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「もう一度自主映画のようなものを撮ってみようかな」と…
通り魔殺人で妻を失った男、平凡な主婦、同性愛者の弁護士
3人の男女が抱える「飲みこめない想い」を描く
『恋人たち』橋口亮輔監督インタビュー

 映画賞を賑わせた『ぐるりのこと。』(2008)以来、長編作品としては7年ぶりとなる橋口亮輔監督の新作『恋人たち』が11月14日(土)より、テアトル梅田、京都シネマ、シネ・リーブル梅田にて公開される。物語のメインとなるのは、新進俳優が演じる、アツシ、瞳子、四ノ宮の3人。コミュニケーションの希薄な“今”を生きる、この3人が抱えるそれぞれの孤独を描き出す。新進俳優たちとベテラン俳優たちの見事なアンサンブルについてなど、橋口亮輔監督に話を訊いた。

――映画の話の前にひとつ気になったのが松竹ブロードキャスティングという配給会社なんですが、これはどういう会社なんですか?
CSで衛星劇場というチャンネルをメインに提供している会社で、今までもいくつか出資等で映画に関わってはきているけど、今回初めて映画を制作しようということで声をかけていただいたんです。沖田修一監督の『滝を見にいく』(沖田監督インタビューはこちら)が制作としては2本目なんですが、ぼくが脚本を書くのに時間がかかってしまって、公開は『滝を見にいく』が先になりました。
 
――そういえば、『滝を見にいく』もプロ・アマ混合のキャスティングで、ワークショップから作られた映画でしたね。
ワークショップに参加した人たちを使って映画を撮る、というのがぼくに課せられた命題でした。別に大スターにならなくてもいいけど、お芝居でご飯が食べていける役者を、その中からひとりでもふたりでも作れればいいなという感じで。でも、そのためにはいい作品でないと注目されないんですよね。それで、脚本に時間がかかってしまったんです。
 
――脚本は具体的にどういう作業で書き上げていかれたんですか?
最初のオーディションで200人くらいから40人くらいに絞って。さらにワークショップをして、最終的に通行人みたいなのも含めて、今回映画に出ているのは20人ほどなんですが、ほぼ無名の役者のほかに全くの素人もいます。なので、それぞれの持ってるものを活かして「そのままでいいよ」という程度で作ってはダメで、彼らに無理をさせないといけない。そうでないと彼らの限界を超えたものは見られないので。でも、度を越えた重い役を演じさせてもできない。その兼ね合いを見つけながら、どういう物語ができるだろうと考えて。
 
――では、『恋人たち』というタイトルはどのタイミングでついたのですか?
いかにも恋愛映画のようなタイトルですよね。最初は恋愛映画を撮ろうと思ったというのもありますけど、好きな人が目の前にいると、手も足も出なくて自分が丸裸にされるような感覚あるでしょう? ジタバタと「どうしてこんなこともできないんだ」「なんであんなこと言っちゃったんだ」とかね。それで、ワークショップでその“ジタバタ”をしましょうと。本当の自分の一片でも捉えられたらめっけもんだから。
 
――そのワークショップでやった恋愛劇はどうだったんですか?
普段は見せない胸のうちがポロッと見えてくる瞬間があって、派手ではないけど、ジーンとくるものもありました。それで、誰も注目しないような小さな恋愛かもしれないけど、当人にとっては特別な恋愛をいくつかまとめて、それを俯瞰で見ると今の日本人像が見えてくるのではないかなと思ったんです。そういうものをいつか連作で撮れたらいいなと思っていたのが3年位前で。その間に別のワークショップの映画も撮りましたが、ちょうどそのときに松竹ブロードキャスティングからお話をいただいて。
 
――とくに、人妻の瞳子を演じた成嶋瞳子さんの存在感にはちょっと驚きました。
成嶋さん抜群ですよね。大学のころにちょっと演劇を学んで、その後少しプロダクションにも入った時期があるんですが、ほとんどエキストラ同然のようなお仕事しかなかったらしくて。今は派遣でお仕事をされていて、すごく控えめで地味な方です。「抜群の存在感だから今後、ほかの映画のオファーがいろいろ来るかもしれないね」とか「事務所に入りませんかとか誘い来るかもね」「どうするの?」って3度くらい聞いてますが、全然そんな気はないようです。自分にスポットライトが当たるとか、有名になりたいなんてことも考えていないんでしょうね。
 
