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「今生きているみなさまのために
 自分にしか作れないものを目指して――」
『繕い裁つ人』三島有紀子監督インタビュー

 『しあわせのパン』『ぶどうのなみだ』の三島有紀子監督が、池辺葵のコミックを映画化した『繕い裁つ人』が、大阪ステーションシティシネマほかにて大ヒット上映中。神戸を舞台に祖母が始めた洋裁店を受け継いだ2代目の店主・市江(中谷美紀)と、店の常連客、さらに彼女の服に魅せられたデパート勤務の藤井(三浦貴大)ら、市江を取り巻く人々の生活を繊細に描き出す注目作だ。そこで、三島有紀子監督にインタビューを行った。

――前作『ぶどうのなみだ』(2014年10月公開)から、新作『繕い裁つ人』へ。その期間がとても早いですが、『繕い裁つ人』に関しては昔から構想をお持ちだったのですか?

そうなんです。たまたま続きましたが、「女性の仕立て屋さんを主人公にした映画を作りたい」という思いは以前からあって。8年くらい前から、実際に洋裁店や仕立て屋さんを取材して回って、自分でオリジナルストーリーを書いたり、脚本の一部を書いたりいたんです。

 

――では、原作とはどのように出会ったんですか?

「仕立て屋さんの映画を作りたい」と、たくさんの人に言って回ったり、企画の一部を制作会社に持っていったりしていたときに、いつもわたしの作品の編集をしてくれている女子が「監督、コレ絶対好きですよ!」と、「繕い裁つ人」の漫画を持ってきてくれたんです。

 

――初めて原作を読まれたとき、どう思われました?

読んですぐに「これだ!」と思いました。誇り高き職人による細部にまで渡るこだわりと、最高の技術で洋服を作ろうとするストイックな生き方にまず共感して。主人公の市江さんって、相手の今大切に思っていることや、本当はどこに向かって生きたいのかみたいなところを、静かに汲み取って、それを言葉にするわけでもなく洋服に縫いこんでいく。その人のためだけの1着が出来上がるのは、すごく素敵だなと思いました。

 

――キャラクターも物語も完璧だったんですね!

ええ。好きな世界でした。でも、この漫画の物語をそのまま実写でトレースしたいというわけではなく「市江さんというキャラクターと共に人生を過ごしたい」それくらい強烈な願いがわたしの中に生まれて。これを映画化すればいいんだと思ったのが5年前。そこから脚本作りが始まって、いろいろありながらやっと完成して、今公開を迎えようとしている。そんな流れなので、わたしにとっては『ぶどうのなみだ』からすぐに出来た新作という感覚はなく、むしろやっと出来たみたいな感じです(笑)。

 

――そもそも、仕立て屋の映画を撮りたいと思われたきっかけはあるんですか?

わたしの父親が、神戸のテーラーさんで作ったスーツしか着ない人だったんです。わたしが幼いころには「見てみ、このボタンホール。職人さんの手縫いやで。この美しさはなかなかでけへん」と誇らしげに語っていました。中でも、「職人さんの誇りをまとっている」と話していた言葉がわたしの中に深く残っていて。

 

――幼いころから仕立て屋さんが身近な存在だったんですね。

そうですね。それで、仕立て屋さんに興味があったのと、どんなモノでも思いが込められていて、作っている人がいて、使う人がいるという構図が小さいころからインプットされていたんです。服装だけで、その人の気分や生き方が見える、そういうモノを仕立てる。なおかつ、生涯ずっと着たいと思える服を作る。本当に、なんて素敵な職業なんだろうと感じていて。それでずっと仕立て屋さんの映画を撮りたいと思っていて、取材をし始めたんです。

 

――8年前から行われていたという仕立て屋さんへの取材で、本作に影響を与えたところはありますか?

