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「選挙に出るということじゃなく、人生であきらめかけたことに
もう一度“立候補”してみようという気持ちになってもらえれば」
映画「立候補」
木野内哲也プロデューサー、藤岡利充監督インタビュー

 選挙の度に目にする“泡沫候補”と呼ばれる人々。全国レベルでおなじみの顔もいる。当選の可能性が限りなく低くとも供託金を払い、敗北を前提に戦う彼らはインターネットで話題に上ることはあっても、現実では嘲笑、あるいは黙殺されておしまいなのが今日まで変わらぬ状況だ。2011年の大阪府知事選挙に立候補した4人の泡沫候補を、時には周囲の人間を巻き込みながらダイナミックに追った映画「立候補」。東京での上映は連日立ち見が出るほどの賑わいを見せたこのドキュメンタリーが、7月27日(土)より大阪・第七藝術劇場、京都の元・立誠小学校特設シアターで公開される。政治の世界ではエキセントリック、泡のごとき存在でしかない彼らを通して映画は何を語ろうとするのか。藤岡利充(としみち)監督、木野内哲也プロデューサーにインタビューを行った。

──監督の泡沫候補候者たちへの共感を感じる一方、政治を斜めから切り取ってみようという作品にも見える。コンセプトを知りたくなりました。着想からおきかせください。
 
藤岡利充監督(以下、藤岡):(2005年の映画デビュー作発表の後)東京でCMディレクターを3年ほどしていたんですが、あまりパッとしないということで、結婚を機に故郷の山口へ戻ってしばらく別の仕事に就いていたんです。それからまた3年くらい経ったときに、ふと「映像の仕事、できれば映画を作れないだろうか?」と思った。同時に「また映画を撮るんだったら、アカデミー賞を獲るくらいのものでないとダメだろう」とも思ったんですね。でもその時点で34歳。そんな馬鹿みたいな考えに「何を夢みたいなこと言ってるんだ?」という反応を覚悟したんです。
 
──おおよその一般的な反応をイメージすれば、それは自然ですね。
 
藤岡:ただ、その瞬間に「いや、ちょっと待てよ。34歳の山口県人がアカデミー賞を狙うよりも、世の中にはもっと皆から馬鹿にされるようなことを目指している人がいるじゃないか」とも思い立ちました。たとえば徳川埋蔵金を掘り当てようとしている人、そして泡沫候補と呼ばれる人たち。そういった自分以上のスケールの夢を追いかける人間に会って、目的やモチベーション、“本気度”を探るようなインタビュー動画を作れないだろうかと思いまして、『夢追い人』と最初のタイトルを銘打ち、その方向で進めようと思ったんです。
 
──はじめはテーマを“泡沫候補”だけに絞り込んではいなかった?
 
藤岡:はい。泡沫候補という括りではなく、いわゆる絶対に実現不可能な夢を追いかけている人、夢を持っている人に会ってみるのが最初のコンセプトでした。そうすれば自分が映画を作ることになっても何らかの力になるんじゃないかなって、リハビリ程度の意識で考えていたんですよ。
 
──“夢”につながる思いがまずあったんですね。木野内さんはプロデューサーとしてどのように関わりを持たれたんでしょう?
 
木野内哲也プロデューサー(以下、木野内):元々、藤岡監督とはデビュー作『フシヤマにミサイル』の前からずっと仕事で先輩後輩の関係でした。彼はとても優秀な後輩、できる人だったので、デビュー作を作るときに「俺に手伝わせろ!」と(笑)。だから今回、泡沫候補を撮りたいと言われても「また俺に手伝わせろ!」って(笑)。非常にシンプルな成り行きでしたね。他の仕事をしながらも、彼が目指しているのは映画だとわかっていましたから。
 
──なるほど。立場は違えど、木野内さんもスタート地点に単純明快な発想があった。そうして再びタッグを組まれることになり、撮影はどこから始めました?
 
藤岡:外山恒一さんです。Youtubeでも有名、あの政見放送も好きで「この人は本気で政府転覆を考えているのかな?」というのは訊いてみたいことでした。ですからまずは外山さんにアプローチして、2011年9月に博多でお会いしました。
 
──外山さんの姿は序盤で見られますね。その後の構成や全体の見取り図は、撮影開始の段階である程度出来ていましたか?
 
藤岡:それがもう、まったく出来ていなかったんです(笑)。
 
──ドキュメンタリーなので当然といえば当然ながら、まったくでしたか(笑)。では作品でクローズアップしているマック赤坂さんの出演までにはどんな道のりがあったんでしょう?
 
