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「この映画は映画史です! 
 と僕は自分で言ってるんですけどね(笑)」
『友だちと歩こう』緒方明監督インタビュー

 現在、シネ・リーブル梅田にて上映中で、5月24日(土)より京都シネマ、近日元町映画館にて公開される映画『友だちと歩こう』。本作は、『独立少年合唱団』『いつか読書する日』という国内外で高い評価を受けた傑作を生み出したコンビ、緒方明監督と脚本家の青木研次が9年ぶりに顔を合せて作り上げた新作で、音楽はアコーディオニストとして国際的に活躍するcobaが担当。郊外の団地に暮す体の不自由な老人ふたりと、現実をみることができない30代の男ふたりの日常に起きるちょっとした事件から、人間の理不尽さや人生の悲喜こもごもを『煙草を買いに行く』『赤い毛糸の犬』『1990年代のリンゴ』『道を歩けば』の緩やかに連動した4篇のオムニバス形式で描かれる。そこで、来阪した緒方明監督にインタビューを行った。

――この作品、意外にも自主映画なんですね。どういったところから企画は始まったんですか?
最初に企画したのは2010年、震災前ですね。そのころ温めていた企画が立て続けに2、3本続けて流れて。映画学校で10年以上教える立場にいるんですが、教え子たちがプロとして育ち始めて、彼らが「自主制作でやりましょうよ」と言ってくれて。この歳でまさか自主制作かぁなんて思いながらも、短編だったらスタッフも俳優もお願いすれば集められるし、3、4日で30分のを1本まず撮って。これを1年に1回撮って、いつか短編集として公開できたらいいな、なんて軽い気持ちで思ってたんです。それで、脚本家の青木研次に相談したのが始まりですね。脚本が出来て、俳優も上田(耕一)さんや斉藤(陽一郎)くんがほぼノーギャラなのに「やりましょう」と言ってくださって。それで、さあ撮るぞというタイミングで震災が起きたんです。
 
――震災でどんな影響を受けたんですか?
これがプロのお仕事だったら震災が起きようが映画を完成させないといけないのでしょうが、あのとき多くの人が感じた「映画撮ってる場合なのか…」という気分になって。日本全体が鬱っぽくなってましたし、一旦延期にして。それで、1年後にまた「撮りたいんですけど…」と話したら、結構みなさんスケジュールを空けてくれて「やりましょう!」というノリになったんです。それで撮りましょうと30分くらいの「煙草を買いにいく」という短編が生まれました。
 
――この映画のひとつ目のエピソードですね。
そう。で、次どうしようかなと考えたときに自分が「この続きを観たいな」と思ってしまったんですよね(笑)。上田さんや(高橋)長英さん、チラッとしか出てこないですけど斉藤くんらが何者なんだろうみたいなことを青木さんに話して。青木さんは短編で終わるつもりだったから「そんなの分からねぇよ」と言っていましたが、そこを何とか「やっぱり1時間半の映画にしたい」とお願いして。そこからはノーギャラじゃ無理なので借金して出資者募って。女房に頭さげてね(笑)。
 
 

企画の始まりから“友だちと作ろう”なノリですから。
資金も“友だちに借りよう”って(笑)

――そこから、資金集めですか!
まぁ、俳優の事務所や代理店で「出資してもいい」という人は探せばみつかるんだけど、それをしてはダメだと思ったんです。個人から金を借りたいと(笑)。『友だちと歩こう』は、企画の始まりから“友だちと作ろう”なノリですから。“友だちに借りよう”って(笑)。今、医者や取締役になってるような中学時代の親友とかに電話したり。そのとき声を掛けた中のひとりがcobaさんなんです。それでありがたいことに音楽までやってもらいました。
 
――完全書き下ろしのオリジナル脚本ですよね? 青木さんと物語についての話し合いはされたんですか?
もともと短編を作るときに話したのは、僕が散歩が好きなので、道を歩きながらふたりが会話をしているということを思いついて。資金的にセットなんて作れないし撮影所も使えない。喫茶店を借りるとかマンションの1室を借りるのでもお金がかかりますからね。でも、道ならどこにでもあるから(笑)! だから、道で昼間に撮ると(笑)。ナイトシーンは撮らない。
 
――ということは、全部自然光なんですか?
小さなライトやレフは持っていきましたけどね。道の撮影許可だけ取って、照明部もつけないで。道を歩く人間を撮れないかなと青木さんにオファーを出したら即答で「だったらものすごく足の遅い、障害を持った老人の話を書きたい」と言ってきたんです。それで、面白いなと思って。その話をしている段階で「その場で虫に追い越されたりするんだよ!」とか既に言ってましたね。だから、モチーフとして前からやりたくて持っていたんじゃないですかね。青木さん自身が、近所のお蕎麦屋さんで90歳くらいのご老人と仲良くなったらしいんです。その人が本当に足の遅い方で。
 
