ホーム > インタビュー&レポート > 現在、全国順次公開中の映画『ハッピーアワー』。 神戸を舞台に撮影された本作の監督・濱口竜介と、 この映画に魅せられた音楽プロデューサー/DJのtofubeatsと ロック漫筆家・安田謙一によるスペシャル鼎談企画を実施!
2016年1月 文:安田謙一 撮影:倉科直弘
“1倍速に見える”5時間の体験。
安田謙一(以下:安田)(「ハッピーアワー」のパンフレットをめくりながら)「映画の後でこれ見て改めて濱口監督が出てるのを知りましたよ。観ているときはお顔を存じ上げなかったので」
tofubeats(以下:トーフ)「僕も映画観終わってから(舞台挨拶で)監督が出てきて、“あーーっ!”って思いました(笑)」
濱口竜介(以下:濱口)「いやまあ、ちょっと、出たくて(笑)。そういや、トーフさんは公開初日の元町映画館での舞台挨拶付き上映の時に来てくれたんですよね」
トーフ「そうです。ずっと観たいなとは思ってたんですけど、ちょうど年末のちょっと忙しくて腹が立ってたときに、仕事してるってウソついて行っちゃいました」
安田「観たいと思ったきっかけは何やったん?」
トーフ「去年、映画の感想を書いてくださいっていう仕事が急に来るようになって。映画はそんなに詳しくなかったんですけど、演技をする人たちと友達になったり、知ってる人がテレビで演じているのを見るようになって、“演技ってヤバいな”って感じになってきたんです。それで、メソッド演技法に関する本なんかを趣味で読むようになったんです。で、友達に演技のワークショップの話を聞いて、実際にちょっとやってみたら、もう、いとも簡単に我を見失うというか…」
濱口「(笑)」
トーフ「すごくこう、学問というか、こうすれば自分を失くせますみたいな理論がしっかりあるんだなと思って。それに感動していたところに『ハッピーアワー』の予告を見て、これは観に行きたいなって思ってたんですよ」
安田「神戸で撮ってるってこともポイントになってた?」
トーフ「そうですね。それと、この映画がワークショップを起点にしているってのも興味があって。そのふたつが観たくなった一番の理由ですね。で、観終わって相当喰らいまして…。何より5時間観ていられるってのは、体験として新鮮でした。実時間を映しだしたような映画ってありますけど、それとも違うし、自分がアートの現場で見てきたものとも違うし、これは一体なんなんだろう…みたいなことを年末からずっと考えてて」
濱口「安田さんはどういうきっかけで?」
安田「僕はトーフくんがこの映画を観たっていうのをツイッターで知って観に行ったんです。トーフくんとはその後トークイベントでご一緒する予定だったし、これは話のタネになるとも思って(笑)。だから100%トーフくんの影響。さらに言うと、既に予告編はどこかで見てたんですけど、正直に言うとその時の感想は“こんな映画誰が観んねん”っていう…」
全員「爆笑」
安田「長時間ってのもあるし、なんかちょっとトレンディ・ドラマみたいな印象があって。神戸が映ってる映画は好きなんで、同時に神戸が適当に扱われてたら嫌やなと思って、実はあんまり観たいと思っていたわけではなかったんですよ。けど、観てみたらびっくりするくらい面白くって」
濱口「いや、ありがとうございます・・・」
安田「なんというか、観終えた後は、知っている役者が出ていたとしたらそれが邪魔になるんじゃないか、くらい価値観が変わって」
トーフ「いやホントそうですね!」
安田「おばあちゃん役で樹木希林とかが出てきたら…もう(笑)。むしろ、それがマイナスになるんじゃないかと思うくらい」
トーフ「僕は観ていて、どこまでが演技なのかわかんなくなってきちゃったんですよ。バスのシーンあるじゃないですか(※有馬温泉から主人公のひとり、純がバスで帰るところに見知らぬ女性が乗り込んできて話をするという長尺シーン)。あそこで僕、なんかどこまで演技なのか全部わかんなくなったんですよ(笑)。元町映画館って食べ物持ち込めるじゃないですか。ファミマのファミチキ食いながら“わあわあわあわあ”みたいになって。えっ?これ?えっ?って映画を観ていてこんなふうになったことないな、と。なので、濱口さんの本(※昨年末に発売された濱口監督の著書『カメラの前で演じること』)を読んで、全ての台詞がきちんと書かれた脚本やとわかったときの安心感たるや(笑)。あのシーンがホント異次元で。そこから時間の感覚もおかしくなってきて、観終わって商店街出たら“うわあ陽暮れてる…”みたいな」
