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「この後もう映画撮らなくてもいいんじゃないのって
思うくらいの傑作になってしまいました。」
『みなさん、さようなら』中村義洋監督インタビュー

 『アヒルと鴨のコインロッカー』や『チーム・バチスタの栄光』などで知られる中村義洋監督が映画化を切望してきた同名小説の映画化『みなさん、さようなら』が1月26日(土)より、テアトル梅田ほかにて公開。“ある出来事”がきっかけで、突然「一生、団地の中だけで生きていこう」と決めた12歳の少年・悟の人生を描く。彼は団地の中で目覚め、眠り、恋をして、友達を作り、働く。しかし、かつての友達は少しずつ減っていき、恋人までもが彼の前を去ろうとし……。中村監督の数々の作品でタッグを組んできた濱田岳が主人公の12歳から30歳までを演じる異色の青春映画だ。そこで、来阪した中村義洋監督にインタビューを行った。

 

――原作との出会いは?
 
「2008年の5月くらいです。プロデューサーに薦められて読んだんですが、以前から撮りたいと思っていた感じの話でばっちりでしたね。『アヒルと鴨…』で瑛太くんが演じた役が2年間ひとりぼっちで日本語の練習をしてた人だったんですが、そういうある場所であることをやり続けるということに惹かれるんです。」
 
――そこに惹かれる理由は?
 
「何故かは分からないんですが昔からです。菊池寛の短編小説『恩讐の彼方に』も、ずっと岩を掘る話なんですけど好きで。今回の映画で言えば、大山倍達の空手のトレーニングなんて、ほとんどの人が2日、3日しか続かないはず(笑)。(濱田)岳演じる悟みたいに17年間もやらないでしょう(笑)。自分が映画監督になる前に映画を観ていて、こういう風に生きたいと思ったことが結構あるので、作る側になってお客さんにそういう風に感じてもらえたらなと思うところがありますね。」
 
――原作を読まれてすぐに主演に濱田岳くんを迎えたいと思われたんですか?
 
「最高の映画にするなら岳にお願いしたいとすぐに思いました。僕の中で『ブリキの太鼓』という映画みたいになるといいなと、なんとなく思っていました。「大人になりたくない」と言って3歳で自分の成長を停止させるお話なんですが、岳の感じに合うでしょう(笑)。12歳から30歳の17年間を演じたわけですが、岳のお芝居に関しての大きな変化はなく、波瑠ちゃん演じる有里だけどんどん成長していったり、倉科カナちゃん演じる早紀も気持ちに変化が起きて外へ行っちゃったり。あと、建物で言ったら撮影した団地自体は老朽化していたんですが、それを映画の前半部は合成で真っ白のピカピカにしたりとかしました。」
 
――17年の経過は順撮りですか?
 
「2,3ヶ月掛けて撮影できたら順撮りも出来たんでしょうけど、ベランダのシーンであればそのシーンをまとめて撮影してます。撮影期間は20日間くらいだったんですが、20日間の中で17年間を演じたんではなくて、3日間くらいでベランダのシーンを撮ったので、3日間で17年を演じてます。場所ごとに17年を何度も演じてるんです。」
 
――それは濱田くん以外の周りの役者さんも大変ですね。
 
「クランクインの1番最初の撮影が波瑠ちゃんのシーンだったんですけど、衣装合わせや顔合わせの時も全然喋らない控えめな子で少し心配だったんです。だけど撮影に入ったらモチベーションがぐんと上がってすごい良かった。俳優に要求することは、あなたをキャスティングしているんだから、あなたの思うように演じてくださいということと、メソッドとしては台詞を身に染み込ませてねということなんだけど、そこで聞く相手の台詞はその場で初めて聞く言葉として受けて、それに対して返すことが必要なんです。それを岳は出来るから信用してるんですが、撮影初日の波瑠ちゃんもそれが出来ていたので手ごたえを感じましたね。」
 
――以前、濱田くんが「中村監督と台詞に関する細かい話はしない」と話していましたが。
 
「しないですね。僕は普段の岳の考え方から好きなので、それで脚本を渡して考えてきてくれるもの。日常的な会話の面白さもあるから信じてます。もっと面白くなるんじゃないのと思う時はあえて、いじったりもしますけど、後は何も言わないですね。」
 
――濱田くんは作りこんで来るタイプなんですか?
 
「作り込むってことでもないんです。具体的に言うと相手の役者さんの台詞をよく聞くってことなんですけど。それに対してちゃんとリアクションが出来る。だから、芝居が嘘にならない。今回は岳だけでなく、他の俳優さんたちもそうでした。」
 
――では、濱田くん演じる悟に何かを求めたという感覚はないんですか?
 
「岳で行こうと決めた時に達成していましたね。」
 
――どんな風に演じてもらっても良かったということですか?
 
「そうそう。『アヒルと鴨…』の頃、あるシーンで岳が台詞を言いながら泣いてて「なんで泣いてるの?」と言ったら「いや、普通に脚本読んだら泣いちゃったんですけど」と言ってて。脚本だけでは分からなかったんですが、原作を改めて読み返してみるとこれは泣くわなと思いました。それで「ごめんな」と誤りました(笑)。それもあって、もう信用しようと思って(笑)。その感覚は多部未華子にもありますね。岳と多部ちゃんは、それ違うんじゃないの? と思うことはないんです。」
 
――濱田くんと5作目のタッグとなりますが、改めて思うことはありましたか?
 
