ホーム > インタビュー&レポート > 1回観ても100回観ても楽しいオペラ、それが『フィガロの結婚』! 今夏、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2017が迎える 新たなヒロイン、中村恵理インタビュー
■中村さんは兵庫県川西市のご出身で大阪音楽大学に進まれています。関西の音楽ファンには親しみを覚える人も多いのでは、と思います。当時からオペラへの夢はあったのですか?
いいえ、私はもともと中学校の時に吹奏楽部でトロンボーンを吹いていて、吹奏楽部の顧問になりたかったんです。音楽の先生になったらきっと、中学校か高校で吹奏楽部の顧問になれるだろうと(笑)。でも進学を考え始めた頃にはトロンボーンの先生は近くにいなかったので、それで声楽を始めたんです。大阪音大が家から近かったのでそこで勉強して教員免許を取ろうと思って。でも試験の曲だけ勉強して、入ってから本当なら高校生の時にやらなきゃいけないことをやっていたくらいなので、大学時代はオペラは全然観なかった。オペラに出会ったのは大学院へ行ってからです。その始まりが『フィガロ』でした。ただ当時はプロになれるなんて思っていなかったし、それから新国の研修所(新国立劇場オペラ研修所)へ行ったんですがまったく役がつかなくて、多分このまま辞めるんだろうな、と思っていました。
「私はプロになるんだ」って思ったのは、ロンドンで初めてエージェントがついた時。その時に自覚というか、覚悟しました。エージェントは付く人もいますし、付かない人もいます。私の場合はネトレプコさんのリリーフの件があったので、いくつか声をかけていただきました。はっきりと「私はプロになるんだ」って思ったのは、あの時ですね。もちろん覚悟っていうか、プロになるっていうのはこういうことだよってわかってはいましたよ。だからそれまでも、自分が思う「プロフェッショナル」として一生懸命やらせていただいたけれど、でもいわゆる国際マーケットの中で歌っていくという覚悟をしたのは多分、その時だったと思います。
今思うと、それまではただ「どうやったらうまく歌えるか、どうやったら…」ってずっと悩んでいました。現在の私をすごくシンデレラストーリーみたいに言ってくださる方もいらっしゃるんですけど、自分では悩んでいた時期がとても長かったと思っています。でも観ていてくださる方がいて、いいコーチに巡り合って、いいアドヴァイザーの方に巡り合って、おかげさまでここまで来ました。
■では、中村さんが感じる『フィガロの結婚』の魅力について、教えてください。
「この人いるいる!」みたいな人たちがいっぱい出てくること。「大事なことはこの人にしゃべったらまずい」っていう人とか「この子にかかわるとちょっと危ない」っていう人とか。『フィガロ』をスザンナの立場から今風に解釈すると、彼女がセクハラとパワハラをどうやって乗り越えるかっていうお話なんですよ。彼女は社長みたいな旦那の上司にセクハラを受けている。パワハラも受けている。ところが彼女には彼女で、副社長みたいな伯爵夫人という上司がいる。スザンナは社長にちょっかいかけられているところをどうにか今まで副社長に知られずに来たのに、ついに2幕で知られてしまって副社長をを悲しませてしまう、という話なんですよ。それは今の時代にも起こるような出来事で、そこに「この人いるいる!」みたいなキャラクターたちが絡んでくるんです。つまりトラディショナルなコスチュームに隠された人間の“あるある”ドラマなんです。
その解決も、実はとりあえずの解決で、伯爵はそのあとも浮気をするかも知れないし、伯爵夫人は次のお話でケルビーノとのあいだに子どもを作ってしまう、みたいな不穏な予感もあるけれども、モーツァルトの天才的な音楽で一旦の解決をみる。現実の世界では私たちが抱えている家族の問題とか、社会が抱える問題とかは完全には何も解決しなくて、絶対的な「めでたしめでたし」ということはないんですが、それは『フィガロの結婚』の中でも同じなんです。でもそれがモーツァルトが書いた美しい音楽によって一応の解決をみて、それに触れた人々が温かさを持って帰れる作品になっているのだと思います。初めての方でも、モーツァルトが全編につけている美しい音楽を聴くだけでも楽しめますし、聴いたことのあるメロディが途中で必ず出てくると思います。ちょっと知ってる人も楽しめるし、もっと良く知ってる人ならさらに楽しめると思うんです。だからぜひ1回は観てほしいし、100回観ても楽しめるオペラなんです。
そう、1回観ても100回観ても楽しいオペラ!オペラを観るのが初めてでお話が難しい思っても、音楽が美しいから最後まで楽しめるし、舞台の上で起こっているのは私たちの現実と似たようなことだから、必ずどこかでその面白さに入っていけると思う。1回でも100回でも楽しめるっていうのはそういうところじゃないかな。人間の美しいところにも、滑稽なところにも見事に音楽をつけて、250年前の作品なのに今の私たちの心に響くものを残してくれたということはモーツァルトの天才たる所以かなと思います。私もこの前また勉強して、スザンナのとても人間臭いところを学んだので、今回のステージでは私自身ももっと人間臭くなって彼女と向き合っていきたいと思います(笑)。
(2017年4月20日更新)
全4幕/イタリア語上演・
日本語字幕付き/新制作
【音楽】W・A・モーツァルト
【台本】ロレンツォ・ダ・ポンテ
【原作】カロン・ド・ボーマルシェ
【指揮】佐渡 裕
(兵庫県立芸術文化センター芸術監督)
【演出】デヴィッド・ニース
【装置・衣裳】ロバート・パージオラ
【言語指導・声楽コーチ】
ケヴィン・マーフィー、森島英子
【合唱指揮】矢澤定明
【演出助手】飯塚励生
【プロデューサー】小栗哲家
【舞台監督】大洞邦裕