安田「確かに何を見せられているのかわかんない、みたいなシーンがいっぱいありますね。特にワークショップのシーンと朗読会のシーンは印象的だったんですけど、実際にその場に居合わせたような、ちょっと退屈になる気持ちまで味わえるっていうか」
トーフ「ですよね。あと僕はクラブのシーンでDJにALTZさんが出てきてびっくりしましたね(笑)。僕も実際いろんなクラブでDJやったりするんですけど、5時間くらいのプレイの中で、敢えてちょっと退屈な時間帯を作ったり、すっと盛り上がらないような曲をかけて引く感じとかって、DJではよくあるんですよ」
濱口「ああ、はいはいはい」
トーフ「5時間っていう長時間になってくると、それが実時間に近いものになってくるというか。映画って普通、1倍速で時間は流れていないですけど、5時間を超えるものになってくると、1倍速に見えてくるっていうか、そこがめちゃめちゃ面白くって。実際のワークショップや朗読会における1倍速の“退屈さ”とは違うはずなのに、それを意図的にやってるっていう。それが映画にしかできない感じで新鮮でした」
安田「そういう、映画にしか出来ないことを、興行を基準とした一般的な映画の上映時間の枠を越えてやっているわけですが、この長さっていうのは濱口さんはどの時点で覚悟されたんですか?」
濱口「これはですね、基本的には役者が演技経験のない人たちなので、元々脚本が、演技を助けるために書くって意図があったんですね。“これを読めば、君も演技が出来る”みたいな」
トーフ「おおお、すごい(笑)」
濱口「学生時代を除けば、これだけ演技経験のない人たちと映画を撮るってのははじめてだったので、いったいどうやって演じてもらえばいいんだろう?っていう問題がまずあるわけです。そこで脚本は唯一の演出ツールになってくるので、できるだけ情報量を多くするというか…やっぱり知人でも、よく知ってる奴のことはそれだけ語れるじゃないですか」
トーフ「ああ、確かに!」
濱口「そういうのと一緒で、キャラクターの情報量ってのを、サブテキストを含めて演者たちに渡していって。ただ、最終的には3時間くらいには切るつもりだったんですよ。で、5時間40分くらいのバージョンが2015年の2月くらいに出来たんです。それを公開編集ラッシュとして上映したんですね。整音してない状態で、音楽もついてなくて。僕はKIITOのレジデンスアーティストとして呼ばれていたんで、製作発表をしないといけないんですけど、映画はまだ出来てないんでこれを上映して。そしたら、単純に評判がよかったんです。あ、この長さでも観れるんだ、って。こちらとしてはこれがある種、一番キャラクターが伝わる時間の使い方だと思っているんですけど、これだけちゃんと観れるし反応も得られるんだったら、お客さんに対して無理強いをしているわけではないんだろうと。とはいえ常識的にはあり得ないんで、3時間50分バージョンみたいなのも編集して見せたんですよ。そしたら……これでは全然面白くないと(笑)」
トーフ・安田「おお」
安田「それって、どんな風に面白くなかったんですか?」
濱口「まあ、ほぼ2時間くらい切ってるんで、映画1本ごっそりなくなるような感じですよね。ある程度物語の整合性は保ちつつ、クラブのあかりと日向子のシーンとか桜子とおばあちゃんが歩くところとか…物語と大きくは関係ないところを…いわゆる大筋みたいなものと関係ないところをつまんでいったら、これだったら前に観た長さのほうが全然面白い、ってなったんです」
安田「4人の主人公のそれぞれの物語のバランスみたいなのは意識して?」
濱口「一応しました。ただそうなると純さんの彫り込みも浅くなる。どっちかっていうと純さんが消えてからがメインになってしまうというか。もしかすると3時間くらいに凝縮すればまた違った形で面白く出来たかもしれないんですが、結構早い段階で、この長さがこの映画の一番おもしろい長さなんじゃないのというところに落ち着いたんです」
安田「逆に10時間になっちゃったらそれはそれで、と思いましたか?」