「やっぱりいいなと思いました。目突きの練習をするシーンは確か台本では勢いが強すぎてガムテープの粘着では飛ばしちゃうからいちいち直すと書いていたんです。だけど、本番を撮ってみたら練習しようとするだけで落ちちゃったんです。それがねらいだったらコメディの演技になると思いますが、岳は物事の今起きてる状況を受けた対応が出来てるんですよね。それで、本当に絶妙のタイミングで落ちるからスタッフもみんな笑いをこらえてて。カットした瞬間みんな爆笑でしたね。」
 
――では、他のキャスティングについては?
 
「キャスティングに関してはとても時間をかけました。特に田中圭くんが演じた堀田という役がなかなか決まらなかったんですよ。本当に救いようのない悪人なのでね。よく演じてくれたなと思います。上手いしね。」
 
――風貌が一見優しいので怖さが際立ってました。
 
「それが大事だったんでキャスティングの候補の幅もせまかったんです。絶対的に“善”なイメージの人に“悪”を演じてもらいたくて。何人かオファーしたんですが「ここまでの悪人は…」と断られました。そんな中で田中くんは、そういう役であっても快く完璧に演じてくれたんです。」
 
――本当にキャスト全員が素晴らしかったです。あと、もうひとりの主役とも言える団地も。監督自身は団地育ちなんですか?
 
「理想の団地探しに苦労しましたよ。いい所はいっぱいあったんですが、貸してもらえなくて。2,3ヶ月探して全く手ごたえがなくて、もう映画撮れないんじゃないかってくらい追い込まれました。僕自身は、茨城県の全然団地のないところの出身で、特に団地で映画が撮りたかったというわけではないんです。だけど、ロケハンしていたら空とか背景が見えなくなって視界が団地で埋まるのが面白いと思い、そこで団地にグッときました。」
 
――団地ってマニアの方とかいますもんね。
 
「団地団の方に先日お会いして大絶賛していただきました。団地が出てくる映画やドラマは今までもたくさんありましたけど、団地がほぼ主役になってる映画は川島雄三監督の『しとやかな獣』以来だと大喜びしてて。しかも『しとやかな獣』は団地が素敵だ! と謳ってる頃の映画ですからね。」
 
――冒頭にもその時代の団地紹介ビデオが流れますが、あの映像ってこの映画のために作ったんですか?
 
「あれ本物なんです! あれを観た時にこの映画は出来たなと確信しました。価値観が今と真逆ですごいビデオだなと思いました。」
 
――では、原作からこだわって生かしたところはありますか?
 
「原作のど真ん中で、実は過去にこういうことがありましたというのが入ってるんで、それは映画でもきっちりど真ん中に入れました。普通の脚本家の考えだとマリアというブラジル人の女の子は2時間の映画だったら60分以内に出てないといけないくらい悟にとっても物語にとっても重要な役なんです。それで、60分以内に前振りでブラジル人が引越して来たよというシーンを入れようかという話もあったんですが、そこは普通のドラマとは違うよね、となりましたね。」
 
――ブラジル人が出てくるところもそうですが、時代の捉え方が見事でした。ケーキのデザインやファッションまで絶妙ですね。
 
「ベンガルさんがケーキ屋の店主の時は団地の人が好みそうなケーキを並べて、岳と(永山)絢斗くんがケーキ屋をしている時はちょっとお洒落に変えたりしています。僕が70年生まれなので、80年代というのは10歳~20歳までの一番青春時代を過ごしたんですけど、まぁダサいじゃないですか(笑)。60年代も70年代もお洒落として流行が戻ってきたりするのに80年代はもう二度と戻ってこないですよね(笑)。90年代も戻ったりしてるのに。」
 
――永山くんがSAILORSの服を着ていたのが懐かしくて笑いました。
 
「大きい眼鏡を掛けたりチェッカーズみたいな髪型をあえて出すのは止めました。同窓会のシーンで少しはいるけど、これが80年代ですよ! と前面に出すと作り物感が見えてしまう気がして。80年代のラジオをあえて流すとかは恥ずかしいから止めようと。絢斗くんの役はその時代の妙にお洒落な子という設定なんですよ(笑)。」
 
――監督が撮影で心がけていることはありますか?
 
「お客さんの目線になることですかね。現場のモニターでその芝居を見てて、それを初めて観る芝居として見れるか。脚本も書いてるし次の台詞も知ってるし、テストで言い方を変えようかという話をしてたりするからそれが直ってるかどうかも気になるんだけど「よーいスタート!」と言った後はかなり努力して切り替えて観るようにしています。」
 
――監督にとってのこの映画『みなさん、さようなら』とは?
 
「全作業終えてとりあえず1回通して観ましょうと言って観た時は、まだ修正も出来ますし、撮影の時心がけたのと同じように努力して頭を切り替えて、お客さん目線で観るようにします。テンポが早すぎないかとか途中で飽きないかとか。でも、そうやって観たらすごい感動してしまって泣いちゃったんですよ。1本指腕立て伏せのシーンとかで。「おまえずっとやってたのかよ!」と普通に思えてウルッときました(笑)。この映画作っちゃったら、この後もう映画撮らなくてもいいんじゃないのって思うくらいの傑作になってしまいました。ま、その後に撮ってこの間完成した映画も結構いいですけどね(笑)!」
 
 
 これだけ中村監督が自信を持ってお贈りする『みなさん、さようなら』は、数々のヒット作を飛ばしてきた中村監督にとっても代表作になること間違いなし。カテゴリーとして成り立ってきている“団地映画”としても必見の作品だ。濱田岳はもちろん、全キャストの好演や驚きの展開含め、見どころ満載。是非、劇場でこの傑作に触れてほしい。



(2013年1月28日更新)


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中村義洋 監督

Movie Data

(C)2012「みなさん、さようなら」製作委員会

『みなさん、さようなら』

●1月26日(土)より、テアトル梅田ほかにて公開

【公式サイト】
http://minasan-movie.com/

【ぴあえいが生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/160642/