感謝しかない。こんなに長い間ピアノを弾かせてもらっている。
還暦を迎えたピアニスト、小曽根真のボーダーレスな挑戦。
ソロ・リサイタルを前に、最新の境地を語る。
(3/3)
今はお客さんと一緒に、どんな旅をしようかと考えています。
■昨年4月から5月の緊急事態宣言の時に、小曽根さんはご自宅から【Welcome To Our Living Room】と題するピアノ・ソロの配信を行いました。あれで久しぶりに小曽根さんの音楽を聴き直したところがあるんですけども、とても上質なエンターテインメントを感じました。洗練されているんだけど、同時にすごく人懐っこい感じのピアノの響きというか。
小曽根:笑われるかも知れないけど、ああやって弾くことで、若い頃を思い出しました。あの配信は53回続いたんですが、それは自分がピアノを弾くということの意味に向き合う時間でもありました。僕は若い頃、向こうでデビューすることになるなんて全然考えもせずにアメリカへ行ったんです。編曲を勉強したらすぐに日本に帰ってきて、神戸に住もうと思ってました。それでバークリーへ行く学費稼ぐために北野タダオ(※③)さんの紹介でロイヤルホテルのスカイラウンジで半年くらいピアノ弾いてたんです。火曜日から水木金土日まで週6日。18歳の時、高校卒業してすぐの頃ね。で、あと1日は、うちの父親(※④)の知り合いがやってたスナックへ行って、赤本(「歌謡曲のすべて」)見ながら『そして神戸』とか『さざんかの宿』とか『カスマプゲ』とか、お客さんが歌うのを伴奏してたんです。それが楽しかったんですよ。そのことを、なぜかあの緊急事態宣言の時に思い出したんです。リクエストをもらって弾くということに、僕がピアノを弾くことの原点を思い出させてもらったようなところがあるんですね。
もちろん、今の僕は当時みたいなリクエスト弾きではないですよ。だけど音楽を介したコミュニケーションの一番大事な部分、お客さんと生きている時間を共有するということを感じたんですね。音楽っていろんな感情を…特に歌詞がないインストの音楽って…聴いていれば絶対ここに(胸に)いろんなドラマが生まれてきて、いろんなことが思い出されてくるじゃないですか。僕はそれが好きなんやなと。そしてジャズでもクラシックでも一流のすごい人の演奏を聴くと、聴き手は必ず旅をしますよね。そういう人っていうのはひとつの音をぽーんと鳴らしただけで、すごいこの音!っていうような音を出してくるから、その音につかまれて聴き手は、演奏家が感じていることを自分なりに受け取って旅をするんです。2000人のお客さんがいたら多分2000人がそれぞれのストーリーを、思い出したり感じたりしているんだと思います。僕はそこに行きたいといつも思っている。
■40年以上弾き続けて、今60歳を迎えた感慨はありますか?
小曽根:感謝しかない。こんなに長い間、ピアノを弾かせてもらっている、そしてまだ聴きたいという人がいてくれる。60歳になって、音楽家として、ピアニストとして挑戦させてもらっている。奇跡ですよね。こんなありがたい人生ないですよ。だから今回は60歳になったっていう感謝の気持ちを込めてレコーディングさせてもらいました。これからも僕は聴いてくれる方、ファンの方に、今こんな音楽できました、聴いてみてくださいって届けた時に「ああ、小曽根さんは今ここにいるんや。この先はどうなるんだろう」って思ってもらえるような音楽家であり続けたいと思います。答えはやっぱり見えないから、1個1個試行錯誤して作っていく中で、それでもCDを買って聴きたいって思ってくれる人がいるというのは考えてみたら本当にミラクルですよね。だから感謝しかない。
■その節目を記念するアルバムの名前が『OZONE60』。ジャズとクラシックの要素が1枚ずつに収められた2枚組ですね。
小曽根:クラシックを弾くようになってから自分自身の作品もどんどん変わってきているし、僕の中では今回のアルバムはジャズの部分はもういっぺんブルースに戻っているんですけど、その分、もう1枚のクラシックの方では初めてクラシックに僕のアドリブを入れるっていうスタイルで取り組んでいるんです。プロコフィエフの『戦争ソナタ』では、かなりこうやって(肘うち)弾いたりもしているし、前衛的な事もやってるんですが、先ほどお話しした通り、自分の中に音楽を落とし込むという作業は徹底してやりました。やはり相当な時間がかかりましたね。
■コンサートのプログラムもアルバムの作品から選ぶのですか?
小曽根:どういう順番で弾くかはまだ決めていません。ソロ・コンサートっていうのは自分の相方はお客さんなので、今は2時間くらいの間、お客さんと一緒にどこへ旅していこうかな、と考えています。僕がステージに出て行って、お客さんの顔を見て、空気を感じて、その時に聴こえてきた曲からスタートしようと。
※③北野タダオ(1934~2018)ジャズ・ピアニスト。
関西を代表するビッグバンド、アロージャズオーケストラを創設。
※④小曽根実(1934~2018)ジャズ・ピアニスト、ハモンドオルガン奏者。
戦後ジャズを代表するプレイヤーのひとり。
■インタビュー:2021年2月11日 キョードー大阪にて。
(2021年3月12日更新)
Check