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セリフへのこだわりから声は吹き替えに
小島聖と塩谷瞬が婚約中のカップルとして出演する
社会派ラブストーリー『ゼウスの法廷』高橋玄監督インタビュー

 現在、大阪・十三の第七藝術劇場と京都みなみ会館にて社会派ラブストーリー『ゼウスの法廷』が好評上映中。親の勧めでエリート判事と見合いし婚約した地方公務員の女性と、その判事が法廷で対峙するという衝撃のドラマが展開する本作は、『ポチの告白』で評論家や映画ファンから熱い注目を集めた高橋玄監督がオリジナル脚本も手がけている。そこで来阪した高橋玄監督に本作について話を訊いた。

――オリジナル脚本とのことですが、前作『ポチの告白』で警察を描いたからこそ、「次は司法だ!」というような流れがあったんでしょうか?
いや、『ポチの告白』を観たのか噂を聞いたのか、とあるところから「今度は裁判所に切り込む映画を作ってほしい」という注文が入ったんです。だから、自分発信で社会に訴えたいことがあるから撮ったというわけではありません。とは言え、法廷に関する映画を撮る材料は以前から自分の趣味で調べたものがいくらでもあったので撮ることにしました。
 
――今回リサーチして知った現実のエピソードが映画の中に盛り込まれているのですか?
「自分の趣味で調べたものがいくらでもあった」と先ほど言いましたが、ジャーナリストや裁判所に世話になるような友人が結構いるので、実はわりと身近な感じなんです(笑)。なので改めてリサーチして「司法ってこんな世界なの?」といった感覚ではないんです。ただ、やはり専門分野のことですから、正確を期すために法律監修で弁護士に入ってもらっています。そこの弁護士事務所に入る最新の司法情報を参考にしながら脚本を練っていったのがリサーチと言えばリサーチかもしれませんね。
 
――司法の制度について、ここまで切り込んで描いた映画は少ないのではと感じました。
「タブーに切り込む」等言われることがありますが、所詮は人がやっていること。警察官だって裁判官だって総理大臣だって、宇宙人ではなく同じ“人”です。怒られたら怒られたときに考えるだけで、「ココはこう描いてはいけない」とか、自主規制をする感覚が昔からないんです。東京地方裁判所が舞台で、外観が映る場面もありますが「(東京地方裁判所を)撮ってもいいんですか?」と言ってきた人もいましたが、裁判所は公のもので肖像権もない。こういうことは昔からガンガンやっています。東京の麻布警察署の前で堂々と撮影したこともあります。立ってる警官も映しました。“タブー”って、結局自主的に“マズイこと”と決めてしまっていることが多いんではないですかね。
 
――劇中、裁判官にとって「裁判」は、完全に「仕事」で、効率重視であることが描かれています。裁判官に正義感を求めるのは間違いなんでしょうか。
学校で法律の勉強をして、法律が正義とは関係ないことが分かっている人たちですからね。彼らは正義の番人ではなく、法律に基づいて法律を運用しているだけのこと。弁護士も“弱い者の味方”と思われがちですが、お金をくれる人の味方です、そういう職業ですから。正義とは無関係に法律をどう運用するか。映画の中でも描いていますが、月に300件ほどの裁判を抱える激務を耐えるモチベーションは安定した収入でしょう。野心がなくとも日々粛々と仕事をこなすだけで生活が保障される。裁判官というのはそういう理由があってこその職業だと思うんです。
 
――でも、司法の縦関係は深刻な問題ですよね。
裁判官に縦関係はあってはいけないはず。裁判官は憲法上、職権が独人となっているから、組織になりようがないはずなんです。でも現実はあって、なぜか組織防衛という言葉を使うんです。
 
――この映画を作る上で、そういった矛盾を告発したい思いもテーマとしてあったんでしょうか?
いや、普段映画やドラマに出てくる裁判官というのは、裁判官というキャラ付けをされているだけでどういう人か分からないことが多い。あの黒い服を脱いだあと、家ではジャージを着たりもしてるだろう。そういうところから見ればバラバラの人でしかない。尚且つ、裁判官というのは独立した職権を持っているというだけ。裁判官だって普通の人ということが描きたかったんです。
 
――裁判官の役を塩谷瞬さんが務められていますが、どういった経緯でキャスティングされたんですか?
『パッチギ』とその他にも何かの映像を見ていて、彼には無色透明で極端な色を感じなかったんです。それで、1度会ってみて少し話をして「とりあえず脚本を読んでみて」と。その時点ではまだ決定していなかったんですが、本人はもう決まったつもりでいたらしいです(笑)。その後も、小島と並んでもいいバランスかもしれないなと。年上姉さんに対して、自分は権力を持っているんだという雰囲気を出す。それが絶妙に滑稽に見える感じなんかが、ぴったりだなぁと思ったんです。
 
――塩谷さんが演じて、椙本滋さんという方の声がのっている2名1役と後で知って驚きました。
最終的に編集を終えた時点で塩谷の台詞が少し弱かった。なので、声のみ差し替えたんです。意外なことのように思われることもありますが、過去には『七人の侍』でもやってますし、結構あるんですよ。これも“タブー”の問題と一緒で、日本の芸能界的に“タブー”と思っている人もいる。でも、映画のために当たり前のことをやっただけなんです。自分の主義や意地ではなく、必要なことだし、やることに意味があるのでやった。それだけのこと。
 
