インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 映画監督デビュー作で重厚な演出が光る! 人間の本質があぶり出されるヒューマンドラマ 『その夜の侍』赤堀雅秋監督インタビュー

映画監督デビュー作で重厚な演出が光る!
人間の本質があぶり出されるヒューマンドラマ
『その夜の侍』赤堀雅秋監督インタビュー

 劇団「THE SHAMPOO HAT」を率いる赤堀雅秋が、自ら作・演出と主演を務めた同名作を改稿し、監督を務めて映画化した『その夜の侍』が11月17日(土)より、梅田ブルク7ほかにて公開される。妻をひき逃げ事故で失い、その犯人への復讐を果たそうと考えながらも、良心の呵責に苛まれる男の姿を重厚な演出で描いた本作は、人との繋がりを問いかけ、人間の本質があぶり出されるヒューマンドラマだ。堺雅人が復讐を誓う冴えない中年男に扮し、今まで見たことのない新たな一面を見せている。また、ひき逃げの犯人を演じた山田孝之は暴力的な行動の内側に底知れない孤独を抱える役どころを怪演している。そこで、本作が映画監督デビューとなった赤堀雅秋監督に話を訊いた。

 

――当初は脚本のみで、監督はされない予定だったとお聞きしましたが、初めて映画を監督されていかがでしたか?

 

「最初は無理だと思いました。映画学校に行っていたり、何か勉強したりという経験は、恥ずかしながらまったくないですし「無理です、無理です」と言って拒んでいたんです。でも、映画はもともと好きだったので、こういう機会が与えられたんだとしたら、それに乗らない手は無いかと思い、見切り発車で目をつぶって飛び込んだという感じです(笑)」

 

――この作品を観ていると、最近ニュースでよく見る尼崎の事件がふいに頭に浮かんだんですが、この映画の元となった舞台の戯曲を書かれた時も実際の事件を参考にされたんですか?

 

「実在する人物を参考にしたわけではないです。例えば、自分の母親と以前付き合った彼女とを足して2で割ったような感じで人物を作り上げていくんです。そして、脳内でエチュードをさせて、こういう場面になった時にその人物だったらどういう言動をするのかと具体的に思い浮かべて筆を走らせています。木島(山田)に関して言えば、具体的な人物が複合的になっていて、その中には“附属池田小事件”の犯人も実は盛り込まれています。ただ、その犯人のことをめちゃくちゃ調べたというわけではなく僕自身の偏見や、テレビを通じて感じた印象で人物を造形して、彼だったらこういう時どういう風に答えるか、どういう行動するかということを思い描いて書きました。また、最後の方のシーンで中村(堺)が木島(山田)にあるメモを読むシーンがあるんですが、プロデューサーからも、何からインスピレーションを受けたのか聞かれたんですが、その時は記憶がなかったんです。ただ先日この作品を観直していて、ふと思い出したのが“光市母子殺人事件”の被害者である奥さんが、旦那さんに宛てた交換日記のような書籍を読んだ時、ものすごく衝撃を受けたというか感銘を受けたというのがあって、このどうにもならないジレンマみたいなものを、物語に出来ないかと思った記憶を思い出しました」

 

――“ジレンマ”は、この作品の重要なポイントですもんね。その記憶がこの作品を生んだのかもしれないんですね。数々書かれた戯曲の中でも本作『その夜の侍』には特別な思い入れがあったんですか?

 

「オーバーな言い方かもしれませんが、どの子もお腹を痛めて産んだ子なので、どの子が可愛いとかどの子が特別というのはなく、どの作品にもそれぞれ思いがあるんです。でも、『その夜の侍』に関して言うと劇団を10数年続けていて、今までやってきた表現が袋小路になっているところがありました。それを打破しないと今後、劇団としても、表現者としてもなかなか一歩先へ進めないような状況で、今まで自分たちが大事にしていた表現や思いを、一旦壊したうえで何かモノが作れないかという思いで作り上げたのが『その夜の侍』でした。2007年に下北沢のスズナリというところで上演したんですけども、そういう意味では劇団にとっても、個人的にも一歩前に進めた作品だったという自負がある作品です」

 

――舞台から映画に改稿していく中で苦労した点や、舞台と映画での違いはありますか?