――成嶋さんが演じた瞳子さんというキャラクターはどのように生まれたんですか?
瞳子を僕は“不幸な女”と思わないで撮っていました。これがわたしの生活だと思って生きているだけ。でも、「今の人生じゃない人生があるかもしれない」と思わない人はいないと思うんですよね。それで、たまたまパート先にやってきた男にときめく。この男とどうにかなりたいとまでは思わないけど、ちょっとときめいた気持ちと、その後に結局「お金」なんだと落胆しても、それでもいいかと思う気持ち。ヤケドするようなちょっとしたときめきを目の前にして、「今後、そんなときめきを味わう機会があるだろうか? もうないだろう、今しかない」と思ったら、「ヤケドしてもいい」と、思うと思うんです。
 
――誰もが持つ感情かもしれませんね。
本当の成嶋さんも、「ココじゃない人生、今の自分じゃない自分の人生」が頭の片隅にあって、たまたま映画のワークショップのオーディションに参加して「演じたい」という気持ちがあったんじゃないかと思うんです。取材したわけでもなんでもないですから分かりませんけど、ぼくの中ではその部分で実際の成嶋さんと瞳子が自然と重なりました。成嶋さんは見ていて面白い演技をしてくれるので、成嶋さんがしたら面白いだろなぁということをいろいろさせて、キャラクターを膨らませていったようなところがあります。
 
――演技力のようなものは初めから感じていたんですか?
光石研さんと木野花さんと絡むシーンがありますし、ベテラン相手はさすがに緊張するだろうなと思っていたんですけど、彼女全然緊張していなかったんですよ。ド素人なのに(笑)。オーディションに受かったときも「わぁ嬉しい!」という感じはなく、そのまま自分自身を生きているという感じでした。映画の中に出てくる漫画や小説は実際にご本人が描かれたものなんですよ。自然という言葉以上の姿を見せてくれていますよね。ほかの女優さんには出せない存在感だと思います。アツシも。
 
――篠原篤さんが演じたアツシも難しい役どころです。
33歳で無名。劇団にも事務所にも属していない。とてもいい芝居をしていますけど、彼も「これが最後のチャンスかもしれない」という張り詰めたものを持って現場に来ていたような気がするんです。個別に各々の人生について聞いたわけでもないですが自然と役と重なって役の実在感に繋がったのかなと思います。彼自身が九州出身の不器用な男だから、その部分を役に活かして。ぼく自身の実体験も入れながら、口下手で何もできない男という役柄にしました。
 
――ほとんど実名と同じ役名が当てられているんですね。
役をイメージできるかどうかで名前を当てました。弁護士の四ノ宮を演じた男の名前は池田良なんですが、役柄の雰囲気が池田ではイメージがわかなくて四ノ宮だなと。「この名前でないとイメージに合わない」という役柄以外はそのまま実名を使いました。
 
――四ノ宮もまた複雑な状況を抱えています。
ぼくが自分で台詞を書いておきながら言うのもおかしいですけど、嫌なことを言う男ですよね(笑)。嫌な男ではあるんですけど、その一方で無実の罪を着せられてしまう。それを反論することも出来ないまま、何十年と築いてきた絆があっさりと壊れてしまう虚しさ。それでも観客は四ノ宮に対して「オマエ何様だよ。いつかシッペ返しが来てひどい目にあうぞ!」って腹をたてると思うんです。
 
――確かに同情しながらもイラッとくるキャラクターでした。
最終的には観ている側に生まれた悪意に気づかされる。気持ちのいい映画ではないかもしれないですね。いじわるな部分がある映画だと思います。アツシや瞳子に「分かる、分かる」と思うのと同様に、みんなの心に宿る悪意。悪意も善意もみんな持って生きているということ、夢も希望も絶望もみんなぼくたちの中にあることなんですよね。四ノ宮に「イジメってマスコミが作ってるんでしょう?」て女性が話す台詞がありますが、あれは実話なんです。ぼくが実際に某学校の先生に言われた言葉で。ある価値観だったり、あるところに属しているから何か力を得た気になって物事を言う人っていますよね。
 
