ホーム > NEWS > 野村萬斎・野村裕基が語る 「祝祭大狂言会」ならではの楽しみ
フェスティバルホールの大空間で狂言を上演する、恒例の「祝祭大狂言会」を今年も開催。野村万作・萬斎・裕基の狂言三代で、今年は萬斎の解説に始まり、万作の一人狂言『見物左衛門 花見』に、萬斎・裕基の親子共演『法螺侍(ほらざむらい)』、そしてフェスティバルホールがリニューアルした2013年のオープニングシリーズで上演された『MANSAIボレロ』の3演目を上演する。萬斎と裕基が「かなりおもしろいラインナップになっていると思います」と作品の見どころや狂言への思いを語った。
最初の演目『見物左衛門』は野村家にのみ伝わる作品で、珍しい一人狂言。京都見物の話で『深草祭』と『花見』の2作があり、今回は『花見』を上演する。「謡が散りばめられた、とても風情のある曲です。音のいいフェスティバルホールでもあり、父は敢えてこの大きな空間で一人でも出せるものを選んでいる気がします。最近僕は父と張り合おうと舞台を務めていますが、芸歴90年、もう解脱していて、こちらが何をやってもかなわない。天然記念物的な味わいと言いますか(笑)、そういう瞬間を皆さんに今回味わっていただけると思います。さすがに93歳ですので、お見逃しなく」。万作一人の舞台に、能舞台では出ない桜を今回は「花の風情を出したいので、ちょっと飾ろうかと思っています」。
『法螺侍』は1991年、イギリスのジャパンフェスティバルに出品したのが初演。高く評価され、萬斎が「シェイクスピアにのめり込むきっかけになった」作品だ。原作は、酒好き女好きで勝手放題の巨漢ファルスタッフを軸に、女房たちと繰り広げる喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』。それをシェイクスピア学者の故・高橋康也が書き下ろし、「欲望に素直な狂言的なキャラクター」のファルスタッフは洞田助右衛門と名を変え、太郎冠者・次郎冠者らが活躍する翻案に。万作が91歳で演じた洞田助右衛門を今回は萬斎が、そして萬斎が演じた召使の太郎冠者を裕基が演じる。「『ファルスタッフ』はヴェルディのオペラで有名なので、フェスティバルホールによく来られるお客様にも興味を持っていただきたい」。最近、父・萬斎に声が似てきたと言われる裕基は「古典としての良さも、シェイクスピア演劇としての良さも盛り込まれていると思いますので、頑張って務めたい」と、若返ったキャストで演じる舞台が大阪に初登場だ。また、昔の野外公演での手法から「影を使い、遊び心に満ちた演出で。また狂言ならではのアナログでお楽しみいただけるシーンもあります」。
『MANSAIボレロ』は2011年、東日本大震災をきっかけに創作した独舞。「鎮魂、再生などを考え、死からの再生を謡い、春夏秋冬に一人の人生をなぞるなど、複合的な意味を盛り込んだ作品です。ラヴェルの『ボレロ』は繰り返しが多く『三番叟』に似ているところから着想して『三番叟』を軸に変形しました」。映像を使うなど視覚・聴覚的な部分に「最新のテクニカルなものを入れたい」と演出を思案中。「日本人の感性では踊り手が神と通じる、神に成り代わるとか。そこが芸能の根源というところをもっと具体的に出したい」。
狂言三代で、ほかに類のないラインナップは「祝祭大狂言会」ならでは。裕基は「僕は特に若い人に狂言を観てほしい」と言う。「狂言はずっと昔から人々に笑いや幸せを届けてきた古典芸能。今、悩める若者も多い中で、狂言を通して笑いや幸せを感じていただける魅力があるので、ぜひ観に来てほしいと思います」。公演は大阪万博の開催時期。萬斎が世界へ発信したいことは?「人間は多種多様だけれど、みんなお腹は減るし、笑いたいという根源的なものは一緒、楽しく生きていこうよという発想が狂言の素晴らしさ。狂言はささやかなものですが、ささやかに笑うということがどんなに大事か。そしてみんな同じ人間。キノコでも蚊でも、生きとし生けるものの存在を認める精神、共生感も昔からある。トンチンカンに見えるかもしれないけれど、それでいいじゃないかと笑えるぐらいの余裕をもって生きるというところから、みんなが繋がれたらいいなとすごく思いますね」。『法螺侍』にあるセリフ「この世はすべて狂言じゃ。人はいずれも道化じゃぞ」が沁みる。
取材・文/高橋晴代
(2025年4月22日更新)