藤岡:マックさんが大阪府知事選に出馬すると聞いて、秘書の櫻井武さんとメールでやりとりを始めて、最初に電話すると「(ギャラが)20分で30万円」と言われて「ええっ! そんなタレントいたっけ…?」と思って(笑)。でも「ノーギャラでお願いできませんか?」と頼んだら、向こうは「ノーギャラですか!?」と。
 
──20分で30万円の出演料は破格の金額。その後の交渉は難航したのでは?
 
藤岡:出演はマックさんだけじゃないですし、他の方々もノーギャラですからと説明すると「他にどなたが出演されるんですか?」と訊ねられたんです。そこで「誰を挙げようか…外山さん? いや、年齢が近いから羽柴秀吉さんがいいか」と思って「同じく還暦を過ぎても夢を追いかけていらっしゃる羽柴さんです」と答えると、「少し考えます」と返事をもらいました。
 
──なかなかの策士(?)ですね。
 
藤岡:するとすぐに「会長が会います」と連絡があったんです。「20分30万円」が基準だから交渉は難しいだろうなと思って事務所へ出向くと、マックさんが開口一番「お前、ラッキーだぞ? 俺は大阪府知事選に出る! 府知事選といえば羽柴が来るぞ? あいつが羽柴を名乗るんなら、俺は名古屋出身だから信長だ! 羽柴vs信長の戦いを撮れよ!」と言われて(笑)。
 
──予想外の展開が待っていた(笑)
 
藤岡:はい、これは面白いなと。そのとき「それなら選挙に密着すれば映画になるんじゃないか?」と思って大阪府知事選を取材することにしました。そもそも単なるインタビュー動画をイメージしていたところを、マックさんの言葉を聞いて正直ラッキーだなと思いました。
 
──羽柴さんは府知事選には出馬しなかったものの、インタビューで存在感を放っています。他の候補者の方への取材の進め方は?
 
藤岡:もちろん面識はないし、人となりも知らなかったです。連絡を取ろうとしても電話に出てくれなかったりしますし、どんなことをしているか予想もせずに皆さんに会いに行って、そこでビックリ!ですよ(笑)。
 
──驚きは映画にダイレクトに反映されていますよね。選挙戦という映画の大きなラインが決まったところで、パートナーの木野内プロデューサーは制作にどう加っていきましたか?撮影クレジットにもお名前があります。
 
木野内:基本、アポイントなどの設計図は藤岡監督が担当しました。設計図というのは劇映画でいう脚本の部分ですね。スケジュールだけがあって「木野内さん、ここへ来て下さい」「分かりました」くらいの感じで。それと撮る前には彼は山口、僕は東京で互いに過去のドキュメンタリー映画のDVDを観て「こうするといいんじゃないか」「こういう落とし方もあるんだね」と参照、検証する作業をしていました。
 
──ご覧になった作品は?
 
木野内:想田和弘監督の『選挙』、原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』。他にも森達也監督の『A』。そういった映画と作品の文献、本を読みながら「つまづいたのはどこか」「ここが魅力的だよね」といった話をして、「じゃあこんな風に撮っていけば面白くなるのでは?」と軽く刷り合わせをしては現場に行って失敗する。その繰り返しでした。
 
──“失敗”というのはどういうことでしょう?
 
藤岡:失敗というより、最初は「マックさんって面白い人だな」と思っていたのが、基本歌って踊るだけなんで、段々と「これは撮っていて何になるんだ…?」と疑問が芽生えてきたんです(笑)。そこはかなり悩みました。木野内さんがカメラを回してくれていて、いないときは僕ひとり。「密着する意味があるのか?」という気持ちになりましたね。
 
木野内:僕らがなんとなく撮れるだろうなと思っていたものがまったく撮れなかった。インタビューでも、夢やあるべき社会の姿など「こういうことを言ってくれるだろうな」と想定していたのが、言うのは「スマイル!」だけですからね。
 
──映画にする見通しを立て撮影していても、なかなか手応えを得られなかった?
 
藤岡:そうですね。京都大学のシーンが撮れるまでは「これはもうどうしようもないな」と思っていました。「これじゃあ成立しないな」と。何とかなると感じたのはほぼ終盤でしたね。
 
木野内:原監督の『ゆきゆきて、神軍』の主人公、奥崎謙三さんも異様な人物ですが、彼には明確な敵がいる。想田監督の『選挙』は選挙システム、森監督の『A』は報道陣がひとつの敵のような役割を果たしていて、「俺らの映画でそれは何なんだろうね?」という話もしましたね。
 
──仕上がりから考えるに、そうした「映画にしづらい」被写体を面白く観てもらうためにも編集は特に重要な作業だったと思いますが?
 