――実際のモデルがいたんですね。
もう亡くなられたみたいですけど、モデルがおられたんです。もともと軍隊に行ってて、その後、設計技師かなんかになられて、連れ合いも亡くされて、子どもは大きくなって出て行ったのでひとり暮らしをしている。つまり、もとは肩書きをたくさん持っていたけれどそれを無くし、ただの老人となった人間を描きたかった。青木さんとしては、その方と仲良くなって軍隊や設計についての話を聞きたかったらしいですけど、その話はしてくれなくて今の話しかしないと言っていました。その話が出てきたときは結構意外でしたね。僕は、別れ際のカップルでもいいし、熟年夫婦でもいい。“道を歩く人間”と言って、障害を持ってる老人という案が出てきたときは面白い発想だなと思いました。
 
――もともとが短編だから、この作品は4話仕立てのような形になっているんですね。
タランティーノの『パルプフィクション』みたいなことを想定していたんです。1話で脇役だった人が次は主役になるという連鎖が続くような。でもやっぱり青木さんは1話を終えた後「俺は長編として書く」とおっしゃっていました。短編集として考えてるときは毎回、脚本やキャメラマン、スタッフも変えようと思っていたんです。それでいろんな味つけの作品が出来たら面白いかなと。でも1話終わったときに僕がもっと観たくなった。この老人たちを見つめていたかったというか何者なんだろうって。だったら分かったということで青木さんは結構悩んでいましたけど、うまいことまとめてくださって、さすがだなと思いました。
 

映画って教養と見識を持ってないと面白がれないものだと思う。
映画は遊園地ではない。映画は知的な娯楽。

――老人どんな人生を歩んできたのかどうしても考えてしまいますね。
考えて面白がってください。僕は映画って教養と見識を持ってないと面白がれないものだと思っているんです。映画は遊園地ではない。映画は知的な娯楽。映画を観て「この監督は何をしようとしているんだろう」と思ってくれると幸せです。青木さんの今回のシナリオは登場人物の履歴みたいなものがなく、この映画の中にあるのは現在だけ。『いつか読書する日』は実は過去しか描いていないんです。過去を描いていて時間の流れのようなものがテーマでもあるんですが、今回は今だけを描こうと。今、道を歩いている人。そこが割とオリジナリティのあるものになったかなぁと思いますね。師匠の石井岳龍監督には「どこの映画にも似ていない」とお褒めの言葉をいただきました!
 
――確かに似た映画が思いつきません。老人ふたりの話と同時に若者ふたりの話も出てきますが。
僕も青木さんも基本的に自分が分からないものを描きたいんです。30代で働かないでウダウダして、服装は若作りしてるような人って結構多いけど、30代後半だったら子どももいて社会的地位もちょっと上がるような人もいるのに、定職も持たず結婚もせず若者みたいな格好をしている人がよく分からないんです。だからそこを描きたい。それが最終的にコミュニケーションの形になっていく。見事な本だなと思いましたね。男映画ですよね。結果的にカミさん怖いみたいな、カミさん論になってるし。青木さんの心情がリアルに出たのかもしれないですね(笑)。
 
――若者ふたりはよく分からない会話をしていますが、あの会話に何か意味があるんでしょうか。
“存在していないところに音がするか”という会話は、後からですが「今の映画」ってそういうことなのかなと思いました。つまり、映画って人が観ていなくてもいいんですよね。今そういう映画ってたくさんあって、シネコン行って客がひとりとかふたりとか経験している人も多いでしょう。「観る人が誰もいない映画は存在するのか」みたいなね。頼まれてもいないのに勝手に撮ってる映画ですからね(笑)。しかも自腹切って撮ってるわけだから。
 
――映画論になっていたんですね。すごい! 本作は、映画界の名バイプレイヤーとして知られるベテラン俳優の上田耕一さんが初主演というところも面白いですね。
僕がやらないと誰もやらないだろうなと(笑)。夢でしたから。一番最初に上田さんと出会ったのは大森組で助監督として参加してたときで、2時間ドラマの現場だったんですけど、とんでもない芝居をしたんです。その鮮烈な印象があって。大森さん、これは絶対止めるだろうなという芝居。だけど、大森さんはゲラゲラ笑って「おもろいからこれでええんや」と言っていました。『いつか読書する日』でも難しい役だったんですが、上田さんなら出来ると思ってオファーしました。それ以来、僕の作品は全部出てもらっています。
 