濱口「いや、そこは、脚本で、ある程度長さが決まってくるので、脚本通りにやったら5時間になったという。ただ……実際どうなんですかね、私が聞くのもなんなんですが、観るのは体力的にキツイものなんですかね?」
安田「いやあ、全然。なんか興味がどんどん転がっていく感じで」
トーフ「そうなんですよね。あと、そんなに体力を必要としない内容というか。インタビューなどでもおっしゃってたと思うんですけど、演者さんの範疇を超えることをやらせすぎることは良い演技につながらないというのがあったので、ある意味それは観ているほうにも作用していたように思いますね。派手に飛んだりするアクションとか誰かが大胆に死んだりとか、そういうのがないから、ちゃんとした体力で観れるというか。要所要所での持続のさせ方が、爆発とかさせるんじゃないくて、バスにヘンな人が乗ってくるとか(笑)ああいうのが凄いなって。普通のテンションでずーっと観ていられる仕掛けがあった気がして。全然疲れませんでしたし、むしろ観終わった時に5時間以上経ってるってことに一番ショックを受けたくらい。オレはここに5時間もおったんや!っていう」
濱口「ライブなんかでの5時間とはまた違う感覚なんですかね」
トーフ「あれはそれこそ爆発の連続で間を持たせてるところがあって。DJは爆発だけで持たせないから僕は好きなんですが、今のEDMやロックフェスでの若いDJは、どちらかというと爆発させるのが好きな人が多いです」
濱口「とにかくアゲろアゲろ、みたいな」
トーフ「そうです。僕25歳なんですけど、僕の世代だと長い時間じっくりと起伏を持ってDJできる人が少なくなってて。ちょうど先日、それが結構由々しき問題であるって話を諸先輩の方々にして頂いていたところで。“若い人ヤバイよ”って言われてるんです。それもあって、この映画観ていろいろ感じ入るところがありましたね」
安田「おいしいとこ取り、みたいなものに慣れちゃってるってことやんね」
トーフ「そうですそうです。なんというか、引くことで寄ってくるみたいな部分を音楽でやってる人が少ない中で、映画でこんだけやられるとね。だからこんなに疲れない5時間ってのもなかなかないと思います。表面上の退屈さってのもあると思うんですけど、それって結局その退屈さに引きこまれてるんですよね」
安田「映画の時間って、ロックオンされるというか、その時間を過ごす覚悟って必要やと思うんですけど、いったん中に入ると、時間が伸び縮みするというか、そういう感覚がありますよね」
濱口「そうですね。けどなんか今の話、DJプレイと通じるところがあるってのはすげえ嬉しい感じです」
トーフ「いやあ、まあ僕は数時間やることといえば、 DJプレイか学会くらいしか思いつかないんで(笑)」
濱口「えっ、学会…?(笑)」
トーフ「去年、雑誌のカンファレンスで、海外国内から数名ずつ「未来都市について」的なテーマでやる学会があって、僕はそのテーマ曲を作ったので出席したんです。カンファレンス本編は7時間くらいあって、その後懇親会みたいなのがあるんですけど、一連の流れがDJのロングセットみたいやなあって思ったんですよ。退屈な時間もあって面白くなる時間もあって。こういう長時間を楽しむことってDJでも最近ないなって思ったんです」
濱口「友達の監督で、映画を撮るときは音楽を模範にするっていう人がいるんです。その人はハードコアが好きだから、最初パーっといって途中はチリチリチリチリ進めていって最後またバーンってなるっていう構成にしたり…。ちなみにDJをやる際にはどういう構成というか抑揚をつけるもんなんですか?」
トーフ「人によりけりで、そこがまあ個性なんですけど、ずっとアゲててもダメだし、ずっと静かな感じもしんどい。そこをどういう起伏で引き付けるかがそのDJの個性だと思うんです。その日によっても違うだろうし、波を作っていく人もいるし…。どっちにしろ時間を扱うものなので、時間に対してどういうふうに考えているかっていうのがプレイに出るのがいいんですよ。映画もそうなんですけど、5時間あるとそこがわかりやすいというか」
濱口「ああ、なるほど・・・」
トーフ「さっきの編集の話もそうなんですけど、5時間だから気持ちよくいられたってのもあるだろうなと」
