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あるイラク人家族の記録から映し出す、
平和なきイラク「戦乱の10年」 
『イラク チグリスに浮かぶ平和』が公開に

 『Little Birds リトル バーズ−イラク 戦火の家族たち−』でイラク戦争初期の様子や、戦火で生きる家族たちを追った綿井健陽監督が、⒑年後のイラクの姿を継続的な取材を基に描き出したドキュメンタリー映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』が、12月6日(土)より第七藝術劇場にて公開される。

 

 2003年3月に開戦したイラク戦争。4月9日、首都バグダッド陥落の瞬間には、当時の指導者だったサダム・フセイン像を引き倒し、「まるでサッカーのW杯でイラクチームが優勝したような気持ち」と高揚した様子で語る若者たちがいた。あれから10年、当時の若者たちが希望に胸を膨らませた明るい未来は未だ訪れず、イラクの人たちは戦火の中、死と隣り合わせの人生を送っている。2003年米英軍による空爆で血まみれになった幼い娘を抱いていたアリ・サクバンさんに出会ったのが、全ての始まりだと語る綿井健陽監督に少し話を訊いた。

 

「何度か自宅を訪れ、3か月後にはじめて、イラン・イラク戦争でも兄を2人亡くした話や、アリさん自身も湾岸戦争でイラク側のクウェート侵攻部隊だったという家族のバックグラウンドを知りました。すべての戦争を体験しているアリさん一家を追うことで、イラク戦争だけではなく歴史を含めて、もう少し深いものが見えてくるのではないかと思いました」と、アリ・サクバン一家を通してイラクの戦争被害を映し出していく綿井監督。3人の子どもを亡くし、一緒に露店を営んでいた弟も武装組織に路上で射殺され、弟の子どもまで面倒をみながら生活をすることとなるアリ氏。綿井監督が訪問する度に歓迎し、奥さんが手料理でもてなす風景はとても微笑ましく、妹たち亡き後一人生き残った長女ゴフランちゃんの成長していく姿は、どんな悲惨な状況でも時は流れ、新しい希望が育っていることを感じさせる。戦火の中を生きるイラク人の日常が垣間見えるシーンだ。だが、2006年から2008年、戦況が悪化しアリ一家とコンタクトすら取れなくなってしまった時期を経て、開戦から10年後の2013年に再びアリ氏に会うためバグダッドを訪れた綿井監督に、衝撃的な事実が突き付けられる。これだけ多くの肉親を失ったアリ一家の大黒柱、アリ・サクバン本人が2008年に弟と同じような最期を迎えていたのだ。

 

「第一報を聞いたときは自分が10年間積み重ねてきたイラク取材が無になった、そして遅すぎたと思い、正直茫然としました。第二報を待つ間に、残された家族や子どもたちを撮影しようと思い直す一方で、映画をアリ・サクバン追悼物語に終始してしまうと悲劇のイラク人一家を描いているようにしか見えない。そうではなく、もう一度イラク戦争を問い直し、ある意味日本の立ち位置を見直すというところまで深めていけるような映画にしなければいけないと、早い段階から思っていました」と、綿井監督は語る。大黒柱を失ったアリ一家を訪れ、初めてアリ氏の父親とゆっくり話をした綿谷監督に、父親は「息子のことを忘れないで」と静かに声をかける。非常に印象的な言葉だ。

 

「『忘れないで』という言葉は私に対しても言っていますし、映画を観る方にも言っている気がします。結局戦争の報道は日々送られてきても、忘れていってしまいます。記憶が薄れていくのは仕方のないことですが、例えばこれから10年や20年後に『イラク戦争といえば、イラク戦争の家族を描いた映画があったな』と本作のことを思い出してもらえたら私もうれしいし、アリさん家族にとってもうれしいことだと思います。戦争はほとんどの人たちからすれば、目をそむけたくなると思いますが、たとえ嫌がられても戦争をテレビや映画、他で取り上げることに、やり過ぎることはないと思います。どんなタイミングでも、戦争を問い返すことで、次の戦争を防いだり、教訓が受け継がれていくのではないでしょうか」

 

 映画では、2003年にフセイン像を倒した青年の10年後も描かれる。

 

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「彼らが描いた希望や自由に対して、まったくかけ離れた現実が訪れていました。フセイン像をハンマーでたたいた人は、銃弾を受けて瀕死の重体となりましたが、この戦争の責任についてアメリカ軍や武装勢力、テロリストの話をするのではなく『私たちに責任がある。だまっていたからこうなってしまった』と怒りを露わにするのではなく、非常に内省的で、静かだけれど重い言葉を口にされましたね」 タイトルにあるチグリス川は、映画の中でも度々登場し、戦火の中を何事もないかのような穏やかさで、イラク人の憩いの場所となっている。10年前のアリ氏が語った言葉がチグリス川に重なるとき、彼の叶わなかった願いが響いてくるようだった。おびただしい爆撃、遺体や死傷者のある日常はまだ終わらない。本当はとても美しく、豊かな国、イラクの苦悩の⒑年とそこに生きる人々にぜひ目を向けてほしい。

 

(取材・文/江口由美)

 




(2014年12月 1日更新)


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Movie Data




©ソネットエンタテインメント/綿井健陽

『イラク チグリスに浮かぶ平和』

●12月6日(土)~26日(金)、第七藝術劇場、
 2015年1月9日(金)~15日(木)、神戸アートビレッジセンター、
 にて公開

【公式サイト】
http://www.peace-tigris.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/165980/

Event Data

舞台挨拶&トークショー決定!

【舞台挨拶】
日時:12月6日(土) 13:30の回
会場:第七藝術劇場
登壇者(予定):綿井健陽監督
料金:通常料金

【トークショー】
日時:12月7日(日) 13:30の回
会場:シアターセブンホール
ゲスト(予定):綿井健陽監督/谷口真由美(大阪国際大学准教授)
※当日第七藝術劇場にてご鑑賞の方のみ対象。