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西川美和が監督と脚本を務め、松たか子と阿部サダヲが、
夫婦に扮し、結婚詐欺を働くスリリングで衝撃的なラブストーリー
『夢売るふたり』西川美和監督インタビュー

 『ゆれる』『ディア・ドクター』で人間の深層心理を鋭く切り取り、数々の映画賞を総なめにした西川美和監督が、松たか子と阿部サダヲを迎えて描くスリリングで衝撃的なラブストーリー『夢売るふたり』が、9月8日(土)より大阪ステーションシティシネマほかにて公開される。松たか子演じる主人公・里子とともに結婚詐欺を繰り返す夫・貫也を阿部サダヲが演じ、夫婦の結婚詐欺に巻き込まれていく女性たちを、田中麗奈や木村多江、鈴木砂羽らが演じている。本作の公開にあたり、西川美和監督が来阪した。

 

 『蛇イチゴ』『ゆれる』『ディア・ドクター』と、今までの3作全てで男性を主人公に描いてきた西川監督が、本作で初めて挑んだのが女性主人公の映画。まずは、女性を主人公にした理由について聞いてみるとー

 

西川美和監督(以下、西川):私は、今までの映画で男と女の関係も、女性も描いてきませんでした。男女の関係は、前作以前から構想としてあったんですが、結婚もしていないので、まだ男と女を書ききる自信もなくて。いつか結婚したら…と思っていたんですが、いつまでたっても結婚しそうにないので、そろそろ書かなきゃいけないと思いました(笑)。男女の関係も、女性も、今まで映画の中でありとあらゆる書き方をされていると思うんです。それでも書かなきゃいけないことがあるのか、自分に問いかけましたが、30数年生きてきた自分の実感や、周囲の女性たちの生の声を出す時期なんじゃないかと思ったんです。今の時代を生きながら女性たちが抱えている欠落感みたいなものを、どういう仕掛けにのせれば新しい物語として描けるのか考えて、思いついたのが“結婚詐欺”でした。

 

 たしかに、西川監督の今までの作品には男も女も登場しているが、男女関係や女性心理が描かれていない。「苦手意識が強かった」、「男女関係を描ききる自身がなかった」と男女関係を描くことに対してネガティブな発言が相次いで飛び出したが、それでも監督が男女関係をとおして描きたかったこととはー

 

西川:男女関係を描くことは難しいですね、やっぱり。私よりも、他に上手だなと思う方はたくさんいらっしゃいますし。ただ、あのふたりはうまくいくのかいかないのかというような“恋愛関係”の先にある、“夫婦”関係、つまり、恋愛感情が停滞して愛情も十分だと思い込んでいるお互いの信頼感の先にある関係性の変化には興味があったんです。松さん演じる里子という“妻”という立場も含めて、“女たち”の映画になるといいなと思いました。他の女性たちと並べることで、妻という人間が抱えるものや、その内面でうごめいているものを描きたかったんです。

 

 本作では、自らが言い出したこととはいえ、女性を騙し続ける夫に複雑な感情を抱く妻の気持ちや、当初は、同じ場所を目指して突き進んでいたはずなのに、いつしか狂っていく夫と妻の歯車が痛々しいほど生々しく描かれる。特に、里子を演じた松たか子の演技には驚かされるはずだ。監督に、里子役に松をキャスティングした理由を聞いてみるとー

 

西川:松さんに限らず、自分の周りの女性たちもそうなんですが、綺麗、可愛い、美しいというだけが女性の価値ではないし、もっとダーティな部分も女性の魅力のひとつだと思うんです。男性がそうであるように。それをちゃんと描くことが、この映画の目的でした。それに加えて、現実をちゃんと生きている女性を描きたかったので、肝の据わった人に演じてもらわないと話にならない一方で、生々しいものを露悪的に見せてしまうのもよくない。これだけのヒール=悪役を演じてもらうには、松さんの根っこの部分にある絶対に壊れない品格が重要だと思ったんです。あれだけたくさんの演出家を惹きつけてきて、ミューズと呼ばれている松さんだったら、このヒロインを救済してくれるだろうと思って、キャスティングさせていただいたんですが、言葉どおり松さんに救ってもらったと思います。

 

 そんな松が演じた里子だが、先に映画を観た人からは、「里子の考えていることがわからない」と言われたこともあるそうだ。たしかに、本作では里子の行動の理由が台詞で表現されたり、あからさまに提示されていることはない。では、監督がそのように里子を描写した理由とはー

 

西川:人間って、自分のこともわからないと思うんです。だから、全部わかる方が逆に不自然だと思いますし、わかりやすいと言われている人の方が怪しいですよね。自分の近しい人間である肉親やパートナーのことだってわからないところが魅力だと思うし、私は里子という人物を作った人間なので、彼女がシーンごとに何を感じているのかをつかんでいますが、結局人間はわからないから怖いのであって、わからないからより面白いんだということを表現するのが、今回の映画の目的でした。人間の行動の理由なんてひとつではないし、色んなものが複合的に混ざって、本当だったら優しいことを言いたいのに、きついことを言ったりするのが人間だから。そういう人間像を今後も書いていきたいと思っています。

 

 本作には、里子を含め様々な女性が登場するが、貫也が“結婚詐欺”を企てた女性たちは、結婚したい独身OL咲月や孤独なウェイトリフティング選手・ひとみ、男運の悪い風俗嬢・紀代など、様々な職業に就いている。女性たちの職業はどのように決めていったのだろうか。

 

