清々しく楽しい迎春狂言、
29年の人気シリーズ最終回

毎年恒例、人間国宝の野村万作と萬斎父子に、近年は孫の裕基も含め三代そろっての『万作萬斎新春狂言』。干支にちなんだプログラムで、年の初めの舞台として毎年楽しみにしている観客も多い。1998年に近鉄劇場でスタート、2009年からはサンケイホールブリーゼで上演を続けてきたこの人気のシリーズが、2026年で最終回を迎える。恒例の謡い初めに始まり、萬斎の解説トーク、そして今回は『昆布売（こぶうり）』と午歳にちなむ『止動方角（しどうほうがく）』を上演。萬斎と裕基が来阪、今作と来年の抱負を語った。

「来年は午歳。私は還暦なので、ちょっと張り切った番組にしております」と萬斎が口火を切った取材会。まずはそのプログラムから。一門がそろう元旦に謡う謡初『雪山』を劇場で披露、萬斎の音頭で披露する恒例の幕開けだ。「謡だけで聴かせるというのは、狂言をやるのとはちょっと違う、緊張感と晴れがましさと清々しさがあり、いつも新春にさせていただいているこの会の特徴かなと思います」と萬斎。

続く小舞『芦刈（あしかり）』は今回、野村太一郎が舞う。その後、萬斎が一人で再登場し演目解説。会場の空気をなごませる、わかりやすく軽妙なトークが好評だ。そして最初の『昆布売』は、"喜ぶ"に通じるゴロ合わせに、めでたさもあるお正月らしい演目で、万作が選曲。「音曲性もすごくあり、楽しく盛り上がれるので父が選んだのだと思います」。お供のいない大名が通りがかった昆布売に声をかけ、無理やり供をさせる。脅されて太刀まで持たされ、腹が立って収まらない昆布売は、太刀を抜き、逆に大名を脅して昆布を売らせるが...という話に、浄瑠璃節、踊り節もたっぷりと。大名を演じる万作は今94歳。「片足立ちしながら進む"浮く"という型を94歳がやる。まだ足腰がシャンとして動けて、ミラクルな感じです。父がやると我々が何をやってもかなわない(笑)。なかなか見られないので、今、必見じゃないかと」。

休憩をはさみ新年にふさわしい『止動方角』。わがままな若い主人に裕基、古参の召使・太郎冠者を萬斎が親子で演じる。太郎冠者が主人のお使いで茶道具と馬を借りてくるが、その馬は後ろで咳払いをすると暴れ出し、"止動方角"という呪文を唱えると静まるという妙なクセ癖がある。帰りが遅いと文句を言いつつ馬に乗る主人に、腹を立てた太郎冠者が馬の後ろで咳払いをすると...。「今で言うパワハラに、いかに太郎冠者が対抗するか。途中、ふたりがわざと関係性を逆にして遊びだすところがミソですね。太郎冠者は我慢しつつもうっぷんを晴らす、皆さんの代弁者となるという意味でも楽しい曲です」。裕基は「上下ふたりの立場が変わるおもしろさと、馬がそもそもあまりない設定で。人間が馬に扮し、どう表現しているか。イメージしながら観ていただければ、お楽しみいただけるのでは」。

初めて狂言を観る人に向けて萬斎は「解説付きで、とにかく分かりやすい狂言ですので、恐れることなく初めの一歩を踏み出していただきたい」と語り、常連客には「『止動方角』は午歳じゃないと出さない曲。世代が変わって、フレッシュなメンバーの『止動方角』を楽しんでいただけると思います」。

今、萬斎は映像をはじめ、漫画の能狂言化やオペラ演出など意欲的な企画に取り組み、また能楽×日本舞踊×スペイン舞踊×オーケストラで魅せる『ファリャの恋は魔術師』など、石川県立音楽堂のアーティスティッククリエイティブディレクターとして、多彩な演目を製作し全国に発信し始めている。超多忙な中、さらに来年は「還暦を過ぎたら取り上げていい曲というのも視野に入れつつ、老体の役をやってみたい」と話す。裕基は今年、自らが主宰する会"第零回イデア狂言"を東京で初開催。そして来年は「自分で責任を持って狂言の会を催すことに挑戦しようと、きちんと第1回をやること。そこから狂言以外の仕事にもつながるようになれば。他のジャンルのことを学びながら狂言に役立て、狂言を使って新たに別のことにも挑戦できたらと思っています」と抱負を述べた。好評により29年続いた『万作萬斎新春狂言』は主催・製作者の引退に伴い一区切りとなるが、また新たなシリーズ展開に期待したい。

取材・文：高橋晴代

（2025年12月11日更新）