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記憶を失ったディジュリドゥ奏者GOMA
その過去と現在を松江哲明が3Dで描く!
これはまったく新しいドキュメンタリーだ。

オーストラリアのアボリジニの民族楽器であるディジュリドゥ。独特の形状と演奏方法で不思議な音を生み出す楽器だ。そのディジュリドゥの世界的奏者であるミュージシャンGOMA。彼は2009年11月26日に首都高速で追突事故に遭い、後に「記憶の一部が消えてしまう」「新しいことを覚えづらくなる」という高次脳機能障害と診断される。当初はディジュリドゥが楽器であることすらわからないほど記憶を失っていた彼が、リハビリを経て復活するまでの過程を追ったドキュメンタリーが映画『フラッシュバックメモリーズ3D』だ。監督は、『童貞。をプロデュース』('07年)、『あんにょん由美香』('09年)、『ライブテープ』('09年)などで知られる松江哲明。映画はGOMAとそのバンドGOMA&The Jungle Rhythm Sectionのライブ映像を軸に、過去の映像やGOMAと妻すみえの日記、そして突然異なる映像が頭の中に飛び込んでくる症状「フラッシュバック」をアニメーションで表現。昨年、第25回東京国際映画祭のコンペティション部門で観客賞を受賞した本作が、いよいよ1月19日(土)より全国順次公開される。

 

  GOMAのドキュメンタリー映画を松江哲明が撮るというニュースを聞いたとき、2つの意味で非常に驚いた。ひとつは全くないと思われた2人の接点について。もうひとつは、これがまさかの3D映画であるということ。これまで松江監督は多数のドキュメンタリー映画を撮影してきたが、それらは、機動力のあるカメラで対象や様々な人々への取材を行い、演出し、切り取っていくといったものだ。しかし本作は、GOMAのライブ映像がひとつの軸になっている。しかも3D。そしてインディーズ作品である。これは松江監督自身にとって、大きな挑戦でもあるのだ。
 
 
松江「GOMAさんのことはまったく知りませんでした。プロデューサーからこんな人がいるんだよって聞かされてはじめて音源も聴きました。でもそのときは、はっきりと映画にするつもりはなかったんです。“記憶”って僕の映画の中では重要なテーマなんですけど、そこは『あんにょん由美香』('09年)でやりきった感があって。でも2011年の春に、GOMAさんの復活お披露目ライブを観に行って、これはすごいと。もう圧倒されちゃったんですよ、GOMAさんのエネルギーを演奏で感じて。このポジティブなエネルギーだけで映画に出来ると思った。記憶の障害のことよりも、“この人は音楽の人だ、これだったら映画撮れる”って。だからその時点で3Dにすることも映画の構成もだいたい決まってました」
 
GOMA「僕も松江さんのことは知らなくて。名前くらいは事故前は知ってたのかもしれないですけど…。映画にしたいって言われたときは、正直どうなんやろう?って葛藤はありました。やっぱり、自分自身の障害や過去のことを知られるっていうか、さらけ出すのって嫌やなあって。あとは、それが表に出ることで、家族に対してもどんな影響があるだろうかって、そこはすごく考えましたね。でも、今、自分は事故で死なずに、2度目の人生を生きていると思ってるんです。この人生をどう過ごすか考えたときに、自分の姿を通して、誰かに生きることの意味を感じてもらえるのであれば、本当に嬉しいことだなと思ったんです。事故の後はほとんど誰にも会ってない日々が続いてたんですけど、このまま閉じこもって生きていてもどうせいつか死ぬわけだし、外に飛び出して社会や人と繋がって生きていくとしても最後は死ぬんだし。そう思うと答えは自ずと出てきました」
 
松江「そこからGOMAさんに会って、しょっちゅう家に遊びに行くようになったんです。それで、GOMAさんは次に僕に会ったときに違和感がないように、何度も日記や写真を見返したりしてくれていたと思うんです。普通は前に会ったときの記憶があるから、それを元にして会話したりするわけですけど、GOMAさんはそれが出来ないわけですよね。そういうことも、直接会って気づいていくんですよ」
 
