ホーム > インタビュー&レポート > 2014年もその動きから目が離せない! 爆音上映の仕掛人でもある boid主宰・樋口泰人氏2014年の展望インタビュー【後編】
2004年のスタートから10年を迎えた爆音映画祭。これを主催するboid代表・樋口泰人氏に今年の展望を訊くインタビュー前編(https://kansai.pia.co.jp/interview/cinema/2014-01/boid2014.html)では、「日々気軽に読めるものが積み重なって別の形を成してゆく」メールマガジンの編集・発行プランを話してもらった。後編となる今回は、メルマガ配信と並行して行われる作品配給・上映に関して。“暮らし”に密着した映画の見せ方、そして爆音上映の今後へと話は及んだ。
――後編では、配給や上映活動のことを伺おうと思っています。今年も何本か配給予定作品があり、そのひとつが『ラジウム・シティ』という映画とのことですが。
一昨年に、女性シンガーのPhewと漫画家・作家の小林エリカさんが組んだ「プロジェクト・アンダーク」に、ディーター・メビウス(ドイツのプログレバンド、クラスターのメンバー)が加わった3人で『ラジウム・ガールズ』というアルバムを出しました。全然知らなかったんですが、1920年代のアメリカ各所にラジウム工場があって、たとえば文字板の数字や針にラジウムを入れて、発光して暗いところでも見える時計を作っていた。その頃、ラジウムが放射性物質であることは分かっていたんだろうけど、どんな影響を及ぼすのかまでは皆知らずに働いていたわけです。その工場の女性従業員たちが次々と癌になって倒れていった。最初はラジウムのせいなのかどうか分からずにいたのが、ようやくそうだと原因が分かったものの、国も工場もそれを認めなかったんですね。そこから闘争がはじまって、数年後にやっと人体に影響を及ぼしていたと労災認定された。その工場で働いていた女性たちが「ラジウム・ガールズ」と呼ばれて、彼女たちを取材したドキュメンタリーが『ラジウム・シティ』。制作はもうだいぶ前で、Youtubeにもアップされていたらしいんです。
──Phewさんはそれをご覧になったんでしょうか?
そう。ある日それを観たPhewが「これは面白い」と思って、映画に出てくる生き残って闘争を勝ち抜いたおばあちゃんたちの物語を1枚のアルバムにした。リリースされてからしばらくしてPhewからその話を聞いて、「だったら最終的には『ラジウム・シティ』を上映しないとね」という話になったんです。アルバムを聴くだけだと単に3人で作った音楽としか認識できずにいたものに映画が加わることで、約1世紀のアメリカや日本、あるいは資本主義の歴史が見えてくるし、音も広がってくる。そうしたいい循環や発展、枝分かれする回路が生まれると思ったんです。
──boid配給作品は、そこへ漕ぎ着くまでが大変なものが多いですが、『ラジウム・シティ』はいかがでしたか?
Youtubeに上がっているくらいだから「簡単に上映できるだろう」と思って監督に連絡を取ってみると、これが案外大変で。大変というのは値段の問題で、もう20年以上前の映画だし「もしかするとタダで配給させてくれるんじゃないか?」くらい甘い考えも抱いていた程だったんですよ(笑)。
──ところが甘くなかったと(笑)。
うん(笑)。字幕を付けたり宣伝作業で物凄くお金がかかるので、「こちらとしてはそれでもう目一杯なんです」って監督さんたちにも話して、売り上げが出ればきちんとバックしたいし、ただ単にこの作品で稼ごうとするんじゃなくフェアに分けたいなと思って連絡したら、やっぱりそこはアメリカの人たち。しっかりエージェントや弁護士も出てきて結構な金額を提示されて、そこから交渉スタートでした。1ドルがまだ75円くらいのときだったから何とかなったんですが、100円を越えている今だともう無理かな。円高のときに権利料を払ってしまって、今は公開に向けた準備に入っています。
──では字幕の問題はクリアできそうですか?
権利料を払ってしまうと、もう大方の予算は無くなってしまうんですよね。だから(東京にある)映画美学校の「字幕講座」の授業にしてもらった。皆で字幕を付ける作業の実践的ないい素材になると学校に喜んで引き受けてもらえました。双方にメリットがあって、双方にお金がかからない形ですね(笑)。去年の秋にほぼ出来上がったものを一度試写して、もう少し直して完成というところです。
──では準備はおおむね整ったといえそうですね。
ただ、公開まで持っていくにはまだちょっと足りないなと思っていて、パンフレット的なものを作りたいんです。目的のひとつは実際のデータ、当時の歴史が分かること。でもそれだけじゃなくてPhewや小林エリカさん、メビウスは政治とも社会運動とも離れたところ、感覚としては一般的な人に近いところにいるミュージシャンですよね。関心はあっても政治運動にのめり込んでいるわけではないという意味で。そういう人たちが放射能問題を扱ったドキュメンタリーを観てアルバムまで作ってしまった。そこを窓口にしてこの映画に入ってくる人たちに向けて、資料や背景が分かるだけではないものにしたいんです。
──よりアクチュアルなものを、ということでしょうか?
