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「映画をとおして第一次産業の素晴らしさや豊かさを伝えていきたい」
シリーズ化も決定している『種まく旅人~みのりの茶~』
塩屋俊監督インタビュー

 『ふたたび swing me again』の塩屋俊監督が、日本の農業の姿を描く感動のヒューマン・ドラマ『種まく旅人~みのりの茶~』が、シネ・リーブル梅田ほかにて公開中だ。畑仕事をしたことのなかったヒロインが身分を隠している農林水産省の役人と共に、祖父の有機緑茶農家を救うために奮闘する姿を描く。田中麗奈がヒロイン・みのりを、そして彼女をサポートする役人・大宮金次郎を陣内孝則が熱演している。豪華な共演陣や風光明媚な大分県臼杵市の景色にも注目してほしい作品だ。本作の公開にあたり、塩屋俊監督が来阪した。

 

 本作は、「私たちの命を支える第一次産業を応援する映画でかっこいい農家を描きたい」という塩屋監督の思いのもと、多くの農業従事者に取材をし、構想を練って完成された。その“かっこいい農家を描きたい”という思いの根底には監督のどのような考えがあるのだろうか。

 

塩屋俊(以下、塩屋):農業が抱えている最も大きな問題は担い手がいないということですよね。田中麗奈という新しい世代、すなわち孫の世代が農業を継いでいくことがすごく重要だと思うし、夢があるんじゃないかと思ったんです。日本の農業の現実って、就業者の平均年齢が65.8歳で、その方たちの平均年収が200万ぐらい。それって絶対におかしいと思うんです。そこをもう1回考えなおしてほしいということと、若い人たちに興味を持ってもらうことがすごく重要だと思ったんです。映画の中で、ずっと表面的なことをかっこいいといっていた田中麗奈が、柄本明演じる祖父のかっこよさを理解することで、本当のかっこよさがわかっていくんですが、本当の意味でのかっこ良さイコール豊かなことって何なのかということですよね。

 

 それを緑茶農家で描くことにした理由は?

 

塩屋:お茶も、ペットボトルが当たり前になっていますが、昔は急須に茶葉を入れてお湯を注いで、何分間か蒸らして、湯のみ茶碗に注いでましたよね。昔は日本中の家庭にあったあの時間がどこに行ったのか。閉塞感が漂っている現代で、寄り添ったり関わったりすることがどれだけ大切なのか、震災以降、東北地方の皆さんが寄り添って生きてらっしゃるのは、第一次産業に関わってらっしゃる方が多いから、共同体意識というものが確実にあるんですよ。そういう意味でも、日本の再生や東日本の再生は第一次産業の再生以外に方法がないと思うんです。実は、この映画を撮り終わった直後に福島県相馬市に呼ばれて、第2話を撮ってくれという血判状までもらって、準備をしている最中に震災が起こったんです。農耕民族としての日本人の伝統や文化、日本人の物作りの根本みたいなものを、いつの間にか我々は失ってきてしまったんです。そこに、若い人たちの雇用も含めて、産業としての再興にエンタテインメントが少しでも貢献できればいいと思って、第一次産業をコメディで描くことにしたんです。

 

 相馬市から第2話を撮ってほしいという血判状をもらうことになった経緯は?

 

塩屋:『0〈ゼロ〉からの風』という田中好子さんの遺作となった作品が縁で相馬市長から声をかけられて、『0〈ゼロ〉からの風』の上映会を相馬市でやったんです。それがきっかけで去年の1月15日に前作の『ふたたび swing me again』の上映会をやってくれたんです。その舞台挨拶の壇上で『種まく旅人』のPart2を撮ってほしいという血判状をいただいたんです。

 

 昨年の時点で第2話の話が出ていたということは、シリーズ化も視野に入っていたということですか?

 

塩屋:実は第2話はもう準備に入っていて、淡路島で水産業を描こうと思っています。近年、釣りバカシリーズがなくなり、寅さんシリーズもなくなった中で、日本人が年に1回観たいと思う懐かしい映画のスタイルで切り口を第一次産業である農業にしたものを僕なりに追求してみようかと思っているんです。でも、第一次産業を描こうと思ったら、水と土の話に行きつくんです。肥沃な大地は全て豊饒な海が作っているし、森林がいい土を作って、それが海に注ぎ込んで、自然って循環していますよね。それを全部描こうと思ったら、1本の映画では到底描けないんですよ。いつかは、金ちゃんアフリカ篇とかね(笑)。

 

 陣内さん扮する金ちゃんこと、大宮金次郎の名前の由来は?

 

塩屋:よく、遠山の金さんぽいですねって言われるんですよ。最後、陣内くんが名乗るところなんて、お白洲での口上みたいじゃないですか。なんで金次郎かというと、遠山の金さんと二宮金次郎をかけてるんです(笑)。雨の日は本を読んで、晴れの日は耕すという二宮金次郎の晴耕雨読の報徳思想が農業の根底には流れている。やっぱり農業というのは、それだけ自然と共生している産業なんです。そのことをもう1回考えてほしかったんです。

 

 では今後も、陣内さんは主役として出演するということですか?

