「楽な気持ちで観ていただいて、油断してたらこうくるかと
やっぱり心震える“娯楽映画”に仕上げたいんですよね」
『綱引いちゃった!』水田伸生監督インタビュー
『舞妓Haaaan!!!』、『なくもんか』で独自のコメディ路線を築き上げた水田伸生監督が、『フラガール』、『パッチギ!』の脚本家・羽原大介とタッグを組んで生み出した最新作『綱引いちゃった!』(11月23日(金・祝)より、TOHOシネマズ梅田ほかにて公開)。舞台は大分県。お堅く真面目な市役所勤務の千晶(井上真央)は上司から「地元PRのため女子綱引きチームを結成せよ」との無理難題を課される。しかし、マイナースポーツなだけにメンバー集めがうまくいかない。そこで、廃止寸前になった給食センターに勤める千晶の母と、母の仲間たちをチームに入れることに。そして、千晶は自らチームのキャプテンとなって全国大会を目指すが……。
女子綱引きチーム“綱娘(つなむすめ)”の一癖も二癖もあるメンバーを演じるのは、千晶の母・容子に松坂慶子、練習をサボリがちな容子の友人に浅茅陽子、反抗期の息子とふたり暮らしの母に西田尚美、認知症の父と暮らす娘に渡辺直美ら。妻として、母として、それぞれ様々な境遇の中、悲喜こもごも人生に奮闘している女性を見事に好演、その姿には共感を覚える女性も多いはず。そこで、来阪した水田伸生監督に話を訊いてみた。
――この映画は見事に、女の“悩み”や“心情”を描いていますが、監督も脚本の羽原さんも男性ですし、色々リサーチされたんですか?
「脚本の羽原さんも僕も幸いなことに妻帯者ですから、一番身近な取材先は妻のネットワークでした。羽原さんに至っては、奥様に給食センターでお勤めしてもらったんです。協力してくださる奥様もすごいですよね。後は、女性にしか分からない生理的な部分や深い感情に関しては分からないかもしれませんが、一番大事なのは自分の感覚や感情で、母を思う子の気持ちは自分にもありますし、母から受けた愛情というのも記憶があります。そういうものを羽原さんと、時にはプロデューサーも交えて恥も外聞もなく語り合いながら本作りしました」
――監督の前作『舞妓Haaaan!!!』、『なくもんか』での宮藤官九郎さん脚本と今回の羽原さんの脚本に大きな違いはありますか?
「宮藤さんの脚本は特殊なんです。本来映画のシナリオというのは、映画全体の設計図と言いますか、スタッフもキャストもそれを読んで、映画の全体的なイメージを掴み取るものなんです。だけど、宮藤さんの脚本は、小説や劇画のように読み物としてすでに面白いんです。それが宮藤さん流のサービス精神なんでしょうけど、読んだみんなが「宮藤の本、面白い!」と言うように書いてあるんです。でも、映画にはシーンごとのメリハリが必要で、そのシナリオを吟味をしながら撮らなくてはいけない。本通りに撮るんではないと思っているんです。今回の羽原さんに関しては、『フラガール』や『パッチギ!』でも証明されていますが、つかこうへいさんに師事していた方だけに泣き笑いはお得意なところでした。今回の作品をコミカルに撮りたいという希望はありましたが、「笑える本を書こうとは思わなくていい。いつもの羽原さんのテイストで。笑いはこちら側でみつけたり、こういうのを入れましょうかと事前に提案するからあまり考えないで書いてほしい」と伝えていました。それで、製作準備が進んで主演が真央ちゃんに決まり、玉山くんが決まり、渡辺直美ちゃんが決まりと狙い通りのキャスティングが決まっていって。そこで、また脚本に戻り、直美ちゃんをどう活かせるかなどを考えながら進めていきました。羽原さんとはそういった感じで宮藤さんとのやりとりとはまったく違うんです」
――と、言うことはキャスティングが決まってから結構、話が動いたということですね。渡辺直美さんはどういった経緯でキャスティングされたんですか?
「直美ちゃんはまず体格で選んだんです(笑)が、相当、脚本の修正を加えましたね。コント番組での彼女を見ていて間違いなく芝居うまいだろうなと思っていました。テレビドラマにもいくつか出演されてるんですが、彼女が活きる使い方がされてなかったように感じていましたから、この作品で映画初出演と思えない渡辺直美の女優っぷりを観てほしいですね」
――キャスティングと言えば、松坂慶子さんのコメディエンヌっぷりがすごかったのと、風間杜夫さんとの共演には『蒲田行進曲』を思い出してしまいました。
「故・森田芳光監督の『武士の家計簿』で松坂さんを観て「最高だな」と思ったんです。あの柔軟さ、笑いの間、松坂さんのコメディセンスすごいなと。それで今回演じてもらった威勢のいいお母さん役に関しても「こういう役を演じたかったんだ」と言ってくれて、ノリノリでしたね。そして無論、僕も『蒲田行進曲』のイメージが強いですから、松坂さんのキャストが決まってから、風間さんにもお願いしようとなりました。実は風間さん演じる市長の部屋には、『蒲田行進曲』で銀ちゃんの車に乗っていた将棋の駒を置いてるんですよ(笑)」
――それは、すごい! もしや、他にも作品の中に隠れたオマージュはありますか?
「そうですねぇ。真央ちゃんの部屋の書棚の中には『なくもんか』の中で阿部サダヲくんが読んで号泣する絵本“コプタと赤い車”が実は飾ってあるんです(笑)」
――全然気づきませんでしたが、面白いですね! では、『トップガン』風の冒頭はどうやって生まれたんですか?
