インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 「戦後最高のコレクター」福富太郎 その類稀なるコレクションの全貌を明かす 『コレクター福富太郎の眼』展が大阪で開催!

「戦後最高のコレクター」福富太郎
その類稀なるコレクションの全貌を明かす
『コレクター福富太郎の眼』展が大阪で開催!

福富太郎。「キャバレー王」と言われた男には唯一の道楽があった。それは父の影響で興味を抱いた美術品蒐集。今回、あべのハルカス美術館で開催される『コレクター福富太郎の眼』展で「戦後最高のコレクター」の類稀なるコレクションの全貌がはじめて明かされる。展覧会の監修者であり、美術史家・明治学院大学教授の山下裕二氏に話を聞いた。

――福富太郎さんとの最初の出会いを2008年2月5日と日付まで鮮明に覚えられていらっしゃる記事を拝見いたしました。京都国立博物館での暁斎展に際しての雑誌の対談時(京都国立博物館2008年4月8日~5月11日「没後 120 年記念 絵画の冒険者 暁斎 Kyosai -近代へ架ける橋-」)だったとお書きになっています。福富さんの第一印象はどうでしたか。
 
その対談の時、デジカメで一緒に写真を撮ったんですよ。だから日付まで残っていて。もう、すごくにこやかに接していただいて、本当に話が弾みました。楽しかったですね。
 
――その後、福富さんが経営されているキャバレー『ハリウッド』の北千住の本店や、赤羽の支店によく呼ばれるようになったともお聞きしました。
 
こちらから「行っていいですか」なんて言ったことは一度もないんですけど、マネージャーさんを通じて「そろそろ遊びにいらっしゃいませんか」って連絡が来るんです。何ヵ月かに一回、10年くらい続きましたね。キャバレーがあって、その上が事務所になってるんですよ。最初に事務所に行って、美術や芸術の話をするんですけど、その後「先生、ちょっと一杯飲んでいってくださいよ」って言われて、キャバレーに移って、ホステスさんも交えて一緒に飲んでいました。
 
「会長」と僕は呼んでいたんですけど、自ら北千住の丸井のデパ地下で焼き鳥を買ってきてくれたり、僕がビールをあんまり飲まないものですから、いつもワインを用意してくれていました。そうやって楽しく過ごしながら、いろんな話を聞きました。だから、2018年に亡くなった後、この展覧会をするのは僕の責務だなと。ご存命のうちにできればよかったんですけど…。
 

fukutomitaro1.jpg
福富太郎氏

 
――(対談や『ハリウッド』で)交友を深められる中、美術にまつわるさまざまなお話をされたと思います。例えば鰭崎英朋(ひれざきえいほう、1880~1968年)に関する話も、そんな時に出てきたのでしょうか。
 
鰭崎英朋は今じゃ忘れられていますけど、挿絵画家としてものすごく人気があったんです。鏑木清方(かぶらききよかた)に匹敵するぐらい人気があったのに、晩年は不遇で、挿絵というジャンル自体も下火になったので、結構苦労して着物の下絵を描く仕事などをしていました。ほかの有名な画家の画料に比べて「自分はずいぶん安い」って嘆いていたっていう話を、福富さんは直接聞いたっておっしゃっていましたね。
 
――そういうお話を、直接お聞きになっていたということは貴重なことですよね。
 
そうですね。今回、「Ⅰコレクションのはじまり-鏑木清方との出逢い」にある鏑木清方とも福富さんは直接話をされています。清方は福富さんにとっては特別な存在でね。父親が持っていた清方の絵を空襲で焼いてしまったと。だからいつか自分にお金が入ったら、清方の絵を買いたいとずっと思っていたとお聞きしました。その後30代の頃、ひょっとして戦災で焼けちゃったかなって思うような清方の絵を福富さんが手に入れて、それを清方に見せたら「これは若い時の自分の絵です」ってことになる。それが今回展示されている《薄雪》です。清方は大変喜んでくれて、その絵に関する由緒を書きつけてくれたと。あと、初めて清方にあった日のこともエッセイに書き残していますね。その時、鎌倉の家の床に掛かっていたのが、渡辺省亭(せいてい)だったと。福富さんが清方に「省亭ですね」と言ったら「いやぁ、省亭はいいからね」って清方が言ったと書かれています。清方は省亭のことをすごく尊敬していました。直接会ったことはないらしいですけど、省亭が亡くなった直後に清方は熱心な追悼文を書いています。今回、省亭の作品も見ることができます。僕も「省亭」の展覧会に深く関わったり、僕自身が省亭のコレクションもしているんですけど、福富さんは何十年も前に、その省亭の絵を入手していました。

fukutomitaro2.jpg
鏑木清方《薄雪》1917年 福富太郎コレクション資料室蔵
(C)Akio Nemoto2021/JAA2100235

――お話を聞いていると、出会いが繋がり、点が線に繋がっていく感じがしますね。
 
だからね、呼ばれちゃうんですよ。亡くなった人から(笑)。こんなに素晴らしい作品なのに、世の中に知られていないから「なんとかしてくれよー」みたいに。使命につき動かされて仕事をしている感じです。福富さんもそういう熱意を持って蒐集されていたんだと思いますね。
 
