「僕と向井にとってこの映画は、市川準監督作品へのオマージュ」
『もらとりあむタマ子』山下敦弘監督インタビュー
日本映画界の俊才・山下敦弘監督が『苦役列車』に続いて、前田敦子主演で撮った話題作『もらとりあむタマ子』が、大阪・京都では12月7日(土)から、神戸では12月28日(土)から公開される。脚本は、監督の大学時代からの盟友で、近年は『ふがいない僕は空を見た』(タナダユキ監督)など充実した仕事を見せている向井康介。山下・向井コンビによるオリジナル作品としては、07年の傑作『松ヶ根乱射事件』以来の作品となる。そこで、来阪した山下監督に話を訊いた。
――この作品は、少し変わった経緯で製作されたようですね。
山下敦弘監督(以下、山下):そうなんです。もともとはMUSIC ON! TVの依頼で、番組と番組の間に流す局の15秒と30秒のIDを、前田敦子主演で作ってくれということだったんです。それに、せっかく前田敦子を使うんだから10分ぐらいの四季折々に絡めたドラマも一緒に作って、一年を通して放送しようかという緩~い感じの企画だったんです。そこで10分ほどの秋篇と冬篇を撮って、それが放映されたら、その時点で今度は少し長くして一本の映画にしようという話が出て。「えー、聞いてないよ」って感じだったんですけど、春篇と夏篇は少し長めに撮って映画の形にしたんです。だから、映画の後半にいくほど一章が長くなっているのは、そういう事情からなんです。
――カメラマンが前半の2本と後半の2本と変わっているのもそのためですか?
山下:そうです。秋・冬を撮ってもらった芦沢(明子カメラマン)さんのスケジュールが、春・夏を撮るときに合わなくなってしまって。それで池内義浩さんにお願いしたんです。最初はこういう撮り方って大丈夫なのかなと心配したんですが、出来てみたら意外に良かったですね。二人とも言うまでもなく優秀なカメラマンだし、映画も前半と後半でどことなく変わった仕上がりになって。
――釜山映画祭にも出品されましたね。
山下:正直言うと、製作の経緯からあまり映画を撮ったという実感がなくて、いつのまにか映画になっていた感じだったので、釜山に行ったときも気がついたらステージに立っていた、そんな感じでした。ただ、僕は映画を撮るときとCMやウェブドラマを撮るときとは手法を使い分けるのですが、これは途中から映画として撮ったので、どこかいつもとは違う手を使った感覚があって、それはそれで面白い経験でした。
――前田敦子さんが主演で、一年を通して物語を構成するというのは決まっていたわけですね。
山下:そうです。彼女が演じる主人公を季節ごとに撮っていこうという企画でした。それでタマ子というキャラクターを考えたんです。大学は出たもののおそらく就職活動に失敗してしまって、秋ごろ実家に戻り、いまは家でゴロゴロしているという女の子。
――就職しようとはしたんですね。初めから働く気がないのではなくて。
山下:就職活動はしたと思うんです。でも、失敗した。理想が高すぎたかなにかで(笑)。
――通常、こういう物語展開だと春から始めますよね。
山下:そうなんですけど、仕事を頼まれたのが夏だったので(笑)。まあ卒業後もしばらくは学生時代のままの街に居て、お金が無くなったので実家に帰ってきたところ、ぐらいに考えてました。彼女は家に戻って、ゴロゴロ、グダグダしているんですが、なにかをしようという気持ちはあって、ニートとか引きこもりとか親に寄生するパラサイトというのとは違うんです。ただ、いまはなにもしていないという状態。
――まさに、モラトリアムですね。
山下:タイトルは脚本の向井(康介)がつけたんですけど、一度プロデューサーから、ちょっとネガティブではないかと言われたんです。どうやら僕らよりも上の世代にはマイナスイメージのあることばのようなのですが、僕らの世代ではそうでもないですよと話をして、さらに僕らよりも下の世代に訊いたら逆に「モラトリアムって何ですか?」と訊き返された。だったらマイナスイメージもないし、やはり内容に一番合っているからとこれに決定したんです。カタカナは堅いのでひらがなにしようということで。
――山下監督の作品をずっと観てきている者からすると、監督の大阪芸大卒業制作で、監督が世に出るきっかけになった『どんてん生活』を思い出します。あれは男二人のグズグズ映画でしたが、あれの女性版なのかなと思ったりもしました。
山下:確かにそんな感じはすると思いますが、実は女性版をやろうとかの意識はなくて、大学時代から一緒にやってる向井と僕が二人でオリジナルを考えると、自然にこうなっちゃうんです(笑)。全然成長してないというか。それでも『どんてん生活』の時のような、若さゆえの表現のとんがり方だとか粘着性はさすがに無くなってきましたが。
――いい意味でさらっとしてます。前田さんとは『苦役列車』に続いて2本目の映画ということになりますが、なにか以前と違ったところはありましたか?
