそれで大丈夫なんですが、そういう隙をうまく利用して、ある変わった何かがひっそりと人知れず隣に生息していても意外と気づかなかったりするんじゃないでしょうか。

 

――本作で、香川照之さんが演じる西野は、まさに“怪しい隣人”そのものでした。

今回、西野という役でひとつチャレンジしたことがあるんです。いわゆる、わかりやすい悪の象徴のような役ではなく、でも善人面して裏で悪いことを企む詐欺師でもない、言ってみれば、モラルや常識や法律に囚われていない、自由奔放な人物にしようと。戦国時代で言えば織田信長のような、コミカルな感じで言えばクレイジーキャッツの植木等みたいな、上手くやればこういう人って大成功を治めるんじゃないかという存在にしようと思ったんです。香川さん演じる西野がスクリーンに登場した時から、彼が怪しくて悪いことはわかっているんだけど、どう悪いのか先がさっぱり読めない、というようなキャラクターにしようと香川さんと決めていきました。香川さんは「よくわかります。そういう人が近くにいますから」とおっしゃっていました(笑)。香川さんも、楽しみながらその場その場で自由に生きている西野を演じてくださっていましたし、時にはとんでもなく悪くて、ある時はおかしくて、時々は気弱そうに見える人物を香川さんと一緒に作っていきました。

 

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――西島秀俊さん演じる高倉のキャラクターは、設定も原作とは少し変えてらっしゃいます。

映画なので、主人公は考えて論文を書いているだけではなくて、行動を起こしてほしいんですが、僕の中で大学教授は頭は良くてもそんなに行動力はないのでは? という勝手な偏見がありまして(笑)。元刑事の大学教授なら刑事の行動力で物語を引っ張っていってくれるだろうと。それで元刑事という設定にしました。かつ、高倉は単なる優秀な刑事や正義の味方では全くなく、欠陥もありますし、本人は真面目に事件にのめり込んでいるつもりですが、本当に脇が甘い。事件現場で「犯罪現場特有のにおいがする」と言いながら、隣には全く気づかないどころか、自業自得のように西野に付け込まれていきます。そういう高倉を西島くんはうまく演じてくれたと思います。僕は、西島くんはこういう役が一番ぴったりくると思っているんです。誠実で信頼できて、主演である彼に乗っかって物語を観ていくんだけど、穴だらけで、大丈夫? と不安になる(笑)。アメリカで言うとハリソン・フォードがその典型なんですが(笑)。ああいう人がいるから映画って面白くなるんですよね。単なるスーパーヒーローじゃなくて、危なっかしい。でも、信頼できる。そういうところがチャーミングなんですが、とにかく危なっかしい(笑)。そういうスターって中々いないんですが、西島くんはまさにぴったりだと思いました。

 

――竹内結子さん演じる高倉の妻・康子のキャラクターも少し変わっていたことで、より、高倉の不完全さが際立っていたように感じました。

脚色していくうちに、僕の中で自然と康子という役が大きくなっていきました。彼女が物語の要だと思いましたし、(原作でも)彼女の細かい描写はほとんど省略されているんですが、高倉と西野のある種の攻防戦の中で要になるのは当然康子だろうと。

 

――脚本の段階で竹内さんをキャスティングされていたんですか?

脚本の段階では、まだどなたとも決めてはいませんでした。ただ、すごく康子の存在が大きくなっていったとは言え、脇ではないものの、最初は目立たないキャラクターに映るので、まさか竹内結子さんがやってくれるとは正直思っていなくて。竹内さんは、以前刑事役もやってらっしゃいましたし、積極的にガンガン出ていかれる役が得意なタイプの方だと思っていたんです。今回はどちらかと言うと受け身で、謎めいている役なので、こういう役はどうだろうかと思ったんですが、僕は一度竹内さんとやってみたいと思っていたので、ダメ元でお願いしたら快く引き受けてくださったので、助かりました。

 

――WOWOWのTVドラマ「贖罪」以降、『リアル 完全なる首長竜の日』や前作の『岸辺の旅』など、原作のある作品が続いています。

以前は、ほとんど原作ものはやっていなくてオリジナルが多かったんですが、『トウキョウソナタ』を撮った後、全く仕事が来なくなったんです。自分で企画していたものが、簡単にうまくいかないものが多かったせいもあるんですが。そんな、「もう映画が撮れなくなるかもしれない」と思っていた時に、たまたま依頼されたのがWOWOWのTVドラマだったんです。それで、原作ものをやったことはほとんどないけれど、せっかく声をかけてくださったんだし、軽い気持ちでやろうと思って「贖罪」をやってみたら、作品的に上手くいったということと、原作ものも意外と面白いという手ごたえを自分でも感じたんです。「贖罪」が上手くいって、僕が原作ものもやる監督なんだと見られるようになって、それ以来、どんどん原作ものの依頼が来て、立て続けに原作ものをやることになったんです。「贖罪」をやって良かったと思います。

 

――本作をはじめ、『CURE』や『叫』など、監督の作品は怖いものが多いですが、観客を怖がらせるコツはあるんでしょうか?