――山中崇さんが演じている、アツシが会う保健課の職員もまさにそうでした。
あれも実話です。ぼくが区役所で実際に言われた言葉が台詞に含まれています。でもあれは立場から出る言葉で、明日はもしかすると自分がそういう言葉を立場の違う人に発するかもしれないとう怖さもあります。山中くんは本当にうまくて、瞬きしないでアツシに向かって言うので本当に腹が立つんです。
 
――それぞれのキャラクターの共通点は?
今回は、マイノリティに関して描いたつもりはないし、弱者ですね。何ひとつ悪くないのに現実を受け入れていくしかないという。こういうものって普通に仕事をしていても多くの方が感じることだと思うんです。原発で福島の人が家や土地を失うって本当に大変だと思います。物質的なことだけではなく、記憶にはあるんだけど思い出を失うような…。なかなか「さぁ!前向きにがんばっていきましょう!」とはいかない。人生を立て直していくってどれだけ大変か。どうやって生きていくかということですね。
 
――メインキャストの3人とベテラン俳優さんたちが違和感なく見事に同じ場所に生きていると感じたのがすごいと思いました。
主役を有名俳優にして脇役をワークショップの俳優にするのではなんだか出来レースみたいでしょう? だから主役はワークショップの中から無名の俳優を選ぶ。ワークショップの参加メンバーが全体的に若かったので、年配の役どころにはベテランの役者さんに入ってもらいました。ポスターに名前を載せたいだけのカメオ出演みたいなことは嫌いなので、ちゃんとドラマの中に役柄があって。映画をご覧になった人たちが「やっぱり素人は下手だね」と言われたら失敗なので、そのバランスをとって。
 
――どうやってそのバランスをとったんですか?
それぞれを本当に演技のうまい人と共演させたんです。うまい人と共演することで素人でも影響されて、全体の演技がグッと上がる。観た人が素人っぽさを感じたら失敗なので、全体を底上げして、この人はうまいけどこの人は下手というのをなくすために水準以上のものに整えていく。
 
――ベテラン俳優さんたちはどのような反応でしたか?
安藤玉恵は成嶋さんに嫉妬していましたね。そういえば、『ぐるりのこと。』のときも木村多恵がリリーさんに嫉妬していました。うまい役者に出てもらえると監督は本当に楽です。ベテランの方々が演じてくださった役もみんなあてがきなんですよ。
 
――安藤玉恵さんの役は確かに安藤玉恵さん以外想像できません(笑)。
「美女水」っていう、うさんくさい水持ってね、「わたし準ミスだから」って言うだけでもう面白い(笑)。あと「自然ってすごい」ていう台詞とかね。これを言える女優は安藤玉恵しかいない。安藤玉恵が十二単を着るのも滑稽でいいんですよね。
 
――皇族ネタも最高です。
「有栖川宮詐欺事件」(2003年に実際に起きた事件)ね。もうぼくあれツボでね。『ぐるりのこと。』を撮るときに、法廷画家さんにたくさん取材をしていて、いろいろ聞いてて本当にツボだったんですよ。ある意味でタフだなと思いながらも面白くてしょうがなくて、さわりだけですけど安藤玉恵が十二単を着てどや顔で出てきたら、さぞおかしかろうって(笑)。
 
――実在の人で言えば、雅子さまの話も出てきます。
今の日本映画にある自主規制みたいなことが日本映画の問題点だと思っているんです。制作サイドもそれを分かってくれていて、自由にやってくださいと。あと、上映時間に関しても、ぼく自身、役者が無名で2時間越えなんてありえないよなと思いながらいたのにね、編集して初めて「あれ、2時間越えるな」って気づいて。時間の計算が全く出来ていなくて、3日ぐらい落ち込んだんですけど、でもそうなったものはしょうがない。それに関しても制作サイドからのツッコミはありませんでした。
 
――やりたいことをやりきった感じでしょうか。
こういう日本映画、今なかなかないと思いますよ。ワークショップと時を同じくして、自主映画の審査もさせていただく機会があって、中にはとってもいい作品があったんです。ぼくが自主を撮っていたころの同期には、成島出とか園子温とか平野勝之とか岩井俊二とかがいたんですが、今大活躍している園の映画なんて、当時8ミリで撮っていて画面が真っ暗で何が写ってるのか分からないようなものでした。音も録れていないし、園が叫んでるだけみたいな。で、なんだこれ? と思いながらも「園ってこういうやつなんだ面白いな」と思ったんですよね。技術的には拙くて、表現も未熟だけど「俺は園子温だー! 撮らずにはいられないんだー!」ていう強い気持ちだけが届いてくるようなね。
 
