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冨永昌敬監督インタビュー
『庭にお願い』&『アトムの足音が聞こえる』

 福岡在住のミュージシャン、倉地久美夫を追ったドキュメンタリー『庭にお願い』が6月25日(土)より第七藝術劇場にて公開される。現在までのライヴ映像と、友人・知人が倉地の人柄と彼が生み出す曲について語ったフッテージから構成されており、監督・撮影・編集は『パビリオン山椒魚』『乱暴と待機』の冨永昌敬監督が務めた。ライブ映像とインタビュー映像をうまく使いわけたことで、映像と音の巧妙なバランスを見せている。そして同じく、冨永昌敬監督作品として、『アトムの足音が聞こえる』も7月2日(土)より同じく第七藝術劇場にて公開。国産初のTVアニメ『鉄腕アトム』で、アトムの独特の足音をはじめとする未来都市の“音”を創ったことで知られる音響デザイナー・大野松雄の功績と人生に迫ったドキュメンタリーだ。アニメ業界に留まらず、記録映画、イベントパビリオンの音響設計などを通じて“聞いたことがない音”を追求し続けた大野の革新的な仕事に感嘆させられる構成となっている。2作の公開にあたり、冨永昌敬監督が来阪した。
 

 『庭…』では、異能ミュージシャン・倉地久美夫に迫り、『アトム…』では、伝説の音響デザイナー・大野松雄の軌跡を追いかける、とそれぞれ映画の中で様々な人に天才と呼ばれる人物を追いかけたドキュメンタリー。この2本に共通しているのは、監督ならではの人間観察の視点の素晴らしさ。付かず離れず、完璧な距離感で本人からも、彼らのことについて語る人たちからも印象的なフレーズを引き出している。
 

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監督:この2本のドキュメンタリーを撮ってわかったことは、人間を観察するのはすごく時間がかかるということですね。構想台本がおぼろげにあってもそうそう都合良く進まないし、逆に都合よく進んでしまうと、だまされたような気分になっちゃって。うまく用意してたものをありがたがって持って帰るような気がしちゃうんです。そして、しつこく追い回したらもっと面白いものが撮れるかもしれない、きっと撮れるはずだと思って取材は長期化して、その中でこっちもわかったような気になって、都合のいいことを引き出そうと、言わせようとしてました。でも、大野松雄さんにはそれが全く通用しなかったんです。こっちが何を言わせようとしてるのか全部ばれてしまって、煙に巻かれましたね。そんな簡単にものが撮れると思うなよって暗に言われてるような気がしてました(笑)。
 

 そのように最初は煙に巻かれていた監督も、そんな大野と1年以上に渡って接し続けたことで、監督自身も明らかに変化していったそう。
 

監督:大野さんは音響デザイナーであると同時に、ドキュメンタリー作家でもあるんです。しかも演出家として。それに気付いた時は、ほんとに恥ずかしくなりました。今考えると、最初の頃の僕は愚問ばっかりしてましたね。僕自身も映画のプロモーションで話を聞いてもらっても、稀に愚問ばかりされることがあって。それと同じことを僕は大野さんにしてたんだと思ったら、すごく失礼なことをしてたんだと感じました。これは怒られて当然だと。でも、大野さんが過去にしてこられたことで現存しているものってごくわずかなんです。そんな人に話を聞こうと思うと、常に一緒にいるしかなくて。カメラを向けて「はい、しゃべってください」ではなく、世間話なんかをして。それってドキュメンタリーを撮る上では当たり前かもしれないんですが、僕はそんなことにも気付かなかったんです。それにショックを受けましたし、何も相手のことを知らないくせに都合のいい言葉を引き出そうとしてたことに気付かせてくれました、大野師匠は(笑)。遠まわしに(笑)。一時期は顔を見るのも嫌だったんですが、それからは取材が楽しくて。本当に勉強させてもらいましたし、ドキュメンタリーの師匠ですね大野さんは(笑)。
 

 そして、監督にとっての師匠であるだけでなく、大野の言葉は多くの観客に響くはずだ。その筆頭が、「どんなに手を抜いていても、それを相手に気付かせないこと」と大野が語る“プロフェッショナルの条件”というフレーズ。そんな大野の語る言葉を聞いていた監督は、大野は誰にとっても“教師”だと話す。
 

監督:僕はまだ若いので、大野さんほど自分の考えを言語化できてなかったんです。だから、それ(プロフェッショナルの条件)を聞いた時はショックを受けましたね。「あっ、それって俺がやりたかったことだ」って思いましたもん。それともうひとつ大野さんがすごくいいことをおっしゃってるんです。「いい加減だけどいい加減にイメージできるかできないかだよ」って。厳密にイメージしちゃったら、くるった時に全部ぱあになっちゃうから、厳密に決めないでいい加減なまま現場に行くと融通がきくし、現場対応ができるんです。僕もそういう風に考えるようにしてましたし。だから、大野さんは誰にとっても教師なんじゃないかと。自分で考えたことしか言わないし、又聞きしたことなんか絶対言わない人ですね。
 