 

「ビジュアルで見せられるところは台詞を削るという技術的な面での違いはありますが、舞台と映画で特に違いはありません。ただ、映画を撮影したのは2011年なんですが、単純に2007年の舞台を4年経って同じ思いで同じテンションで出来るかというとそうではないんです。4年前に自分が書いたラブレターを今読んでくださいと言われても恥ずかしいじゃないですか。そんなようなものです。ただ単に4年前のことを踏襲してやるということではなくて、毎回書き始める時や改訂する時には、この作品を世の中に提示する意義があるのかということを考えながらやっています。そういう根底の部分が見つからないと、1行も改訂出来なくて、それを探す作業にとても苦労しました。今回、台本に着手したのが東日本大震災が起こる前で、どういうモチベーションで改訂出来るかと悶々としている時にあの震災が起こって、余計にパニック状態になりました。それでも台本を上げなくてはいけないし、ただ世の中の状況としては誰しもが混乱していたと思うんです。でも、穿った言い方になってしまいますが、あの震災があったからこそ、この作品をやる意義が自分の中で腑に落ちたんです。それは言いたくないんですがね(笑)」

 

――舞台では赤堀さん自身が演じた役を今回は堺雅人さんが演じていますね。

 

「この映画についての堺さんの記事を見ると“微笑み封印”みたいな見出しが多いですが、僕が堺さんだったらイラッとしていると思いますね(笑)。堺さんも微笑みや笑うということを、テクニックとして売り出すためにやっていることではなく、彼は無自覚にやっているんじゃないかと思うんです。だから今回も、堺雅人ファンには申し訳ない気持ちもあるんですが、堺さんのカッコ良さや可愛らしさ、お芝居のうまさやテクニックを見せたいということではなく、この物語の登場人物になっていただきたいというだけのことなんです。それはもちろん僕だけの考えではなくて、役者さん自身もそれが仕事だと当然思っているので、微笑みを封印したわけでもなく、この登場人物を僕と堺さんで話し合って構築していく上で自然にあのようになっていったんです。そういう点で言えば、堺さんだけではなくどの登場人物もそうなんですけどね」

 

――堺さんの容姿はもちろんですが、内面に抱える思いはどうやって演出されたんですか?

 

「役者さんは観客に対して分かりやすく提示したいもので、それも役者のひとつの仕事だと思うんです。ただ、単純に抑えたり、隠しきれないものが無自覚に漏れてしまうのが感情だと思うんです。例えば「うんこを漏らしそうな状態で」と言って、それを役者さんがやるとあからさまに、もじもじしたりとか「んー」と言ったりするんです。でも、そんな人は実際の生活の中にはいませんよね。うんこが漏れそうな時は、自分はうんこを漏らしそうではないと表現すると思うんです。でも無自覚に脂汗が出たり、一生懸命うんことは違うことを考えようとしたりしますよね。でも、ふいに隣の人にぶつかられたりした時に、思わぬ感情が出てきて普段だったら言わないのについ「おい!」と怒ってしまうとか。役者さんを導く時は、「こうやって動いてください」と言うよりも、生理的な部分を刺激したいと常に思っているんです。中村(堺)が奥さんの洋服のにおいを嗅いでいて、青木(新井浩文)が急に入ってきた時の振り向きについては「オナニーをしていてガラッとお母さんが入ってきた時の驚きを表現してください」と堺さんには言いました。僕は、そういう生理的な部分で導く演出が多いと思います」

 

――そのシーンで聞こえてくる留守番電話に残された中村の妻(坂井真紀)の声も、堺雅人さんとの夫婦像を想像させる印象的な声でした。

 

「一度、こういうニュアンスでと僕が読んでみたんです。それを坂井さんが汲み取って演じてくれました。実際に堺さんと坂井さんが絡むシーンはなかったのですが、ふたりには、この夫婦は元々中村(堺)の実家で暮らしていたことや両親が亡くなった時期、そこで夫婦がどのような生活をおくっていたのかや、どんな愛情があったのか、どういう夫婦関係だったのかということについては限られた時間の中で説明しました」

 

――他のキャストもそれぞれの背景が気になりました。

 

「木島(山田)は、両親が幼い頃に離婚していて、あまり教育に関心のない父親に育てられたというようなことは待ち時間に山田さんに話したりしました。ただ、あくまでも僕は、それを体現してもらいたいのではなく、そういうことから役者さんの生理を刺激したいだけなんです」

 

――谷村美月さんが演じた、何故か木島に優しくしてしまう孤独を抱えた交通整理の警備員役については?

