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「映画館で映画を見るって、受動的な行為じゃなくって、
実はものすごく能動的な行為なんじゃないかと思います」
『あれから Since Then』 篠崎誠監督インタビュー

 『おかえり』(1995)、『忘れられぬ人々』(2000)、『東京島』(2010)などの作品を発表してきた篠崎誠監督の新作映画『あれから Since Then』が、6月14日(金)より神戸映画資料館で公開される。2011年3月11日の大震災発生を境に、被災地にいる恋人との隔たりに葛藤を膨らませるヒロインの心の揺れを巧みな技法で描いた珠玉の一品。クラウドファンディングなど映画界の現状もまじえて監督に話を訊いた。

──物語の大きなテーマは震災。これはどういう流れで決まったんでしょう?

 

「もともと東京の映画美学校の生徒とのコラボレーションで一本撮ろうという企画でした。プロのスタッフと映画美学校の学生が一緒になって映画を作るというものです。そこで、せっかくなので学生からも企画を募ったのですが、好きに書いてもらうよりも何かお題を設定した方がいいだろうということで、この一年間で心に残った現実の出来事を元にした企画を出してもらったんです。ですが、これだ! というものがなくて。そこで自分の胸に手をあてて、真っ先に浮かんだのが被災地にいた友人のことでした。地震からまもなく『すべては変わってしまったけれど、僕はここで生きていきます』とメールが来て、その後、全く連絡がとれなくなってしまいました。その時の個人的な体験がもとになっています」

 

──モチーフである「東京と被災地との距離感」は監督の経験から生まれたんですね?

 

「はい。被災地の様子を一切見せずに、東京で暮らすヒロインに寄り添う作りになったのは、僕自身の実感に基づいたことが大きいと思います」

 

──そうしたプライベートな体験を、広く多くの観客に伝えるためには工夫も必要かと思います。何かアイデアはありましたか?

 

「『おかえり』でも一緒に仕事をした松田プロデューサーの提案もあって、僕自身が脚本を書くとあまりにも近すぎて、現実に引きずられてしまうのではないか、と。そこで映画美学校の学生である酒井善三君に入ってもらいました。ふたりで話し合って全体像を決めた上で、酒井君に初稿を書いてもらって、その後も何度か話し合いをして、時には僕も加筆したりして、最終稿も彼に仕上げてもらいました。彼が入ったことで現実にあったことと離れることができたし、映画として飛躍といいますか、広がりが生まれました」

 

──そのように作られた作品を観て、震災はあくまで入り口で、その奥にさらに描きたい何かがあるのでは? とも思いました。

 

「そうですね。2011年3月11日で急に何かが変わったというよりは、それまでにもあった問題が表面化したと言いますか、目に見える形になった。しかも、それは今も現在進行形です。でも一本の映画でそれを全部描くことはできないので、今回はあくまで自分が実感したことからスタートしました。映画っていうのはやっぱり作り事、フィクションなんです。でもフィクションという形をとることで捉えられるものもある。だからこそ、嫌な嘘のつき方はしたくないなと思いました」

 

──『あれから』というタイトルも示唆的ですね。ところで、63分という他にはあまりない長さになったのは何故でしょう?

 

「最近ますます2時間をはるかに超える映画がふえてきて、そういう映画に対するささやかな抵抗、と言いたいところですが(笑)、発注先の映画美学校から出た条件がふたつありまして。ひとつめは当然ながら予算をオーバーしないということ。ふたつめが『撮影は6日間で』ということでした。いわゆる専門学校と違って、映画美学校の学生は平日働いている人たちがほとんどで、そのために学校側としては、なるべく全員が参加できるように6日間連続の撮影ではなくて、撮影は基本的に週末にしてほしい、と。そこで3週間にわたって週末の土、日を使って撮りきる予定を立てました。しかし、結局は、撮影場所の都合で変則的なスケジュールにならざるをえなくなりましたが。スタッフ全員がプロなら話は別ですが、学生スタッフが多くかかわって、徹夜なしに6日間で撮りきる分量としたら30~40分くらいが妥当。もの凄くがんばっても60分が限界だろうと。ですからシナリオを書く時点で最初から1時間を絶対に大きくこえない構成にしたのです。それが俳優陣もスタッフもものすごくがんばっちゃったわけです(笑)。ただ60分台の映画って、最近でこそ珍しいかも知れませんが、かつてハリウッドで量産されていたB級映画や日本でもSP映画と呼ばれるもの、あるいはピンク映画も60分からせいぜい70分程度だったじゃないですか。で、今の映画にはないようなすごく独特の語り口のリズムがあった。あと、キェシロフスキの『デカローグ』のシリーズも1話1時間ないくらいでしたよね。あの感じ。それに海外の映画祭でもだいたい長編映画の規定は、60分を超えること、とあるんで、無理やり水増しする気はありませんでしたが、出来れば長編の長さになればいいな、とは思っていました」

 

──観ると63分以上の長さを感じましたよ。

 

「それは長過ぎるという意味じゃなくて?大丈夫でしたか!?(笑)」

 

──はい、充実していたという意味です(笑)。充実といえば耳、そして肌に直接響くような音響面もそうでした。かなり意識されました?