ある洋裁店の女性ドレスメーカーの方に、「今までに作った服の中で一番印象に残っている服はどんな服ですか?」と聞いたら、「車椅子の方のために作ったウェディングドレスです」と仰ったんです。立ったときに美しいウェディングドレスと座ったときに美しいウェディングドレスってやっぱり全然違うし、いろんな人がいるからこそ、オーダーメイドの意味がある。その話をうかがったときに、オーダーメイドについて深く見つめた映画を絶対作ろうと思いました。

 

――そういえば映画に登場する洋服も、それ自体がものすごくオシャレというわけではなく、その人が着てこそ完成するというものばかりでした。

みんな同じではない。いろんな人がいて、それぞれの人にあう服を作る。それがすごく素敵だなと思ったんです。今って、着たい服をかっこよく着こなすためにダイエットをしたりするけど、逆ですよね。その人が輝けるような服を作ることが大事だなって。それがこの映画を撮った一番のきっかけですね。

 

――オシャレなお父さんのもとで育って、監督も小さいころからオシャレさんだったんでしょうね。

それが…(笑)。服を見るのは好きですけど、自分自身が着飾りたいとは思わないんです。撮影現場で着るヤッケが一番落ち着きます(笑)。

 

――(笑)! まさに、それが監督にあう洋服ということなんですね。

わたしが市江さんに「わたしが一番輝ける洋服を縫ってください」と言ったら、きっと撮影現場で着れるヤッケを作ってくれると思います(笑)。

 

――古き良きものを大事にしながら新しい発想を生む。映画に登場する旧グッゲンハイム邸もまさにそういう象徴のような場所ですが、ロケ地はどのように選ばれたんですか?

洋裁店で言えば、開店した市江の祖母ならどういう場所を選ぶかなと考えて探しました。川西市の旧平賀邸をみつけたときは、可愛くもあり、どっしりとしている、建物が持つ揺るがない雰囲気が、そこに住むキャラクターと繋がるなと思いました。

 

――監督は神戸女学院出身とのことで、母校の図書館も登場しますが、ほかにも思い出の地は登場しているんですか?

昔、自主映画を撮っていたときにメリケンパークでよく撮影したので、あそこは外せないなと思っていました。小さいころから神戸が大好きでよく行ってましたし、神戸の人たちが本当に神戸らしいと思う美しい場所を記録に残したいという思いもありました。

 

――市江が仕事服として着ている服が素敵ですね。あの衣装へのこだわりは?

これが一番悩んだところかもしれません。「ストイックに洋裁に向かっている」「大切にするものがあるということは、どこかで何かに捕らわれている。先代の存在にも捕らわれているし、洋裁にとり憑かれている」「丈は長くて、鎧のように布に包まれている」「でも凛としてシャキッと見える」「修道女的な感じ」というイメージを衣装デザインの伊藤佐智子さんに提案させていただいて生まれた衣装です。伊藤さん自身が洋服を作る人だからこそ、ペンを挿すところとか実用的な部分も理解してくださって。布も3回染めないと出ない絶妙なブルーにしてくださいました。とても満足しています。

 

――中谷美紀さんだから着こなせているところもあるかも。

市江は、あくまでお客様が輝くために仕事をしているスタイルの人で、市江が一番かっこよく見えてはダメなんです。なので、中谷美紀さんの圧倒的な美しさを抑えるには、こういう修道女的な作業着が必要なんじゃないかなと思って。ほかの服だと何を着ても美しすぎて輝きすぎてしまうんです。それでは「あなたを美しくするためにわたしは洋服を作るんだ」という市江のスタイルが見えづらくなってしまうんです。

 

――中谷さんって、完璧な人というイメージがありますが、市江の人間的な部分が映画の中でチラッと見えることで中谷さんの印象も少し和らぎました。

360度どこから見ても完璧な中谷さんのほころびをどれだけ見せて、市江を魅力的に見せれるかが実は大きな挑戦だったんです。だからそのために寝起きの市江の姿を前半に登場させています。前半に入れることで市江がより魅力的に見えるなと思ったので。チーズケーキを食べる場面もそのためです。

 

――市江がチーズケーキを食べる場面は原作にはないんですか?

