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「皆お肉を食べているけれど、知らないことの方が多い。
 知らないことをきちんと受け止められるような映画にしたい
 という想いが一番にありました」
『ある精肉店のはなし』纐纈あや監督インタビュー

 町中を歩いていく牛の姿に圧倒されていると、次の瞬間には屠場でノッキング法を使い、大きな牛があっという間に倒れ、熱気の中解体作業が始まっていく。今まで見たことのない映像に驚くと共に、その手際の良さや職人技のすごさを体感することだろう。  江戸時代末期から始まり、現在の7代目まで続く屠畜・精肉業を営んでいる北出家は、牛を育てるところから、屠畜、精肉、販売まで一貫して行っている。一家が家族総出で守り続けてきた「屠畜」という仕事や、2012年3月に102年の歴史を下した貝塚の屠場での最終解体作業の模様から、地域に伝わり続ける「だんじり」の様子まで、キャメラは一家の伝承の様子と共に、町の伝承にまでスポットを当てている。  なかなか見る機会のない屠畜の様子や、屠畜に従事する一家をフラットな視線で取り上げ、食について、そして家族について様々に想いを巡らすことができるドキュメンタリーに仕上げた纐纈あや監督に、映画化への経緯や、北出家に密着して感じたこと、本作に込めたねらいについて話を伺った。

――なぜ屠畜場を取材しようと思ったのですか?

写真家でもある本作の本橋プロデューサーから、松原の屠場に通っているときの写真を見せてもらったのが一番最初の屠場との出会いでした。モノクロで枝肉がつり下がっている写真を見て、あまりの美しさにびっくりしたのです。頭で考えている「美しい」という言葉とは少し違う、何かの気配を感じました。今まで屠場に抱いていたのは、実際に見たこともないのに「冷たくて、暗くて重い無機質」なイメージでした。でも写真を見たときに全然違うものが現れている気がしたと同時に、ほとんど屠場に対する情報もない中で、なぜ自分の中にそんなイメージが作られていたのか不思議だと感じたのです。

 

――なるほど。そのように屠場に興味を持った後、北出さん一家とはどのように出会われたのですか?

知人から「貝塚にすごい肉屋があるんだ」と教えてもらいました。北出さん一家は牛を店の裏で飼い、町中で牛を引きながら屠場に連れていき、ハンマーでノッキングし、解体するまで全部手作業で行う。その枝肉を持ち帰り、精肉してお店で売るということを全て家族でやっていると聞いてびっくりしました。でも北出家が使用している貝塚の屠場が閉鎖されてしまい、間に合わなかったと思っていたら、閉鎖時期が一年延びることになり、そこから屠畜見学会を友人が企画してくれたのです。まだそのときは映画にするということではなく、最後の貴重な機会なので、記録させてもらえないかということで撮影させていただきました。

 

――実際に作業を見た感想は?

ガツンと衝撃を受けました。やはり自分のイメージとは違うものがある場所でしたね。とにかく暑くて、活気やエネルギーがみなぎっていて、そこにいる人たちが皆さん全身を使って「肉にする」という仕事をしていました。イキイキとして、とてもカッコ良かったです。その光景から「残酷」という言葉は私の中からは出てきませんでした。それよりも、実際の作業を目の前にしたら、全身全霊でその仕事をしてくださっている人たちがいて、私たちが今までずっと肉を食べてきたという行為があったのだと実感しました。本当にありがとうございますという気持ちでした。

 

――映画を観ていても、「残酷」と思う気持ちより、命をいただく儀式のように見えました。纐纈監督は撮影がないときも、台所にいて一家の中で過ごされたそうですが、そうやって生活を共にするうちに見えてきたことや感じたことは?

北出さんたちから、今は亡きお父さんの話を聞いたことが本当に印象深かったです。ちょっと怖いけれどすごく働き者で、皆さん「親父から全てを教わった」とおっしゃっていました。でもそのお父さんは部落差別を全身で受け止めてきたような人だった。苦労をする親の姿を見る中で、部落解放運動に出会ったとお聞きしました。屠場の仕事にとても興味はありますし、前から映画にできたらいいなと思っていたのですが、映画を作る最後の決め手になったのは、このお父さんの存在でした。北出さんたちの中にまだイキイキと残っているお父さんの存在について、もっと聞きたかったですし、ご家族のことをもっと知りたいというところから映画作りがはじまりました。

 

――観る前は、好奇心と共に命を失う現場を見てしまう恐怖心もありましたが、北出さんは丁寧ないい仕事をされていて、「美味しいものを食べるなら、こういう職人さんのさばいたお肉を食べたい」と思える信頼感が芽生えますね。

屠場や屠畜という仕事に対して、何の情報もなくかつての私のようなイメージを持っていた方がたくさんいらっしゃると思います。でも実際はそうではなくて、生きた仕事であり、人間も生き物としてそのものに向かっていき、自らの手や頭、全身を使って肉にしていく。それがわたしたち人間にとって実に根源的な仕事であるということを取り上げたいとおもいました。ですから衝撃的に取り上げたり、抽象的に撮るのではなく、本当にこの仕事の重要性をどう受け取っていただけるかに腐心しました。それができなければ映画にはしてはいけないという気持ちでした。皆お肉を食べているけれど、(店頭で販売される肉になるまでの過程については)知らないことの方が多い。知らないことをきちんと受け止められるような映画にしたいという想いが一番にありましたね。

 

――食の安全や産地偽装などの問題が続出している中、牛を育てるところから、さばき、店頭で売るところまで家族で一貫して行っていることを見せていただけたのもすごく貴重な機会でした。