 

「音は自分にとっても非常に大事な要素で、家にいる時や、(教鞭をとっている)大学にいる時でも風の音、遠くから聞こえてくる子供の声なんかを聴くと「あ、この音録りたい!」とか思っちゃうんですね。映画を作るとすぐに『この映画で伝えたかったメッセージはなんですか?』と聞かれがちなのですが、言葉や意味に還元できないような部分こそが自分にとって一番大切なのです。その意味で映画は、音楽に近いところがあるかも知れません。“感じている間だけ身体の中に残る”ものと言いますか。そういう意味でも音はすごく大事なんですね。フレーム(画面)は限られた世界しか表現できないけど、その外を表現できるのはやっぱり音です。登場人物の声はもちろん、映画の中で聞こえてくる様々な音そのものの質感や響かせ方、いつも脚本の段階から、ここでどんな音を聞かせようか考えます」

 

──『あれから』で聴ける、特に凝った音を教えていただけますか?

 

「一番こだわったのは風の音です。学生がいれた風の音がどうしても気に入らなくて…。東京に台風が近づいたある明け方に風の音で目が覚めまして。「あッ、これだ!」と。ムクッと起き上がって家にあったビデオカメラでとりました。気か付くと数時間経っていて、夜が完全に明けていました。あとは足音も…。実は後で作った足音を付けているところがあります。ヒロインの祥子が計画停電のためにエレベーターが止められていて、仕方なく長い階段を上がってくるシーンです。編集の時に何度か見てみると、あそこは竹厚さんの足音がちょっと勢い良すぎて、男前な感じになっていることに気づきまして(笑)、同じような場所を見つけてきて、助監督(男性)に、竹厚さんの歩調に合わせつつも、もう少しか弱い感じにしてもらって録り直しました。そうやって単にナチュラルな音だけじゃなく、作り込んだ音と現実音をミックスしたところがあります」

 

──あの靴音の響きは主人公の不安をよく表していると感じましたが、そうだったんですね。

 

「音は、凝ってもお金がかからないという利点があります(笑)。それとおかしな言い方に思われるかも知れませんが、意外に目は騙されるんですよね。でも耳は騙されない。時々、目をつむっていた方がいろんなことがわかる気がします。昔の巨匠の中川信夫監督が、あまり芝居を見ずに横を向いたまま寝ているみたいに「はいオッケー」って言ったと聞きますけど、それは芝居をどうでもいいと思っていたんじゃなく、耳ですごく聴いていたんじゃないかなと」

 

──映像だけじゃなく音にも集中してほしいですね、それからこの作品は、配給・宣伝費の一部をクラウドファンディングで集めて上映へ辿り着きました。現在、多くの映画がこの手段を活用しています。篠崎監督はどのような考えをお持ちですか?

 

「海外では当たり前になっているようですが、これから日本でももっと可能性が広がっていくんじゃないかと思います。映画は作っておしまいではなく、公開時には製作費とは別に配給、宣伝費がかかります。特に自主製作映画ではその資金を捻出することが一番大変なんです。今後、製作費だけなく宣伝費を募るという流れはもっと増えていくんじゃないかなと思いますし、自分の観たいものに出資をするというのはすごく良いことだという気がしますね。僕らの映画だけじゃなくて、映画批評家の大寺眞輔さんが企画・運営した《ジョアン・ペドロ・ロドリゲス・レトロスペクティヴ》(https://kansai.pia.co.jp/news/cinema/2013-04/jprodrigues.html)も宣伝費はクラウドファンディングで集めたと聞きました。これは大きいんですよ。劇場公開するとチラシ、ポスター、試写状、その郵送費など細々と色々なお金がかかる。それが売上げの中から相殺されていくので、下手をすると宣伝費がやっと返ってきても製作費は一円も回収できないで終わってしまう。そういうことが日本のインディペンデント映画では珍しくないんです」

 

──想像以上にリスクが大きいんですね。

 

「作りあげるだけでも物凄いリスクを背負うのに、公開によってさらに借金を背負わざるをえなくなる可能性さえある。お客さんが入らなければ劇場にも当然損害をもたらしますし、そうすると劇場も冒険をできなくなる。「有名な監督、有名な人が出てないとうちでは厳しいです」という風になっちゃうと、観られる映画の幅がどんどん狭まってしまう。そのためにもクラウドファウンディングは大事なシステムだし、もっともっと知って頂けるといいなと思いますね」

 

──なるほど。ところで神戸では監督の商業映画デビュー作『おかえり』も上映されます。タイトルやストーリーからも『あれから』と対を成す印象を受けますが、いかがでしょう?

