ホーム > インタビュー&レポート > 韓国で社会問題化した財閥の横暴をドラマに取り入れ、 敢然と巨悪に立ち向かっていくアウトロー刑事の姿を描く痛快作 『ベテラン』リュ・スンワン監督インタビュー
――本国での大ヒット、おめでとうございます。
ありがとうございます。現在の韓国興行界はかなりシステム化されていて、ヒット予想も数値化され、完成度において良い評価を得た作品は「公開1か月で最高700万人の動員が見込める」と言われていて、それを越える結果は一つの“現象”と呼ばれます。『ベテラン』はおかげさまで1か月で1000万人を超えることができました。うれしかったのは、公開初日よりも二日目、一週間目よりも二週間目と日が経ってからの方が数字が伸びたことです。これは実際に観てくださった方が「面白い」と言ってくださり、それが口コミで拡がった結果だと思います。
――監督が考えられる、『ベテラン』大ヒットの要因はどういった点でしょうか?
それを簡単に特定することはできませんが、あえて言えば、まず第一の要因は主演してくれた二人の俳優、『国際市場で逢いましょう』(14年)などで日本でも知られる韓国の国民的俳優ファン・ジョンミンと、新世代スターのユ・アインの組み合わせが、新鮮で魅力的なものとして映画ファンに支持されたことだと思います。第二の要因は、韓国社会に厳然と存在し様々な意味で特権的な力を持つ権力層にストレスを感じていた韓国国民が、それを告発する内容に強いカタルシスを感じ、よろこんでくれたからではないでしょうか。
――この映画で描かれる権力層というのは、韓国経済を牛耳る財閥とそれに連なる人々のことですが、それを描くのはタブーだったのではありませんか。製作を妨害されたり、中止に追い込まれたりするようなおそれはありませんでしたか?
私の前々作『生き残るための3つの取引』(10年)は、検察と警察と暴力組織の三つ巴となった対立や癒着の関係を描いたものであり、前作の『ベルリンファイル』(13年)はヨーロッパを舞台に展開される北朝鮮と韓国との緊張を題材にしました。実は両作を製作したときも、様々な妨害や非難を受けるぞと各方面から心配されました(笑)。でも、結局なにも起こりませんでした。そして、それは今回も同様でした。
――なるほど。ただ、監督はそのような、結局はなにも起こらなかったにせよ、製作が困難と思われるような題材に敢えて挑んでおられるわけですか?
いいえ、自分の信念でそういうテーマを選んでいるというようなことではありません。私は私が扱いたい題材に忠実なだけです。それがたまたまこういった形になってしまうんです。今回も気持ちとしては、前2作が少し重い内容だったので、次は少し軽めというか、気楽に楽しめるアクションものがやりたいと考えたのが始まりでした。それが巨大な権力を持つ財閥に一介の刑事とそのチームが立ち向かうという内容にたまたまなった、ということです。
――それがまた、多くの人の熱い支持を得たわけですね。監督と主演のファン・ジョンミンは『生き残るための3つの取引』以来、2度目の顔合わせですが、監督にとって彼はどういった俳優さんなのでしょうか?
映画を一緒に作り上げるパートナー、あるいは同志と言っていい存在ですね。出演してもらって、ただ演技をしてもらうだけという俳優ではないです。きっと彼も同じ気持ちで参加してくれていると思います。彼はどのスタッフよりも早く現場に現れて準備をしていることもあるし、自分の出演シーンが終わっても現場にずっと残って最後まで見ていてくれます。まさに一緒に作り上げているのです。
――ユン・ジェギュン監督の『国際市場で逢いましょう』でも共演しているオ・ダルスとの息の合ったコンビは本作品でも健在です。
二人とも、どんな相手と組んでもすばらしいアンサンブルを奏でることのできる非常に優秀な、尊敬に値する演技者です。共演者よりも目立とうとか、できれば相手を喰ってやろうなんて気持ちで演技する俳優が多いなか、ファン・ジョンミンとオ・ダルスは自分よりも共演者を立てようとするのです。実はそうして相手を立たせた方が結局は自分たちもいい演技ができるということを知っている、次元の高い俳優たちなのです。
――もう一人、この映画ですばらしい演技と存在感を見せてくれているのが、非情な財閥の御曹司チョ・テオを演じているユ・アインです。この役を演じる俳優がなかなか決まらなかったというのは本当ですか?
そうです。会って話をして断られたわけではないですが。その前のシナリオを送った段階で断られたことが幾度かありました。なので、この役にはスター俳優を使うのは無理かな、と思ったこともありました。スターというのは、たとえ本人の意志は別にあっても、そのイメージを守ることを周囲から強要されているわけですから。でも、ユ・アインは違いました。彼はとても冒険心のある若者で、自分の固定されたイメージを守ることよりも、新しい役柄に挑戦することを選んでくれました。
――実際に彼にチョ・テオを演じてもらっていかがでしたか?