濱口「そう、そうなんですよ。4時間にしちゃうと長く感じるんです。長い映画を観たっていうずっしり感みたいなのがかえって出ちゃう」
安田「5時間という尺ってあんまりないんで、5時間映画を観るってことはなんか別の体験をするっていう感じになりますね」
濱口「不思議なのは、編集している側からすると、観た人に“5時間17分があっという間でした”とか言われると“えっ!?”ってなるんですよ(笑)。まあ、観るのに負担ではなかったってことの表現だとは思うんですけど、編集作業中はもう何度も何度も観るので、本当にこれ大丈夫かなって思いながらやってるんです」
安田「短く編集したものを公開される予定もあるんですか?」
濱口「まあ、同じ効果を出すなら短ければ短いほどいいってのは原則だと思うんですけど、ハッタリ込みで言うなら、コレ(5時間17分)が一番短いバージョンってことなんです。それでも、観た人の“あっという間だった”みたいな反応には驚かされますね。まあ、なんだろう…出てる役者が知らない人ばっかりっていうのもあるかもしれない。映画やテレビのバラエティに出ている人ではない人ばかり映っているっていう」
安田「それは確実にありますね。顔を知ってるような人だったら、この人はこの後何かをするだろうって思っちゃいますからね。この映画の世界では、途中で誰かがそのままもう出てこないことも受け入れられるというか。もし有名な役者の誰かだったら、また出てくるんちゃうかなって(笑)」
(2016年1月26日更新)
出演:田中幸恵 菊池葉月 三原麻衣子 川村りら ほか
監督:濱口竜介
脚本:はたのこうぼう(濱口竜介、野原位、高橋知由)
【公式サイト】
http://hh.fictive.jp/
※今後の上映スケジュール
濱口竜介(はまぐち・りゅうすけ)
1978年神奈川県生まれ。東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』(2008)が、サン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後も『THE DEPTHS』(2010年)、東北記録映画三部作『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』(2011~2013/共同監督:酒井耕)、4時間超の長編『親密さ』(2012)、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』(2013)などを発表。この3年は “アーティスト・イン・レジデンス”として神戸に在住。ここで制作された最新作『ハッピーアワー』(2015)で様々な映画賞を受賞。2016年3月からはアメリカへ渡り活動を行う予定。
Tofubeats(とーふびーつ)
1990年生まれ、神戸在住の音楽プロデューサー/DJ/トラックメーカー。学生時代からインターネットで活動を行い、ジャンルを問わず様々なアーティストのリミックスやプロデュースを手掛けるほか、TVやWebのCM音楽制作、DJ、執筆など、各方面で精力的に活動。2013年にはWARNER MUSIC JAPANのレーベルunBORDEからEP「Don’t Stop The Music feat.森高千里」でメジャーデビュー。2015年9月にはメジャー2ndアルバム「POSITIVE」をリリースし、iTunes Store J-POPチャートで見事1位を獲得。2016年1月20日には1st&2ndアルバムの楽曲を様々なアーティストがリミックスした『POSITIVE REMIXES』をリリース。
安田謙一(やすだ・けんいち)
1962年神戸生まれ、神戸在住の「ロック漫筆家」。ポップカルチャーを中心に様々な媒体で執筆を行うほか、作詞、CD監修、ラジオのディスクジョッキー、トークイベントなど多岐に渡って活動。著書にピントがボケる音』(国書刊行会)、『すべてのレコジャケはバナナにあこがれる』(市川誠との共著、太田出版)、『ロックンロールストーブリーグ』(辻井タカヒロとの共著、音楽出版社)、『なんとかと なんとかがいた なんとかズ』(presspop)などがある。最新刊は、自身が生まれ住む神戸を様々な角度から書き下ろした、『神戸、書いてどうなるのか』(ぴあ)。