 

「実は僕自身も20代の頃に交通整理の警備の仕事を5年くらいしていたんです。その頃、向かいの工事現場でぽつんと立っている女性の警備員の人はどういう人生を送っているんだろうと妄想したりしてたんです(笑)。どの登場人物もそうなんですが、人間同士のコミュニケーションってなかなか難しくて、それは木島(山田)と親友である小林(綾野剛)もそうなんですが、彼らの裏の設定では、高校からずっと一緒にいるんだけど確信めいた話は一度もしたことがなく、なんとなくお互い当たり障りなく過ごして来たんだと思うんです。そんな時に、幸か不幸か交通事故を起こしてしまい、当たり障りのない関係ではいられない状況になって、そこから物語が動き始めたというか。その中で中村(堺)に対してもそうですし、青臭い言い方をすると、ちゃんと魂に触れたコミュニケーションが出来れば、そもそもこの物語は起こってないんでしょうけど、そういうことは人間社会で難しいでしょうからね。関(谷村美月)もずっと心を閉ざしていた中で、負のパワーを持った木島(山田)のように、土足でヅカヅカ入りこんでくる人物に対してなぜか心を開いてしまう。それは理屈ではなく、あるんじゃないかなって。星(田口トモロヲ)もそうですよね。単純にSMの関係ということだけではなくて、この人の近くにいると自分を開けられるんじゃないかという期待から、他人からは理解しがたい行動になっているんだと思うんです」

 

――(中村(堺)が出会う)安藤サクラさん演じるホテトル嬢がカラオケで歌うシーンについて

 

「キャスティングをする前に台本を書いていたので、必要以上に歌がうまい人か中途半端に音痴かで考えたんです。それで、歌がうまいと自覚している人が何を歌うかと考えた時に、絢香の「三日月」が思い浮かびました。これは、あまり公にしたくないんですが(笑)、歌詞を見ていたら実は中村(堺)の状況にピッタリ過ぎなぐらいピッタリなんです。その歌詞を分かって中村(堺)を見ていると、僕は毎回グッと来て、百発百中あのシーンで泣いてしまうんです」

 

――そうなんですか!! 絢香の歌の歌詞にまで注目してなかったのでそれは急いで調べてみます(笑)。では、出来上がった自身の作品をどう思われますか?

 

「僕だけではなく大勢の人たちの色々な思いが詰まった作品なので一概には言えないんですが、いち映画ファンとして客観視して、下手くそだなと思いました(笑)。でも、下手くそだけど、無骨でエネルギッシュでいい新人監督じゃないかなとも思います(笑)。小器用にまとめるのではなく、エネルギーが満ち溢れてるというところはもちろん目指していたんですが、そういうことが具現化できたと思います」

 

 と、手ごたえを感じている様子を語ってくれた。また海外の映画祭では「この作品ってすごく土着的で、魚民とかセブンイレブンの弁当とか「牛角とサウナでゴールデンコース」っていう台詞なんかがロンドンの人に伝わるわけがないと思っていたのに、意外と評価が高かったんです。ロンドンの魚民的なところやロンドンなりのゴールデンコースもあるでしょうから(笑)汲み取ってくれたんですかね」と笑って話してくれた。役者の豪華さも話題になっている本作だが、その役者たちの熱の入った演技は本当に見ごたえがある。また新人監督とは思えぬ重厚な演出も作品に奥深さを醸し出している。是非、絢香の「三日月」の歌詞を調べてから(笑)、劇場で鑑賞してほしい。




(2012年11月16日更新)


Check
赤堀雅秋監督

Movie Data





(C)2012「その夜の侍」製作委員会

『その夜の侍』

●11月17日(土)より、
梅田ブルク7ほかにて公開

【公式サイト】
http://sonoyorunosamurai.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/159672/