誰しもが政治運動や社会問題に関わって、ボランティアで何かをしたり、デモに行けるわけではないと思うんです。皆それぞれの生活があるし。その生活に対して引け目のようなものを感じるのは馬鹿らしいことだと考えていて、そうではなくそれぞれの暮らしを全うする中で、何かラジウム・ガールズと繋がってゆくようなことができたらと思っています。たとえば普通に暮らしているAさんという人と、その場にはいないけれどもラジウム・ガールズの誰かが意識の上では一緒にいて、そのことでAさんの暮らしも変わっていく。そんな風になればいいなと。自分のフィールドで、彼女たちと共に生きていくための手がかりになるものにしたいと思っていて、じゃあそれをどうするか? 固めるのにまだもうちょい時間がかかりそうな気がするんですが、映画自体も古い作品だし、どうしても今すぐにというものではないので、今年の秋から冬あたりの公開を考えています。資料や背景的なことはメルマガでぼちぼち出していって、それを連載してゆく中で後半にはPhewと小林エリカさんの往復書簡のような形で、彼女たちが自分のフィールドでラジウム・ガールズをどう捉えていったかを見せられたらと考えています。それが結果的にまとまったときに一冊のパンフレットになるイメージですね。
──「溜まったときに何かが浮かび上がる」メルマガのコンセプトに沿ったものになりそうですね。お話を伺っていると、今年のboidは「暮らしに密着」とでもいうような方向性を持っているようにも感じるのですが。
そうですね。現実感があるのか無いのかまったく分からないですが(笑)。でもほら、「暮らしに密着」というと「地域密着」的な話とダブってきたりするんだけど、そういうものともちょっと違っていて、どこにも居場所の無い人たちの為の・・・・・・「為の」というと変かな、たぶん誰もどこにも居場所は無いだろうと思っているんですよ。それなのに無理やり「地域密着とか言わない方がいいんじゃないか」とも考えていて(笑)。誰でもどこにでも居られるような或る場所と密着した暮らしのガイドのような形、あるいはモデルケースなのかもしれませんが、boid 自体がそうなって実践してゆくということなのかもしれません。
──その「場所の問題」は最後にまたお訊きしたいんですが、さきほどの政治の話題で思い出しました。今年の配給作品にはフィリップ・ガレルの新作もあるんですよね?
そうですね。これはboid単独ではなくて、ビターズ・エンドというフィリップ・ガレル作品を延々と配給してきた会社との共同です。boidは配給というよりも告知・宣伝担当ですね。
──樋口さんは一昨年に日本公開された『愛の残像』『灼熱の肌』のパンフレットにも寄稿されていました。ずっとご覧になってきたフィリップ・ガレルという映画監督をどう見ていますか?
さっきの暮らしの話とも通じてくると思うんですが、ガレルの映画にはフランス映画のスターが出ているわけではないし、所謂“おフランス”な香りがするわけでもない。言ってしまえばヨーロッパの68年の政治運動を越えてきた自分の暮らしの中で生まれてくるもの、暮らしを変えてゆくだろうと思われるもの、もしくは物凄く現実的なことと物凄い妄想でしかないことの両方に足をかけながら撮り続けている人。現実なのか妄想なのか分からないあやふやさ、でも「それこそが現実だ」という映画を作り続けている人ですよね。
──たしかに。 新作は去年のヴェネツィア国際映画祭に出品されてましたっけ。
うん。インターナショナル・タイトルは『Jelousy』、日本語タイトルは『ジェラシー(仮)』としていて、9月末くらいに東京のイメージ・フォーラムでの公開が決まっています。インタビューの前編で話したファスビンダーの話もそうかもしれないけど、何ていうんだろう・・・・・・「売り」というか、「この人が出ているから」「こんな物語だから」という映画を観るための第一歩、それを踏み出させる特別なものを見せられないっていうか、ガレルを知っている人には「フィリップ・ガレルの映画である」ことだけでもう十分なんだけど、観たことがなく知らない人にはどこを手がかりにしていいか分からない映画になってしまっている部分もあって。でもつまらないからそうなっているんじゃなくて、観ればもう本当に面白い映画なのに、そう簡単に人は観てくれない。段々観客数も減っているようで、じゃあ一緒に協力して何とか広めていけたらということで、ビターズ・エンドに乗っかるというか、boidのネットワークを使ってガレル布教をしようということになったんですよ(笑)。メルマガを使っても何か面白く見せられる方法はないかなと思ってます。たとえばガレル本人へのメールインタビューもできたらいいんですが、その辺はどうなるかまだちょっと分からないですね。
──予告編で断片を観るだけでもガレルらしさを感じましたが、どんな映画でしたか?
