第115回芥川賞をはじめ数々の文学賞を受賞した作家・川上弘美の小説を、『人のセックスを笑うな』の井口奈己監督が映画化した『ニシノユキヒコの恋と冒険』がTOHOシネマズ梅田ほかにて上映中。先週の2/4に行われた試写会では、主演の竹野内豊と井口奈己監督が来阪し、舞台挨拶が行われた。
大きな歓声と拍手の中登壇した竹野内は、その日に合わせて「今日は2月4日、ニシノ、西へ参りました」と挨拶。その後、本作へ出演することが決まったときのことを聞かれ、もともと井口奈己監督の前作『人のセックスを笑うな』が直感的に良いなと思って好きだったという竹野内は、「まさか、あの監督から!! と、とても嬉しかった」とオファーされた当時の心境を振り返った。
竹野内が演じるニシノとは、ルックスもよく、仕事もでき、セックスも申し分のない男。劇中では、7人の美女に囲まれ、そして監督も女性、スタッフも女性が多かったという。そんな現場を体験して竹野内は「疑似体験でもモテることが出来て楽しかったです」と笑顔を見せた。
しかし稀代のモテ男ニシノという男に対して、竹野内は「男性が思うカッコイイ男と女性が理想とする男は違うんですね。ニシノの魅力がいまだに分からない」とコメント。続けて「見習わなくてはいけないとは思う部分もあるけど、分からなくてもいいのかなとも思う。追い求めても分からないのが“冒険”ですしね」と語った。
また、井口監督と言えば、ワンカットがゆったりと長いことでも知られているが、「とにかく自由に演じさせてくださるが、それはなんでもOKというわけではなくって。予定調和にならない、生の現実を切り取るような撮影で結構ドキドキしました」と、その井口監督独特の撮影について感想を述べた。
最後に、井口監督は「素敵な竹野内さんを堪能してください」と呼びかけ、それを受けて竹野内も「井口監督にしかできない魅力が随所に散りばめられている作品。井口ワールドを堪能してください」とお互いを讃え合い締めくくってPRした。
井口奈己監督インタビュー
――原作のどういうところに惹かれたんですか?
原作でもニシノユキヒコさんはいろんな女性と付き合っていて、映画には入れていないエピソードなんですが50歳のときに若い女の子を軟禁してたりして、その行為だけを聞いてると反社会的で犯罪者のような感じも受けるのに、読後感が不思議と爽快で“淡く明るく”なるというか。それが不思議で、どういうことなんだろうと興味が沸きました。
――この映画を観た後にもそれは感じました。着手から完成までに5年。苦労された、こだわられたことはそういったところだったんですか?
原作は10代から50歳の間を一見ランダムに、でも実は緻密に綴った10編の短編を集めた小説なんですが、そのまま映画にはできないので、2時間以内の映画にするためにはどうすればいいのかというための構成をまず考えました。脚本の第1項はわりと早い段階でできていたんですが、世界的にも業界的にも凍てついた時代だったので(笑)、なかなか実現できず。その後、2012年の8月に竹野内豊さんが出てくださることになって、いろんなことが動き始めたんです。
――ニシノは竹野内さん以外考えられない。見事なキャスティングです。飾らないけど粋でヨーロッパ映画の男性のような感じがしました。
衣装に関しては企画当初の5年前からスタイリストが練りに練ってますから。「ニシノは帽子なんだ」とか言って(笑)。キャスティングが決まる前にイメージキャストをスタッフで言い合っていたんですが、日本人の名前が全然出てこなかったんですよ。出てくるのはジェラール・フィリップとか、フランス人とかイタリア人ばかりで…。竹野内さんの出演が決まってからは、脚本を書いているわたし自身でも分からなかった部分が竹野内さんを想定することで実感がわいて納得できた。そこでやっと、「これは面白くなるのでは!」と思えました(笑)。
――竹野内さんのキャスティングが決まって、変更した部分はありますか?
回想で物語をすすめていく中で、以前は、いろんな女の子との関係が行ったり来たりする構成だったんです。だけど、竹野内さんがすごく純粋でまっすぐな方だったので、そのイメージに合わせて構成をスッキリさせて、ずるい男にだけは見えないように気をつけました。
――確かにずるい男にはなぜか見えない。ニシノはいつも軽やかなのが印象的です。
演出はとくに細かく注文をつけるわけではなく、とにかく「力を抜いて」「軽く軽く!」としか言ってないんです。そう言われて竹野内さんは悩んでましたけどね(笑)。内面的なことは一切言っていません。まずキャスティングを決めた時点で、それぞれの俳優が発信しているメッセージが役柄に合っていると判断してオフォーしたので、極端な話、何もしなくてもいいんです。力を抜いてもらうというのは、その俳優の方々のポテンシャルを100パーセント以上出してもらうためなんです。
――なるほど。ほかにも印象的なシーンがたくさんあったんですが、竹野内さんの登場と共に吹く強い風は自然と起きたとお聞きしましたが。
役者さんがいないシーンでは風待ちをした場面もあるんですが、その日はとても風の強い日で、竹野内さんが幽霊として登場しているシーンで風が吹いているのは全部偶然なんです。
――いつも軽やかで自然と風が起きる。すごいキャラクターですね。ニシノユキヒコというキャラクターを監督はどう捉えてるんでしょうか?