確かな手応えを感じました。彼はチョ・テオについて、私たちの考えがいたらなかった部分まで、深く繊細に表現してくれました。
――ラストシーンで、裁判所に向かうチョ・テオが薄ら笑いを浮かべているのが印象的でした。
まさにあのシーンのチョ・テオこそ、これまでの悪役と違うところです。あの人物は、最後まで自分が罪を犯した意識がないのです。
――そのブレない悪さがよかったです(笑)。監督は、刑事ものやアクション映画が特にお好きなのですか?
他のジャンルに比べて際立って好きということはないですね。好きなジャンルの一つという程度です。ただ、ジャッキー・チェンのファンでしたし、彼の『プロジェクトA』(1984年)や『ポリス・ストーリー 香港国際警察』(1985年)などは大好きでした。また、70年代、80年代のアメリカ製アクション映画もよく観ています。70年代はハード一辺倒だったものが、80年代に入るとユーモアが加味されて、私はこの時代の作品の方が好きでした。だから『ベテラン』でもユーモアを忘れないようにしました。
――ユーモアもそうですが、アクションシーンそのものにもこだわりが感じられます。大きな見せ場が4回ありますが、それぞれスタイルの違うアクションになっています。
私が映画で表現したいものの基本は人間ドラマで、アクションはあくまでもそれに付随するものに過ぎません。でも、観客によろこんでもらうための工夫はします。4回というのがどこのシーンを指すのかわかりますが、実はもう一か所、短い場面ですが重要なアクションシーンがあります。それはユ・アイン演じるチョ・テオが、自分のボディガード相手に格闘技のトレーニングをしているところです。あのシーンがあることで、クライマックスで見せる彼とファン・ジョンミン演じるベテラン刑事との戦い方の違いが鮮明になり、それはそのまま二人の人間性の違いになっていくのです。
――なるほど、面白いですね。監督は日本の映画もよくご覧になっているのですか?
観ています。『オールド・ボーイ』(03年)や『渇き』(09年)などのパク・チャヌク監督は私の師匠と言える人ですが、昔二人で、好きだった鈴木清順監督に会いにいったこともあるんですよ。
――そうだったんですか。鈴木監督の作品で特に好きなものはなんですか?
『殺しの烙印』(1967年)ですね。
――他にも好きな監督とかいますか?
黒澤明監督の侍映画も好きですし、黒澤作品なら『天国と地獄』(1963年)のような現代劇のサスペンスも好きです。あと最近の監督では三池崇史監督の作品はよく観ています。園子温監督の作品からも熱い情熱を感じるし、北野武監督の作品にはいつも衝撃を受けます。是枝裕和監督も好きです。挙げていったらキリがないですね(笑)。
(取材・文:春岡 勇二)
(2015年12月 9日更新)
●12月12日(土)より、
シネマート心斎橋、T・ジョイ京都
ほか全国にて公開
【公式サイト】
http://veteran-movie.jp/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/168530/
1973年12月15日生まれ。幼い頃からジャッキー・チェンやユン・ピョウ、サモ・ハン・キンポーなど香港映画に心酔する。バイトをしながら映画を撮り続け、パク・チャヌク監督『三人組(原題)』(97)の演出部でも働く。長い下積み後に、インディーズで製作した『ダイ・バッド~死ぬか、もしくは悪(ワル)になるか~』(00)で青龍映画祭新人監督賞を受賞。16mm作品でありながら、韓国アクションファンに衝撃を与え観客が殺到、35mmにブローアップして拡大公開するなどセンセーショナルなデビューを飾った。以降、『ARAHAN アラハン』(04)『クライング・フィスト』(05)『シティ・オブ・バイオレンス―相棒―』(06)などで、今までになかった新鮮なアクションと脚本の面白さ、そして力強い演出を披露し、評論家、観客からの人気を確立。2010年の『生き残るための3つの取引』では、鋭い洞察力と緊迫感溢れる展開で韓国犯罪映画の可能性を広げ、青龍映画祭賞監督賞を受賞し、ベルリン映画祭にも正式出品された。2013年には『ベルリンファイル』で、韓国スパイアクション映画の興行新記録を樹立した。まさに、香港アクションを彷彿とさせる活劇の興奮に満ち溢れたアクションとスタイリッシュな映像感覚で国際的にも高く評価されるリュ・スンワン監督。本作では、痛快なアクションはもちろん、悲哀に満ちた人間模様も見事に描き出し活劇アクション映画の真髄を観客に見せてくれる。