原作にはないんです。脚本の林民夫さんと「市江はどこでホッとするだろう」って話をして。こんなストイックに生きているけど、フラッと出て行って坂道の途中にあるこじんまりした喫茶店に入って、好きなものを好きなだけ食べるってどうかなって(笑)。

 

――あのシーンを見ると誰もが絶対あのチーズケーキを食べてみたいと思いますよね。

でも、あれ特注で実際はないんですよ。ホールで食べるって、一度はやってみたいですよね。あのいつもキリッとしている市江の顔が柔らかくなって美味しそうに食べるのがいいかなと。

 

――実際の中谷さんはどんな方ですか?

おちゃめですよ。よく喋り、よく笑う。ものすごく自然体な人です。怖すぎるくらい美しいけど、人を寄せ付けないような人ではなく、楽しく、美味しいものを食べたいという人ですね(笑)。ただ「何でもできる」ところが市江さんとは違いますね。中谷さんは、女優以外の人間としても何でも出来る人ですが、市江は洋裁以外何もできないですから。

 

――中谷さんは洋裁の経験があったんですか?

わたしも全然しないんですが、中谷さんも「まったく洋裁をしたことがない」と仰っていました。とりあえず撮影に入る1ヶ月前に、ミシンの操作含め、洋裁に関する作業は「職人の流れるような動きが出来るように練習しておいてください」と一言お伝えしましたが、1ヶ月の間に完璧に習得してくださって、ありがたいことに撮影はスムーズにできました。

 

――市江は一着一着その服を着る人のために仕立てている。その志と三島監督が映画を観客に届けたい気持ちに重なるところはありますか?

私自身も市江さんのように、ひとつひとつ丁寧に作品を作っていきたいと思っています。自分で書いた台詞なのですが「今生きているお客さまには、今生きているわたしにしか作れないんですもの」。映画も過去に名作がたくさんありますが、今生きているみなさまのために自分にしか作れないものを目指して今回も撮りました。たくさんの方に劇場で観ていただきたいです。もし、この作品がみなさまの「大切にしたい映画のひとつ」になったら、幸せです。




(2015年2月10日更新)


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Movie Data





©2015 池辺葵/講談社・「繕い裁つ人」製作委員会

『繕い裁つ人』

●大阪ステーションシティシネマほか
 にて上映中

出演:中谷美紀/三浦貴大
   片桐はいり/黒木華/杉咲花
   中尾ミエ/伊武雅刀/余貴美子
監督:三島有紀子
脚本:林民夫
衣装デザイン:伊藤佐智子
原作:池辺葵
主題歌:平井堅

【公式サイト】
http://tsukuroi.gaga.ne.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/164802/

三島有紀子 Profile(公式より)

みしま・ゆきこ●大阪市北区出身。18歳からインディーズ映画を撮り始め、神戸女学院大学卒業後、NHKに入局。「NHKスペシャル」「トップランナー」など、〝人生で突然ふりかかる出来事から受ける、心の痛みと再生〟をテーマに一貫して市井を生きる人々のドキュメンタリー作品を企画・監督。11年間の在籍を経て、独立。以降、助監督をやりながら脚本を書き続け、『刺青~匂ひ月のごとく~』(09)で映画監督デビュー。12年に映画『しあわせのパン』でオリジナル脚本・監督をつとめる。 14年10月には『ぶどうのなみだ』を発表。第38回モントリオール世界映画祭のワールド・グレイツ部門に招待された。映画監督としての仕事に加えて、TV向けドラマ作品や小説、エッセイの執筆等、幅広い活動で、優しい雰囲気の中にスピリッツの効いた作品を手掛けるクリエイターとして評価を受けている。 著作に小説「しあわせのパン」(ポプラ社)、小説「ぶどうのなみだ」(PARCO出版)がある。