この映画を具体化する5年の間には、なかなか進まなくクサクサした時間もありました。その時期にガンジーの伝記など、“人のために犠牲になった人たち”の映画や本を見ていたんです。それで、もしかしたらニシノはガンジーに近いものがあるんではないかと思って。ガンジーがしたことは独立のための活動でニシノは恋愛活動。ニシノは周りの人たちの欲望の的になっているけど、自分は欲がない、恋愛における殉教者みたいな存在。恵まれているように見えて、実はつらいことを引き受けてくれている人なんだと思って描きました。
――稀代のモテ男としてのニシノはどんな男なんでしょう?
ニシノほどモテる男は見たことないですけど、いろんな場面での引き際が鮮やかなんです。木村(文乃)さんもおっしゃっていたんですが、とあるシーンで竹野内さんからキスするんだけど絶妙なタイミングで引くから木村さんから押し倒すような感じになるキスシーンがあって。キスシーンに限らず駆け引きがうまく女性からするとつい追いたくなるような男ですかね。
――実際の竹野内さんはどんな方なんですか?
竹野内さんってお会いするまでダンディなイメージだったんですが、お会いするとダンディと言うよりチャーミング。女優陣は後から「母性本能がくすぐられる」と言ってましたが、そういう危ういチャーミングさがあるんです。竹野内さんはニシノのことを「分からない」とおっしゃるんですが、スタッフらはそれを見てて「そのまんまやんけ~」とひっそり思ってました。まんまニシノなのに何言ってるの? って(笑)。
――犬や猫と触れ合う竹野内さんがまた素敵なんですよね。
わたしは直接見ていなかったんですが、後からメイキングとかを見ると動物と接しているときがとても自然で。馴染んでましたね(笑)。
――女優陣も豪華ですが、阿川佐和子さんの起用のきっかけは?
今回、阿川さんが演じたサユリの年齢設定は50代後半から60代前半で育ちが良さそうなイメージをしていて、ある日ひらめいたんです! 阿川さんの本も読んでいましたし、テレビなんかでのキャキャキャッていう雰囲気が少女のようなイメージがあって。喫茶店でハンフリー・ボガートの話をしているシーンは、撮影の合間に映画の話をとても楽しそうにしてらっしゃったので「脚本のココとココさえ通っていただければいいんで、自由に楽しく映画の話をしてください」とお願いしたんです(笑)。
――そのシーンもそうですが、時間をたっぷり使ったカットが多いですよね。
面白い間はカットをかけないようにしています(笑)。
――尾野真千子さんと竹野内さんがオフィスでイチャイチャするシーンでは監督がなかなかカットをかけないから、後から「ドS監督」と言われていたようですが(笑)。
尾野さんの耳がどんどん赤くなって、一瞬すごい演技だなと思ったんですけど、本当に照れてたんですよね(笑)。ただ、芝居が続いていたのでカットをかけずに見ていたらキスしちゃって。そのときはわたしの後ろにいたスタッフたちの息を飲む「ごっくん」という音が聞こえました(笑)。
――観客もあのシーンは本当にドキドキします。また、時間をたっぷり使ったカットで、とても大事に撮られているのが伝わるのが吹奏楽団が出てくるカットです。
実はあのシーンが撮りたかったんです。もともとあの方々に出演してもらいたいと思っていて。知っている人なら見たら分かると思いますが実際にあるバンド(バンド名は非公開)で。脚本を書くときにいろんな音楽を聴いていたんですが、そのバンドの「Kamakura」という曲を聴いて鎌倉で撮影しようと思ったぐらい、大好きなバンドなんです。
――今回は七尾旅人さんもそうだし、今までの作品も含めいつも音楽が素敵ですね。
そこは毎回わがままが通ってるのが不思議なんですけどね。わがまま聞いてもらっています(笑)。
――音楽以外にも、オープニングやエンディングがすごく可愛いですね。どういうイメージで?
なんとなく深刻にしたくなかったので、以前短編のお仕事でご一緒させていただいたイラストレーターの
芳野さんにお願いしました。
――あと、劇中に出てくる映画館、竹野内さんが住んでいるマンションも妙に記憶に残ります。ロケーションも素晴らしいですね。
今回は美術スタッフが本当にがんばってくれました。本田翼さんと竹野内さんが歩く、アジサイが綺麗な公園があるんですけど、実は撮影の3日前くらいにアジサイの剪定があって、花が全部落ちてたんです。でも、美術部が先乗りして入って、落ちたアジサイを全部拾って撮影に使う場所に飾り付けてくれたんです。なのでよく観ると後ろのほうに落ちてるものもあります(笑)が、感動しましたね。
――竹野内さんで忍者映画を撮りたいとおっしゃっていたのを伺いましたが(笑)。
竹野内さんは運動神経が良くて、偶然そのときわたしが山本薩夫監督の『忍びの者』(62)を見てて、市川雷蔵さんの役が竹野内さんに似合いそうだなと思って(笑)。
――次回作の予定はもうあるんですか?
何も考えてませんけど、すぐに撮りたいとは思ってます。アクション映画やサスペンス映画、スパイ映画とかやったら? という話も出ています。『喰人族』みたいなホラーものも企画しましたがボツになりました(笑)。
――全然違う感じですね(笑)! でもそんなテイストのも観たいです!
じゃ、がんばります!!