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「自分にとってはこの作品が完結編のような感覚です」
前半と後半で全く違う二部構成のような映画の中で
日常と非日常が交錯する衝撃作『ヒメアノ~ル』
吉田恵輔監督インタビュー

「ヒミズ」などの人気漫画家・古谷実による衝撃作で、過激な暴力描写から映像化不可能とまで言われた同名原作を、『麦子さんと』や『銀の匙 Silver Spoon』などユーモラスな人間描写で人気の高い吉田恵輔監督が映画化した『ヒメアノ~ル』が、TOHOシネマズ梅田ほかにて上映中。ビル清掃のパートタイマーをしながら平凡な毎日を過ごす青年・岡田が、職場の先輩・安藤が思いを寄せるカフェ店員・ユカと密かに恋仲になり、ユカをストーキングする高校時代の同級生・森田と再会するものの、森田は快楽殺人者になっていた…。岡田を濱田岳、森田を森田剛、安藤をムロツヨシが演じている。狂気をむきだしに殺人を重ね、ただ立っているだけでも不穏な空気を醸し出す森田剛の演技や、前半は明るくポップでコミカルなラブストーリーかのように思わせ、後半は一気にダークなクライムドラマへと変化することも話題を呼んでいる本作の公開にあたり、吉田恵輔監督が来阪した。

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――色々な企画の中から『ヒメアノ~ル』を選んだとお聞きしましたが、『ヒメアノ~ル』に惹かれた理由は何だったんでしょうか?
僕が元々撮っていた『BUNGO 日本文学シネマ 檸檬』のような、ダークトーンの作品を好きなプロデューサーに声をかけてもらって、僕もちょうど『銀の匙 Silver Spoon』などハートウォーミングな作品が続いて、リセットしたいと思っていたので、そこからダークトーンな作品を考えていったんです。僕は元々古谷さんのファンだったので、古谷さんの作品で初めて『ヒミズ』が映画化された時は悔しかったですし、古谷さんの作品はすごくやりたかったんですが、古谷さんの作品は競争率も高いだろうし、絶対無理だと思っていたんです。役者さんの中でも古谷さんは人気で、『ヒメアノ~ル』をやりたい方は多いと聞いていましたし。中でも『ヒメアノ~ル』は一番やりたい作品だったけど、絶対無理だろうから(映画化権を)あたってもらっている間に、他のことを考えようとしていたんです(笑)。そうしたら「(映画化権が)取れました」って聞いてびっくりしました。
 
――キャスティングはどのように進められたんでしょうか?
キャスティングはだいぶ時間がかかりました。原作では森田が23歳なので、森田剛くんに行きつくまでが特に時間がかかりましたね。岡田役を先に決めようかと思ったんですが、それだとうまくマッチングしなくて。そうやって考えているうちに、森田役を“23歳ぐらいの時の森田剛みたいな役者”で探していることに気がついて、もう歳を気にしなくてもいいんじゃないかと思えてきて、森田君にお願いしようと。そうしたら、岡田役も濱田岳くんがいいんじゃないかと思っていたので、ふたりとも年齢不詳だからいいやと思って(笑)。意外と誰もつっこまないですし(笑)。
 
――高校時代のシーンも森田さんと濱田さん、おふたりが演じてらっしゃったことに驚きました。
本来であれば吹き替えてしまうかもしれないんだけど、けっこう(いじめの)きついシーンが多いので、その痛みを知らない奴に、大人になった狂気の連続殺人犯を演じさせるのはいやだと思ったんです。実際、いじめられるシーンでは、森田君に痛い思いもしてもらいましたし。そういう屈辱感や痛みを知ったうえで、快楽殺人を行う大人のシーンを演じないと役者として完結しないんじゃないかと思ったんです。高校時代のシーンに多少違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれないけど、僕は森田君に体感させたかったんです。高校時代のシ-ンを演じることなしに森田という役を消化できると思えなくて。(いじめのシーンを)体感して実感したうえで演じてほしかったんです。現場では、いい年をしたおっさんが制服を着ているので、高校時代のシーンはバツゲームみたいでしたけどね(笑)。
 
――そんな厳しい難役を演じきった森田剛さんのキャスティングの決め手は何だったんでしょうか?
今回、商売としてはおかしな構図になっているんですよね。ジャニーズ主演でジャニーズファンが一番苦手なジャンルの映画を作るっていう。『ヒメアノ~ル』のような映画が好きな人って、ジャニーズが主演の映画をたぶん観たことないと思うんですよね(笑)。だけど、僕は森田剛の可能性を信じたいんです。『冷たい熱帯魚』が好きだって言う男性でも、森田剛はジャニーズの中でも違うと思ってもらえるんじゃないかという期待を持っています。10数年前に、塚本監督と森田君がTV番組「演技者。」の中の「マシーン日記」というドラマに兄弟役で出ていて、僕は塚本晋也監督の作品に関わっていたので、その時に森田君の演技を見ていて、その時のイメージが残っていたんです。僕は、森田君のハスキーだけどこもっていて、甘くて、切なげな声が好きなんです。お芝居って誰でも上手くはなるんです。だけど、存在感やオーラは演技力ではないので、独特の存在感を持っている人が腕をつけたら、他の役者がどれだけ努力しても勝てないんじゃないかと思います。
 