西川:今の時代って、こういう仕事に女の人が就いているんだと驚かされることがありますよね。女の人が就きやすそうな職業は他にもありそうなのに、何故これなのかと思うことも多いですが、その人にはその職業を選んだ理由や思いがあるんだと思うんです。だから、周りからすれば、“なんでわざわざ好き好んでこの仕事に”と思われてしまうような仕事の人をひとり出したかったんです。色んな不理解もあるだろうけど、これしかないと思ってなりふり構わない女性というのを調べて辿りついたのが、ウェイトリフティングの選手でした。せっかくだから今まで日本映画のスクリーンに1度も登場したことのないシチュエーションを出したいと思って、チャレンジしてみました。もうひとつは、どんな時代にも存在しつつ、一般的な女性からは一番遠い存在である“性を売るという職業”。同じ女性でも共通項が存在するかどうかもわからないですし、もしかしたら男性の方が彼女たちの思いや事情をよく知っているのかもしれないけど、女性は知る術もない。そういう人たちに興味があって、この機会にお会いして、違うところも共通しているところも探りたかったので、風俗嬢を登場させました。

 

 そのように、様々な職業に就いている女性たちに取材したことや、今回初めて“女性”を描いてみて監督はどのように感じたのだろうか。

 

西川:ひとつの道に全てをかける人というのは男性も女性もいると思うんですが、やはり女性の場合はどうしても、「いつどのタイミングで結婚するんだろう」とか「子どもを生むんだろうか」など、そういうことが男性よりもちょっと切実なハードルとして存在しているんですよね。だから、ウェイトリフティングの選手や風俗嬢の方に今回取材をさせていただきましたが、みんな人生を信じてきたように進められるかどうかという不安を持っていたり、女性としての生き方に対する繊細な迷いを抱えていたりするけれども、自分の人生や仕事に対して絶対的な自信を持っているんです。それはすごいことだと思いますし、人間として羨ましいと思いました。

 

 本作には、シングルマザーや独身、バツイチや不倫など様々な状況の女性が描かれているが、女性たちの唯一の共通点は30代以降であるということ。自身も30代である監督が、30代の女性たちを描くことには特別な思いがあったように思われるがー

 

西川:この映画では、男に騙された女を描くというよりも、ひとりひとりの女性の欠落感に男が入り込んでいる様を描いているんですよね。だから、騙されていくプロセスを見せることで、ひとりひとりの女性が持っている弱点や、その人の人生に足りなかったものが見えてくるといいと思って描いていました。女性は、ひとりの人間として他者にちゃんと認めてもらいたいとか、生きている価値があなたにはあるということを誰かの口から言ってもらいたいということに重きを置いていると思うんです。意外に女性って地位やお金、形としての家庭を手に入れていても、なかなか“穴”が埋まらないし、そこが埋まらないといつまで経っても幸福感がなくて、男性と比べてそういうところに敏感な生き物だと思うんです。映画を観ていただいた方の感想を聞いても、意外な人が風俗讓やウェイトリフティングの選手に感情移入されたりしていて、外見からは女の人が内側に抱えているものって判断がつかないんですよね。

 

 最後に、劇中に登場する女性が発する「人並みの幸せがほしいだけ」や「奥さんってすごい」など、生々しくリアルで印象に残る台詞について聞いてみた。

 

西川:不倫が長くなってしまった人が発する「奥さん」という単語の響きが、普通に「奥さん」と言う時の響きが違うのは、何かその根っこに抱えているものがあるからですよね。やっぱり30数年生きてくると、色んな生き方をしている女性が周りにいるので、彼女たちの言葉で頭のどこかにひっかかっていた言葉などはありました。今回は、それを余すところなく使わせていただいたので、周りの女性たちに感謝しなきゃいけないですね(笑)。

 

 西川美和が監督と脚本を務め、松たか子と阿部サダヲが、夫婦に扮し、自分たちの店を出すという夢のために結婚詐欺を働く。映画ファンなら、そう聞いただけで興味を持つことは間違いないはず。また、映画を観れば、人並みの生活や人並みの幸せを求め、純粋そうで、絶対に人を騙すことなんて有り得ないような男に騙されてしまう女性たちの気持ちも、自らが言い出したこととはいえ、女性を騙し続ける夫に複雑な感情を抱く妻の気持ちも、痛々しいほどにリアルに生々しく女性の心情を浮かび上がらせた監督の手腕に脱帽せざるを得ないだろう。自分の今の状況によって、誰に感情移入するか変化するスリリングで衝撃的なラブストーリーをぜひ劇場で味わってほしい。




(2012年9月 6日更新)


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西川美和監督

Profile

にしかわ・みわ●1974年、広島県生まれ。大学在学中に是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』(1999)にスタッフとして参加。2002年、『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビューを果たし、第58回毎日映画コンクール脚本賞ほか数々の映画賞の新人賞を受賞。2006年には長編第2作となる『ゆれる』がロングランヒットを記録。第49回ブルーリボン賞監督賞のほか、様々な主要映画賞を獲得する。2009年には長編第3作となる『ディア・ドクター』を発表。数々の映画賞を受賞し、国内外で絶賛された。本作『夢売るふたり』が3年ぶりの長編第4作となる。オリジナル脚本と監督を務め続ける、常に次回作が待たれる稀有な女性監督。

Movie Data


(C)2012「夢売るふたり」製作委員会

『夢売るふたり』

●9月8日(土)より、大阪ステーションシティシネマほかにて公開

【公式サイト】
yumeuru.asmik-ace.co.jp

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/157383/