――情熱だけはある! 自主映画の醍醐味ですね。
自主映画って、荒削りで未熟な部分もあるけど、そういう“強さ”みたいなものがあって、今回、「もう一度自主映画のようなものを撮ってみようかな」という気持ちが、とくにアツシのパートにはあったと思います。長まわしでドーンとか、逆に早いカット割りするでもなく、自主映画の強さみたいなものを信じて撮ることで、かえってアツシの気持ちが観ている側に届くのではないかと。
 
――あくまで“人”を撮りながらも、“今の日本”を映すというのは今までの橋口監督作品に通じますね。
結局、ぼくは人がどう生きているのかを描きたいんです。その人は何を感じて、どう生きているのか。それを描くにはどういう世界に生きているのか。どういう人間関係で、どういうことを思っているのか。そうすると自然と今の日本を描くことに繋がっていくんですかね。今回も、登場人物たちの嫌な気持ちを少しでも感じながら「今の自分たちの話」だと感じてほしいです。ただ、絶望だけで終わりたくなかったので問題解決まではしないですが、人生の暗い面だけではなく明るい面も少しは主人公らが感じられるような最後にしました。個人が抱える闇は変わらないけど、少しだけ何かが変わるような。
 
――光石さんが演じているような脇の役も含めて、ひとりひとりで1本ずつ濃い映画が撮れそうですね。
光石さんが演じた役はもうひとりのアツシだと思って描いたんです。「オレは強いから」って誤魔化しているけど、何度もくじけながらも立ち上がってきた人。でも、挙句の果てに何もかもバカバカしくなっていく。アツシと重なるところがあるでしょう。事故や犯罪被害、災害にあって何かを失った方がもう1回人生がんばっていこうと思うのは並大抵のことではなく、何年もかかること。人生を立て直すことの大変さを描きました。オムニバスにせず、群像にもせず、3つの話だけど1本の映画にというスタイルはうまくいったかなと思っています。
 
――作品数は少なめですけど、どの作品も素晴らしい。今後も期待しております!
もう53歳なので、もうちょっとがんばらないとダメですね。でもね、集中力が持たないんですよ(笑)。撮り出すと大丈夫なんだけど、描くのがしんどい。でも、今後もがんばります(笑)! ありがとうございます!!
 



(2015年11月14日更新)


Check
橋口亮輔 Profile (公式より)
はしぐち・りょうすけ●1962年7月13日生まれ、長崎県出身。92年、初の劇場公開映画『二十才の微熱』が劇場記録を塗り替える大ヒットを記録。2作目となる『渚のシンドバッド』(95)はロッテルダム国際映画祭グランプリ、ダンケルク国際映画祭グランプリ、トリノ・ゲイ&レズビアン映画祭グランプリなど数々の賞に輝き、国内でも毎日映画コンクール脚本賞を受賞。人とのつながりを求めて子どもを作ろうとする女性とゲイカップルの姿を描いた3作目の『ハッシュ!』(02)は第54回カン

Movie Data





©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

『恋人たち』

●11月14日(土)より、
 テアトル梅田、京都シネマ、
 シネ・リーブル神戸にて公開

監督・脚本:橋口亮輔
製作:松竹ブロードキャスティング
出演:篠原篤 成嶋瞳子 池田良
   安藤玉恵 黒田大輔 山中崇
   内田慈 山中聡
   リリー・フランキー 木野花
   光石研

【公式サイト】
http://koibitotachi.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/166955/

★塚本晋也監督×橋口亮輔監督
「つくりたい映画を追求する力、それが自主映画」
http://pff.jp/jp/pickup/20150910/

Event Data

橋口監督による舞台挨拶が決定!

日時:11月21日(土)
   10:00の回上映終了後
会場:テアトル梅田
料金:通常料金

日時:11月21日(土)
   14:00の回上映終了後
会場:シネ・リーブル神戸
料金:通常料金

※チケットぴあでの取り扱いなし。