――今回、上田さんと役つくりについて何かお話されましたか?
ひとつはやっぱり歩き方ですよね。障害を持った方のDVDを見ていただきました。あと、わりと上田さんって声も朗々としていて120パーセントの芝居をされる方ですが、今回は力を抜きましょうとお話しました。一番それが分かりやすいのが土手で「おい!助けてくれ!」と言うシーンです。力をこめずに軽く台詞を言っています。飄々とした感じで。あと、老人ではありますが、ラストは少年のようにとか。普段我々が考える老人の演技はやめましょうということは意識しました。
 
――老人ふたりとも飄々としてましたね。
長英さんはリハーサルをあまりやらず新鮮なまま演じたほうが面白くて、一回目が一番良かった。一方で上田さんは2時間ドラマの悪役を演じるときでも、必ず近所の公民館の一室を稽古場として借りたりして台詞を練習する、そういう方なんです。もともと舞台俳優ですからね。だけど今回は長英さんに引っ張られてその場の感覚で演じられていました。これくらいのベテランになると変なことを突然やったりして面白かったですね(笑)。
 
――どんな面白いことをされたんですか?
部屋の中で起き上がれなくて、のた打ち回ってるシーンなんて、まさにそれですよ(笑)。あそこは部屋も狭いですし、役者ふたりだけを部屋に残してスタッフは全員外に出てカメラだけ据え置きにしているんです。僕も別の部屋でモニターを見ながら撮影したんですが一発OKでしたね(笑)。
 
――あのシーンは本当に面白かったですね! アドリブはあったんですか?
あ、でもアドリブは全くないんです。全シーン、リハーサルしているので台詞を変えたいときは脚本家に相談してからです。演技を見るというより、どういうアプローチが出来るかを見る“さぐり”を入れるんです。「今こういう芝居でしたけど次はまったく違うパターンでいきましょう」とか言って。それを繰り返して「現場では全部忘れてください」とか言うこともあるんですけどね(笑)。
 
――緒方監督はいつもその撮影方法をされているんですか?
『死刑台のエレベーター』以外は全部そう。『死刑台…』はキャストのみなさん忙しい方だからリハーサルに時間が取れなくて。『いつか読書する日』も『のんちゃんのり弁』も基本的には事前に稽古場を借りて全シーンはやらなくても、それぞれの俳優たちの特質みたいなことを把握して、「こう撮ればいいか」とか考えますね。そうするとスタッフも分かるんですよね。キャメラマンも脚本家もリハーサルを見つめて。なんというか下ごしらえみたいな感じですかね。ダシを取るみたいな(笑)。
 
――自然な演技はアドリブっぽく見えるところもありました。
役者の演技は生ものだと僕は思っているから、正解に近づけていくと“形”になってしまうんですよね。その究極が小津安二郎だと思うんです。小津美学。僕も小津さんは大尊敬していますけど、僕はああいう芝居をさせないぞという自負はありますね。
 
――青木さんとは3本目ですがどういうところが監督と合うんだと思いますか?
それは謎ですね(笑)。テレビの「驚きももの木20世紀」というドキュメンタリー番組で長いこと一緒に仕事をしていたので、勝手知ったるというか。それまで助監督をしていたときは監督が脚本を書くものだとずっと思っていたんですが、そうじゃないと気づいて。人が書いたものをどう撮るかが監督。もちろん自分で書くほうが向いてる人もいますけど、監督の仕事って人に仕事をさせることなんです。キャメラマンに撮ってもらう。俳優さんに演技してもらう。どう仕事をさせるかが監督の仕事。
 
――キャストの中でも『サイタマノラッパー』『ぼっちゃん』の水澤慎吾さんが個人的にとても気になるんですが。
水澤くんとは、たまたま映画祭で会って一緒に飲んだんですが、素はまじめでシャイなちゃんとした人ですよ。酒飲むとデタラメになりますが(笑)。俳優業のほかに建築現場で仕事をしながら事務所に寝泊りしてるような変わった方ですが、芝居のことを熱心に勉強してる。
 
――登場から何かひきつけるものがあります。
とにかく何かを持って登場させたかったんですよ。それで物置に脚立があったんでこれどうかなと。脚立持って出てくる姿だけで(笑いの)神が降りてきました。笑いこらえるのが大変でしたね。別に何もしてないのにね。全速力で走って帰るシーンも良かったでしょう?
 