藤岡:編集は、なるべく自分が思い描いた“真実”に基づいてでしたね。「こう見えた」という思いが伝わるように編集したんです。だからインタビューでも「嘘くさい」と思ったものは使わずに「これは本当のことを言っているな」と感じた言葉を使っています。マックさんには相当な時間のインタビューをしましたが、なかなか心に入ってこないんです、言葉が。でも何か持っている人なのは分かる。それをどう表現できるんだろうと考えながら、秘書の櫻井さんが働いておられる姿を見ていると「この人、単にお金だけで働いているんじゃないな」という気がしたんですよ。たとえば言葉使いがマックさんに似ていたり、どこか影響を受けている、男として魅力を感じている印象を受けたので、櫻井さんや他の人を通じてなら、言葉にはできないマックさんの魅力が伝わるかもしれないと思って取り組みました。
 
──周りから浮き彫りにしたということですね。
 
木野内:今、マックさんの魅力という言葉がありましたが、お互いあまり好きじゃないですからね(笑)。
 
──それは意外な、またこうしてお話をきいていると納得できるような…
 
木野内:嫌なところもたくさん目にしましたしね。ただ、彼は決して隠さない、そこがすごいなと思いました。さっき挙がった京都大学のシーン。学生の女の子を罵倒するんですが、そこで言っているのは最低な大人の発言ですよ。ところがその後、四条河原町で警察に向かって「お前、俺がマック赤坂だと知らんのか!」と言う。相手が弱かろうが強かろうが関係ない。「俺はマック赤坂だ」を通す。それはマックさんというより人間の魅力。人間くささというか、「何じゃこの怪物は?」と思える人ってなかなかいない。そういう意味での魅力ですよね。
 
藤岡:嫌なところがあるのが、あの人のいいところなんですよ。マックさん自身「俺はピュアだ」と何度も繰り返していましたが、自分に正直に生きようとしているから気持ちもコロコロ変わる。好きだと言っていたものを嫌いと言うし、「今日来い」と言われて行くと「ダメ」。大変でした。コントロールできないんですよ。こちら側が「こうしてほしい」と思っていても、そう動くことはまずないですから。
 
──とにかく撮影現場では苦労されたんですね。
 
藤岡:でも街頭インタビューはとてもスムーズに進みました。大阪は独特の空気がありますね、フレンドリー。クライマックスの橋下徹さんとの対決場面でも、群集から「聞く耳は持とう」という雰囲気は感じましたもん。
 
木野内:人間と人間の距離が近いですよね。東京と明らかに違う。カメラを持っていると度々話しかけられました。
 
藤岡:撮影していたら「お兄ちゃん、何してんの?」って近づいてきて、「あ~撮ったらアカンアカン」と言いながら「で、何?何?これ?」って。僕たちからすると「どっちなんですか?」という(笑)。
 
──街頭インタビューは面白いですね。梅田の地下街や西成などの場面がメリハリをつけていると感じました。
 
藤岡:大阪に住んでいたこともあるんですが、久々に来ていい場所だなと思いましたね。
 
木野内:僕も初めて大阪に長期滞在して住みたくなりました。単純に人たちが面白い。
 
藤岡:あと映画ではあまり触れてはいませんが、大阪府知事選挙では泡沫候補たちに2万票入るんですよ。ということは、大阪には彼らに対して「よくやった」と投票する人が2万人いる。これは東京との大きな違いですよね。「死に票」になるかもしれない票を2万人も入れには行かない。
 
──そういえば大阪の描写で、風景のインサートもアクセントになっています。それまで攻めの姿勢のドキュメンタリーだったのが急に詩的に、ソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』を思い出すようなトーンに変化する。
 
藤岡:好きなんです、ああいうの(笑)。本当はいっぱい盛り込みたかったのを削って抑えているんですよ。はじめはもっとあったのが「長過ぎる」という苦情が殺到したんで(笑)。
 
──しかしながら密度の濃い作りになっていて、足りない要素は追加撮影をして補ったということも観て伝わる。元はどのくらいの尺だったんでしょう?
 