山下:いまだから言いますけど、『苦役列車』のときは、僕が敦ちゃんを少しなめていたんです。映画はアイドルがアイドルらしく演じていればいいというわけにはいかないぞ、なんていう気持ちがあって。ナチュラル・ボーン・アクターと言える森山未來や、映画を中心にやっている高良健吾との共演でそれを思い知ればいいなんて(笑)。そこまでではないですが、少し軽く見ていたのはほんとうです。ところが、実際に共演させてみたら、彼女が一番堂々としていた(笑)。森山君も途中から「敦ちゃんはおもしろいですねー」って言い出しましたからね。でも、あの映画はやはり森山君を見せる映画だったわけで、今回は彼女を中心にした映画ですから。彼女を真正面に置いて、初めて話もしっかりできたって感じですね。
――女優・前田敦子の魅力はどんなところだと思われますか?
山下:彼女は役柄について全然質問してこないんです。ともかくやってみるという瞬発力があるんですね。さきほど『どんてん生活』ほど映画が粘着的でなくなったと言いましたが、そこには前田敦子の力もあるんです。昔は俳優に細かく指示を出していたのですが、今回はどちらかと言うと、彼女が掴んできたタマ子というキャラクターに、僕や脚本の向井がすり寄っていった。その方が彼女の個性も生きるし、映画自体も生き生きしてくるように考えたのですが、正解だったと思います。彼女の瞬発力から生まれたタマ子はかなり魅力的でしたから。タマ子はグダグダしているけれど、どこか肝が据わっていて覚悟を感じさせるところがある。あれは敦ちゃん本人と重なるように思います。あとはやはり堂々としているところですね。物怖じしない。彼女は今英語を勉強中だそうですが、例えばゲーリー・オールドマンのような怪物的俳優と共演しても、呑まれずに芝居ができるような気がします。でも、ちょっと堂々としすぎていて、共演している他の人間の芝居をまったく見ていないところもありますが(笑)。
――大物ですね(笑)。今回は監督や向井さんが彼女のタマ子に寄っていったということでしたが、それは初めにお二人が考えられていたタマ子とは違っていたということですか?
山下:いや、ほとんど変わってはいないです。僕らが漠然と思い描いていたタマ子が、敦ちゃんの肉体を得て「ああ、こうなるのか」っていう感じでした。ただ、思っていたよりも少し幼くなったかもしれません。彼女のしぐさや考え方がタマ子に反映されて。
――そういえば、タマ子の唯一の友人になる中学生の仁くん、とてもいいキャラクターですが、特にタマ子とのやりとりでは息が合っているように見えました。
山下:前田敦子は10代の頃をトップアイドルとして駆け抜けてきていて、僕らには想像もつかないような経験もいっぱいしてきていると思うのですが、その一方、普通の女の子としての経験は少ないわけで、精神年齢的には中学生の仁と合う部分も多かったのではないでしょうか。だから仁とのやりとりが絶妙で、それも彼女の魅力の一つでしょうね。
――なるほど。それにしても仁くんを演じた伊東清矢くんは面白いですね。
山下:彼はオーディションで選んだのですが、実生活でも秋・冬篇のときには小学生だったのが、春・夏篇では中学生になっていて、第二次性徴期だったこともあって撮るたびに大きくなっていて驚きました。体が大きくなるのと同時に存在感も増していって、初めはそんなに台詞のない役だったのですが、だんだん大きな役になっていったんです。
――その仁くんよりももっと重要で、しかもとてもいい味を出しているのがタマ子のお父さんです。演じているのは康すおんという役者さん。
山下:これまであまり知られてなかったかもしれませんが、実は康さんは『リアリズムの宿』以降、『松ヶ根乱射事件』や『マイ・バック・ページ』など、僕の作品に多数出演してもらっている役者さんです。大阪の出身で、『どんてん生活』が東京のユーロスペースで上映されていたとき、それを観て連絡をくださり、当時大阪にいた僕を東京からわざわざ訪ねてきてくれたんです。それからのつきあいで、もちろん他の監督の作品にも出演なさってますが、今回、この映画で康さんのことを多くの人に知ってもらえたら、僕としてもうれしいです。