去年、字幕無しで観たんですがこれは説明できない。“ジェラシーな映画”としか(笑)。不倫なのか三角関係なのか、すごく個人的な話が続くのに、「ここにいた」と思っていたら急にガーンと目の前が開けるみたいなところがとても面白かったです。自分の身の回りのちっちゃなことをあれこれしているうちに、気が付くと世界のど真ん中に立って一気に世界の中心と繋がるようなね。小さい部屋の中だったはずが、どこまでも広がってゆく世界の真ん中にいるという落差や、大きな振幅の間を走っていくスピード感がフッと出てくる。それはたぶんメルマガが目指している生き方と同じなんじゃないかな。毎日ただダラダラ読んでいたものが、気付けば突然大きな世界と通じているっていう。その意味でもフィリップ・ガレルは今年のboidの活動に深く関わってくる人だし、その新作を皆さんにうまく伝えられたらと思っています。
──個人的にもガレルの新作は楽しみです。爆音上映の方では今年、新しいヴィジョンをお持ちでしょうか?
昨年末に東京で大友克洋さんの特集上映を開催して、そこで『スチームボーイ』を観たときに、かつてロードショーで観たのとはあまりに印象が違う、「こんなにメジャー感のある映画だったのか」ということに愕然としたんですよ。『宇宙戦争』や『戦火の馬』、あるいは(ロバート・)ゼメキスの『コンタクト』などの、ハリウッドの大エンタテインメント作品でありながら観る人の人生を変えてしまう映画のようなゴージャスさと緻密さを持っている。そういう作品が10年前の日本にあったのに、ちゃんと観ていなかったということに対して愕然としてしまった。
──今年で公開からちょうど10年なんですよね。スルーしたままの方も多いかもしれません。
大友さんの場合は「漫画の人」「アニメの人」、または「ヒットした『AKIRA』の人」として、あっさりそれだけで片付けられちゃうところがあります。俺の中でもそうだったかもしれないし。でも『スチームボーイ』を観ると、まったくそうじゃない。そうであったとしても、平気でその括りを乗り越えて世界中の人々に訴えられる作品になっているし、作品としても素晴らしい。そういう映画だと分かったとき、そのことをうまく言えていなかった昔の自分たちにもちょっとショックを受けたので、何かそれも含めた形で爆音上映を変えてゆけたらとは思っています。
──そこで問題なのが、爆音上映の拠点・吉祥寺バウスシアターの5月いっぱいでの閉館です。つまり“場所”が無くなってしまう。4月末からクロージングイベント『THE LAST BAUS』も開催しますが、その後の爆音上映はどうなるんでしょう?
本拠地が無くなってしまうということでどうしようかという問題はあります。ただそれに関しては割とネガティヴにではなく、さっきの「『スチームボーイ』で何か違う形で爆音をできたら」と考えているのとも深くリンクしていて、「無くなるんならいいや」とも思いつつね。無い場所でどうやっていくか? 場所自体がさらに不確定なものになりながら、でもどんどん確かなものになってゆく。メルマガが場所であることにも繋がってくるし、気持ちとしてはそんな風に考えています。具体的にどうするかは突然決まったことなのでまだ分かっていないです。とんでもない案としては、バウス自体を爆音映画祭実行委員会が乗っ取って買い取ってしまおうという(笑) 。そんなことも思って画策したんですが、現実は厳しいです。手も足も出なかったですね。だから逆に今はさっぱりもしてるんですよ。自分たちの場所と言うか、場所など無いのだという場所でどうやっていくかを考えれば良い。そんな風に吹っ切れました。だから「THE LAST BAUS」は、すごく面白いことになると思います。
定期的に行っている大阪・梅田クラブクアトロでの音楽映画の爆音上映《爆音スクリーニング@クアトロ》は今月も開催。今回は3月17日(月)にザ・ストーン・ローゼズ『メイド・オブ・ストーン』、18日(火)にポリス『サヴァイヴィング・ザ・ポリス』を上映する。体感する楽しさに加えて、回を追うごとにグレードアップする音の肌理にも期待したい。
(取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』)
(2014年3月 5日更新)
日時:3月17日(月) 19:30~
会場:梅田クラブクアトロ
料金:前売1800円 当日2000円
2日間通し券 3000円
※ドリンク代別途要
【公式サイト】
http://www.tsrmos.com/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/163208/
梅田クラブクアトロ
http://www.club-quattro.com/umeda/schedule/detail.php?id=3285
日時:3月18日(火) 19:30~
会場:梅田クラブクアトロ
料金:前売1800円 当日2000円
2日間通し券 3000円
※ドリンク代別途要
【公式サイト】
http://www.survivingthepolice.com/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/163209/
梅田クラブクアトロ
http://www.club-quattro.com/umeda/schedule/detail.php?id=3286