 

塩屋:陣内くんには出てもらいますが、『スパイ大作戦』みたいなフォーマットを考えています。『スパイ大作戦』って、ピーター・グレイヴス演じる金髪の兄ちゃんの下に5人ぐらい控えているじゃないですか。その内のひとりが陣内くんだと捉えてください。第2話では、女の子が淡路島で奮闘する姿を描くつもりです。陣内くんは、えらそうなことを言う先輩として登場してもらうつもりです(笑)。でも、何年後かにやろうと思っている相馬編は陣内くんが主役だと思っています。彼が演じた大宮金次郎だったらすぐに塩につかった、原発の脅威に晒された田んぼに行って、打開策を考えていますよ。

 

 陣内さんのモデルは?

 

塩屋:何人かの複合キャラクターなんですが、実際に農林水産省の方々に話を聞いてみると、皆さん若い頃に地方の農政課などに派遣されたりしてるんです。僕が仲良くしている方は、もう上のクラスにいるんですが、今だに地方を回るのが好きで、ロッカーを開けると地酒が入ってるんですよ(笑)。農林水産省という若干地味な官庁で、土にまみれて一生懸命やっている彼らはかっこいいと思いますし、僕は彼らにエールを送りたいんです。最も人間の生きることに関わっている“食”を扱う省庁ですから。今後の日本の再生のキーワードは“地方”と“第一次産業”だと思います。

 

 もうひとりの主役である田中麗奈さんについては?

 

塩屋:この映画は、30代の彼女の作品の中では代表作になると思うし、僕は映画女優・田中麗奈の信奉者なので、彼女のお手伝いができて嬉しいです。彼女は、僕が投げる演出についてのいくつかのコメントをまっさらな状態で吸収しようとするので、これぐらい演出していて楽しい人はいませんよ。素晴らしい反応が返ってくるんです。偏見を全く持たずに役に挑んでくれたので、みるみるうちにみのりに変身していきましたよね。それに、この映画って、田中麗奈演じるみのりが豊かさや大切なものに“気づく”物語なんですよね。田舎の青年会や婦人会など、人との関わりを嫌っていた彼女が、茶摘に協力してもらったり、皆で助け合ったことで、ひとりでは何もできないこと、みんなでやっていく、共生の素晴らしさに気づくんです。そういう部分が映画の中で表現できれば、人の温もりや温かみが伝わるだろうし、若い世代に農業っていいんじゃないの、と思ってもらえれば映画を作った甲斐があったかな、と思います。

 

 そして、もうひとつの主役で、塩屋監督の故郷でもある風光明媚な大分への思いとは?

 

塩屋:実は、第1話は大阪の河内長野で準備していたんです。でも、シリーズものにしようと思った時に自分の生まれた場所というのは、こよなく愛しているのはもちろんですし、どれだけ豊かなところで生まれ育ったのかというのは、若い頃には気づかなかったですし、離れて初めて気づかされるんですよね。本当の尊さとか大切さを自分が描こうとした時に、やっぱり故郷から始めることが一番いいと思えたんです。

 

 最後に監督がこの映画で伝えたかったこととは?

 

塩屋:僕は、『種まく旅人』というエンタテインメント作品で日本人の最も素晴らしい部分を鼓舞していきたいんです。お百姓という言葉は、百の仕事が同時にできる人という意味なんです。イコール“匠”であり、アーティスト。そういう人は日本中にごろごろいるんです。そういう方々にもっとスポットを当てて、その方たちの技術や英知を次の世代が担っていけるようにする橋渡し役というか、そういう風に触発できるような映画を作っていきたいと思っています。映画には、世の中を変えるほどの力はないです。でも、若干の刺激を与えることはできると思うんです。だから、『種まく旅人』シリーズを少なくとも10年はやって、映画をとおして第一次産業の素晴らしさや豊かさを伝えていけたらと思っているんです。高度な技術や工業部門でも日本という国は素晴らしい国だと思うんですが、元々の智恵や技術は農業をやることで生まれてきたことなんです。その英知が全ての産業に繋がっていったと思うんです。だから、結局は農業がスタート地点なんだということを映画で伝えたかったんです。




(2012年3月21日更新)


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塩屋俊監督

Profile

しおや・とし●1956年大分県臼杵市生まれ。慶応義塾大学在籍中にメソッド演技の演技理論に基づいたレッスンを受ける。以後、テレビや映画への出演を続け、1994年に世界基準を想定した演技学校を目指し、塩屋俊アクターズクリニックを設立(現在は、「アクターズクリニック」東京校/大阪校)。1997年に初企画作となる原田眞人監督作『バウンスkoGALS』で当時の生徒を多数起用して制作、その後映画監督、プロデューサーとして活動の場を広げる。代表作に『0〈ゼロ〉からの風』(2007)『きみに届く声』(2008)。前作『ふたたび swing me again』で第28回山路ふみ子福祉賞を受賞。

Movie Data


(C)『種まく旅人~みのりの茶~』製作委員会

『種まく旅人~みのりの茶~』

●シネ・リーブル梅田ほかにて公開中

【公式サイト】
http://www.tanemaku-movie.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/158107/