北出さんたちが、「屠畜する姿を見てもらっても構わない」と表に立つ覚悟は、現在も屠場の仕事をしている方たちに対して理解を深めていただきたいという一心だったと思います。不安もあったと思いますが、映画になることで、きっと誰かの役に立てるだろうと撮影を決断してくださいました。本当に北出さん一家の信念あっての映画です。

 

――最初と最後に屠場の解体シーンがあり、途中は人間ドラマをみせていく展開でしたが、最初と最後は同じ屠場のシーンでも全然与える印象が違いますね。

私自身、最初に屠畜作業を見た時は、見るのに必死であっという間に終わってしまったんです。動物の命をいただく瞬間はやはり衝撃的でした。でも衝撃だけで終わらせずに、あの手業や仕事を具体的にきちんと見ていただくためにはどうしたらいいかをいろいろ考えました。最初の出会いとなった屠場の見学会から始まり、北出さんたちを取材し、いろいろ知ったうえで、また屠場の作業を見ていただく形にし、理解をしていただきながら進んでいく構成にしています。

 

――現在は核家族化してしまい、祭りもなくなり、家族でも挨拶をしなくなったりしている中、この北出家はしっかりと伝統を守っています。食べることを大事にして、皆でテーブルを囲む姿は、昭和的な日本を思い起こさせます。

北出さんたちの暮らしぶりを見ていると「つながっている」という感覚がありました。家族もつながっていて、子どもたちもしょっちゅう顔をだしてはご飯を食べていったりします。お店の仕事も家族みんなが手伝う。元々家族とはそういうもので、皆が総動員でしなければこなせない仕事が軸になっていたのではないかと思います。北出家は、今もそういうつながりの中に家族がいることを感じます。年末になり、孫まで手伝っているのを見て、「家族ってそうだったんだな」と実感しました。

 

――被差別部落問題についても触れていますが、纐纈監督らしい立ち位置で取り上げていました。どのように撮影、取材していったのですか?

私は東京で生まれ育ったので、学校で人権教育は盛んではなく、被差別部落の問題についてはそんなに詳しく知りませんでした。この撮影で北出家に通うようになり、そこからあらためて本を読んだり、話を聞いていきました。最初のうちは私が被差別部落のことをあまりよく知らないがために、配慮のないことを言ってしまわないかという緊張感がありました。でも北出さん宅の近くに部屋を借り、できるだけ多くの時間を北出さん一家と過ごすようにしました。北出さんは、撮影がないときにわたしが一人でいる時も「食事は一人で食べるものじゃないから、うちに食べにおいで」と声をかけてくださったので毎日通って食卓にいることが普通になっていきました。その中で「昔はどうだったのか、差別はどんなものなのか」ということを普通の会話の中でできるようになり、何の気構えもなく聞けるというのが、時間を経る中ですごく大きな変化でした。部落問題のことを普通の会話として、いろいろ話しながら私自身が知っていくことができたことは大きかったです。

 

こうして私が親しくなった北出さんたちが今までどんな思いでいたか、どういうことがあって今ここに立っているのかを注視しました。被差別部落問題を問題として映画で定義するということではなく、北出さんたちを理解したいと思う中で、地域のことや北出家が背負ってきたものを表現したかったですね。

 

――だんじりの練習風景や、そこに伝承する300年の歴史を持つ太鼓のことも本作で初めて目にしました。この「町のパワー」を目の当たりにしての感想は?

それぞれの地域の人たちが自分たちの誇りにしているだんじりを曳き回すわけですが、それをするためには地域の中の縦のつながりがとても重要です。子どもから長老までで構成する組織があってそれぞれの役割を果たすことで、はじめてだんじりを曳くことができる。小さな子どもたちにとって「ああいう大人になりたい」と思う目標が地域の中にあるわけです。子どもたちへのとても良い情操教育だなと思います。上の人が下の人の面倒をみたり、教えたりということが繰り返されていくので、祭りを持っている地域は強いなと思います。

 

――すでに釜山国際映画祭や山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映され、かなりの反響を呼んだそうですが、観客から具体的にどんな声がありましたか?

前作『祝の島』の時と、反応の違いを感じています。饒舌に感想を言っていただくというより、観終わった後の表情などから「ものすごく強いものを受けた」と感じていただいているようです。屠場の仕事というある意味今まで観たことのない世界に対する衝撃もあるのでしょうが、私が北出さんたちから感じたように強い前向きの力を感じていただいているのではないかと思います。

釜山も山形も観た方が映画のことを口コミで伝えてくださって、上映の回を重ねるごとに観客が増えていたのがとてもうれしかったです。「自分が想定していたものと全然違うものを見せてもらった」という声をいただいたりもしました。

 

――これからご覧になるみなさんにメッセージをお願いします。

この映画に出会って、今まで知らなかったり、見えなかったりして語られてこなかった部分に一歩進んで、そのことに興味を持ったり、周りの人と話をしたりすることのきっかけになればいいなと思っています。そして北出さん一家の姿を通じて、今食肉を生産している人たちに想いを馳せていただければうれしいです。

 

(取材・文/江口由美)




(2013年11月29日更新)


Check
纐纈あや監督

Movie Data



映画『ある精肉店のはなし』より

『ある精肉店のはなし』

●12月7日(土)より、第七藝術劇場、
 2014年1月11日(土)より、
 神戸アートビレッジセンター、
 順次、京都シネマ にて公開

【公式サイト】
http://www.seinikuten-eiga.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/163719/