まるで水墨画のような美しい映像で
国家権力による住民虐殺という悲惨な事件を描く『チスル』
オ・ミヨル監督&コ・ヒョッチンプロデューサーインタビュー
1948年から54年の間に、済州島における米軍及び韓国の軍・警察による暴徒鎮圧という名目のもと発生した“済州島4・3事件”の全容と真相を鮮烈なモノクロ映像と共に描く衝撃のヒューマンドラマ『チスル』が3月29日(土)より、シネマート心斎橋にて公開。自身も済州島出身のオ・ミヨル監督とコ・ヒョッチンプロデューサーにインタビューを行った。
オ・ミヨル監督(以下、監督):『チスル』は韓国の済州島で起きた4・3事件を扱った映画です。4・3事件は、まだ韓国の中でも完全に解決されていません。大阪は、当時この事件で直接被害を受けた方々が、難を逃れて済州島からたくさん来られています。そんな大阪で上映出来るのは意味があることだと思っています。
――監督が4・3事件を描くことになったきっかけは何だったんですか?
コ・ヒョッチン プロデューサー(以下、プロデューサー):本作は『チスル-終わらない歳月2』と、副題がついています(日本題は副題なし)。実は、本作の前に私の先輩キム・ギョンリュル監督が撮った『終わらない歳月』という作品があるんです。しかし、キム・ギョンリュル監督は全てを描ききれぬまま5年ほど前に亡くなりました。本作は、その遺志を継ぐ形で作りました。
監督:本作もキム・ギョンリュル監督を総製作者としています。
――では、プロデューサーからのオファーで監督されたという形になるんでしょうか?
プロデューサー:オ・ミヨル監督は『終わらない歳月』で美術監督として参加していましたので、オファーと言うよりお互いの意思ですね。
監督:今まで手がけた作品も全て済州島に関わるものなんです。そんな私にとっては当然いつかは扱わなければならない問題でしたし、今回監督を務めることになりました。
プロデューサー:韓国社会はイ・ミョンバク大統領が就任してから右傾化し、4・3事件の評価にも危機感を抱くようになりました。そういったことがきっかけになり、なんとかしなければと意気投合し、『チスル』を作ったのです。
――韓国内でもタブーだったということですが、済州島以外の韓国人にとってこの事件はどんなものなんでしょうか?
監督:歴史的な事実ですが、学校現場でこの事件についての教育を受けた経験がありません。この問題について関心を持ち、自分で探さない限りは4・3事件のことは分からないような状況なんです。
――本作は韓国インディーズ映画の動員記録を塗り替えた話題作。この映画で事件を知った方々も多くいると思いますが反響はいかがでしたか?
監督:本作で4・3事件を知った人はたくさんおられると思います。公開からずいぶん経ちますが、今でもインディーズ映画系の色々な分野で賞をいただいています。理念を超えて、作品に対して肯定的な評価をいただいています。
――この事件を描くためには実際の体験者へも取材されたんでしょうか?
監督:体験者がみな高齢になっていて聞き取り取材は難しく、平和資料館に大量の資料が残っていますのでそこでいろいろと調べました。
――体験者が高齢化していくからこそ、今事実を残しておかなければいけなかったんですね。
監督:そうです。体験者が高齢化する中、思いを共有できるのは今しかありません。そういう意味でもこの作品を残す意味がありました。それと、この事件で被害に遭われた方で“木綿のおばさん”と呼ばれる(事件の象徴として済州島では子どもでも知っている)方が数年前に亡くなったんです。銃撃により下あごの骨を砕かれ、口がダランと下がってしまうのを“木綿の布”で一生涯隠していました。恨みを抱いたまま亡くなっていった“木綿のおばさん”を見て、芸術家として何かできないかという思いもひとつありました。
――映画が祭祀の形式をとっているのが斬新だと思ったのですが、そのお話を聞いて亡くなった方々へのお悔やみにも感じ取れました。描き方で気を配られたところはありますか?
監督:映画で何ができるのかを考えた結果、法事の形式を使って撮影をすることにしました。前作にあたる『終わらない歳月』と作る目的、訴えかけるメッセージは同じなんです。
――本作は、まるで水墨画のように美しい映像が素晴らしいですね。
監督:実は専攻が水墨画でした(笑)。私もプロデューサーも画家なんですよ。でも今回は、視覚的な描写よりも感情的な描写に重きを置きました。風景が美しいのは、美しく撮るというより済州島そのものが美しいのでしょう。
――モノクロにした理由は?
監督:(リゾート地として知られる)済州島に来る観光客は「済州島は美しい」と思って訪れるわけですが、そういう人たちのイメージを一度ゼロにしたいという思いで、あえてカラーを使わずモノクロにしました。また、法事を進行する形式で映画を作っていて、法事は黒い服を着て行うという点でもモノトーンが重要なテーマとなっているのです。
――虐殺から逃れるため島民が実際に逃げ込んだという洞窟で撮影されたシーンは、どこか滑稽に見えて印象的でした。
監督:撮影の当日に洞窟に入ると、あちこちに石ころがあって、それがちょうど村人が座っているように思えて、台本を全部その場で作り変えて撮影しました。実は、今まで練習していたのとは全く違うことをしたので、ワンシーンを撮るのに一日かかりました。
――即興のように見えました。
監督:私は出演者に対し、「(現場に)台本を持ってくるな」と言っています。その日、自分が何をするのかを頭に入れておけばいい。出演者たちが自らの言葉で語れるように仕向けているのです。
――スタッフや島民のキャストには済州島出身の方を揃えたと伺いましたが。
監督:今回の映画で済州島の方言はとても重要で、この方言を本土の人が話すのは容易ではありません。陸地の人と済州島の人では4・3事件に対する見方に大きな違いがあります。陸地の人は映画を作るためにこのテーマを取り上げますが、済州島の人は4・3事件の意味のためにこの映画を作る。陸地の俳優と済州島の俳優では思いが違ってくるというのもあり、済州島の俳優にこだわりました。
――韓国内では複数回鑑賞されている方が多いらしいですが、その要因はどういうところにあると思われますか?
監督:印象に残る人がひとりおります。済州島に関する詩集を出されていて韓国で有名な詩人イ・センジンさんが6回も観てくれたのです。そして、映画を観た所感を何編もの詩にしてくださっています。本作に登場する洞窟も訪れ、映画館=暗いところに入るという意味で洞窟のようだと言われています。その方々が何度も本作を観るのは、4・3事件という事実を知らず今まで共有できなかったことへの心の痛みがあり、それを埋めるために何度も訪れているのではないかと思います。
――では、最後にメッセージを。
プロデューサー(写真:左):済州島で実際に起きた事件を扱った映画ではありますが、共感していただける部分も多々あると思います。国家権力による住民虐殺という悲惨な事件が再び起こらないようにという私たちの思いが伝わればと思います。よろしくお願いします。
監督(写真:右):私は劇団の主宰もしているので、その公演でよく日本に来ていて、日本人は大好きです! この映画は人間を扱ったドラマですので、国と国の境を越えた同じ人間として観ていただければと思います。よろしくお願いします。
(2014年3月27日更新)
Check