 また、そんな大野や倉地に触れ、初めてドキュメンタリー映画の監督を務めたことで、監督は本当に勉強になったと感じたそうだ。
 

監督:後半はわりと僕に対して大野さんも優しくなってきて、少しはわかってきたな、こいつもって感じだったんじゃないですか。“少しは”って付きますけどね(笑)。それは、僕が成長したからですよ(笑)。そう思うとこの2本は、結果的に自分のためにやったんじゃないかと思います。2本ドキュメンタリー映画を作ってみて、僕が勉強するための題材だったんだと今となっては思います。と同時に、僕自身がものすごく勉強になったので、音楽やってる人でも映画やってる人でも漫画描いてる人でも文章書いてる人でも、何か作ってる人が観たら絶対面白いと思います。
 

 そんな『アトム…』の大野にしても、『庭…』の倉地にしても、映画の中でふたりを称して“天才”という言葉が意図せずして第三者の口から語られる。しかし、しばしば“天才”と称されることもある監督は、その“天才”というフレーズに違和感を覚えると語る。
 

監督:“天才”という言葉は乱発されすぎてますよ。ただ、大野さんや倉地さんは天才かもしれない。それは、極端に何か欠落していて、何かが過剰なんです。それが天才の条件なんじゃないかと。『庭にお願い』の中で菊地成孔さんが、一般的に言われる“天才=アウトサイダー”の幼稚な関係を覆すようなことを言ったんですよね、それがすごく面白くて。「普通天才とかアウトサイダーは田舎に帰って堅気の仕事をすると凡人になって帰ってくるのに、あいつはもっとすごくなって帰ってきた」って。普通にイメージする天才とも違う。そこまでいくと本物の天才かもしれない。大野さんも天才と言われてますが、あれは誰も思いつかなかったことを真っ先にやって、真っ先にやめたから。タブーだったことを柔軟な発想でやって、ほったらかしにしていなくなっちゃったんですもん。それによって、その後の人たちのインスピレーションが豊かになってるということは、自分以外の誰かの想像力をほんとに刺激した人ですよ。だから、天才というのは簡単すぎるんじゃないかと、僕は思います。
 

 そのように面白いことを語ってくれる登場人物がたくさん登場するのもこの2本のドキュメンタリーの面白いところ。特に、『庭…』ではプロデューサーである須川が頻繁に登場し、楽しそうに倉地にインタビューしながら、自分もインタビューされるという珍しい画が見られる。そして、『アトム…』では、誰も発想できないような大野のパフォーマンスに助手たちが驚く様など、彼らの言動によって、私たちは倉地と大野について、より立体的につかむことができるのだ。
 

監督:2本とも脇役に恵まれたドキュメンタリーでした。『庭…』では、インタビューに答えてくれる、倉地さんのことを本当によく知ってるミュージシャンの人たちが彼の魅力を楽しげに語ってくれて、プロデューサーの須川さんが画面に映ってくれましたし。『アトム…』の方は、コンサートの準備をしている時の助手の方が見事な脇役になってくれて、大野さんのやることに驚いてくれたり、見事なリアクションをみせてくれました(笑)。それは有難かったです。ほんとに助けられました。
 

 脇役に恵まれたと監督は語っているが、そこには監督の被写体への愛とも言える、尊敬の思いが映像から感じられることも、作品の魅力を強めている要素のひとつだろう。仮に倉地や大野のことを知らずに観ても、存分に楽しむことができる、被写体への愛が詰まった作品に仕上がっている。




★TALK SHOWレポート★

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映画『アトムの足音が聞こえる』の公開を記念し、6月20日(月)タワーレコード梅田NU茶屋町店にて大野松雄トークショーが開催された。映画の裏話や新作アルバム『YURAGI#10』にまつわる痛快な発言の数々が飛び出し、御歳81とは思えぬ元気な姿に客席にも笑顔がこぼれた。今後やりたいことは?と聞かれ「60メートルのドームの中で1万台のスピーカーのジョイントを瞬時に切り替え、音の虚像を作り上げ、人工衛星を飛ばしてドームに映し出す」(!)という壮大な答えも。しかもこれ、大阪万博の際にボツになった企画なのだとか。まだまだ彼の音楽活動から目が離せない!

(2011年6月24日更新)


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Profile

とみなが・まさのり●'75年、愛媛県生まれ。日本大学芸術学部映画学科監督コース入学。卒業制作『ドルメン』が'00年オーバーハウゼン国際短編映画祭にて審査員激励賞を受賞。続いて撮った『ビクーニャ』が水戸短編映画祭にてグランプリを獲得。'06年にはオダギリジョー、香椎由宇共演による『パビリオン山椒魚』で劇場用長編映画に進出し、高く評価される。その後も、太宰治原作の『パンドラの匣〈はこ〉』(09)や、本谷有希子原作で浅野忠信、山田孝之ら出演の『乱暴と待機』(10)などで注目を集める若手監督。『庭にお願い』が、自身初のドキュメンタリー映画となる。

Movie Data

(C) 2010 Fontana Mix

『庭にお願い』

●6月25日(土)より、第七藝術劇場にて公開、
7月23日(土)より、神戸アートビレッジセンターにて公開

【公式サイト】
http://niwanionegai.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/155970/


(C)シネグリーオ 2010/協力:アリオン音楽財団/(C)創通・サンライズ

『アトムの足音が聞こえる』

●7月2日(土)より、第七藝術劇場にて公開、
7月23日(土)より、神戸アートビレッジセンターにて公開

【公式サイト】
http://www.atom-ashioto.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/155589/