――美術展の監修者として先生がされていることも、福富さんがされてきたことも、世間の評価だけに目を向けるのではなくて、自分の眼を大切にするという部分が共通しているのではないかと思います。
 
こんなに素晴らしい仕事をしているのに、世間は評価していない。そのギャップが大きければ大きいほど、僕にとっては仕事になる。福富さんにとっても同じだったのではないかと思います。素晴らしいものがまだこんなに安い。その差が大きければ大きいほど熱意を持ってコレクションする。ありきたりのコレクターは権威に頼ってしまう。高く買ったことを自慢する人がいるけど、逆ですよ。安く買ったことを自慢するべきですね。でもまあ作品自体に惚れ込んでしまえば、かなり高くても、もちろん買ってしまうんですけど(笑)。
 
――コレクターという言葉の意味合いが違うっていうことですね。
 
「高く買ったことを誇るコレクター」と「安く買ったことを誇るコレクター」。福富さんは明らかに後者ですよね。
 
――おふたりの共通点が見えてきますね。
 
そうですね。だからこれだけ親しく付き合っていただけたんだと思います。福富さんはアカデミックな美術の学者との付き合いは、ほとんどなかったんじゃないかと思います。
 
――このあたりで、今回の展覧会の作品のことをお伺いできればと思います。今回の展覧会は3つのセクションで構成されています。「Ⅰコレクションのはじまり-鏑木清方との出逢い」「Ⅱ女性像へのまなざし」「Ⅲ時代を映す絵画」。まず、Ⅰから。先ほどのお話にも出てきました鏑木清方の《薄雪》のお話をお聞かせいただけたらと思います。
 
《薄雪》は、福富さんが自分の棺桶に入れてほしいっておっしゃるぐらい、愛着があった作品です。バブルの頃にゴッホの絵を棺桶に入れたいって言って、ひんしゅくを買った人がいましたけど……。福富さんが病気で入院していた時、病室に《薄雪》を掛けていたら、心が落ち着いて病気も快方に向かったらしいです。だから愛着があったんだと思います。この作品は近松門左衛門の改作『恋飛脚大和往来』を元に描いた心中物の作品です。今回Ⅱで展示されている北野恒富の《道行》も近松門左衛門の『心中天網島』を元に描いたもの。福富さん自身、心中ものに惹かれるわけを書いたエッセイもあって「悲恋の物語」がお好きだったんだと思います。そういうストーリーの中で描かれている女性像ってものすごく妖艶ですからね。「いやぁ先生、俺はわけありの女が好きなんだよね」って福富さんがおっしゃった言葉を思い出します。

fukutomitaro3.jpg 北野恒富《道行》1913年頃 福富太郎コレクション資料室蔵

――妖艶さというのは、先生がお書きになっている「憂いを帯びた顔」にもつながるものですね。
 
そうですね。目の表情が「憂いを帯びた顔」を作り出していますね。
 
――鏑木清方は今回《妖魚》も注目されています。
 
《妖魚》は清方の異色作です。これが出品された時には、悪評も随分ありましたね。「アルノルト・ベックリンの模倣じゃないか」なんて言われました。清方はそれに対して反論していますけれども。でもね、清方自身は必ずしも「これが自分の代表作だ」みたいなことはまったく思っていなかったと思います。これが描かれた時期は、東も西も妖艶な女性像を描くことがすごく流行っていたんですね。後に「デロリ」と言われるようになる雰囲気の絵が日本画、洋画を問わず時代のモードになっていました。ですから清方ですら、こういう絵を描いてるし、上村松園もこの時期は随分妖艶な女性像を描いています。

fukutomitaro4.jpg
鏑木清方《妖魚》1920年 福富太郎コレクション資料室蔵
(C)Akio Nemoto2021/JAA2100235

――「Ⅱ女性像へのまなざし」は東の作家、西の作家に別れています。東はこれも先ほどお話に出た渡辺省亭の《幕府時代仕女図》が展示されています。
 
省亭は本当に忘れられていたんですよ。1990年ぐらいに出たある美術の辞典では、<しょうてい>と、読み方が間違えられていました。それぐらい忘れられていた。10年くらい前から、僕や何人かの熱心な研究家が「省亭すごいじゃないか」って、細々と研究をはじめました。でも福富さんは何十年も前から省亭の素晴らしさを理解していたんです。すごいですよね。なぜ省亭が忘れられていたかというと、商業美術的な世界に身を置いて、画壇の権威みたいなところと無縁だったからです。挿絵の仕事をしたり、もっぱら下町の旦那衆の注文に応える制作を淡々とこなしていたんです。そして後半生は、作品を展覧会に出さなくなりました。だから画壇という世界からは忘れられてしまいます。あと、このセクションの中でもう一人、小村雪岱(せったい)もそうですね。雪岱も商業的な美術に身を置いた人でした。

