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“極悪人の代理人”と非難される死刑弁護人・安田好弘の苦悩を
映し出したドキュメンタリー『死刑弁護人』齊藤潤一監督インタビュー

 オウム真理教事件の麻原彰晃、和歌山毒カレー事件の林眞須美、名古屋女子大生誘惑事件の木村修治、光市母子殺害事件の元少年など死刑事件の弁護を請け負う安田好弘弁護士を追ったドキュメンタリー『死刑弁護人』が、8月31日(金)まで第七藝術劇場にて上映中、9月1日(土)より京都シネマ、9月8日(土)より神戸アートビレッジセンターにて公開される。“極悪人の代理人”と非難され、加害者と被害者両者の怨恨に苦悩する弁護士の苦悩がリアルに映し出されている。本作の公開にあたり、東海テレビのディレクターでもある齊藤潤一監督が来阪した。

 

 “極悪人の代理人”と非難されながらも、死刑事件の弁護を引き受ける死刑弁護人・安田好弘。彼は、“引き受けなければならない”、“できれば別の弁護士に”というふたつの思いが交錯する中、迷いに迷って引き受けながら、加害者が背負う様々な社会的不幸に焦点を当て、繰り返される犯罪の要因を追及していく姿が映し出されている。まずは、本作を作るきっかけについて聞いてみるとー

 

齊藤潤一監督(以下、齊藤):2005年に名張毒ぶどう酒事件の再審開始決定が出た時に、初めてドキュメンタリーを作ったんですが、その時にいくら弁護士が新証拠を集めても、最高裁で確定した判決を下級裁判所が覆すことはできないという実態を何人かの元裁判官の方から聞いて、「これっておかしい」と思ったんです。一般の人からすれば、裁判所は真実を追求してくれるところだと思っているのに、そんな上下関係があるんだということに驚いて、司法についての取材を始めることにしたんです。そうして、裁判官や検察官に密着した作品や司法をテーマにした作品を作っている中で、2007年に、ちょうど弁護団がバッシングされていた光市母子殺害事件の広島での差し戻しの控訴審があって、その弁護団の中に名張事件の弁護士も加わっていたんです。僕が1作目の「重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~」という作品を作った頃は、その弁護士は無実の人を救う正義の味方だと報道されていたのが、光市の弁護団に入ると、鬼畜や悪魔と言われていたんです。弁護士として同じ刑事事件を扱っているのに、この落差は何だろうと思ったところから、光市母子殺害事件の弁護団に密着した「光と影~光市母子殺害事件弁護団の300日~」という作品を作ったんです。そこで安田さんと知り合ったことが、『死刑弁護人』のきっかけになりました。

 

 そうして安田弁護士を追い、本作『死刑弁護人』を作ることになった監督だが、安田弁護士が、そう簡単に取材をOKしたとは思えない。取材できるようになるまで、どのような苦労があったのだろうか。

 

齊藤:「光と影」を作った時に、安田さんの人間性や弁護士としての力量を知って、安田さんを追ってみたいと思ったんですが、さすがに「光と影」の撮影をしている時でも、安田さんにカメラを向けると、すっと顔を逸らすぐらい安田さんはマスコミ嫌いだったので、取材をするのも難しいと思って最初は諦めていました。それでも、数年経っても安田さんを追ってみたいと思っていたので、ダメもとで取材を申し込んでみようと思って、「死刑弁護人」という企画書を作って安田さんに持って行ったんです。そうしたら、案の定「自分はマスコミが大嫌いだし、タレントでもないのに何故カメラに密着されないといけないんだ」と断られまして、一旦は諦めかけたんですが、一度で諦めるのも悔しいと思って、周りの親しい弁護士の方に相談して、「死刑弁護人たち」という4、5人の弁護士を追うオムニバス形式の番組ということで企画書を持って行ったら、他の弁護士の方との兼ねあいも考えてくださって、やっと引き受けてもらえました。

 

 そのようにして安田弁護士の姿を追っていく中で、監督は安田弁護士の人柄をどのように感じたのだろうか。

 

齊藤:安田さんは本当にブレない人ですし、事件の真実や何故この事件が起きたのかということを徹底的に追求する姿勢を持っている人だと思いました。二度と同じような犯罪を起こさないためには、何故その犯罪が起きたのかということを、突き止めないといけないし、そうしなければ同じような事件が起きてしまうという考え方は本当にブレないですね。だから、光市の事件の時も被告人に不利になるかもしれない発言を包み隠さず法廷に出して、真実を追求したんです。安田さんは、今でもきっとあれが正しかったのかどうか迷ってらっしゃるとは思うんですが、やっぱり真実を法廷に出さないと全てが見えてこないというのを、弁護士の信念として持ってらっしゃる方です。

 