GOMA「その頃の日記を読み返したら“3Dで映画? どういうことなんや?”って書いてますね(笑)」
 
 
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  松江監督の過去の作品を観ている人であれば、この映画がまったくこれまでとは異なる手法であることがわかるだろう。それは3D映画ということだけでない。映像に出される字幕の言葉も、いつもの松江監督自身の一人称ではない。監督がコントロールできない部分、ある種の行き当たりばったりで現実を捉えていくのとは違う形で「過去」を挿入していくのだ。
 
 
松江「僕自身がこういうことを描きたい、というよりは、僕が最初にライブで感じたあのGOMAさんの熱量を画面に映したいという感じでしたね。例えばGOMAさんのリハビリの姿を撮っても、それはただ“自分とは違う”ってことにしかならない気がしたんです。よく難病モノの映画とかで、いっぽうが病気でいっぽうが健康で、その“違い”で感動させるのとかあるじゃないですか(笑)。あれがもう、嫌いなんですよ。なのでいつものようにカメラを持って追っかけることはせずに、もっとこう、GOMAさん自身のリズムに入り込んでいくことを目指したというか」
 
GOMA「実際に3Dでこの映画を観てもらったら、今の僕の脳の症状というか感覚みたいなものがよく分かると思います。この症状って、なかなか口で言っても伝えられないんですよね。お医者さんも映画を観てくれたんですけど、すごく勉強になったって言ってくれました。記憶がなくなっていたり、フラッシュバックがあったりという感じは、本当に3Dで映画を観ると擬似体感できるんじゃないかなと思います」
 
松江「そういう意味では、この映画が作品としてどういう評価を受けるかというよりは、GOMAさんにとっての生きる道具になってほしいなって気持ちがありました。だからGOMAさんのエネルギーと今を、しっかり撮りたいと思った。言葉にすると陳腐なんですけど、僕はGOMAさんにはなれないわけだし、記憶障害の症状に関しても結局いろいろ話してて、“わかんないんだってことがわかった”って感じなんです」
 
GOMA「この映画はなんていうか、まるで自分の外付けの脳みそのような…、最高の贅沢な思い出アルバムを作ってもらったというか、そんな感覚がありますね。今もこうして話をしてても何度も泣きそうになるんです」
 
 
 
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  映画は2011年の10月に、渋谷のライブハウス「WWW」で撮影されたGOMA&The Jungle Rhythm Sectionのライブを軸に、ステージのバックに過去の映像やフラッシュバックのアニメーションが映し出される。3Dの演出は、その過去というレイヤーが奥行きであり、前にいるGOMAたちが現在=ライブとして飛び出してくるものだ。これは、「ライブ」とは生の演奏であると同時にひとつの「生」を意味することを感じさせる、稀有な映画体験だ。思えば松江監督はこれまでもさまざまな形で「生」を映してきたし、これもそのひとつと言えるだろう。
 
 
松江「やっぱりGOMAさんのライブを撮りたかったから、これは3Dならやりたいことが出来るなって思ったんです。インタビューとかで切り込んでいくんじゃなくて、3Dという“絵”だけで見せられるなって。視覚的に訴える強さっていうか、説明しなくていい部分っていうか」
 
GOMA「あと、ディジュリドゥがこんなに3Dに向いてるとは思いませんでしたね(笑)。3Dで観てもらえるとホントに飛び出してくるんで」
 
松江「ただ、3Dの製作に関しては、ホントに最初はなんにもわかんなかったんでプロデューサーに調べてもらったんですけど…」
 
高根プロデューサー「最初はいろいろ調べたんですけど、やはりものすごくお金がかかることが分かって…。それで初心に返ってネットで検索をしたんですよ。“3D 製作 格安”とかって(笑)。そしたら個人でやっていらっしゃる渡辺(知憲)さんの名前が出てきて、実際に相談したら快諾して頂きまして。そこから具体的に動き出した感じですね」
 