――濱田さん、ムロさんも本作の役柄にぴったりだったと思います。おふたりのキャスティングはどのように決められたんでしょうか?
濱田君みたいなキャラクターで役者を目指している人ってめちゃくちゃいるんですよ。美形でもなく、背も低めで、ぽっちゃりしていて、どこにでもいそうな人って、濱田君を見ると自分も役者になれるんじゃないかって勘違いしがちなんですが、濱田君は全く別モノですからね。でも、何が別なのかはわからないんですよね。特に変わったところがあるわけじゃないんだけど、やっぱり濱田君は特別な人間なんです。言葉にしづらいんだけど、皆思っていることだと思います。ムロさんは、空気を読んでくれるので、ここはあんまりやっちゃだめだと思ったら、ちゃんと控えめにしてくれるんです(笑)。今回のキャスティングで最初に決めたのがムロさんだったかな。原作を読んだ時に、安藤はムロさんだと思ったぐらい。仮に、ムロさんのスケジュールがNGだったら、代わりの人を思いつかないですよね。一度この役はムロさんだと思っちゃったら、代わりの人なんて考えつかないですよね。安藤役のムロさんは鉄板ですよ。ムロさんが安藤役をやったら面白いだろうなって想像したら笑いが止まらなくて。ムロさんがOKだって聞いた時はすごく安心しました。
 
――濱田さん演じる岡田とムロさん演じる安藤に思いを寄せられる、佐津川愛美さん演じるユカは男心をくすぐる小悪魔タイプの女性で、原作とは少しキャラクターを変えています。
ユカは、可愛いんだけど、思い通りにならなくて、男の気持ちをもやもやさせる、僕が一番執着するタイプの女性なんです。男って、「好き」って言われすぎると安心しちゃうんですよね。だけど、ユカの場合は他の奴にも同じこと言っているんじゃないかとか、明日何しているんだろうとか、男が気になるタイプ。僕は特にヒロインにはこだわっちゃうんです。他はそうでもないのに、佐津川さんの衣装だけ1日かけても決まらなくて、もう1回全部集め直してもらって、髪型も色んなバリエーションを試したりして、佐津川さんも僕のことをだいぶ気持ち悪いと感じていたと思います(笑)。他の人とのこだわりの温度差が半端じゃなかったんで(笑)。原作のユカはクールビューティな感じだったんですが、僕の好きなタイプじゃなくて。ヒロインの女の子だけは、自分の思い通りに撮らないと嫌なので、毎回こだわりますね。
 
――前半と後半で全く違う二部構成の映画にするというアイデアはどのように思いつかれたんでしょうか?
原作を脚本化するうえで最初に、本編の真ん中にタイトルが入って話が分かれることと、日常と非日常がリンクする始まりをSEXシーンとバイオレンスシーンのカットバックにしようと考えてしまったので、そこから逆算して書いていかなきゃならなくなって(笑)。書いていたら、同じ時間帯にならなくなったりして大変でした。前半はポップな色使いで撮影もフィックス重視にして、後半はダークトーンにしてハンディカメラで撮るとルールを決めてしまったので、エキストラの衣装も全部変えましたし。最初の画と後半の画を見るとグレーディングが全く違うので、別の映画のようになっちゃいましたね。デビュー作からこういうことをやってきて、自分の得意なジャンルだと思っていますし、成熟してきたんじゃないかと思っています。監督7作目なのに、途中で物語を変えるということを3回もしているので、自分の中ではこの作品が完結編みたいな感覚ですね。
 
――特にSEXシーンとバイオレンスのシーンをカットバックして描くことで、日常のすぐそこにあるかもしれない狂気をリアルに感じられました。
最初は(濱田君演じる岡田と佐津川愛美演じるユカの)普通のSEXシーンなんだけど、ユカが喘ぐ声を痛い感じの喘ぎ声にしてもらって、逆に殴られているシーンの山田真歩ちゃんの声を喘ぎ声に近いような悲鳴にしてもらって、カットバックしたらどっちがどっちの声なのかよくわからなくなってくるんですよね。東京や大阪に住んでいると、けっこう知っている場所で凶悪事件が起こったりするじゃないですか。自分が先週行っていた場所だったりして。でも、そういう場所で起こっていても、自分が当事者じゃないとやっぱり他人事のような、映画の中の世界のようにしか捉えられないのに、実際に自分の身に起きると、「えっ、こんなに近いの」って戸惑うと思うんです。やっぱりみんな平和ボケしちゃっているんですよ。そういう感覚は表現したいと思いました。
 