 また、マスコミの前で見せる安田弁護士の表情と、弁護士仲間との会合の時の表情、また真剣にパソコンに向かっている時の表情など、安田弁護士が見せる表情の変化にも驚かされた。

 

齊藤:記者会見などのマスコミの前で見せる目つきと、普段の目つきは全然違いますよね。普段の安田さんは、すごく優しくて、お茶目な方なんです。人間的にすごく優しくてピュアだからこそ、死刑事件の弁護もできるんだと思うんです。安田さんがよくおっしゃるんですが、犯罪を犯す人は家庭的にも恵まれていないし、社会的弱者の方が多いから、そういう弱者を救ってあげたいと。死刑弁護は、気持ちの優しい人じゃなかったらできないと思いますし、安田さんがすごく気持ちの優しい人だというのは取材をとおして感じました。実際、死刑弁護なんて全く儲からないですからね。弁護料ももらえないのに、交通費や経費はかかってきますから。

 

 本作は、そのようにして安田弁護士の姿を映し出した映画であり、安田弁護士の姿から見えてくるものがありませんか? という問いかけの映画であって、決して死刑廃止を声高に叫ぶものではない。

 

齊藤:『死刑弁護人』というタイトルをつけると、「製作者は死刑廃止論者ですよね?」とまず聞かれます。僕自身、光市母子殺害事件の弁護団を追った時に視聴者の方から「お前は犯罪被害者の気持ちが分かるのか」という意見をたくさんいただきまして、それで犯罪被害者の方を追った「罪と罰」という作品を作りました。そういう作品を作ると、死刑はあった方がいいんじゃないかという風に考えますが、名張事件のように冤罪の可能性が高い事件を追っていると、死刑はない方がいいんじゃないかと思ってしまうんですよね。そのように、死刑制度については自分自身の考え方も揺れていますし、スタッフの中でも死刑廃止という考え方と死刑はあるべきだという考え方の人がいたので、ひとつの主張をとおすのではなく、安田さんの姿を通して死刑制度についてもう一度考えてもらうきっかけにするような作品にしたいと思いました。

 

 齊藤監督は、2010年に戸塚ヨットスクールの事件後を追った『平成ジレンマ』を監督し、東海テレビ発のドキュメンタリーとして初めて劇場で公開された。その後東海テレビとしては、40年以上“四日市ぜんそく”という公害と向き合ってきた男の記録を追った『青空どろぼう』も劇場公開され、本作『死刑弁護人』が3本目の劇場公開映画となった。普段からドキュメンタリーを作っている齊藤監督だが、映画になるドキュメンタリーと、テレビでしか放送されないドキュメンタリーの違いはどのようなものなのだろうか。

 

齊藤:我々は名古屋のテレビ局なので、ローカルのテーマに沿った番組が多いんです。でも、ローカルだけではなくて多くの人に観てもらえる題材を扱うこともあります。特に今回は名古屋色が全くなくて、安田さんは東京の弁護士さんですし、事件も名古屋のものはひとつだけですし、ロケも和歌山カレー事件は京都で弁護団会議が開かれているので、京都ロケですし、光市の事件の裁判は広島なので、広島ロケもありましたし、これは名古屋の人だけでなく、多くの人に見てもらえるんじゃないかと思いました。そのように全国の人にも見てもらえる題材の時は、全国の人に見てもらいたいんですが、我々はどうしてもローカル局なので、全国ネットでドキュメンタリーを放送するのは、スポンサーもつきにくいですし、放送できないんです。そうした時に多くの人に見てもらうには、劇場公開するしかないということで、3作品続いている感じです。今回は特に、撮り始める時から映画を意識していたので、普段のテレビのドキュメンタリーを撮っている時よりは、長くカメラを回したりしていますし、感覚は違いました。

 

 では、最後にこの映画をとおして齊藤監督が伝えたかったこととはー

 

齊藤:安田さんのことを嫌いな人、よく思ってない人に観てもらいたいんです。一方的なマスコミ報道の影響もあって、そういう見方になってしまったんだと思うんですが、この映画で安田さんサイドから見れば、事件や裁判が違う角度で考えられるような気がするんです。もうひとつは、人間・安田弁護士という観点で見ると、今の世の中バッシングされたりすると、なかなか自分の意思を貫く生き方ができないと思うんです。でも、そんな中で安田さんは、バッシングされても逮捕されても自分の生き方を貫いてるんです。そういうひとりの男としての生き方にすごく魅力を感じていただけるんじゃないかと思いますし、そういうところを観てもらえれば嬉しいです。




(2012年8月21日更新)


Check
齊藤潤一監督

Movie Data



(C)東海テレビ放送

『死刑弁護人』

●8月31日(金)まで、第七藝術劇場にて上映中
●9月1日(土)より、京都シネマにて公開
●9月8日(土)より21日(金)まで、
神戸アートビレッジセンターにて公開

【公式サイト】
http://shikeibengonin.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/158447/