――それだけセリフへのこだわりがあったということですね。
後半約1時間は法廷劇ですから、声で映画を引っ張っていかなくてはいけない。しかも役者はベテラン揃い。そんな中で彼の声が少し若すぎた。それで、声を変えたのと変えないのと見比べると一目瞭然に違って。僕だけの意思ではなくスタッフの意見も一致しました。吹き替えだと分かるような吹き替えなら必要ないんです。言わなかったら気づかないと思いますよ。
 
――確かにエンドクレジットまで、まったく気づきませんでした。
塩谷の吹き替えをした椙本滋はクレジットも同等に並べました。テレビでちょっと話題になったぐらいにしか塩谷を知らない人も世間には多いでしょうが、「芝居やらしたら大したもんやな!」と、これを観て思われるくらいでしょう。
 
――椙本滋さんはどういう経緯で呼ばれたんでしょうか?
プロの役者さんで、CMなどで声の仕事もされている方です。もともと、プライベートでちょっと知っていて、彼の出ている演劇を観に行ったことがあって。本来の椙本の声は深く渋い感じなんですが、塩谷の顔に声色を変えて本来よりやや軽めに全編で声を作っているんです。
 
――また、小島聖さんの“迷い”の表情、素晴らしいですね。
演技が上手なだけならあざとくなるかもしれないけれど、彼女は技術の上に瞬発的に感情をポッとのせられる数少ない素晴らしい女優さんです。実は彼女が演じた中村恵という女性は民意の象徴として描いているのです。
 
――そんなふたりが婚約中のカップルとして、家でも裁判口調なところが滑稽。セックスシーンで「11分間なら」と時間を設定する場面は笑いました。
実は有名なブラジルの作家パウロ・コエーリョの小説で「11分間」というのがあって。簡単に言えば娼婦が更生していく話なんですが、そこにプロの売春婦が仕事にかかる時間が11分と書かれているんです。パウロとはメールのやり取りをする関係で、オマージュとして入れました。それについては見事に誰も気づきませんけどね(笑)。つまりあの場面は裁判官としてではなく、身についた傲慢さが自分の奥さんというか女性を、ご飯を作る係やセックスの相手、お手伝いさんのような存在としか認識していない。そういうところで彼女の不満の材料になっていく伏線として描いています。裁判官としてではなく、ダメな男として描いているんです。
 
――塩谷さんが演じる裁判官は、自分を“ゼウス”と勘違いしているようなシーンもありました。
ゼウス=裁判官という意味に捉える方が多いと思います。もちろんその意味もあるんですが、ゼウスというのは神話の中での話で本当は“存在していない”という意味なんです。裁判官を権力として見ているのは我々の方であって、実際はただの職業なんです。人の自由を拘束できるという特殊な職権がありますが、ただの職業。そういう意味で権力者なんていない。ゼウスという実在しないものを恐れているし、実在しないものを叩こうとしているのではないかと。
 
――ラスト1分で話は急展開しますが…。
最初はその手前で終わる予定だったんですが、自分で書いた脚本でありながら違和感を感じたんです。今までやってきたことは取り返しがつかない。ニュース等で最近話題になっている袴田さんの話だって、仮に今、完全無罪が確定しても、あの人の今までの人生は返ってこない、誰にもどうしようもないんですよね。だから裁判官にとって過去の判決は、帳消しに出来ない。極端なことを言えばそれだけ命がけのことをやっているということ。人の人生を抹殺する権利を持っているということは、反対に自分も覚悟を持ってもらわないといけないという思いがあります。
 
――ラストに出てくる男性は…
実は、ラスト以外にも傍聴席に座っていたり「ウォーリーを探せ」みたいにいろんなシーンに出てるんです。裁判オタクなのか何か目的があるのか、みたいな細かい設定はつけていないんですがね。実際にあることですしね。
 
――本作は、ラブストーリーをからめることで社会派だけど堅苦しくなく、より司法制度の問題点が分かりやすく描かれている気がしました。
幅広い人たちにも観てもらいたくて、あえて、そういう風に今回しました。『ポチの告白』は、そこそこヒットはしたんですが、どうしても一見怖そうなところがあったので。映画館へ行ったら、“昔やんちゃしていた”ような(笑)お客さんがやはり多かったですからね。デートには絶対向かない…。だけど今回のは、僕自身は女性映画の範疇のつもりで作ったところがあります。ご夫婦や婚約中の方などにもおススメしたいです。よろしくお願いします。



(2014年4月12日更新)


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高橋玄 Profile (公式より)
たかはし・げん●1965年、東京都新宿区生まれ。19歳で東映東京撮影所に入り、文京区CATV契約監督として演出家のキャリアをスタート。1991年『心臓抜き』で若干26歳にして劇場映画監督デビュー。1997年、香港で国際的な映画製作を学び、以降、独自のスタンスで良質の映画を撮り続ける。代表作に『CHARON(カロン)』『ポチの告白』『GOTH』など。 20代から各国の映画界で、映画芸術と映画ビジネスの両面を学び、現在、東京とニューヨークを拠点としている。2004年

Movie Data


©GRAND KAFE PICTURES

『ゼウスの法廷』

●4月25日(金)まで、京都みなみ会館、
 5月9日(金)まで、第七藝術劇場、
 5月24日(土)より、
 神戸アートビレッジセンター にて公開

【公式サイト】
http://www.movie-zeus.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/163941/