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「由美香が嫉妬するような映画を目指すしかないんです」
『監督失格』平野勝之監督、庵野秀明プロデューサーインタビュー

 仕事仲間であり、元恋人だった女優、林由美香との自転車旅行を記録した『由美香』がヒットした平野勝之監督の11年ぶりの新作で、“由美香”と関わってきた15年間の記録に新たな映像を加えて構成されたドキュメンタリー『監督失格』がTOHOシネマズ梅田ほかにて公開中。『新世紀ヱヴァンゲリヲン』シリーズの庵野秀明監督が実写映画を初プロデュースしたことでも話題の作品だ。本作の公開に先立ち、平野勝之監督と庵野秀明プロデューサーが来阪した。

 

 200本以上の作品に出演し、映画に愛された女優・林由美香は、2005年に34歳という若さで急逝。そんな彼女の生前の姿を捉えた映像を交えながら、カメラは元恋人である“由美香”から離れることができない平野監督の痛切な思いをひしひしと伝えるとともに、彼女と親しかった人々が、彼女を失った悲しみと向き合う姿を捉えていく。由美香自身が平野監督を撮った映像や、亡くなる前の彼女の映像など、この映画でしか観ることが出来ない映像が林由美香という女優の喪失を、私たちに知らしめる。そして、なんといっても、林由美香を撮影するべく、由美香の自宅を訪れた平野監督が、図らずも由美香の死と出会ってしまい、そこでカメラが回されていて、そのテープが残されていたことを私たちは知ることとなる。松江哲明監督作『あんにょん由美香』の中では、由美香の映画を作る覚悟が決まらないと語っていた平野監督が、本作を作るに至った心境の変化とはー 

 

平野 :心境の変化はそこまでなかったですね。ただ、去年プロデューサーの甘木さんと話した時に「由美香の話だったらプロデュースするよ」とはっきり言われて。心境の変化があったとすると、由美香の話を仕上げてしまえという心境になったことでしょうか。あの(亡くなった由美香さんを発見した時の)テープが残っているのがずっと気になっていましたし、あのテープは僕からすると「これで映画を作れ」と言っているようなテープなんです。あのテープが手に入って、10年後、20年後にこれを使って映画を撮るぐらいがちょうどいいんじゃないかと思ってました。でも、それもぼんやりとで『あんにょん由美香』の頃は、とてもじゃないけど覚悟なんてできなかったですね。それと、心境の変化の伏線として、その1、2年前に由美香ママから「あれ使っていいんだからな。あれ使わないのか」と言われたんですよね。それが頭にあったのは事実ですね。

 

 そのような思いで映画制作に臨んだ平野監督だが、一方『新世紀ヱヴァンゲリヲン』シリーズで知られる庵野秀明が、もうひとりのプロデューサーである甘木モリオに誘われ、本作のプロデューサーを務めることを決めた経緯は意外なものだった。

 

庵野:『監督失格』というタイトルを聞いて、「これはいい」とタイトルだけで決めました。前々から、平野さんに1本撮ってほしいとは思っていたんですが、自分がこうして名前を出してプロデューサーを務めるとは思っていませんでした。縁の下の力持ちでいいと思っていたので。でも、完成した映画を観て、お金を出して良かったと思いましたね。僕はラストの、ぎっくり腰になりながら自転車で走るシーンが一番良かったです。ほんとにいいタイミングで腰を痛めてくれた(笑)。あれがぎっくり腰になってなかったら、あそこまでいいシーンになってなかったと思うんです。

 

平野:あのシーンを撮る前は、ほんとに4時間ぐらい動けなかったんです。あの日もいつものように、この映画を編集するためにスタジオに行こうと思っていて。由美香のアルバムを由美香ママから借りてきていたので、それを自転車の後ろに積んでいたんです。僕は、いつも自転車を担いでマンションの階段を登ったり降りたりしていて、いつものようにアルバムを載せた自転車を担いだんです。たぶん、由美香のアルバムが重かったんでしょうね。その時にギクっときて、その場で動けなくなったんです。医者に行ったら、その医者も面白い医者で「ぎっくり腰ってドイツ語で何て言うか知ってるか?」って聞くんですよ。それで「知らない」って言ったら、「魔女の一撃って言うんだ」って言うんですよ。「何か悪いことしたんだろ。天罰だ」と言われて(笑)。ほんと運命めいてますよね(笑)。でも、あのラストの状態を一番見たいのが林由美香だと思うんです。あれを見て一番喜ぶのが林由美香だし。だから見せてやるから、成仏しろ、という気持ちでした。自転車をこいでいても言葉にならなかったんですよね。「これが見たかったんだろ!」と叫ぶぐらいはやりかったんですが(笑)。映画を作っている時は、自分がどんな感情でこの映画を作っているのかわからなくなってましたね。由美香に作らされてる感じがすごく強くて、もうやめてくれよと。そもそも、最初の頃は由美香とママの話で考えていて、そうしたら庵野さんが「ベースはそれでいいけど、後半はちゃんと平野さんが落とし前をつけた方がいい。この映画は平野さんしか撮れないんだから」と言われたのをよく覚えています。

 

 ぎっくり腰になった平野監督が自転車に乗って走るラストシーンにいたるまでに、そんな裏話が隠れていたとは驚きだった。庵野プロデューサーが語るように、あのシーンも平野監督にしか撮ることができない名シーンとなっている。そして、由美香のアルバムを載せた自転車を担いでぎっくり腰になった監督に、医者が言った「魔女の一撃」という言葉。平野監督にとって林由美香という女性は、どこまでもついてまわる、まさに運命の女性としかいいようがないのだろう。そのように平野監督を振り回す林由美香が、本作で見せる表情はいつも素直で、由美香が平野監督を映したカメラワークも独特のものがある。 

 

平野 :彼女は、(ビデオや映画にも)本名で出ようとしてましたし、最初から嘘はつかない人でしたね。カメラを意識しないし、普段からカメラにひるまないんです。意図してやってないところがすごいですよね。撮る側からしたら、「とことんまでやるしかない」って気持ちになるんですよ。由美香がカメラを回している時の緩急のつけ方や、とっさの判断はすごい。あれは、なかなかできないですよ。彼女は、おもちゃみたいにカメラを扱うところがあったので、子どもと同じで邪心がないんだと思います。結局、カメラの前でもカメラを持っている時でも同じなんですよね。

 

 そんな無邪気で素直な林由美香という女性に、平野監督は“かなわない”と感じていたそう。それは、『由美香』の撮影中、喧嘩をしている時に撮影出来なかった平野監督が、由美香に「監督失格だね」と言われたことがずっと頭に残っていた経緯から、『監督失格』が本作のタイトルになったことからも読み取れる。そして、試行錯誤の末に本作が誕生し、晴れて平野監督の11年ぶりの新作となったわけだが、そんな平野監督の覚悟とはー

 

平野:あいつが嫉妬するような映画を作ればいいんでしょ、っていう気持ちですよね。由美香のお化けが出てきて、「『由美香』よりもそっちが気に入ってるの?」と言わせるようなものを作ればいいわけだから。それを目指すしかないですよ。




(2011年10月 7日更新)


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Movie Data


(C)「監督失格」製作委員会

『監督失格』

●TOHOシネマズ梅田ほかにて公開中

【公式サイト】
http://k-shikkaku.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/156795/