ひとつ言えることは、「これは怖いですよ」とわかりやすく怖さを表現するとあんまり怖くないんです。そうすると、観ている方は、「あぁ、怖いんだ」と安心してしまう。一番怖いのは、怖いか怖くないかどっちなのかわからない状態。怖いかもしれないけど、この先どっちに行くのかわからない状態に観客を置くのが一番怖いと思うんです。別に何も起こらなくても、本当に怖いことが起こっても、どっちに展開してもいいんですが、ギリギリまで、この先が怖いことを明かさないことがひとつのコツだと思います。

 

――本作でも、その怖いか怖くないかわからないという状態が最後まで続いていました。

今回は、“隣が怪しい”というのがひとつのコンセプトだったんですが、隣に廃墟などがあればまた違いますが、一見普通の人が住んでいる普通の家なので、どうやって普通の家を物語が進むにつれてだんだんだんだん怖いように見せていくのかというのは、色々楽しく考えました。門から庭を通って玄関を開けて、ちょっと廊下が見えて、さらに奥があって、よせばいいのにそこに次々と人が入っていくという、それ自体はとてもわかりやすい構造なんですが、それを引っ張って、観客を奥へ奥へと誘導するように作りました。出るよ、出るよと言って出てこないと観客も裏切られた気持ちになってしまうので、出るよと一言も言ってないよと、すっとぼけながら作っていくのが難しいんです。作っている方が怖さを狙っているかどうかもわからないという風に作るのがコツなんです(笑)。

 

――本作もスリラーですが、スリラーと言えば黒沢監督というイメージがあります。

この映画は怪物や幽霊は出てきませんし、ある犯罪が起こってそれを調査していく話で、僕はやっているようでこういうジャンルのものをやっていないので、『CURE』以来久しぶりのサイコスリラーでした。幽霊も怪物も何も出ない、あくまで人間です。その一方で僕はモンスターが出てくる映画も好きなんです。例えばゴジラとか。人間ではとても表現できない、スケールの大きな破壊力を持っていますし、そういうものもとても大事な映画の題材だと思っています。中々そういう作品を手掛けるチャンスはないんですが(笑)。

 

――黒沢監督と言えば、カンヌ国際映画祭「ある視点部門」審査員賞を受賞するなど、海外でも評価されています。

それはいくつかの偶然が重なっているんですが、ひとつは僕が『CURE』を撮った90年代後半の頃、北野武さんや塚本晋也さんらが、海外で新しい日本映画のブームを起こしていたんです。それまでの大島渚さんや今村昌平さんに代わる新しい世代が日本映画界に次々生まれているんだと。海外の映画祭の関係者が日本映画に注目し始めたのがちょうど90年代後半だったんです。あの頃は、ものすごい数の日本映画が海外で紹介されていました。その中に、たまたま僕が、こんなところに何十本も映画を撮っていた監督がいたんだ、と発見されたんです(笑)。こっちは隠れていたつもりもなかったんですが(笑)。当時は、海外の映画祭に出品するという発想はなかったので、本当に『CURE』からですね。ちょうどそういうタイミングだったということと、海外の映画祭関係者に言わせると、世界の映画監督の中で、ジャンル映画と作家的な映画を両方撮っている監督はほとんどいなくて、とても珍しいそうなんです。これはとても恐れ多い誉め言葉なんですが、「今両方共を撮っている監督は、たぶんお前とデビッド・クローネンバーグぐらいだろう」と言われました。たぶん、アメリカは特に多いですが、ジャンル的なものばかり撮っている方か、もっと作家的な自分なりの作品を撮っているか、どちらかなんですよね。両方を混ぜたようなものや、時には交互にそういう作品を作っている監督は大変珍しいと珍重されています(笑)。

 

取材・文/華崎陽子




(2016年6月15日更新)


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Movie Data

©2016「クリーピー」製作委員会

『クリーピー 偽りの隣人』

▼6月18日(土)より、
 大阪ステーションシティシネマ
 ほかにて公開

出演:西島秀俊 
   竹内結子
   川口春奈
   東出昌大
   香川照之
監督:黒沢清
原作:「クリーピー」前川 裕(光文社文庫刊)
脚本:黒沢 清、池田千尋

【公式サイト】
http://creepy.asmik-ace.co.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/168268/


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