松江「カメラも最初は(カンパニー)松尾さんとか大根(仁)さんとか、主観の強い人に撮ってもらおうかなと思ってたんです。3Dカメラのことは技術的にはぜんぜんわかんなかったんで、最終的には3Dで撮れる複数のカメラマンにお願いして。でも映画の完成形は見えてましたね。もともと3D映画はすごい好きですし…。参考にしたのは『U2 3D』('09年、キャサリン・オーウェンズ、マーク・ペリントン監督)とか、『glee/グリー ザ・コンサート 3Dムービー』('11年、ケビン・タンチャロエン監督)とか、あと3Dじゃないですけど『ストップ・メイキング・センス』('84年、ジョナサン・デミ監督)。それとスタッフみんなには『ハート・オブ・ゴールド』('06年、ジョナサン・デミ監督)を観てもらいました。ワンカットはこれくらい長くていいから!とか言って(笑)」
 
GOMA「僕はもう撮影のときの記憶はないんですけど、映像を観る限りライブ自体はいい感じにできてたんじゃないかなと。そういう場とか雰囲気をみんなが作ってくれてたんだと思います」
 
松江「撮影はほぼライブの尺に近いですね。やっぱりライブは切ったり何度も演奏したりしないほうがいいと思う。人間が出せるエネルギーって限界あると思うし」
 
 
 
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  ちなみにライブ撮影の会場となった渋谷「WWW」は、かつて「シネマライズ」という映画館だった場所だ。そんな“映っていないものを想像させ、思いを巡らせる”という魅力も、この映画は有している。
 
松江「そう。そこはね、個人的にすごく嬉しかったし、気づいてもらえるのはやっぱ映画ファンとして嬉しいですね。ここで何度も映画観たし、テンション上がりましたよ。もう映画館ではない場所にスクリーン張って撮影して…。この映画を観て、ここが映画館だったって何人かは思い出してくれるかなって」
 
 
 
 
 そして、 こうした映画を作り上げたことによって、GOMAにとっても松江監督にとっても、次のステップへ向けて何か思うところはあったかと聞いてみると…
 
松江「僕は正直ね、そこははっきり言っちゃうと、もうこのインディペンデントの規模での監督はやめようと思いました。ちょうど今アニメーションのプロデュース(漫画家・大橋裕之原作の『音楽』。監督は岩井澤健治)をやってるんですけど、それも『フラッシュバックメモリーズ』を撮ったからこそですね。もちろん3Dも含めてやりたいことやアイデアはいっぱいあるけど、それはもうインディペンデントの規模ではなく、もっとお金をかけてやることだって思ってます。同じ規模でやるなら監督ではなくプロデュースをすることが、自分としては新しいことかなと」
 
GOMA「僕にとってはこの映画が出来たことで、2度目の人生のスタートラインに立てるかなという気分です。この3年間、過去の自分を追っかけてきたけど、もう自分のエネルギーを使う場所はそこじゃないって思ってる。やっぱり自分自身に限らず、ネガティブに考えようと思えば考えられる材料なんていくらでもあるけど、それをちょっと視点や発想を変えることで前向きになれると思うし。あと、この映画は、僕に起こった出来事はいつ誰の身に起きるかわからないことなんやでって。明日、自分やあなたの家族や大切な人にに起こるかも知れない。それを意識すると、日々の時間の過ごし方も変わってくると思うんです」
 
松江「やっぱり、GOMAさんと出会ったってことが一番重要かな。僕もGOMAさんからいろいろ教わったし、何より僕とGOMAさんの関係はまだ始まったばっかりなんですよね。まだこれからどんどん続いていって、きっといろんな未来がある、そのことをこの映画に映し出せていたらいいですね」
 
 
 
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  詳しくは書かないが、映画のラストに非常に印象的な言葉と演出がある。そこでGOMAは、映画になった自分自身の失った過去から未来を見出す。「映画」がGOMAの喪失をすくい上げ、同時に作品にも新たな意味を与えたのである。今回、取材中にこの素晴らしいラストシーンを思い起こして、ふと考えた。GOMAはこの日の取材のことを、そのうち忘れてしまうのだろう。日記には書き記しているだろうか。もしこの日の記憶がなくなってしまうとして、果たしてこの記事をGOMAにとって意味あるものにすることは出来るだろうか…
 