――正直、これまで知らなかったのですが、あまりにいい役者なので驚きました。
山下:2年前、洋酒メーカーの「ジョニーウォーカー」の企画で、僕や塩田明彦さん、西川美和さん、河瀬直美さんなど6人のクリエイターがそれぞれ“キープ・ウォーキング”をテーマに10数分のウェブドラマを製作するというのがあり、ぼくはそれを康さん主演で撮ったんです。離婚して一人でクリーニング店を営んでる男のもとに娘から結婚式の招待状が届く。でも、男は出席していいものか悩むといった内容で。これがすごくいい仕事になって。今回、康さんには甲府のスポーツ用品店のオヤジを演じてもらったのは、僕の中では康さんによる働く男シリーズの第2弾でもあるんです。
――そうだったのですか。この映画で康さんが注目されるのは間違いないと思います。康さん演じるタマ子の父親と再婚するかもしれない女性役の富田靖子さんも素敵でした。
山下:富田さんはアクセサリー教室の先生という役でもあるのですが、それがすごく似合っていて、ほんとうにこういう人いるよなって思いながら撮っていました(笑)。実は富田さんの出演にも、僕と脚本の向井だけの裏テーマがあるんです。僕も向井も好きな監督が、亡くなられた市川準監督なのですが、富田さんと言えば、市川監督のデビュー作『BU・SU』の主演女優だし、敦ちゃんの映画デビュー作は市川監督の『あしたの私の作り方』なんです。だからこの映画には市川映画の主演女優が二人出演しているんです。康さんも『東京マリーゴールド』という市川監督作品に出演しているし。つまり、僕と向井にとってこの映画は、市川準監督作品へのオマージュなんです。
――なるほど。一部の日本映画ファンへの目配せは仕込んであるということですね。
山下:タマ子の伯父夫婦を中村久美さんとミュージシャンの鈴木慶一さんに演じてもらっているのですが、中村さんは、僕が中島哲也監督の『夏時間の大人たち』が大好きなので出てもらいました。鈴木さんは、なんと僕と親子の役を演じてくださったことがあるんです(笑)。タナダユキ監督の短編で。そのときから一度、僕の映画にも出てほしいなと思っていたんです。この映画はもちろん前田敦子を観るための作品なんですが、彼女の周りにいる伊東くんや康さんたちにも少し目を向けてもらって楽しんでもらえたらうれしいです。
(取材・文:春岡 勇二)
(2013年12月 7日更新)
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山下敦弘 監督 プロフィール(公式より)
やました・のぶひろ●1976年8月29日愛知県生まれ。高校在学中より自主映画制作を始め、95年、大阪芸術大学映像学科に入学、熊切和嘉監督と出会い『鬼畜大宴会』(97)にスタッフとして参加。その後同期の向井康介、近藤龍人と共に短編映画を制作する。初の長編『どんてん生活』(99)で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを受賞。長編2作目の『ばかのハコ船』(02)も各地の映画祭で絶賛され、その独特でオリジナリティにあふれた世界観が絶賛され
Movie Data
© 2013『もらとりあむタマ子』製作委員会
『もらとりあむタマ子』
●12月7日(土)より、
テアトル梅田、MOVIX京都
12月28日(土)より、シネ・リーブル神戸、
2014年2月22日(土)より、
MOVIX橿原にて公開
監督:山下敦弘
脚本:向井康介
主題歌:星野源「季節」
出演:前田敦子
康すおん
伊東清矢
鈴木慶一
中村久美
富田靖子 ほか
【公式サイト】
http://www.bitters.co.jp/tamako/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/163247/