「そもそも主人公は大分のPRを委ねられた市役所の職員で、トップシーンは何にしようと羽原さんと話していて「では市のPRビデオを作っているというのはどうだろう」という案が出ました。だったら、「大分の人も見たことがない大分とはどういう所だろう」「空からはみんな見たことないんではないか」「では飛ばせよう」となりました(笑)。それで、取材に行って初めて分かった大分の特色が、東洋一の溶解炉と言われる製鉄所の佇まい、そこで働いてる方々の多さ、そこを出張などで訪れる人の多さで、町のひとつの象徴だと思ったんです。それで製鉄所の佇まいの力強さから強引に滑走路を繋げました。そこに主人公を立たせたらどうだとなって、そこから後はスタッフの悪ノリです(笑)。あのシーンで真央ちゃんが掛けていたサングラスと、ラストの県大会で玉山くんが掛けてるサングラスが実は一緒なんですよ。弱冠そこで僕の中ではラブストーリーなんです(笑)」
――それ気づく人いたらすごいですね(笑)! 真央ちゃんと玉山さんの居酒屋でのシーンは本当にお酒を飲んでいるって本当ですか?
「酔うシーンって、実は俳優にとって難易度が高いんです。酔うとバランスが崩れてきて、体が揺れたりは確かにするんですけど、それを無意識に体制を戻すのが人間の生理なんです。しかし、役者さんに酔った芝居を要求すると体を揺らすだけのことが多いんです。ふたりともお酒が飲める人だったので、ちょっとだけ飲んでその感覚を呼び戻して欲しいというのと、少しお酒が入ることで自分を律しようとして、逆に芝居に対して客観的なもうひとりの自分が生まれるんです。結構長まわしのシーンですが、その客観的な自分が生まれたから台詞もとちらないし、間も狂わなかったんですよね。ただ、僕は「ビールちょっと飲めば?」と言ったんですが、玉山くんはビールをジョッキで3杯、焼酎4杯飲んでます。それは飲みすぎですよね(笑)。あのシーンよく観ると玉山くんの目は充血していて、まぶたが重くなって開いてませんからね(笑)。あれはメイクアップでは出来ません(笑)。」
――それは飲みすぎですね(笑)。では、監督だけが知っている井上真央さんの魅力があれば教えていただけますか?
「冷静で熱があるところですね。熱演だと思って、自分勝手に盛り上がる俳優さんが多いんですけど、真央ちゃんはシナリオが求めてることや僕が求めてることは何だろうと考えるところがものすごく冷静なんです。でも、俳優としての熱はあるので、自分の演じるべき形が見えた時にはすぐに出来ちゃう。中途半端が無いんです。芝居に対するアプローチはとてもクールで芝居に熱がある。なかなかいないタイプの女優さんですね。」
――根本的な話になりますが綱引きを題材にしたきっかけは何だったんですか?
「大分のコスモレディースさんというチームが世界チャンピオンに3度もなったという事実がきっかけです。それで、綱引きの全国大会を観に行って迫力に飲み込まれたというのもありますが、そんなに激しい動きがあるわけではないし、間近で観て感じるこの迫力を映画で伝えるのは難しいかなと最初は思いました。でも、競技綱引きは見たことないかもしれないけど、日本中のほぼ全員の方が、あの“綱”を触ったことはあるじゃないですか? あの“綱”の手触りや重さ、油の染み込んだ匂いはみなさんの記憶の中にあるはずなんです。映画って映像と音だけで表現するメディアなので、匂いや感触についてはお客様の想像力に委ねるわけですよね。すき焼きが映れば匂いもふわ~と想像出来るけど、世界のどこかの全然知らない料理が映ってもそれは記憶の中にないので呼び覚まされない。だから、ほとんどの人が“綱”を触ったことがあるというのはものすごく重要なことだったんです。競技はマイナーだけど“綱”にとってのお客様の体験はものすごくメリットだと思ったんです」
――この映画では“綱”を材料に様々な女性の友情が描かれていますね。
「実際の綱引きチームの方々に話を伺うと、男子の場合は同じ職場でチームを作ってることが多いんですが、女子はそうではなく、いわゆる専業主婦、銀行に勤めるOL、造園業の妻など年齢も環境もバラバラな方々でチームを作ってらしたんです。そこが面白いと思い、数少ない女性の群像劇というジャンルに挑戦してみました。複数の女優と仕事するのは本来は大変ですけど(笑)、女性が観る女性の群像劇って本当に少ない。洋画でも少ないんです。エネルギーと行動力とネットワーク、情報の収集力、発信力。女性でこの世の中は回ってると本気で思うくらい、僕も羽原さんも女性を尊敬しています。男はつるむけど、女性のベタベタしない友情はいいですね」
――この作品って観る前はドタバタ喜劇だろうと勝手に思っていたんですが、観終わるころには感動して大泣きしてしまっていました。監督の映画に対する“笑い”のこだわりはありますか?
「親子の情とか、女性同士の友情を描くにおいても、僕の考えとしては“娯楽映画”に仕上げたいんです。笑えるからとか泣けるから娯楽というわけではなく、感動もひとつの要素で、やっぱり心震えるものが娯楽映画だと思うんです。そこで、同じモチーフを描くにもお客様のガードは下がってる方がいいんですよね。比較的“楽”な気持ちで、笑顔とワクワク感で観ていただいて、油断してたらこうくるか! という展開が、僕の仕事としては成果が出るようです」
と、水田監督が語る通り本作は、綱引きという団体戦で女同士の友情・結束を丁寧に描き、また、ひとりひとりの女性の生き方をも深く描く女性の群像劇。小ネタもちょこちょこ挟みつつ感動へと持っていく誰もが元気になれる映画だ。是非、劇場に足を運んでこの作品からみなぎるパワーを貰っていただきたい。
(2012年11月22日更新)
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