 

「似せようと意識したわけではありませんが、登場人物が少なくて、設定がほとんど部屋の中で展開するということや、なるべく説明をせずに登場人物の心の動きや揺れに焦点を当てているところはたしかにつながっているかもしれません」

 

──ソフト化されていない『おかえり』は35mフィルムでの上映。ここ数年でフィルムからデジタルへの移行が急速に進んで、映画と動画の境目も曖昧になりつつあります。篠崎監督は映画館に勤めていた経歴もお持ちです。「映画館で観る良さ」を最後にきかせて下さい。

 

「決して進歩がダメなわけではありません。そもそも映画自体、機械の発達の歴史の中から生まれたメディアですしね。どんな形であれ、見ないよりも見た方がいい。ただ正直、ワンセグなどの小さい画面で観ちゃうと、映画が単に物語の説明だけになっちゃうんですよね。でも映画には説明だけじゃないものがいっぱい映っていて、自分の身体全体を覆い尽くすくらいの大きなスクリーンで観て初めて伝わってくる感情があるんです。登場人物の眼の端にたまった涙の輝きや唇のかすかな震え、息遣い。画面の奥で木々が風にそよぐ瞬間とか…。なんでもないようなものが掌サイズでない巨大なスクリーンに写しだされることで、いきなりこちらにグッと迫ってくる。おおげさに言えば、一つの体験たりうるんです」

 

──見ず知らずの人と同じ空間で観て得られることもありますもんね。

 

「ええ。ひとつにはそういう感覚の「共有」があります。最近リバイバルされた『カリフォルニア・ドールズ』という映画があるんですが、30年くらい前にあの映画を初めて映画館で観た時のことを今でもハッキリと覚えています。新宿の映画館で、平日の夕方の回で場内はガラガラでした。明らかに会社をサボって見に来ているサラリーマンとか、みんなヒマつぶしに来ている感じ。それが物語のクライマックスでいきなりその場に居合わせた全員が拍手したんです。その場に監督や関係者がいたわけでもないのにですよ。当たり前ですが、こういう体験は自宅じゃありえないでしょ? それとこれは映画監督の黒沢清さんも仰ってたんですが、映画館は喜びや楽しみを共有する場であるのと同時に、実は自分は人とは違う存在なんだ、ということを発見する場所でもある、と。周りは笑っているのに自分だけ泣いちゃったとかね。僕はやっぱり映画館が好きですね。映画館で映画を見るって、受動的な行為じゃなくって、実はものすごく能動的な行為なんじゃないかと思います」

 

 

 63分の小品ながらも、ヒロインの心の揺れ動きにシンクロした細かな手法、恋人との“不思議な再会”場面など、みどころの多い『あれから Since Then』。インタビューで話題に上った音の面でいえば、サイレント映画の伴奏ピアニスト、柳下美恵が担当した音楽も小さくも豊かな作品に彩りを与えている。映画学校での製作のため、完成をもってひとまず完結した作品。そこをあえて劇場公開まで踏み切ったのには、篠崎誠監督の「映画は映画館で観られて初めて映画になる」という思いが込められている。

                      

                         (取材・文/ラジオ関西『シネマキネマ』)




(2013年6月11日更新)


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篠崎誠 監督
しのざきまこと●1963年、東京生まれ。立教大学映像身体学科卒業後、映画ライターとして「キネマ旬報」「SWITCH」などに原稿を書く。その後『おかえり』(1995)で商業映画監督デビュー。世界25カ国50か所以上の国際映画祭で上映され、ベルリン映画祭最優秀新人監督賞をはじめ、モントリオール世界映画祭新人監督部門グランプリなど、海外で11賞を受賞。続く監督第2作『忘れられぬ人々』はバンクーバー映画祭ドラゴン&タイガーアワード奨励賞、ナント三大陸映画祭で主演男優賞と女優賞をW受賞。劇映画と

Movie Data


篠崎誠監督最新作『あれから』
+特別上映『おかえり』

『あれから』
●6月14日(金)~25(火)
※水・木休館。
※6月15日(土),16日(日)の2日間限定で
『おかえり』の上映あり。
【料金】
『あれから』
一般1500円/学生・シニア1200円
※一般のみ、『おかえり』の半券で
200円割引)
『おかえり』一律1000円

【公式サイト】
http://www.arekara311.com/

【『あれから』ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/161440/

【『おかえり』ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/113839/

【神戸映画資料館】
http://kobe-eiga.net/program/2013/06/#a001876