――前作『銀の匙 Silver Spoon』と本作『ヒメアノ~ル』と原作のある作品が続いていますが、原作を映画化する時に気をつけていることはありますか?
原作のある作品が続いたのはたまたまなんです。デビュー当時から原作ものには手をつけていたんですが、毎回企画が流れて成立しなかったんです(笑)。オリジナルも流れていますが、オリジナルは僕の案件なので、なんとか成立させただけなんです。原作ものに限って言うと8本流れています。オリジナルが多いと思われているんですが、たまたま原作ものが流れてオリジナルしか撮れなかっただけで(笑)。『ホドロフスキーのDUNE』(アレハンドロ・ホドロフスキーが映画化に挑んだ幻のSF大作『DUNE』が製作中止に追い込まれた過程を映したドキュメンタリー)という映画の中で、ホドロフスキー監督が、「監督が新郎で、原作が花嫁、それで映画という子どもを作るには、花嫁のウェディングドレスを脱がさなきゃいけない」と言っていたんです。それを無理やり犯してしまうと、いわゆる原作レイプになるし、そこには愛が必要だと。そこにはリスペクトも必要だろうし、僕も愛のある子どもを生みたいから、妥協して結婚したくないんですよね。やっぱり自分がリスペクトしている作品で、それでも子どもを生むには変化は必要なんです。今回も、原作を変えさせてもらっていますが、僕は『ヒメアノ~ル』という作品の大ファンであることと、映画を作る人間であることを融合して作ったので、この映画を原作のファンの方たちと共有できると嬉しいですね。
 
――『麦子さんと』や『銀の匙 Silver Spoon』など、ハートウォーミングな作品が続いた後で、『ヒメアノ~ル』を撮り終えて、どんな感覚になられましたか?
ものすごくストレスを発散しましたね。この作品には色んなネタを入れたつもりなんですが、1度もネタを考えた覚えがなくて、ほとんど即興で思いついたんです。特に残酷なネタは、どれだけでも出てきて、こんなにため込んでいたんだと驚くぐらい(笑)。笑わせようと思うと、けっこう考えないと出てこないのに、こういうネタだとめちゃくちゃ出てくるんですよね。やっちゃいけないことばっかり(笑)。山田真歩ちゃんがレイプされそうになるシーンがありますが、レイプシーンのある映画ってたくさんありますけど、絶対生理中の女性っていないじゃないですか。女性が30人いたら絶対に1人くらいは生理中の人がいるはずなのに。そういう違和感を前から覚えていたから、自分の映画ぐらいは生理中にしようと思って。そういう、一般の人が生理的に受け付けない、嫌悪感を持つであろう事をやろうと思っていました。ただ、実際撮影する時に美術の女性の方に「監督、血の色ってこんな感じでいいですか?」って聞かれて、「オレ何やってるんだろう、親に見せられないな」って思いました(笑)。それとか、山田真歩ちゃんが殴られるシーンを撮影している時に、精神的にも肉体的にもダメージを受けてしまって、森田君も気にしていたので、僕が山田さんに声をかけに行ったんです。慰めに行ったはずなのに、泣いている山田さんを見たら「この後の部屋に灯油を撒くシーンなんだけど、山田さんにかけていい?」って聞いていたんです。そうしたら、女性のスタッフが鬼畜だって(笑)。「この状態でよくそんなこと思いつくな」って言われました(笑)。
 
――では、最後に本作『ヒメアノ~ル』で特にこだわったところを教えてください。
ラストに向かっての物語の展開ですね。原作のテーマでもあった森田の心の声をそこまでは全部省略してきたので、自分なりにどうやって物語を完結させるのかと考えて、自分なりの答えを出したつもりなので、そこをどう観客の方が捉えてくれるのか。そこが一番、僕が考えたところであり、それまで何を考えているのかわからなかった森田という人間を唯一表した場所ですね。最後のシーンは、説明しすぎないように森田の人間味を感じさせるものにしたつもりです。
 
 
取材・文:華崎陽子
 



(2016年5月29日更新)


Check

Movie Data

©古谷実・講談社/2016「ヒメアノ~ル」製作委員会

『ヒメアノ~ル』

<R15+>
●TOHOシネマズ梅田ほかにて上映中

【公式サイト】
http://www.himeanole-movie.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/167476/


Profile

吉田恵輔

よしだ・けいすけ●1975年5月5日、埼玉県生まれ。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作し、塚本晋也監督の作品では照明を担当。2006年に自主制作した『なま夏』が、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭・ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門でグランプリを獲得。その後も、塚本作品などで照明技師として活動する傍ら、『机のなかみ』(2006)、『純喫茶磯辺』(2008)などを発表。近年は『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013)、『麦子さんと』(2013)、『銀の匙 Silver Spoon』(2014)など、ハートフルな作品が続いていたが、本作『ヒメアノ~ル』は原点回帰の1作となる。


関連ページ

『ヒメアノ~ル』濱田岳インタビュー
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『麦子さんと』吉田恵輔監督&松田龍平インタビュー
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