fukutomitaro5.jpg 渡辺省亭《幕府時代仕女図》1887年頃 福富太郎コレクション資料室蔵

――小村雪岱といえば泉鏡花作品での<挿絵>が思い浮かびます。
 
グラフィックデザイナーとか、ディレクターみたいな仕事をした人。その雪岱も、福富さんは多くコレクションしています。画壇の権威とは無縁にして、商業的な身を置いた人って低く見られがちですが、そっちの世界には才能が集まるんですよ。戦後でいえば漫画に一番芸術的な才能が集まっているわけですから。僕、今次の本を書いている途中なんですけど、『商業美術家の逆襲』というタイトルです。浮世絵から漫画まで<商業美術家>について書こうと。きっと福富さんもそういうところに目を向けた人ですね。本当に才能がある素晴らしい作家は、自分が権威になりすぎないように、お金持ちになりすぎないように気を付けていると思います。あとこのセクションでは、今回は大阪での展覧会なので一言付け加えさせてください。美術の世界の中では、東を絶頂とし西が蔑ろにされるきらいがあります。今回、「Ⅱ女性像へのまなざし」を東西に分けたのは、北野恒富の《道行》をはじめ西の方にこんなに素晴らしい作品があって、福富さんはいち早くそれに目をつけて、蒐集しているということを強調したかった意味もあります。
 
――次は「Ⅲ時代を映す絵画」についてお願いします。近代日本画のコレクターとして有名な福富さんですが、このセクションでは洋画を中心に紹介されています。
 
満谷国四郎(みつたにくにしろう)《軍人の妻》は最高ですね。1904年の作品です。その日露戦争で亡くなった御主人の遺品が還ってきて、その前に座っている女性像を描いています。福富さん、落札した時にはそんなにいい図版で見ていたわけじゃないから、現物が届いて初めて画に涙があると気付いたといいます。そういうことを書き残していらっしゃいますね。右眼に涙が微かに描かれているんですけど、今回初めて見たら左眼にもちょこっと涙が描かれているんです。間近で見ないとわからない、ひと雫の白い涙が描かれている。そういうものにグッときますね。「左眼も描かれていますよ。両方に涙があります」と、今度墓参りにいった時にお伝えしたいですね。

fukutomitaro6.jpg 満谷国四郎《軍人の妻》1904年 福富太郎コレクション資料室蔵
 
「コレクター福富太郎の眼」展は、11月20日(土)から2022年1月16日(日)まで、あべのハルカス美術館にて。前売券は発売中。

取材・文:安藤善隆



(2021年9月27日更新)


Check

プロフィール

福富太郎(1931~2018)

本名・中村勇志智。1931年東京都出身。16歳で銀座のキャバレーのボーイとなり、31歳でキャバレー「銀座ハリウッド」をオープン。「健全娯楽」をモットーに全国に44店舗を展開。コレクターとして浮世絵をはじめ、河鍋暁斎、鏑木清方らの日本画、さらには洋画を対象に、あくまでも自身の眼で作家と作品に向き合い蒐集した。


山下裕二

美術史家、明治学院大学教授。1958年広島県生まれ。東京大学大学院修了。故・赤瀬川原平氏と結成した「日本美術応援団」団長。室町時代の水墨画の研究を起点に、縄文から現代美術まで、日本美術史全般にわたる幅広い研究を手がける。主な著書に『室町絵画の残像』(中央公論美術出版、2000年)、『日本美術応援団』(赤瀬川原平との対談集、日経BP社、2000年)、『岡本太郎宣言』(平凡社、2000年)、『京都、オトナの修学旅行』(淡交社、2001年)、『岡本太郎が撮った日本』(岡本敏子と共編、毎日新聞社、2001年)、『日本美術史』(美術出版社、高岸輝と共編、2014年)、『未来の国宝・MY国宝』(小学館、2019年)など、企画監修した展覧会に「ZENGA展」「雪村展」「五百羅漢展」「白隠展」「小村雪岱スタイル展」「コレクター福富太郎の眼展」などがある。


『コレクター福富太郎の眼』

チケット発売中 Pコード:685-695

▼11月20日(土)~2022年1月16日(日)

あべのハルカス美術館

【前売】一般-1300円 大高生-900円
中小生-300円 ペア券-2400円(一般2枚組)
【当日】一般-1500円 大高生-1100円
中小生-500円

※(火~金)10:00~20:00、(月土日祝)10:00~18:00。最終入館は閉館30分前まで。休館日:11/29(月)、12/31(金)、1/1(土)。期間中1回有効。前売ペア券は2枚単位(合計2400円)での販売。
※11/20~は当日料金(一般:1500円、大高生:1100円、中小生:500円)にて販売。
※新型コロナウイルスの感染状況ならびに予防対策のため、開催期間や内容が変更となる場合がございます。

[問]あべのハルカス美術館
■06-4399-9050

公式サイト
https://www.aham.jp/

チケット情報はこちら