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「私の中では、今でも“アシュラ”と一体化しているような感覚です」
それぞれにとって特別な作品になった、
今だからこそ観てほしいアニメーションの傑作『アシュラ』
声優・野沢雅子&さとうけいいち監督インタビュー

 1970年代、有害図書として発禁問題を引き起こしたジョージ秋山による同名漫画を映画化した『アシュラ』が9月29日(土)より、梅田ブルク7ほかにて公開される。産後すぐに親に捨てられ、本能の赴くままケダモノのように生きてきたアシュラが、若狭という少女との出会いを皮切りに徐々に変化していく様が描かれる。『鴉 -KARAS-』のさとうけいいち監督が、水彩画をCGで動かす技術を用い、その壮絶な運命を綴っていく。本作の公開にあたり、“アシュラ”の声を務めた野沢雅子とさとうけいいち監督が来阪した。

 

 残虐なシーンや発禁問題などがクローズアップされがちな本作。本当に描こうとしているのは、人間の業の愚かしさと哀しさや、それでも生きようとする人間の本当の強さを映し出すことで、“生きる意味を問う”ということだが、まずは発禁問題を引き起こした原作を現代で映画化するにあたって、監督はどのように感じていたのかを聞いてみるとー

 

さとうけいいち監督(以下、さとう):私も、プロデューサーから話をいただいた時は皆さんと同じように、「なぜこれを映画に?」と思いました。ただ、監督を引き受けて原作を読んでからは、既に作られていた映画の雰囲気が、なんとなく、“アシュラ”と若狭の悲恋物語になっていたことに違和感を覚えていました。それから昨年の東日本大震災が起こって、本気で考え方を変えて作っていかなきゃいけないと思って、人間は命があってこそなんだというテーマを見つけました。前を向いて“生きる”ことは大変ですが、なんだかんだあっても人間はすごいということと、“生きる”ことをテーマにした方がいいんじゃないかと思って、そこから180度映画の方向性が変わっていきました。

 

 そのように変化していった“アシュラ”だが、一方で“アシュラ”の声のオファーを受けた野沢は、“アシュラ”についてどのように感じたのだろうか。

 

野沢雅子(以下、野沢):私は、事務所から「断ってもいい」という前提で、“アシュラ”のオファーの話をいただいたんです。事務所からすると子どもが人間を食べてしまうという、少しハードな物語だったので、単純にそういう言い方をしたようでした。でも私は、子どもが人間を食べるということは普通の状態ではないので、そこには必ず何かがあると思って、“アシュラ”のことは何も知らなかったんですが、その場で受けることを決めました。その後で台本を読んだら、本当に素晴らしかったですし、私はこの子に出会えて良かったと思っています。たしかに、人間を食べるシーンもありますし、映画を観て目を背けたくなる方もいらっしゃると思うんです。でも、私は“アシュラ”をそんな目で見ていただきたくないですし、「ひとりで一生懸命生きている」んだと叫びたいぐらいなんです。だって、“アシュラ”は産み落とされた時から親も知らないし、どうやって生きていくのかも知らなかったんです。生きる術を自分の身体で学んで生きてきたんです。だから、先ほど監督から元々は悲恋物語だったと聞いてびっくりしました。悲恋ものじゃなくて、本当に良かったです(笑)。

 

 即断即決のような状態でオファーを受けた野沢だが、やはり“アシュラ”への思いはただならぬものがあったようで、今までとは全く違う状態で録音に挑んだそうだ。

 

野沢: “アシュラ”は常に飢餓状態なので、私も録音をしている間はあまりお腹いっぱいにはしなかったんです。それでも、普通だったらお腹が鳴るのに、この時は鳴らなかったんです。すごく不思議ですよね。人間は、自分の気持ちの持ちようでこれだけ違うんだということが今回、立証できました。それに、電車で行く時も、普段は人間ウォッチングをするんですが、“アシュラ”をやっている間は、電車の中でどんな人を見たのかも覚えてなくて、ずっと自分の世界に入ったままでした。スタジオの中でも、普段だったらお菓子をつまんだりするんですが、でも私は一切手をつけませんでした。自分の世界に入っていたんだと思いますし、私の中では今でも、“アシュラ”と一体化しているような感覚なんです。

 

 「今でも、“アシュラ”と一体化しているような感覚」だと語った野沢だが、監督は野沢による“アシュラ”の声を聞いてどのように感じたのだろうか。

 

さとう:野沢雅子と聞くと、ドラゴンボールや鬼太郎が浮かぶと思いますし、野沢さんに“アシュラ”をオファーしたことを保険と取る方もいたかもしれません。でも、野沢さんは絶対にゼロの状態で録音に来てくださると思っていましたし、実際に私の予想を遥かに超えた衝撃を受けました。実写と違ってアニメーションは、最初から絵があるので、演出も若干されているんですよね。でも、音声……言霊が入ることによって変わるものなんです。野沢さんの“アシュラ”の声には、本当に衝撃を受けました。

 

 一方、野沢にオファーを出したさとう監督は、野沢に断られることは想像していたのだろうか。

 

さとう:断られることはもちろん想像していましたし、現場の中でさえも“アシュラ”に対するネガティブな意見はいっぱい渦巻いていましたから。最初は、プロデューサーも私も、こういうジャンルが日本では難しいんじゃないかという勝手な思いを持っていたこともあって、アートっぽい色合いを持ち込むことで、海外の人に見やすくしようとは言っていたんです。でも、東日本大震災があって、まずはひとりでも多くの日本人に観てもらって感じてもらいたいと思ったので、今だからこそ逃げずに作らなきゃいけないと思いました。

 

 “アートっぽい色合いを持ち込む”という表現を使ったさとう監督だが、本作で使われている水墨画とセピア色のような色使いは、今までに見たアニメのどれとも違う新鮮さがあるとともに、残虐さや悲惨さがさらに際立って伝わってくるものとなっている。その理由について聞いてみるとー

 

さとう:元々、自分が好きなフィルムの色合いであることが理由のひとつです。それと、“アシュラ”の世界観には、光と影というコントラストの部分が影響するんじゃないかと思いましたし、生と死を扱った作品なので、それをより強調するように方向転換して、光と影のコントラストをもっと強く打ち出したものにした方がいいと思ってこのような色使いにしました。特に今回は、人間の表と裏、光と影をすごく意識しましたし、観客の方が今まで見たことのないものにしたかったですし、どこかで見たことのあるものになってしまうのは絶対に嫌だったんです。観客の方には、やるなら徹底的に強烈なものを見せたいし、体験してほしいと思いました。

 

 最後に、ポスターに入っている「目を背けるな」というキャッチコピーについて聞いてみるとー

 

野沢:「目を背けるな」というキャッチコピーがついていますが、この言葉の意味は、“アシュラ”は全部のシーン、映画が始まってからエンドロールが終わって映画館が真っ暗になるまでが見どころだということなんです。だから、目を背けているとワンカット過ぎてしまうし、見逃してしまうんです。私は、それぐらいこの映画に思い入れがありますし、“アシュラ”のことが可愛くて仕方ないんです。

 

(取材・文:華崎陽子)




(2012年10月 1日更新)


Check
左から、さとうけいいち監督、野沢雅子

Movie Data


(C)ジョージ秋山/アシュラ製作委員会

『アシュラ』

●梅田ブルク7ほかにて上映中

【公式サイト】
http://asura-movie.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/159645/