――そう、かなり遠くまで走っていくシーン! 走るだけなのに面白い。
水澤くんみたいな俳優を日本映画は大事にしないといけないと本当に思いましたね。貴重ですよ。何か持ってるんですよねぇ。昔の日本映画って出てくるだけでおかしい人がいたわけですよ、三木のり平さんとか。画面に映るだけでおかしくてしょうがない。関西にはそういう芸人さんがいっぱいおられますよね。藤山寛美さんとか。その系譜かなという気がしますね。
 
――ははは(笑)! 何もないけど面白い。この映画自体もそうですよね。
巨大な仕掛けも何もないですから人間の印象が残ればいいかなぁと。話よりも俳優というか登場人物の印象が残る映画にしたかった。映画の純粋系を目指したところがあります。結局、人間を描くということは人間関係を描くこと。いろんな考え方がありますけど、アメリカ映画は人間の行動、アクションを描こうとした。それで、ヨーロッパ映画はもう少しサスペンス寄りなんです。今回は人物の余韻とか、そういうのが残ればいいかなと意識しました。
 
――この映画を観る人に、どんな風に届いてほしいですか?
震災と絡ませたいわけではないんですけど。震災のことだけじゃなく国の行政のこととかも含め今日本って行き詰ってる。絶望感が蔓延している気がするんです。誰か悪者を見つけてバッシングするみたいな風潮があって。それって歪な気がするんです。そんな中でも一筋の光、1パーセントくらいの希望はあるよみたいなことを言いたかったのかなぁ。おそらく歳をとって体が不自由になって連れ合いも亡くして孤独に暮らしているなんて不幸の象徴みたいじゃないですか。でも、それでも人は生きていく。一筋の光はあるんだよと。家から階段を降りると友達が待っていて。
 
――ちょっと羨ましくも感じました。
このふたり、友達だけどお互いのこと全然知らないんだけどね。でもそういうことなんですよ。それでも待っててくれる。「また明日な」と声をかけるというささやかなことが光なんですよね。歳を重ねるって辛いことだとは思うんです。映画ということでいうと、ここ10年くらい学校で若い人たちに映画を教えていて、僕が観てきた映画はもう劇場にない。劇場自体もどんどん無くなっているし。60年代70年代の映画に影響を受けて、そのころと映画の立ち居地がぜんぜん変わってて。映画館に入って映画を観る楽しみを今の若い人たちはあまり知らない。映画の質自体が変わっていて時代の流れだからしょうがないと思うけど、でもま、俺は世界の映画史を継承していきたいなと思っていますね。この映画は映画史です! と僕は自分で言ってるんですけどね(笑)。



(2014年4月30日更新)


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緒方明 監督 Profile(公式より)
おがた・あきら●1959年佐賀県生まれ。高校時代から8ミリ映画を撮り始める。福岡大学在学中に石井聰亙監督と出会い、映画監督を志して上京。『狂い咲きサンダーロード』(80)などの石井作品で助監督を務めるかたわら、自主制作映画『東京白菜関K者』(80)を監督。ぴあフィルムフェスティバル81にて長谷川和彦、大島渚らの推薦を受け入選を果たす。その後、高橋伴明監督や大森一樹監督らの助監督を務め、86年にフリーディレクターとして独立。CMやミュージックビデオ、ドラマなどを多数演出。90年代には「ETV特集」など、テレビドキュメンタリーを中心に活躍。作品本数は100本を超える。00年『独立少年合唱団』で長編スクリーンデビュー。この作品は、第50回ベルリン国際映画祭コンペ部門で新人監督賞にあたるアルフレッド・バウアー賞を受賞。日本人初の受賞となった。中年男女の不器用な恋を描いた第2作『いつか読書する日』(05)はモントリオール世界映画祭審査員特別賞ほか国内外で多くの映画賞を受賞。また主演の田中裕子はこの作品でキネマ旬報主演女優賞はじめ数多くの賞を受賞。第3作『のんちゃんのり弁』(09)は第31回ヨコハマ映画祭で監督賞受賞。また、主演の小西真奈美は第64回毎日映画コンクールをはじめヨコハマ映画祭、高崎映画祭で主演女優賞を受賞。2010年10月には、1957年ルイ・マル監督のフランス映画をリメイクした『死刑台のエレベーター』が公開された。

Movie Data




© 友だちと歩こうプロジェクト

『友だちと歩こう』

●シネ・ルーブル梅田にて上映中、
 5月24日(土)より、京都シネマ、
 近日、元町映画館 にて公開

監督:緒方 明
脚本:青木研次
音楽:coba

出演:上田耕一/高橋長英
   斉藤陽一郎/松尾 諭/ほか

【公式サイト】
http://tomodachito.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/163537/