藤岡:2時間くらいでした。でもその時間をただ消費するよりも、90~100分くらいに収めて、あとの時間は観て下さった人が現実の人生に対して夢を持ってもらえたらいいなと考えました。この作品は「ちょっと観足りないな」くらいの長さがちょうどいいんじゃないかと。
 
木野内:映画ってベストなプロパガンダのツール。大きく人生を変えるきっかけにもなる。僕たち自身がそうでしたから。だから僕もこの映画が映画館で終わってしまったらつまらないなと思うんです。昔、『ビー・バップ・ハイスクール』や『ロッキー』を観て、ちょっと“無敵”な感じになったじゃないですか? 映画館を出て、帰り道で日光にさらされてその無敵感は薄くなってゆくけれど、映画「立候補」ではなるべくその感覚が持続すればと思っています。
 
藤岡:もしも「足りねえよ」と思われる方がいたら、出演している大阪の人たちに電話して取材されるのもいいかもしれません。うまくいけば橋下市長や松井府知事にも会えますから(笑)。
 
──この映画の制作スタイルを実践すると(笑)。記者クラブのシーンは監督が実際に会見へ出席して撮影されたんですか?
 
藤岡:ええ。肩書きを「フリーランスのジャーナリスト」にして。どフリーランスですけど(笑)、できないケースもある筈ですが、たとえ政治家でも気になる人たちに直接会いに行ってみると面白いですよ。この映画を真似してみてください(笑)。
 
──まさに挑戦ですね。最初に伺った人生へのチャレンジ、泡沫候補の人間観察やマックさんと息子との関係、他にも政治に関する問いかけ、ドラマ性などボリューム感のある作り。最終的に監督が最も重点を置いたのは?
 
藤岡:選挙に出るということじゃなく、人生であきらめかけたことにもう一度“立候補”してみようという気持ちになってもらえれば、という思いです。
 
──着想を完成まで貫いたんですね。作品は見方によっては“マジョリティ対マイノリティ”という図式も成り立つかと思います。そのような意識はありましたか?
 
藤岡:それに関して言うと、マックさんは自分がマイノリティだから弱いとは思っていない。たぶん羽柴さんもそうだと思いますが、そこがあの人たちのすごさ。「マイノリティだから自分は日陰者」という風には考えない。普通はそう考えられないですが、あの人たちはいろんなことに失敗してさらに挑戦を重ねて成功した体験を持っている。だから「橋下さんに対して自分は対等じゃない」という感覚を持たない。その点は見習うべきじゃないかなと思いますね。
 
──木野内さんはいかがでしょう?
 
木野内:監督に比べて「外野」的なところにいる僕から観ると、この映画にはいくつかのレイヤー(層)があると思うんです。選挙システムや報道が写さない裏側、皆が知らないこと。あとは単純に泡沫候補というジャンルの面白さですよね。そういうレイヤーがあり、僕と藤岡君はいつも少し意見が異なるんですが、今回はやっぱり最後に人生を讃えようとふたりで話しました。今の世の中で勇気を持って踏み出すと、どうしても笑われたり蔑まれる対象になってしまう。でもそれはよくないよねって。そこですごく素直に“讃える”ということをしてもいいんじゃないか? 「いつかは絶対あなたにも分かってくれる人が現れるんだよ」とシンプルに言いたかったんです。
 
 
大阪は公開初日(7月27日)、京都は翌日(7月28日)に藤岡利充監督、木野内哲也プロデューサーのトークイベント、舞台挨拶を行う予定。観終えて心に留まる場面がひとつでもあれば、劇場でふたりに声をかけてみることも人生の小さな“立候補”になるかもしれない。神戸では8月17日(土)に元町映画館で公開される。なお、ニコニコ動画での上映会も8月2日まで開催中。ニコニコ動画で視聴して、さらに劇場でご覧になる方には特別割引を実施。詳細は各劇場へお問い合わせを。
 
                      (取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』)



(2013年7月22日更新)


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Movie Data





(C)2013 word&sentence

映画「立候補」

●7月27日(土)より、第七藝術劇場、
元・立誠小学校特設シアター、
8月17日(土)より、元町映画館にて公開

【公式サイト】
http://ritsukouho.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/162375/

映画『立候補』ニコニコ映画上映会
http://live.nicovideo.jp/watch/lv144461386

Event Data

トークショー&舞台挨拶決定!

【日時】7/27(土)14:45回 上映後
【会場】シアターセブン(同ビル5F)
【料金】通常料金
※当日ご鑑賞の方のみ対象
【トーク(予定)】藤岡利充監督/
木野内哲也プロデューサー/角田龍平弁護士

【日時】7月28日(日)
【会場】元・立誠小学校特設シアター
【料金】通常料金
【舞台挨拶(予定)】
藤岡利充監督/木野内哲也プロデューサー