GOMA「これまで僕は、自分の過去を勉強して、追いかけて、必死に人生を補足しようとしていたんです。人によっては「過去なんてなくても生きていけるよ」って言ってくれる人もいるんですけど、当事者になるとなかなかそうは思えなくて。やっぱり誰もが自然に過去の記憶の蓄積があって、未来へ繋がっていくんだと思うし。そこが自分にはないってのが怖かった。でもこうして映画になってみると、自分の失われた過去の言葉に、未来の自分へのメッセージがあるように感じたんです。そうしたら、これからは今の自分に出来ることにエネルギーを使って生きて行こうって。いまだに時間軸とかよくわからなくなったりするけど、この障害を持った自分の脳は、ひとつの個性なんだと考えてます。過去と同じように出来ることが大事なんじゃなくて、今の自分に出来ることをやっていく。この映画を経て、今、そんなふうに思ってるんです」
 
 



(2013年1月15日更新)


Check
左:GOMA 右:松江哲明

Movie Data

(c)2012 SPACE SHOWER NETWORK INC.

『フラッシュバックメモリーズ3D』

●1月19日(土)~1月25日(金)
 T・ジョイ京都(1/21舞台挨拶あり)
●1月19日(土)~2月8日(金)
梅田ブルク7(1/20舞台挨拶あり) ※2/8追加舞台挨拶あり
●3月2日(土)〜3月14日(木)
 109シネマズHAT神戸

※2D版
●2月9日(土)~2月22日(金)
 第七藝術劇場
●3/10(日)、3/12(火)、3/13(水)、3/15(金)
 京都みなみ会館

【公式サイト】
http://flashbackmemories.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/161021/


GOMA

1973年1月21日生まれ。大阪府出身。世界最古の木管楽器ディジュリドゥの可能性を斬新かつ様々な切り口で追い求めるミュージシャン。単身渡豪したオーストラリアで、数々のコンペティションに参加し入賞。なかでも'98年にアボリジニの聖地アーネムランドにて開催された「バルンガディジュリドゥコンペティション」では準優勝という快挙を果たした。帰国後も現在までにソロ、バンド名義を含め多数の作品をリリース。2009年に交通事故による後遺症のため高次脳機能障害を負う。その後は突然描き始めた絵画の個展などを行う中、リハビリを経て2011年に野外フェス『頂』で奇跡の復活を果たす。


松江哲明

1977年生まれ。東京都出身のドキュメンタリー作家。'99年日本映画学校(現・日本映画大学)の卒業制作として撮られた元在日コリアンである自身の家族を描いたセルフ・ドキュメンタリー『あんにょんキムチ』で、韓日青少年映画祭監督賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波特別賞などを受賞。'09年に亡くなったAV女優の林由美香を追った『あんにょん由美香』で毎日映画コンクール・ドキュメンタリー賞を受賞。前野健太のゲリラライブを1カット74分で撮影した『ライブテープ』('09年)で東京国際映画祭・日本映画ある視点部門作品賞受賞。


Event Data

舞台挨拶決定!

【日時】1/20(日)19:00の回上映後(20:20~舞台挨拶)

【会場】梅田ブルク7

【登壇者(予定)】GOMA/松江哲明

【日時】1/21(月) 19:00の回上映後
(20:20~舞台挨拶)
【会場】T・ジョイ京都

【登壇者(予定)】GOMA/松江哲明

【日時】2月8日(金)21:00の回上映後(サイン会もあり!)

【会場】梅田ブルク7

【登壇者(予定)】GOMA
※チケット等詳細は各劇場までお問い合わせください。

Live Data

フラッシュバックメモリーズ公開記念GOMA&The Jungle Jungle Rhythm Section ワンマンLIVE「2nd Life」

2月17日(日)チケット発売!

2013年4月5日(金)
大阪・梅田シャングリラ
20:00
前売3300円 当日3800円(ドリンク別)
Pコード192-421

2013年4月7日(日)
東京・渋谷WWW
19:00
前売3500円 当日4000円(ドリンク別)

LIVE:GOMA&The Jungle Rhythm Section
VJ:ROKAPENIS

Exhibition Data

フラッシュバックメモリーズ公開記念GOMA個展 記憶展第三章「ひかり」

2013年3月9日(土)~3月20日(水・祝)
東京・恵比寿KATA(LIQUIDROOM 2F)

2013年4月27日(土)~5月6日(月・祝)
大阪・福島PINE BROOKLYN